~十月七日~ 6
愛しているのはあの可愛い少女だけれど、二人の幼なじみのことも本当に大切に思っているのだ。例えるなら、家族のような、そんな暖かな想いを二人に持っている。少女の次に自分に近い存在。何か悩みがあるなら相談に乗りたいと思う程度には、常に気にしている。
「今は無理でも、いつか話してくれると嬉しいな」
「いつか、な……」
少年は俯いて、目を閉じている。今何を感じているのかは分からないけれど、あの約束は仙花の中で今でも有効だから、いつか頼ってくれればいい。もう一度だけ思い悩むように暗い表情を浮かべている少年の頭をぐりぐりと撫で回して、仙花は身体を伸ばした。少しずつ色々なことが変わっていくけれど、変わらないものもきっとある。
これからまだ用事があるという少年に軽く別れを告げて、その場を立ち去ろうとする。けれど少年は思い出したように仙花に声をかけた。
「聞きたかったんだけどさ、何でこんな仕事してんだ? 楽しいか?」
「……楽しいからやってるやつなんていないんじゃない?」
モノを壊す感触が楽しいと思い込むようになったのはいつからだろう。昼の生活でこんな破壊衝動を感じたことは無いのに、いつの間にか、楽しさとすり替えていた。そうしなければ自分を保つことが出来なかったのが本音なのかもしれない。簡単に壊れていく命に恐怖した事だってあった。飛び散る赫は、綺麗なんかじゃなかった。けれど今は、そのどれもが楽しく感じる。自分の心に嘘を重ねる。
「でも、仕事してるときに楽しいのも本当なんだ」
少年は静かに耳を傾けた。自分に近いとお互いに理解しているから、その感覚が共有できる。
結局はすでにどこか壊れてしまっているのかもしれない。繰り返した罪はどう足掻いたって消せるものではなく、これからも積み重ねていくしかないものだから。普通に働いて、普通に生活して、普通に死んでいく。そんな些細なことにあこがれたこともあったけれど、今となっては全てがどうでもいい。赫に染まった自分は、こういう風にしか生きていけない。
けれど、仙花は少女に出会って救われた。初めは贖罪のつもりで近づいたのだけれど、少女は本当にまぶしかった。それに、暖かかった。どうしようもなく、近くにいたいと、ただそれだけが溢れた。そして少女に恥ずかしくない自分でありたいと思った。自分なりの愛情で少女を守りたいと思ったのだ。救われた。少女の隣を歩くことが出来なくても、その先を守る盾くらいにならなれる。それが今の自分の、自分で決めた意味。結局はただの自己満足だと、少女は泣くかもしれないけれど。だから、生きる。
「ボクが仕事を続けるのは、生きるため、かな」
そして死なせないため。自分勝手な自己犠牲で守れるのなら、こんな命くらい惜しくはない。あの暗闇から救い上げてくれた少女を、手放すことなんて到底出来ないから。縋る自分を優しく慰めて、笑ってくれた少女を、手の届かないところに行かせたくはないから。置いていかれるくらいなら、自分が先に逝きたいのだ。自分に愛された少女は可哀想だと、仙花は思う。けれど、こんな不器用な方法しか考えられない。
仙花は振り返って少年を見つめた。少年も、仙花を見つめ返す。汚れてしまった過去は、もうどうにもならない。これから先もきっと腐りきっている。
「五歳のボクらに、選択肢なんてあったかい?」
「……そうだな」
二人が拾われたのは同じころ。もしかしたら彼の方が早かったかも知れない。もしかしたら仙花の方が早かったかもしれない。先か後かだなんて大した問題ではないけれど。けれどエピローグに入ったのは同じころのこと。拾った人物が人物だったから、仕事の内容も、二人と、もう一人の少年は一緒になることが多かった。年が近かったという理由もあるかもしれない。幼なじみと呼べる彼らは、今も信頼できる仕事仲間だ。彼らは絶対に裏切らない。
仙花の幼少時代はいいものではけしてなかった。けれど、不幸でもなかったのだ。周りからすれば悲惨な生い立ちだろう。けれど仙花は生きてここにいる。他人がどう思ったとしても、ここにいるのだ。それだけで、不幸ではなかったと胸を張って言える。仙花を拾って育ててくれた、いろんな感情を教えた男のことは今も、これからも忘れることは無いだろう。
「何を言ったところで、所詮、今が全てさ」
少年は驚いたように眼を見開いた。けれどこんな刹那的な域か確か出来ない自分たちは、今が全てだと確かに思う。一瞬一瞬が大切で、どうしようもなく愛おしい。
「そう、だな。ありがとう、仙花」
仙花のよく知る少年は、悲しげに蒼い瞳を揺らした。赫がこびりついた赤い髪も一緒に揺れている。月の光できらきらと光って、それは金色に見えた。
幼なじみたちは、一人だけ救い上げられた自分を恨んでいるかもしれない。今もまだあの暗い、寂しい想いを抱いて、自分を憎んでいるかもしれない。なんて自嘲する。いつか話せたらいい。少女と出会って、どんな感情を知ったのか。どんな風に生きたいと思っているのか。彼らがもし自分を罵倒し、傷つけたいと願うなら、命をあげることは出来なくても、笑って受け入れるくらいはしてやりたいと、仙花は思った。
少年は笑って、踵を返していった。それを見送って仙花も自宅へと足を向ける。見上げた空は澄んでいて、汚れた自分も綺麗になった気がした。
なんでもない日常の、なんでもない言葉遊び。




