第三九七話:水帝餮竜
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水師陰陽学園総旗艦、戦列艦『ミズミカド』艦内には、中央部分を貫く巨大な空間がある。
普段は生徒が自由に使用していいと言われているそれは、支柱が一切無いため自由度が高く、却って使いづらいという声まで上がるため、あえて移動式の壁を設えるほどの広さがあった。
平時では運動場、あるいは各種陰陽術の練習場や射撃場、あるいは生徒の憩いの場として使われ、催事の時は超巨大お化け屋敷、超巨大巫女喫茶、超巨大薄い陰陽術書即売会など、普段から賑やかな場所であった。
では、戦時下はどうか。
その場所には、なにもない。
『ミズミカド』が戦闘行動を執ることが決まった時点で、一切のものが撤去、収納されるためでる。
時折無精した水師科の学生が弾薬や砲弾、あるいはそのほかの備品を置いて上級生に怒られることがあるが、それも希であった。
なぜならば。
「ヒナゲシお姉様、前側舷解放致しました!
「おなじく後側舷解放致しました」
「後方の隔壁解放!」
「前方の隔壁、解放完了です!」
「召喚対象空間、要員零名最終確認!」
『ミズミカド』艦橋に、次々と報告が上がる。
「では参ります。星の守り手……四騎の大竜がひとつ、餮竜よ。ここに!」
直後、『ミズミカド』が振動に包まれた。
機関を超過稼働させたような、生徒によっては不気味に感じる振動である。
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鉄血統合学園アイアンワークス旗艦『永続号』中央指揮所は簡素で驚くほど小さな造りである。
大きさは『ミズミカド』と変わらないが、操縦や戦闘を極端に自動化しているため、その増設だらけの見た目に反して驚くほど簡単に動かせるのであった。
その中央指揮所でひとり、生徒会副会長ハイン・ラインは『ミズミカド』の様子を注視していた。
普段ここにいるべき書記のベ・スターは例の巨人に囚われ、生徒会長ア・シモフはその救出に出向いている。
故に、ハイン・ラインは操縦系統を副指揮所に任せ、自らは指揮に専念していた。
今は味方の観察である。
いうまでもなくそれは、今後を見据えた視察でもあった。
「餮竜を召喚しますか……」
ミズミカドとアイアンワークスが小競り合いをした際、麒竜は何度も投入したことがある。
だが、餮竜が現場に投入されたことはついぞなかった。
それがみられるのなら、ちょうど良い機会である。
さて、餮竜はどこに召喚されるのか。
ヒナゲシは『ミズミカド』の周囲から速やかに待避するようにその場にいた全校生徒に要請していた。
とすると、召喚されるのは『ミズミカド』前方のはずである。
「ど正面が見破られやすいなら斜め右前方か、左前方ですね。ですが最大の竜を謳うのなら、その距離はささいなもののはず。とすれば正面に――きた」
『ミズミカド』が、光に包まれた。
ハイン・ラインの想像が正しければ、そこから光は前方に延びて餮竜を召喚するはず――。
その代わりに、『ミズミカド』から、右前足が生えた。
「……は?」
続いて左前足が生える。
そして右後ろ足。
さらには左後ろ足。
そして尻尾が艦尾から生えて――最後に、艦首から巨大な首が生えた。
一見すると、巨大なワニである。
しかしその全長は『ミズミカド』の1.5倍はあった。
そして頭部には二本の角が生えている。
これではまるで――。
「『ミズミカド』から竜が生えた!? いや、違う、これは……!」
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『こちら右舷前方、問題なし!』
『こちら左舷前方、問題なし!』
『こちら右舷後方、問題なし!』
『こちら左舷後方、問題なし!』
『こちら艦尾、問題なし!』
『こちら艦首、問題なし!』
艦橋に次々と報告があがってくる。
それほどまでに、餮竜は大きい。
それゆえ、周辺の状況が艦橋だけでは把握できない。
なので、艦の各所に観測所を設け随時報告させているのであった。
一応竜公主は、竜の視界を共有することができる。
だが、それをすると周囲のものがとてつもなく小さく見えるのだ。
だから、複雑で細やかな動きを行うには各所の報告が必要になる。
だから、餮竜は『ミズミカド』に召喚されるのである。
「召喚完了! 水帝餮竜!」
餮竜はその巨体に応じて、消費魔力がとんでもない。
今も秒単位で魔力が消費されているのを感じ取りながら、ヒナゲシは前方を見据え、叫んだ。
「目の前の巨人を、取り押さえてくださいませ!」
踊っていた巨人が、その動きを止めた。
どうやら、ふざけている場合ではないと認識したらしい。
そこへ、水帝餮竜が意外な速さで襲いかかる。
巨体がふたつ、ぶつかり合い。
水上と上空に衝撃波が走る。
直後に発生した大波は、水の壁のようであった。
「なんか前回の説明より大きくない?」
「全長2000メートルの戦列艦の1.5倍ですから、3000メートルですな」
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