第三九六話:ヒナゲシの決断
「コスモギャ○リオンかっけええええ! 大将! オイラにもああいう機能つけてくんな!」
「艦橋が腕になるの、色々な意味で危険ではないか?」
「ありゃ見た目だけで本当のは頭んとこなんじゃねぇの?」
「なるほどな、それなら……って、やらんぞ!?」
「ひとまず落ち着いたが……」
空中であぐらを掻いて、俺は嘆息した。
「まずはこれをどうにかしないといかんな」
今俺達はひとかたまりになって宙に浮かんでいる。
その間を壁が、床が、天井が、めまぐるしく動き回っていた。
言うまでも無く、巨人が動き回っているのだ。
ただ、慣性はあまり働いていない――ひとつの方向に押されている感覚が無い――ので、どこかに向かっているという状況ではないらしい。
察するに、その場で動かずに踊っているのだろう。
「うっ……」
しがみつく姿勢はさすがにあれなので、あぐらを掻いた俺に腰掛ける形にしたアリスが口元を抑えて下を向いた。
「アリス、じっと見つめるな。酔うぞ」
「気をつけます……」
おそらくアリスのことだ。それくらいは知っているはずである。
それでも、脱出経路か進軍経路を捜そうとしたのだろう。
だからあえて、俺は気づかないふりをしていた。
「で、どうします? これ」
アリスの反対側に腰掛けたクリスが、そう訊く。
こちらは荒天での操艦になれているせいか、なんともなさげな様子であった。
「可能ならこのまま浮遊して進みたいところだが……」
「いや、無理じゃろ。ここまで広い空間がずっと確保できるとはかぎらんし」
理緒に抱きかかえられたア・シモフの言うとおりである。
ちなみに一見すると理緒がア・シモフを抱えて浮かんでいるように見えるが、実際には理緒が浮いているア・シモフに全身でしがみついているのであった。
「たしかに、そのとおりだな」
事実、俺達もここまで移動するのに随分と苦労したからだ。
全員が既に、軽い打ち身の怪我を負っている。
「では、どうしますか?」
と、ア・シモフを抱えたまま理緒。
どうもふたりとも、こういったことには慣れているのか、酔っている様子はない。
「最悪、一時撤退を視野に入れなければならないだろう」
「ワシ的には、それは避けたいが……仕方ないかの」
「ですが、あのモーリーさんが逃がすでしょうか?
「そこだな」
あのモーリーのことだから、巨人の迷宮の仕組みは進むも地獄、退くのも地獄といった風体にするだろう。
いまのところ目的地より侵入口の方が圧倒的に近いが、その扉は強固として開かなかった。
「とりあえずは前進と行きたいが、その前に――」
「巨人の動きを止めるか、緩やかにせんとの」
「ですね」
俺、ア・シモフ、そして理緒の見解が一致する。
直接声には出さなかったが、クリスも同じ見解だろう。
「でも、どうやってそれをやるんですか? マリウスさん」
アリスの疑問も、もっともである。
内部からそれができるかと言われると、ほとんど不可能と答えざるをえない。
内部を氷で満たすとか、無茶をやればできないこともないが――。
「理想を言うなら、外部から押さえつけるしかないな」
「どうやってやるんですか?」
「轟竜がいる。それにミズミカドの竜も」
「餮竜ですね」
理緒がそう補足してくれた。
「最大の竜――だったか」
「はい。私は全ての竜を視たわけではありませんが……」
それでも自信を持ったまなざしで、理緒は言葉を続ける。
「我が校の餮竜が最大であることは間違いないでしょう」
「電熱巨人ギデオンより、大きいということか?」
「全高は及びませんが、全長なら間違いなく」
なるほど。
つまり餮竜は轟竜や(完全体ではない)爛竜の二足歩行型と違って、麒竜と同じく四足歩行型であるらしい。
「質量は?」
「圧倒的に餮竜です。ですから、本気で押さえつければ巨人は完全に行動不能となるでしょう。ただ――餮竜は私が厳しく使用制限をかけています。餮竜の公主が自らの意思で召喚してくれるかどうか……」
そのことで、ひとつ訊きたかったことがある。
理緒が同行してから、いつか訊こうと思っていた疑問だ。
「理緒。そろそろ教えてくれないか」
「はい、なんでしょう」
「餮竜の竜公主は、誰だ?」
「それは――」
■ ■ ■
『踊ってますね』
『踊ってますわね』
「ですね……」
艦隊による空と海の包囲の真ん中で、電熱巨人ギデオンは踊っていた。
優雅でゆっくりとしたものではない。
激しく情熱的なものであった。
今は両腕を上にあげ、片足を曲げて足の裏をもう片方のひざにつけ、くるくると回っている。
雷光号操縦室。
マリウス、そしてクリスがいないため、臨時の総司令官にはユーリエが収まっている。
これはアイアンワークス、ミズミカドとも副生徒会長が現時点での筆頭であるためであった。
同じ生徒会長としてはクゥ・カワミがいるが、彼女はハルモニアからの出向という形でダンタリオンの傘下に収まっている。
そうすると自然と留守艦隊の指揮官はユーリエとなってしまうのであった。
「可動範囲が、かなり広いようですね……」
『引き出し式二重関節を採用しているようです。あれは強度が落ちるからウチでは採用していないんですが――』
『いえ、そういうことを議論している場合ではありませんわ!』
思わずその機構を賞賛してしまったユーリエとハイン・ラインに対し、危惧の声を上げたのはヒナゲシである。
『並の生徒だったらいまごろミンチよりひどいことになっておりますわ! お姉様やマリウスさまは……』
『うちの会長もいるから大丈夫ではあるでしょう』
「私もそう思います。ですが……」
回転をとめて、交互に腿上げしつつ、両肩を振り回しはじめた巨人を見上げて、ユーリは嘆息する。
「このままでいるわけにはいきません。少々危険ですが、轟竜を――」
『おまちください。ユーリエさま』
制止したのは、意外にもヒナゲシであった。
『……策はありますの』
『というと?』
ハイン・ラインが乗ってくる。
『餮竜を召喚して押さえつける……電熱巨人もかなり大きいですけれど、餮竜ほどではありませんわ。これが轟竜だと、身長差がありますし、なにより攻撃が――』
「はい……光線しかありませんから」
出力の調整はできる。
高出力で短時間、低出力で長時間などだ。
だがそれは、いずれも抑えつけるのには向いていない。
『ですから、ここは餮竜が適任だと思いますの。ただ……』
『召喚していないということは、何か不都合があるんですか』
『ええ。餮竜を召喚するのでしたら、全校生徒を動かさないと。それに――』
「『それに?』」
ユーリエとハイン・ラインの声が、期せずして重なる。
『最大の竜は、そのぶん大食らいですの!』
□ □ □
水師陰陽学園ミズミカド、総旗艦『ミズミカド』。
北半球の一番大きな中枢船よりなお一回り大きい戦列艦の艦橋で、ヒナゲシは大きく息を吐いていた。
「最後に確認致します。巨人内部にいるお姉様、およびマリウスさまとの通信は」
「陰陽科総動員で妨害の解析、および呼びかけを行っていますが、未だに繋がりません!」
三段の雛壇になった艦橋の中段から、そう報告が上がる。
その上段にある理緒の提督席には座らず、この傍らに立ち続けながら、ヒナゲシは別の確認を行う。
「『ミズミカド』艦内の負傷者、並びに非戦闘員の待避状況はいかがですか」
「横付けした救護戦列艦『ハナミズキ』に9割が移乗完了。まもなく完了の見込みです。また、『ハナミズキ』並びに各艦の陰陽科有志が『ミズミカド』に移乗。陰陽艦橋にて術式の展開を補佐しております」
「ありがたいおはなしですわ……移乗が済みましたら、最後報告してくださいませ。それとアイアンワークスの旗艦、およびダンタリオンの雷光号に通信をお願い致します」
「承知しました。まもなく繋がります」
すでにユーリエとハイン・ラインから承諾は得ている。
あとは自分の判断で召喚するだけだ。
『餮竜は危険です。いかなる時も、私の承認を得てから召喚してください』
理緒の言葉を思い出す。
だが、いまは。
「アイアンワークス、並びにダンタリオンに申し上げます! 当艦『ミズミカド』は餮竜の召喚を行う準備がまもなく整います。海上、上空を問わず周辺の皆様は待避してくださいませ!」
『アイアンワークス了解です』
『ダンタリオン、距離を取りました』
ハイン・ラインとユーリエからそれぞれ返答をもらう。
同時に、艦橋の司令部要員からミズミカドの非戦闘員退艦が完了した旨の合図が上がった。
「これより大提督の許可を代行として自らに行い、餮竜を召喚致します。責任はわたくしがとります! 皆様、ご準備を!」
艦橋の一階下にある陰陽艦橋から、莫大な魔力があふれはじめた。
同時にヒナゲシ自身も、懐から常日頃封印していた紙入れのそれを解く。
中には複雑な術式が書かれた札が五枚。これら一枚一枚が、ヒナゲシ自身の魔力を同じくらいのそれが貯蔵されているのだ。
「これと陰陽艦橋の魔力をかけあわせ、さらには私の魔力を乗せても数時間が限度……!」
五枚の札を同時に人差し指と中指に挟んで、ヒナゲシは叫んだ。
「星の守り手……四騎の大竜がひとつ、餮竜よ。ここに!」
旗艦戦列艦『ミズミカド』が大きく揺れる。
そう。最大の竜、餮竜は海上に召喚されるのではない。
この『ミズミカド』艦内に召喚されるのだ。
「え、なに、餮竜ってそんなに大きいの?」
「わかりやすくあちらの度量衡で申し上げますと、2000m以上といったところですかな?」
「でっか!」
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