第65話:未知のダンジョン(1)
ラコアから聞かされた話は当然と言えば当然。
俺たちは、自滅憑依体に関係する何かを求めて、地下を掘り進めていたのだ。
そこで見つけたダンジョンっぽい空間が目的のモノだと云われれば、
やっぱりねと感想を抱くか、やったねと喜ぶか、どちらかの反応が正しいはず。
しかし、こうも上手く事が運びすぎると不安にもなる。
なにせ今朝から掘削を始めて、まだ半日程度なのだ。
それも探す場所は平面ではなく、地中という三次元空間。
掘った場所以外は、ナナミの五感でしか探れない状況で。
いくら求めていたものだとしても驚かずにはいられない。
だからこそ、ラコアが口にした「神は何もしてくれない」という言葉に、
別の意味を見つけてしまう。
そう……全て神が仕組んだことなんじゃないかと。
事実として、この世界に神はいる――らしい。
神の頂の存在は常識であり、
そこに辿り着いた人物のひとりがダンジョンマスター、精霊ラコアの主だ。
リリスは神託を受けて俺の従者になり、
この世界の人間は、地位の高い者だろうと神託に逆らうことを避ける。
神が存在が真実なら……
その力で俺の、そしてハヤトの運命が決められているのではないか。
ハヤトがこの世界に来て、その五年後に俺が来たこと。
もっと遡れば、俺とハヤトが出会ったこと。
俺の聖魔眼や、そこからダンジョンに興味を持ったことさえも。
だけど――
「ユウキ……おまえの悩みはわかる。しかしだ――
自滅憑依体への対応の限界が刻々と迫る中で、こうして最短で元凶に近づけた、
そのことを今は素直に喜んだ方がいい。
奴等によって引き起こされてきた災厄を思えば、それが正解だ」
――あぁ、そうだ。
ハヤトこそ、この世界に来て五年、どれ程か想像もできないけれど、
多くの出来事を経験し、その中で自分の運命を深く考えたはず。
これが神による作為的な運命ならば、彼こそが、よりその被害を受けている。
その彼が五年の経験で得た結論――再会した、あの夜に教えてくれた。
この世界の全てを現実として受け入れるしかない。
不要な疑念など抱かずに、精一杯生きていくしかない――と。
その通りなんだろう。
運命だろうが何だろうが、
やらなければならないこと、やりたいことがあって、
それができるのであれば、悩む時間も、ためらう時間ももったいない。
ならば、答えはひとつ。
「あぁ、そうだな。俺たちは本当に運がいい」
そして俺はハヤトに偽りのない笑顔を見せる。
いまはこれでいい。
「ん……どうしたんだい。なんか予想と違うリアクションなんだけど」
ラコアが怪訝な顔をしている。
これが運命なら、ただ流されるのではなく、己の意志で従うべき。
ここにいるハヤトはそれを体現している。
リリスもそう。
神託のお告げで俺に従う彼女だけれど、そこには彼女の強い意志がある。
――それに、俺はこの運命が嫌いじゃない。
「ラコアの教えてくれたその情報こそ、俺たちが求めていたものなんだ。
自滅憑依体に対抗するためのヒントを探して、ここまで来たんだから。
だからこそ……自分たちの運の良さに、ちょっと驚いてただけだよ」
俺は仲間の顔を一度見渡してから、ラコアに答える。
「これで俺たちは自信を持って先に進める。本当にありがとう。
ドラワテのダンジョンマスタ――君の御主人様の救出、
まだ約束できる状況じゃないけど、おろそかにしないことだけは約束するよ」
◇ ◆ ◇
ダンジョンコアの精霊ラコアの話を聞いたあとは、すぐに次の行動を起こした。
最大の進展は調査対象が明確になったこと。
たとえそれが未知のダンジョンであっても、
ここを攻略すれば世界が救われるという事実は、何物にも代えがたい。
さらに、俺の穴掘り能力に頼る必要がなくなったことで、
動く人間を増やすこともできるようになった。
この報告は関係者から、
諸手を挙げての歓迎を受けた……のだけど、その様子は省く。
知らない人がいっぱい出てきたので、
全てをハヤトとリリスに任せて、ナナミやクレアと一緒に端っこにいたから。
で、その報告を無事に終えた俺の次の仕事は、
探索の拠点に造った小屋、その地下の部屋から、
ドラワテのダンジョン地下十一階予定地(草原エリア)までのトンネル掘削。
最初に開通した未知のダンジョンに繋がるトンネルは、
しばらくすると自動修復されて塞がる可能性があるからだけど、
それ以上に、あの草原エリアを中継地点にしたほうが何かと便利だからだ。
もちろん、新たに草原エリアに通したトンネルと、
その草原エリアに探索の中継施設を作ることは、ラコアの承諾をもらっている。
ラコア自身が新たに何かを創るには、
ダンジョンマスターの指示がないと無理だけど、
探索者なんかが改変した箇所を修復するか放置するかは、
薄緑色の精霊の権限内らしい。
こうして草原エリアを中継地点として、
未知のダンジョン探索をする下準備が早くも出来上がる。
そして――
◇ ◆ ◇
俺たち「勇敢な瞳」が中継施設で待機していたところに、
到着したばかりの調査隊第一陣が来て、いきなり偉そうな態度を見せる。
人数は……何故か三人だけだった。
「おまえたちは俺の命令に従え」
「……」
「それは、いま決められないよ。ルロイ様の実力は聞いているけど、
だからといって、人の上に立てる器かどうかは実際に見せてもらわないとね」
応対しているのはハヤトとアンヌさん。
面識はないけど、お互いの存在を知っているみたいな関係。
「おまえがハヤトで、女がアンヌか……。
ここに来る前に、おまえたちの探索者ランクはBかCランクと聞いている。
竜騎士だから移動が速い――という理由で、
自滅憑依体の対応を任され、いい気になっていたようだが……
相手がダンジョンならば、Aランクである俺たちの下に付くのが当然だ」
調査隊としてやってきたのは、
探索者の中でも有名なパーティらしく、リーダーはルロイっていう男性。
ハヤトより年上に見えるけど、
おじさんって呼び方が似合わない程度には若く見える。
そんな相手にもハヤトは動じない。
「手柄うんぬんのことを考えているのなら、そんなものは終わってから言え。
全て解決するのなら、そんなものはくれてやる。
だが上下関係の話をするのなら、その実力を見せてからにしろ。
先陣は譲ってやるから好きにすればいい」
「異世界人が……身の程を知れ。
チート能力などと都合の良いものを持っているからといって、つけあがるな」
俺はともかく、ハヤトにはチート能力と呼べるほどのものはない。
だけど、あの実力。さすが俺の親友。
ルロイって人は、そのハヤトよりも体格が良く、身長も高い。
さらに胸を張って、わざとらしく上から見下ろすように立っている。
「この世界で生きるのなら、身分の違いをわきまえるべきだな。
リリスよ、元王族として偉そうにしていたおまえなら知っているだろう。
いまはそこの貧相なガキの下についているそうじゃないか。
身分を捨てたおまえにはお似合いだ」
ルロイが話の途中で、元王女で今神官のリリスへと顔を向ける。
どうやら二人は面識があるようだ。
この時まで、リリスはそんなそぶりを見せていなかったのに。
「ワタシが偉そうにしていたなどと思われているのは心外ですが、
それはいいとしましょう。それよりも――
わたしの主であるユウキ様を侮辱する発言は、訂正していただきます」
「なぜだ。こいつもただの異世界人だろう。便利な武器を偶然手に入れて、
つけあがっているだけのガキに何の遠慮が必要だ」
無限ドリルの噂を知っているみたいだ。
もしかしてアンヌさんの広報の結果か。
「あなたの認識全てが間違っていますが、
ひとつひとつ訂正するのは時間がかかってしまいます。
ですので、あなたにわかりやすいことをひとつだけ。
ユウキ様は、世界を救うと神託によって選ばれた方。
あなたは、それをも否定するつもりですか。
もしそうなら、この場ではっきりとおっしゃってください」
「ぐっ……」
こんな男でも神託には逆らえないらしい。
「ワタシやハヤト様はユウキ様に従っているのです。
この場で貴族という身分を振りかざして、上に立とうとしても無駄です」
「……まぁ、いい。足手まといにだけはなるなよ」
「今の会話でおまえの器が良く分かった。ただ言った通り、先陣は任せてやる。
おまえのヘマに巻き込まれないように離れて付いていくから、さっさと行け」
ハヤトがこういう男を相手にする時は、いつもこんな感じ。
貴族のルロイは、俺の顔を最後までろくに見もしないで、
一旦この場から去っていった――最悪な第一印象を残して。
◇ ◆ ◇
「あの男、結局ユウキ君に自分の名前を名乗らなかったね」
ここはアンヌさんの(易しいではなく)優しい説明の出番だ。
「ガリドナさんよりも身分が上の大貴族、ジンデル家の次男。
実力は本物で、ボクやハヤトとレベル的には同じくらいじゃないかな。
仮に戦った場合、状況によって勝敗が別れるくらいの」
それはそれは。
「ただし、いまここで戦うとなると、あいつが一番強いかな。
ボクとハヤトは竜騎士で、竜がいない場所での戦いということは置いといても、
あいつは……全身が魔法具だらけだからね。武器とか防具とか全部」
ふむふむ。
「次に魔王が世に現れたら、
あいつが勇者に選ばれるってほぼ決まっているみたいだし、
そのための手柄が欲しくて、この話を聞きつけて早馬を走らせてきたみたい。
人が集まる前に解決したいからって」
勇者ってのは選ばれて決まるもんなんだ。
「で、隣にいるのがカガって男。ユウキ君の世界で忍者ってのがいるらしいよね。
彼は異世界人じゃないけど、
その役目にほれ込んで、自分は忍者だって公言している」
忍者ねぇ……。
「実力は、ルロイが認めるだけはある。
ボクでさえ、索敵能力世界一は、彼だって思ってたくらいだから。
ナナミちゃんを見るまでは……だけどね。
それと闇魔法が使えるから、総合的な戦闘力はAランク探索者として十分」
この話、ナナミもとなりで聞いている。
「で、あとはベルクって大魔法使い。
ルロイの光魔法と神聖魔法の師匠だけど、他の系統の魔法もかなりの実力。
技巧はボクやハヤトだって引けを取らないけど、
威力っていう点で格の違いを見せつけられるって感じかな」
クレアも一緒に聞いている。
「ということで……探索者Aランクパーティってのは、
コネとかで手に入れたモノじゃない。彼らにその実力は十分にあるよ」
優しい説明ありがとうございます。
◇ ◆ ◇
身支度を整えて、さっそく探索の開始。
草原エリアの端で武骨に突き出ている未知のダンジョンへの入り口。
先に行くのはルロイたち。少し離れて俺たちが進んで行く。
しばらくは一本道。ダンジョンの構成としては珍しい。
途中に俺が最初に開通させた穴を横目で見ながら通り過ぎ、
そこからさらにかなりの距離を歩いたころ、
これまで静かに歩いていたナナミが囁いてきた。
今日もクレアを肩車している。
「この先に何かがいる気配を感じたデス。たぶん十匹は居るデス」
このナナミの報告を、先頭を歩くカガって忍者もどきの人が聞き取ったらしい。
距離をとって進んでいたこっちの内緒話が耳に入るくらいには、
高性能な聴覚の持ち主。アンヌさんが賞賛しただけはある。
「おい、そこの小娘……適当なことをいうな。
たとえ猫人族と云えど、拙者が察知していないものに気づくなどありえん」
忍者という先入観からか翻訳指輪の働きが偏っているみたいだ。
彼の一人称が「拙者」だった。
そんなカガって人がこちらを向いて文句を言うのを、ルロイが聞き返す。
「どうした」
「はっ、あのネコ娘が敵の気配を感じたなどと」
「おまえは感じたのか」
「いえ、この先に何者かの気配は未だありません」
「だとすれば、おまえが正しいに決まっている。
ここはダンジョン、いつかは何かが出てくる。
何も感じなくとも先に言っておき、出し抜いたと思わせる。姑息なやり方だ」
「はっ、その通りですな」
――そう思うのならそうなんだろう。おまえにとってはな。
そこから、少し歩を進めて短い時間が経ったとき。
カガが手を横に突き出し、後続を止める仕草をする。
この距離がナナミとカガ、二人の間にある索敵能力における絶対的な差。
「敵か……?」
「はい、そのようです」
「数は?」
「……十体程度かと。まだ遠いですが用心を願います」
「わかった。おまえもネコ娘のハッタリに惑わされる必要はない。
これからもしっかり頼む」
「はっ、お任せを」
などと、こちらに向けて聞こえるように話すルロイたち。
だが、こちらはもっと驚くべき報告をネコミミ少女から受けていた。
ルロイたちからさっきみたいな態度をとられても不愉快なので、
今度は聞かれないよう、さらに離れた場所でナナミから聞いた内容は……。
「先にいる気配は、ちょっとおかしい動きをしてるデスが……人間デス」
第65話、お読みいただき、ありがとうございます。
次回――「未知のダンジョン(2)」
未知のダンジョンで遭遇した驚くべき敵の正体は?……です。
更新は……出来上がり次第です。すみません、なるべく早くします。




