第64話:地下に消えた影(3)
突然の出来事に、声のした方へと慌てて振り向く。
俺たち以外、ここに誰もいなかったのは確実だ。
降りてすぐに【空間把握レベル2】で周囲を探っていたのは勿論だけど、
それ以前に「あの」ナナミが誰もいないと言ったのだ。
やはりハヤトも、声がするまで分からなかったらしい。
俺と同じタイミングで振り返っていた。
但し、その手には抜いた刀を持ち、身構えていたところが俺との違いだ。
その上で相手を刺激しないように静かな声で問う。
「おまえは……何者だ」
一方、俺は声の主の意外な姿に驚いていた。
まだ、この世界のファンタジーっぽさに慣れていなかったせいもある。
その姿は、見た目が近い動物でいうと……コアラ、かな。
ほぼ全身が薄い緑色で。抱えられるサイズのぬいぐるみって表現がピッタリ。
ピンク髪のネコミミ少女や、肌が薄紫色の美女にはもう慣れたけれど、
会話ができるマスコットキャラは初めてだ。
それだけでも随分と意表を突かれたのだけれど、
さらに宙に浮いていて、さらにさらに、後ろが透けて見えている。
たぶん実体がないとかそんな感じ。突然現れた理由もそこにあるのだろう。
ナナミが気づかなかったわけだ。
いまそのナナミは驚いてはいるものの、相手の見た目からか、
天性の勘が働いているのか、危機感を抱いているようには見えない。
クレアを肩車したまま、ハヤトに庇われるように彼の後ろにいる。
そんな状況で、薄緑コアラの返答は……。
「ボクの名前はラコア。見てのとおり精霊さ。
言っておくけど悪い精霊じゃないよ」
精霊と云われれば否定できない姿だけれど、見てすぐにわかるもんか。
とりあえず今は「悪い精霊じゃない」って自己紹介が嘘でないことを祈ろう。
こういう時には、いつも冷静さを失わないハヤトの存在が本当にありがたい。
「おまえは、ここが何だか知っているのか」
「ここを説明するのは一言じゃ無理なんだ。
それに、ここはボクにとって、あんまり長居をしたい場所じゃない。
ちゃんと説明するから、ボクについてきてくれるかな。もちろん全員で」
奇妙な存在の出現を知ったリリスとアンヌさんも、
天井の穴から降りてきていて、今は少し離れた場所に立っている。
そんな俺たち全員の姿を見渡して、
自称「良い精霊」ラコアが、半透明のコアラ顔でニカッと笑う。
「といっても、すぐにボクを信じることは出来ないよね
だから手っ取り早く、信用してもらえる分だけ、手短に今ここで話すよ。
聞いてもらえるかな」
「よし、話してみろ」
「ボクは、君たちの言うドラワテのダンジョン、
そこのダンジョンコアの精霊なんだ。知っているかい、ダンジョンコア?」
「あぁ、知っている」
驚くのを通り越して「へぇ、そうなんだぁ」と聞くしかない話を、
冷静に受け止めるハヤトに逆に驚いてしまう。
「そうかい、それだと話が早いんだ。良かったよ。
でなんだけど、君たちの顔に見覚えがあるから、その話をしてみよう。
そこの君、ちょっと前にモグラを倒してくれたよね。ありがとう。
あいつはイレギュラーだったんだけど、ボクじゃどうしようもなくてね」
「はぁ……」
ラコアの云うモグラとは、
俺たちがどうにかこうにか倒した隠しボスのことだろう。
「それと君、あの時からかなり経つけど、竜は元気かい。
あの竜もイレギュラーだったけど、こっちはいい意味でだね」
「……元気にやっている」
ハヤトの竜、イブキのことだ。
ドラワテのダンジョンで手懐けたと聞いている。
「そう、それは良かった。
とりあえずこれくらいで、ボクのこと信じてもらえないかな。
ドラワテのダンジョン、そこのコアの精霊……ボク、ラコアのことを」
言う通りの存在であれば、二つの話題は的を得ている。
だからといって全てを鵜呑みにはできないけど。
イブキのことは有名な話らしいし、
モグラのほうは、その強さ故に、探索者組合で注意喚起されているはず。
知ろうと思えば、誰でも知ることのできる事実ではあるのだ。
それでもこの場で、この話題を持ち出してまで嘘をつく理由は無いとも思う。
ハヤトがラコアの言葉に答えず、質問を続ける。
「ここはドラワテのダンジョンの中なのか……?」
「そうでもあるし、そうでもないとも言える。
それも含めて説明するから、ボクについてきてほしいんだ。
長居すると、君たちにとっても面倒なことになるかもしれないよ」
ここで親友はどうやら腹を括ったようだ。
俺も同じ気持ちだった。
未だ半信半疑なのだけれど、虎穴に入らずんばってヤツ。
こういう時は、俺が促して、ハヤトが認めるのがいつものやり方。
「ハヤト……行こう」
「わかった……ついていくから先に行け」
後ろを見ると、ナナミはまだ怪訝な顔をしているけれど、
リリスとアンヌさんも首肯していた。
ナナミに肩車されているクレアは、いつも通りの無表情だ。
「よし、こっちだよ」
ダンジョンコアの精霊と名乗る薄緑色のコアラ――ラコアの後ろをついて、
ダンジョン通路にしか見えない地下通路を俺たちは歩いていった。
◇ ◆ ◇
ドラワテの町方面に地中を進んで行って、到着した場所はやはり地下の空間。
ダンジョン通路を進んだ先なのだから、それも当然だろうけど。
俺の【空間把握レベル1】で確認すると、
ドラワテの町の真下にあったダンジョン後半の階層、その南の位置。
湖からは離れていったことになる。
今いるここは、遠くまで見渡せる開けた空間。
だからといっても、意外性は少ない。
なぜなら、ダンジョンの環境エリアみたいな場所だったから。
そんな場所はドラワテのダンジョンで見慣れている。
あそこには岩石砂漠や熱帯雨林なんかがあったけど、
ここに名前を付けるなら――草原エリア。
空には例によって疑似太陽。
暗い通路を歩いてきたせいで、やけに眩しく見える。
それから、視界にある大部分が、背の低い草が生えている爽やかな風景。
奥の方に下草の少ない森と、その先に低い山が見える。
ナナミが「おおおー……デス」と感嘆の声を上げている。
こういった場所に感じるモノがあるのだろう。
そんな中で明らかに浮いた景色になっているのが、
俺たちがこのエリアに出てきた場所。
草原と森の境目、地面が急に盛り上がり、
通路の出入口がボコッと斜め上に突き出ている。何だか無理やりな感じ。
周囲の雰囲気に溶け込めない異物感がある。
その理由も含めて、ラコアが説明を始める。
この時はまだ陽気な声だった。
「ここはドラワテのダンジョンの地下十一階。
いまのラスボス部屋のある階層、その先の階層にする予定のフロアなんだ。
まだ転移扉をつけていないから、完全に隔絶されているんだけどね」
そういえば、ドラワテのダンジョンは、
長いこと階層を増やしたりしていないって聞いた覚えがある。
ここがその予定の場所だったのか。
そうとしか思えない風景に、俺はラコアの話を信じる気になっていた。
ダンジョンを語る言葉は俺の心にしっかり届くのだ。
「大きさは他のフロアの半分もないけど、
魔物の出ない安全な階層として、開放するつもりだった。
休憩所とか店とか宿屋とか、自由に作ってもらうつもりでいたのさ」
その説明も納得できる。この穏やかな景色にぴったりだ。
俺のダンジョンにも、こんな空間が作れたらどんなにいいだろう。
「こうして、ほとんど完成して、
もうすぐお披露目って時に、突然、あれが起こったんだ」
声のトーンを少し落として、ラコアはここまで来た通路に身体ごと向ける。
「いきなりあの穴が開いた。
ダンジョンの構造はダンジョンマスターが許可しない限り変形はできない。
仮にああやって穴が開いても、
時間が経てば自然に元にもどる……はずなんだけど、あれはそうじゃなかった。
ボクにはその理由がすぐにわかった。あれが……あれもダンジョンだったんだ」
「今まで通ってきたトンネルは、別のダンジョンということか」
「そう、別のダンジョンマスターの支配下にあるダンジョンだ。
厳密に言うと二つの意味で違うのだけど……ね」
「確かおまえ、さっきの通路を、
ドラワテのダンジョンでもあり、そうでもないと言ったな」
「うん、ひとつはそれ。あそこくらいまではどうにかボクにも支配できている。
とはいっても、せめぎ合いをしている感じ。
あそこに長居したくなかった理由はそこなんだよね」
そう言ってラコアが大げさに眉をひそめているところで、
話の腰を折ってしまうけど、どうしても先に聞いておきたいことがあった。
ダンジョンの構造が自然に回復してしまうというのが本当なら……。
「もしかして、俺が掘ってきた穴って……、
さっきの通路に到着した穴って、いつの間にか塞がったりしないよね」
アレが塞がると、地上に戻れなくなってしまう。
「それは大丈夫……ほら、そこの穴が塞がらないのと同じで、
あそこくらいまでは、こことあっちとの力関係で修復がされないんだ。
それにもし塞がったとしても、ここから地上に向けて穴を掘ってもいい。
ボクが許可すればね」
「そう、それなら良いんだ。じゃあ話の続き。
あっちが普通のダンジョンじゃないっていう、もうひとつってなに?」
薄緑の半透明な精霊ラコアに対して、
すっかり普通に話せるようになってしまった。
この世界に来て、いろんなことに慣れるのがどんどん早くなる。
「そう、それ。その話が一番大事なんだ」
ここでラコアが完全に真顔になる。
今までの大げさな表情がまるで演技だったかのようだ。
「あっちにもダンジョンマスターがいてダンジョンコアがある……はず。
それを調べるため、話し合うためにボクのマスターが中に入っていって……」
ラコアが一度目を伏せる。
短い沈黙のあと再び顔を上げて、やはり真面目な顔で話し始めた。
「それから戻ってこなかった。今の今まで一度も。
そのあとさ……ボクがあの通路を先に進もうとしたのは。
でも、悲しいけど、ボクはこのダンジョンから離れることが出来ない。
何とか頑張って支配下において、やっとさっきのあたりまでなんだ。
そのまま長い時が経ってしまった。人間の数え方で六年くらいかな」
リリスもアンヌさんも静かにラコアの話を聞いている。
「それで、わかったことがある。さっき言ったのを覆すようだけど、
あっちのダンジョンにはダンジョンマスターがいない……と思う。
それに、あっちのダンジョンコアは異質だ。何かがおかしい。
どっちも、ダンジョンコアであるボクの感覚でしかないのだけれど……」
こういった話の時には、
ナナミもクレアも空気を読んで大人しくしている。
「そこに原因があって、ボクのマスターが囚われている――と、
そう考えているんだ。でも、ボクじゃマスターを捜しに行けない」
「……ダンジョンと云えば神の管理下じゃないのか?
ダンジョン同士のトラブルなら、神にでも相談すれば良いような気もするが。
おまえにだって、それくらいできるだろう」
ハヤトがそう話す根拠は、以前に俺も教えてもらった。
ダンジョンマスターは神の頂の到達者。
ダンジョンコアは神からの授かりもの。そしてラコアはその精霊なのだ。
「そんなことは無理。神と話をするなんて、そんな権限はボクにはない。
ただのダンジョンコアなんだから……神に知り合いもいないし。
それにたぶん神は、マスターがいなくなったことを知っている。
でも何もしてくれないんだ」
ラコアは本当に困ったような顔で、声にも力がない。
しかし俺は考えていた。
――神は本当に何もしていないのか……?
やはりハヤトが冷静に情報を得ようとする。
「ならば他の人間でも何でも、頼れば良かったんじゃないのか。
なぜオレたちを待っていたみたいなことを。
ドラワテのダンジョンには、いつだって探索者がいるだろう」
「それも……ダメなんだ。到達した者にだけ宝や知恵を授ける。
ダンジョンコアの精霊として、ボクはその大原則に逆らえない。
だから、ここか、あの通路に自力で辿り着ける人間をずっと待っていたんだ」
「それで……おまえの望みは、
ダンジョンマスターの救出ということでいいんだな」
俺たちは、次のラコアの言葉を内心で予想していたはずだったけど、
やはり驚かずにはいられなかった。
「そう、そして……それは君たちのためでもあるはず。
ここに辿り着いた君達だからこそ教えられる。心から『おめでとう』と言おう。
あっちのダンジョンにいる何かが、ボクのマスターを捕らえている何かが、
君たちの言う……『自滅憑依体』の元凶なんだ」
第64話、お読みいただき、ありがとうございます。
次回――
ついに自滅憑依体事件解決への糸口を見つけたユウキたち。
敵は未知のダンジョンの中。選んだ手段は……です。
更新は来週したいと考えていますが……遅れるかもしれません。
すみません、なるべく早くします。




