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第63話:地下に消えた影(2)

「それは……どの程度の話なんだ?」


 リリスの衝撃の告白を聞いて、俺は言葉を失っているというのに、

 ハヤトは、多少驚いた様子を見せてはいるが、問う口調は冷静だった。

 それに答えたのはアンヌさん。


「ボクも実物を見るのは今回が初めてだけど、古い記録で読んだことがあるよ。

 何処かの王族を助けるために、大魔法使いがこれを半日使い続けた結果、

 まるでミイラのような姿になって……回復魔法も効かず命を落としたらしい」


「半日の代わりに命……か。

 すぐにすぐというわけではないのが、まぁ救いと云えば救いだな。

 それで効果はどうなんだ……究極の防御壁という話だが」


「【神域結界】は結界魔法として最上級、望まないもの全ての侵入を拒むってさ。

 人物、もの、物理攻撃、魔法攻撃はもちろん、音とか光とか、

 呪いとか形のないもの、あらゆる全てに対して、出入りの取捨選択ができる。

 拒めば、空間転移を使っても、中に入ることができないらしいよ」


「だから神聖魔法と空間魔法の合成なのか」


「それに、使用中に結界ごと移動できるってのもすごいんだけどね。

 で、その究極の安全地帯を創りだすために、膨大な魔力を要求されるらしい。

 それは、並外れた魔力量を持つリリス様でも、賄えないほどなんだ」


「リリス様でもか。とすると――

 神の頂に到達できる人間くらいでないと、無傷でいられないということか」


「彼らの中でも上位の人たちでないとダメらしい。

 たぶん教会には、使いこなせる人材はひとりもいないだろうね。

 それでも使おうとすると、代わりのものを要求してくる。生命力そのものを。

 教会の人間がこの聖法具を使うには、それを前提にするしかないんだ」


 俺はまだ気持ちの整理がつかないままでいる。


「なんで、そんなものをリリスに……」


「ユウキ様……、先程ユウキ様がおっしゃられましたよね。

 今回の調査は危険だと。その覚悟を求めましたよね。

 この『神界石』は――

 その危険を軽減するためのものであり、必要な覚悟のひとつなのです」


 静かに話し始めたリリス。


「自滅憑依体の根絶にユウキ様の存在が不可欠なのは、教会側の共通認識です。

 にもかかわらず、教会の上層部は、

 ワタシが受けた神託を優先すると決め、ユウキ様への干渉を極力控えている。

 そんな中、唯一とった方策が、これをワタシに預けることでした」


 これが俺の質問への答え。


「もちろん教会には教会の思惑があるのでしょうけれど、その理由が何であれ、

 神器に等しい『神界石』を預けてくれたことには、只々感謝しかありません。

 ユウキ様をお守りするために、これほど心強いものはありませんから」


 代償はリリスの命。


「ワタシはその時が来たら、ためらいなく、この力を使います。

 ユウキ様、ハヤト様、お二人に問われる前にお話をすべきでしたね。

 申し訳ございません」


 そう言いきるリリスの瞳に迷いは全く見えない。

 ここまできても、まだ俺は答える言葉が見つからない。

 そんな俺に何を感じたのか、ハヤトが口を開いた。


「数年前、まだ自滅憑依体の呼び名もなく、

 対処法も確立していなかった頃の犠牲者は数千人におよぶ。

 その後、浄化魔法の効果が判明し、今は連絡用魔法石による迅速な対応で、

 何とか被害を抑えてはいるが……逆に出現頻度が上がり、危機感は募っている。

 教会側も『もう後がない』と考えるのは当然。その対応は理解できる」


 顔はリリスのほうを向いているが、この説明は俺に向けて、の気がする。


「ただ、ひとつだけ……。

 今の話を隠したまま、あなたが命を落とすようなことになれば、

 あなた自身が一番に考えるべき人間がその時どうなるか、

 リリス様にはその考えが抜けていた――この事だけは念を押しておく」


「はい、思い違いをしていました」


 リリスがハヤトの指摘に素直に頭を下げる。

 ここでハヤトが俺のほうを向く。


「リリス様がこうして話してくれた以上、

 いざという時、その聖法具を使うのをオレは止めない」


 この時、ようやく俺にもわかった――ハヤトが唐突にこの話を始めた理由が。

 リリスを思いとどまらせようとしたんじゃなくて、

 俺に覚悟をさせようとしていたんだ。


 ここから先は、本当に命にかかわることが起きるから、その覚悟をしておけと。

 俺よりも五年早くこの世界に来た先輩として。


「リリスもハヤトもユウキを守るデス。ナナミもユウキを守るデス。

 でも、ユウキは守られてばかりじゃないデス。どんどん強くなっているデス。

 もう、一緒に並んで戦えるくらいになっているデス。

 だから、みんなで一緒に戦うデス!」


「……アタシも」


 俺は覚悟を決めたつもりだったけど、それは自分のことだけ。

 それだけじゃ足らなかった。みんなの覚悟を受け止める覚悟が足らなかった。

 ナナミとクレアにも、それを教えられてしまった。 


「リリスの覚悟は良くわかったよ。

 いや、わかっていないのかもしれないけれど、いまはわかったことにする」


 俺には言えない。

 リリスに神界石を使わないで欲しい、だなんて。

 この世界よりもリリスの命が大事だなんて嘘だらけの台詞も、

 世界もリリスも両方俺が守るなんて漫画のヒーローみたいな言葉も。


 だけど俺にもできることがある。

 この場にいる全員が俺の覚悟と同じものを持っていると信じること。


「ナナミもクレアもありがとう。俺は俺のできることをするよ」


 ここで、ようやく気負いのない声を出せた。

 そんな俺の変化に気づいたハヤトが、ほんの少し表情をやわらげる。


「ユウキ、オレの覚悟の心配はしてくれないのか」

「ハヤトは、いつだって俺の覚悟と同じものを持っているじゃないか」

「……」


 ――ハヤトが照れている。


 俺も照れるじゃないか。


「はーい、そこで男同士見つめ合わないでね。変な空気が流れるから」


 アンヌさんがジト目になっている。

 けどそれは、この場の雰囲気を和らげるための演技なのはわかる。

 となりでリリスは、もうすっかり気を緩めて、今は自然な笑みを浮かべている。

 ナナミは「やるデス!」と元気で、クレアも頷いている。


 ――みんな、俺の「大切な存在」、大切な仲間。


 これが、セイカ湖の調査を決めた、その夜の出来事だった。



 ◇ ◆ ◇



 そして三日後。


 ドラワテの町の外側、セイカ湖に向かって少し歩いた地点。

 数人がはいれる程度の大きさしかない、簡単な造りの小屋の前。


 ここにいるのは、俺たち「勇敢な瞳」全員と、

 ドラワテのグラディ町長、そして町の警備隊の男性が四人。

 

「湖には昨日から調査に入っているが、今のところ特に変わった報告はない。

 五日間を目処にして、それまでに何もなければ、とりあえず調査を中止する」


「あぁ、それでいい。まだここに何かあると決まったわけではないからな」


 事前準備として、この場所に調査用の縦穴と、

 最深部に待機用の空間を、昨日のうちに無限ドリルで作成済みだ。

 この小屋の目的は、その穴を保護隠ぺいするためのもの。


「では、行ってくる。何かあったら、打ち合わせ通りに頼む」

「あぁ、気をつけて行ってこい」


 ハヤトとグラディ町長との挨拶が終わり、俺たちだけで小屋の中に入る。

 板張りの床に造られた両開きの扉を開けると、俺が掘った垂直に降りる穴。

 すでに下に降りるための梯子も用意されていた。


 グラディ町長の指示のもと、小屋と一緒に、突貫工事で作ってもらった物だ。

 さらにここには、昼夜を問わず、警備をつけてくれることにもなっている。


「じゃあ、行こうか」


 俺の号令に皆がうなずいた。



 ◇ ◆ ◇



 梯子を降りて、土に囲まれた待機所。

 ここから地上との距離は、間にダンジョン一階層分くらいは優にあるだろう。

 あの洞窟用魔法石が設置されていて、明るさは十分にある。

 部屋の片隅には、用意してもらった食料や資材が積まれている。


 俺のやることは、ここから湖に向けて、

 怪しいものがないか、体力の続く限り掘り進めていくだけだ。

 俺は湖の方角を正面にして、掘削形態に変えた無限ドリルを構える。

 仲間は皆、灯りのともったカンテラを手にして、背後から見守っている


「ハヤト、いざという時は頼む」

「任せておけ」


 俺の言葉足らずの要求に、ためらいなく答えてくれる親友。


「ナナミ、何かに気付いたら教えてくれ」

「はいデス!」


 超越五感を持つネコミミ少女は、今回の調査で一番重要な役目だ。


「クレアはナナミを助けてやってくれ」

「……うん」


 ナナミに肩車されているクレア。二人の合体技は頼もしい。


「リリスは、あまり無茶をしないように」

「ユウキ様……もう少し気合の入る励ましをお願いしますわ」


 そう言いつつも優しい笑顔を浮かべるリリス。

 もし自滅憑依体が姿を現した場合、彼女の神聖魔法は欠かせない。


「アンヌさんは……」

「ユウキ君……無理して言うこと考えなくてもいいよ。ちゃんとやるから」

「……はい、すみません」


 無限ドリルの傘の刃が高速回転を始める。

 そのまま数歩前に出て、土壁の掘削を開始する。



 ◇ ◆ ◇



 実際に調査といっても、相手は土の中。

 掘り進めた場所以外に何かがあったとしても、それを目にすることは出来ない。

 そこから先は、ナナミの五感に頼るしかないのだ。


 ということで――

 おしゃべりなんかの雑音で、ナナミの邪魔をするわけにはいかない。

 ただでさえ、掘削中はそれなりに大きな音が出ているのだから。

 俺は無言で無限ドリルを使い続ける。


 今日の予定は湖の手前まで。そこで再び待機所にする空間を掘るつもり。

 歩く速度の半分くらいで前進しているので、日没前には何とかなるだろう。

 最終的には湖の下の地層も調査するため、少しずつ下るように掘削していく。

 

 無限ドリルを使用している間は、ずっと魔力を消費しているけれど、

 その量はあまり多くないので身体に負担はほとんどない。

 だから、気持ち的にちょっと余裕もあって、別のことを考えたりもできる。


 ――ミリアさんは大丈夫だろうか。


 洞窟村や猫耳村、俺たちの拠点の地主である魔族ソニアさん。

 あの人の侍女にして娘、それからクレアの姉でもある――ミリアさん。

 彼女には、いま大事なことをお願いしている。


 それは――猫耳村の子供たちの相手。


 俺がこの調査をするにあたって、

 気がかりだったのは、あの子たちのダンジョン探索のことだった。

 特に八艘飛びバッタの魔石は、いまの猫耳村にとって最重要財源なのだ。

 それが途絶えると、いろいろと不都合が出るほど。


 とはいえ、俺はまだしも、ナナミがいなければ、

 八艘飛びバッタの相手は子供たちだけでは難しい、というか無理。

 しかし、ナナミの超越五感はこっちの調査に不可欠。


 どうしようかと頭を悩ませていたら、

 クレアが「姉さまに代わってもらえる」と言い出した。


 ――確かにあの人なら大丈夫だけれど。


 身体能力はナナミのほうが上だけど、総合力ではミリアさんのほうが上。

 瞬間移動するバッタ相手でも、

 あの雷魔法があれば、後れを取ることはないってのは俺でもわかる。


 ただ、あの人の本職はソニアさんの従者。

 頼むのは気が引けると思ったのだけど、すでにクレアが話を付けたらしい。


 ソニアさんの了解までもらって、ミリアさんが来てくれたのが昨日。

 俺はここで縦穴とか掘っていたので、会って直接お願いできなかったけど、

 ナナミとクレアが子供たちとの顔合わせと、必要なコトを伝えてくれたらしい。


 といったわけで、もう今日からお願いしている。

 今頃は、ミリアさんに付き添ってもらって、

 子供たちが俺のダンジョンで魔物退治をしているはず。


 と、まぁ、そんなことを考える余裕があったのは、午前中まで。

 途中、何度か短い休憩は入れたけど、

 そろそろ昼食をと、その場を少し広めに掘っていたら――


「その下! おっきな穴があるデス!」


 突然のナナミの声。

 俺はすぐに無限ドリルを止める。

 駆け寄ってきたナナミが、掘ったばかりの空間、俺から見て左隅を指差す。


「この先デス!」


 言われた場所に無限ドリルを向けて、

 ゆっくり押し込むように掘削、柄の長さくらいを掘り終えた時――

 ボコッと音がして、先にあった土が無くなる。

 ナナミの言った通り、さらに先に空間があって、そこに落下したらしい。


 だが、もっと驚くことがあった。


 俺が開けた穴の先から、光がこぼれていたのだ。

 誰もいるはずのない深い地中。光を必要とする者などいるはずのない地中。

 そこから、カンテラの灯りに負けない明るさが覗いている。

 全く予想していなかった事態に誰も言葉がでない。


 俺は無言のまま、光の見える穴をゆっくりと広げていく。

 掘削した土を下の空間に落とさないように、無限ドリルで全て吸い取るように。


 そして人が通れる大きさの穴が完成。

 もう見間違いなどではない。

 その先は、人工的としか思えない光のある空間だった。


「オレが見る」


 ハヤトがそう言って俺の身体を押しのけて、穴に顔を入れる。

 俺たちが固唾を飲んで見守る中、

 一度ハヤトは顔を上げて、さらに衝撃的なことを告げる。


「おそらく……ここはダンジョンの通路だ」

「もしかして、ドラワテのダンジョンなのかい……?」


 背後で見守るアンヌさんの声に、振り向かず答えるハヤト。


「見ただけではわからない、……ユウキ、

 おまえの頭の中の地図だと、ここはダンジョンの区画なのか」


「いや、違う。こんなところにドラワテのダンジョンはない」

「……ナナミ、気配を探ってくれ」

「……はいデス」


 ナナミも今の状況を、ただ事ではないと感じているのだろう。

 真剣な表情で頷いたあと、ハヤトの代わりに光の射す穴に顔を入れる。

 そのまま静かな時間が流れ、

 しばらくして顔を上げたナナミは、一言一言を確認するように報告してくれた。


「近くにはいないデス……でも、遠くに何かの気配は感じるデス」


「そうか、リリス様とアンヌはここに残ってくれ。

 ユウキ、ナナミとクレア……一度下に降りてみよう」


 その場にリリスとアンヌさんを残して、

 ハヤトがダンジョン通路と呼んだ場所に、ロープを伝って順番に降り立つ。

 灯りに照らされて、俺の目の前に広がった光景は……。


「確かに……ダンジョン通路だ」


 地中を進むその空間は、自然の洞窟とは言い難く、

 かといって完全に整備されたトンネルとも言えない。


 道幅は十人程度なら横に並んだまま歩けるほど。

 足元は平らに整地され歩きやすいのに、激しく凹凸を残す天井と壁。

 そして不規則に設置された灯り。


 ドラワテのダンジョンと変わらないようにも見えるけど、

 醸し出す雰囲気が、何故だか異質な感じがする。


 けれど、誰がどう見ても、ここはダンジョン通路だった。


 視線を上げると、天井と壁の境目あたりに俺たちが通ってきた穴。

 そこに、驚きの表情を浮かべているリリスとアンヌさんの顔が並んでいた。


 その時――


「やぁやぁ、君たちは探索者だね。

 ここを見つけてくれて嬉しいよ。ずっと待っていたんだ」


 誰もいなかったはずなのに、知らない声がした。

 やけに明るい声だった。



 第63話、お読みいただき、ありがとうございます。


 地下にあったナゾのダンジョン通路。

 ナナミですら気配を察知できなかった声の主。

 次回、全てが明らかになる、かも……です。


 なお、次週の更新はお休みさせていただきます。

 従いまして、次回更新は3月9日の予定になります。

 よろしくお願いいたします。


※もうひとつの連載中の作品

「自作ダンジョンで最終ボスやってます!【邪神降臨編】」

現在、第九話まで掲載中です。良かったら読んでみて下さい。

http://ncode.syosetu.com/n1169du/


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