第66話:未知のダンジョン(2)
この通路の先に人間がいる――
意外なナナミの報告に驚く俺たちだった。
それを知らないルロイたちは、
これから起こる戦闘が通常の魔物相手だと考えているのだろう、
何ひとつ気負うことなく、通路を先に進んで行く。
それはAランク探索者としては正しい姿だろうし、
最初の印象がなければ、彼らのことを頼もしいと思ったはずだ。
前を行く三人の後ろ姿を見ながら、
この情報をどう扱うか迷っている間に、あちらとの距離が開いてしまった。
俺たちは慌てて後を追う。
ハヤトとアンヌさんは彼らに伝えないと決めたらしい。
何も言わず歩いている。
こうして結局、この情報を伝えられないまま歩を進めていると、
途中、ナナミが珍しく前言を撤回する。
「……人間じゃないデス。何か別のデス。
ただ……知っている気配のような気もする……デス」
ナナミの表情は自分が間違えたことよりも、
その気配を発している存在に対して、何かが納得できないという顔だった。
どうやら、この先にいるのが人間だと、
ルロイたちに伝えなかったのは正解だったようだけど……。
ナナミの感覚に間違いはないと知っている俺たちは、
歯切れの悪い彼女の説明の中に、必ずあるはずの真実を考えていた。
そうこうしているうちに俺の【空間把握】が、
この先に広い場所――ダンジョンの部屋があることを感知する。
そして――
通路の角を曲がった先に、扉も何もない突然広がった空間があった。
最初のダンジョン部屋。
ルロイたちが部屋に足を踏み入れるのに遅れないよう、
俺たちも足早に追いかけると、ナナミが感知した何かの存在がいた。
その数、感知したとおり(おそらく十人という数え方ではなく)十体。
ルロイたちも判断に困っているようで、入り口で警戒態勢のまま、
こちらに対して「あれが何か……誰なのか知っているか?」と訊いてくる。
彼らが「誰?」と尋ねてきた理由も含めて、
これまで曖昧だったものが明確になる感覚を、その時の俺たちは味わっていた。
ナナミが一度人間と判断して、それが間違いだったと訂正した理由。
気配に覚えがあると言った理由。
そしてここが……間違いなく、
自滅憑依体と関係のある場所だと確信できた理由。
なぜなら、そこに居た十体の存在は、
ドラワテで自滅憑依体に憑りつかれ、リリスが浄化に成功した、あの――
マルトフさんにそっくりだったのだ。
◇ ◆ ◇
正確に言うと、マルトフさん自身がいた訳ではない。
マルトフさんそっくりだけど、
全身が――髪や肌の色、そして服までもが――均一な黒色。
簡単に言葉にすると、
同じ姿の「全身艶消し黒色のマルトフさん」が十人、いや……十体。
部屋の反対側で思い思いの場所に立ち、こちらに顔を向けている。
その表情に敵意や驚きなどの感情はなく、ただ淡々とこちらを見つめている。
ルロイの問いに答えたのはハヤト。
「あの姿は、自滅憑依体に憑かれた被害者を真似ているようだな。
ヤトカイの町で俺たちが浄化した人物……つい先日の事件だ」
「そうか、あの姿がマルトフか。
すると……ここが自滅憑依体に関係しているのは、これで確実だな」
マルトフさんの事件は知っていたらしい。
ルロイが口の端だけで笑う。そして、その表情のまま部下に指示を出す。
「カガ……行け。だが、少し俺の分も残しておけ」
「はっ!」
自称忍者のカガ。
主人の命令にためらいもせず、
部屋の反対側、黒マルトフのいる場所に向かって走り出す。
俺からすれば全身艶消しの黒色だとしても、
人間の姿をした相手に刃を向けるのは躊躇してしまうが、彼には関係ない。
いや、この場にいる者で、それにためらいを覚えるのは俺だけか。
けれど俺だって覚悟は決めている。
この場は約束通りルロイたちに先に攻撃する機会を譲っただけだ。
カガの動きは速かった。離れた距離から、どうにか目で追えるほど。
もちろんそれは、ナナミよりも遅く感じる程度の速度なのだけれど。
カガの武器は短刀の二刀流。
低い姿勢で黒マルトフを襲撃する。
あれも忍者に憧れて選んだ武器なのか。
もしか……しなくても、十字手裏剣とか持っているんだろうな。
攻撃対象に選ばれた敵の反応は鈍かった。
カガとの実力差は天と地と言っても良いくらいはありそうだ。
そして――
正確に描写するとグロイ表現になるので、曖昧にしておきたい部分が切断され、
相手が本当の人間なら赤い色やらが飛び散るのだけど……、
やはり人間とは違っていた。
一瞬見えた切断面は表面と同じく艶消しの黒。
黒一色の精密な粘土人形と言ったところか。
これなら、この世界に来て日の浅い俺でも戦いに参加できると、
ちょっと情けない部分で安堵したりもしていた。
黒マルトフはというと、痛みもないのか、
もしくは感情がないのか、はたまた感情表現ができないのか、
どの理由かはわからないけれど、最後の最後まで表情に変化はなかった。
そのあと少しの時間を置いて、さらさらと砂のようにその身体を散らせる。
明らかに魔物とは違う消え方。もちろん魔石など残っていない。
仲間が(仲間と認識をしているのかさえ定かじゃないけど)倒されるのにも、
表情をまったく変えない、残った九体の黒マルトフたち。
ただ、カガを敵とは認識したようで、
腰に装備していた(これも黒一色の)サーベルを抜き、臨戦態勢をとる。
けれど、やはりその反応速度は、
ドラワテの町でハヤトに対峙していた時と比べて、数段劣っていた。
そんな俺の気持ちを読み取ったのか、アンヌさんが答えをくれる。
「あれってたぶん、マルトフ本来の能力を反映しているみたいだね」
「そうか……あの時見たマルトフさんは、
自滅憑依体に憑かれて、能力がかさ上げされていたんでしたっけ」
「うん、あのくらいが本当のマルトフの実力のはず」
そんな話をしていると、前にいたルロイが声を上げる。
「よし、あとは俺に任せろ」
「はっ!」
主人の指示に従いカガが下がる。
この時には、すでに黒マルトフは残り二体になっていた。
様子見を終えて、ルロイ自身が前に出る。
防具に身を固めて鈍重そうに見えたけど、そこはAランク探索者。
その姿でさえカガに劣らぬ速さで、
剣を抜きながら接近――たった一振りの動作で、並んだ二体を同時に仕留める。
砂となって消える黒マルトフ。
「ふん……こんなものか。さっさと次に行くぞ」
偉そうな口調で命令してきたけれど、
それに見合う実力をルロイが持っているのは、否定できない事実のようだ。
◇ ◆ ◇
先に進む通路は来た通路の反対側。
そこも扉は無く、これまで来た道と、同じ景色が続く。
分かれ道もなく、見通しを悪くするためだけに左右に折れ曲がる単純な構造。
地上の地図に当てはめると、はっきりと湖の方角に進んでいた。
長い通路の途中で、ナナミがこの先に感知したのは、三十数体の動くモノたち。
やはり人の姿をした何からしい。
さっきが黒マルトフだったのだから、
次の相手も自滅憑依体の被害者の姿じゃないかってのは、簡単に想像できる。
そして次の部屋に到着。
まったく予想を裏切らない姿がそこにあった。
だが今度は三十数体の敵、全員の姿が別の人間の姿をしていた。
その中には、俺にも見覚えのある火魔法使いや斧使いの姿も。
こちらを認めた黒い人間たちの視線が集まる中、最初に動いたのはアンヌさん。
奥の方にいた女性姿の黒人間に向けて、
呪文も聞き取れないほどの速さで【炎の蛇】を放つ。
ピンポイントで一体を縛り上げ、一瞬の締め付けで砂に変える。
「あぁ、ごめん、ごめん。ちょっとね。気に入らない相手がいたんでね」
今回も先陣をルロイに任せるはずが、先に手を出したことをアンヌさんが謝る。
ルロイは眉間にしわを寄せただけで、
それ以上何も言わず、黒人間たちにカガと共に向かって行った。
「あの黒人間……前に話した歌手の姿だったんだよね」
「あぁ、子守唄を歌って周りが眠らされたって云う……」
「そう、そこまでの効果があったのは、
憑りつかれて能力強化されていたから……だとは思うけど、念のためね。
耐性のないナナミちゃんがここで眠らされると、ルロイに足元を見られるから」
「あぁ、確かに……」
「ありがとデス」
と、こちらがそんな話をしている短い時間だけで、
三十数体の黒人間たちは全て砂に消えていった。
Aランク探索者二人からすれば、
能力強化されていない黒人間など、退治するのに時間は必要としない。
戦力温存のためか、魔法使いのベルクって人は、今回も戦いに参加せず、
ルロイとカガが戦闘を終わらせたのを見て、悠然と歩き出す。
俺たちも彼らのあとを追う。
歩きながら、ここまでの状況を検討するハヤトとアンヌさん。
「この部屋に現れた黒人間は、
初期段階で浄化に成功した被害者の姿だけだったな。
さっきのマルトフもそうだが……」
「うん、それはボクも気づいた。
で、最初の部屋の黒マルトフ十体はザコ敵で、
二部屋目は、少し強い奴で種類を多くしてってことなんだろうね」
「ダンジョンでの、魔物出現の傾向を踏襲しているということか」
「ここはダンジョンだからね」
「そういうことか……」
「まぁ、ルロイたちだって、
言われなくてもそこのところはわかっているだろうね」
「そうすると、次に出てくるのは……
第二段階まで移行した被害者の姿をしているのだろうな」
「怖いのはそこ――これまでの相手は強化されていない強さだったけど、
ここから先、彼らの能力が第二段階まで強化されて出て来られると……」
「うむ……」
「相手が一体なら、この人数で対処できるけど、
何体も同時に出て来られると、ちょっとマズいかな」
浄化のできなくなった自滅憑依体第二段階の強さは、
ハヤト達でも、一人では相手ができないと教えてもらったことがある。
ここからが本番。
いよいよ本格的なダンジョン攻略の厳しさが待っているのか――と、
俺は気を引き締めたのだけれど。
次の部屋で迎えた真の危機は、別のところに在った。
第66話、お読みいただき、ありがとうございます。
次回――「未知のダンジョン(3)」
未知のダンジョン攻略で最大の危機が訪れる……です。
更新は……すみません、出来上がり次第です。




