第59話:旅路を邪魔するモノ(4)
俺とレイラさんの持つカンテラは、その空間全体を照らす程の光量は無く、
少ない光を浴びて闇の中に浮かび上がるように、巨大な魔物が姿を見せている。
そこにいたのは、ミミズに似た魔物……アンヌさんの予想通り。
ただし、体長と胴回りの比率は普通のミミズと大きく違っている。
全長で四分の一もないんじゃないだろうか……寸詰まりのミミズと言った感じ。
とぐろを巻くのも一回転がようやくと言ったところ。
とはいえ、その計算の基準となる胴回りは、
ここまで通ってきたトンネルの大きさと同じか、やや細い程度。
その巨大さは推して知るべし、だ。
持ち上げている頭部の位置は俺の身長の三倍を超えている。
それだけの巨体を持ちながら、動きは俊敏だ。
骨格はないのだろうけど、代わりにあるのが身体の大部分を占める強靭な筋肉。
下半身部分を固定して、自由に動かす上半身はヘビの威嚇にも似ていて、
その動きの速さは残像が残るほど。
赤茶色の胴体には細かい節があり、もちろん手足などはなく、
唯一見える器官は、頭部の全てと言ってもいい大きな口だけ。
あれで土砂を噛み砕いて、土の中を掘り進んで行くのだろう。
大きく開けた口の中に、犬歯のような鋭い牙が何重もの円を描いている。
見た目の威圧感が半端ない。
それほどの魔物が暴れても問題ない広さを持つ、この土の中の空間。
巨体を揺らす音と振動が響く中――気負いのない澄んだ声が聞こえる。
「静かに穿て、【激流水】」
それはレイラさんが唱えた水魔法の発動呪文。
目を少し細めて凛と立ち、
刃先を上にして垂直に立てた三又の矛の柄を両手で握りしめている。
その正面に、円盤のような渦巻きが魔物に向かって現れたかと思うと、
渦の中心がまばゆく輝き、そこから一筋の光のような水流が放たれる。
以前見せてもらったのは、水球で敵を拘束する魔法だったけど、
いま巨大ミミズに向けて放ったのは、紛れもなく攻撃魔法。
高圧で発射した細い水流で穴をあけたり切断したり、
ウォータージェットって言うんだっけ……それだった。
こちらを警戒した激しい動きも無駄な努力でしかなく、
その胴体にレイラさんの【激流水】が直撃、そのまま抵抗なく見事につらぬく。
命中した個所の反対側から魔物の体液と共にほとばしる水流。
ミミズの魔物が巨体に似合わず高音の咆哮を上げる。
――これはいけるか……?
魔物の様子から、思わず心の中でそう呟いたのだけど……。
ダメだダメだ、これって負けフラグだ。
巨大モグラを相手にした時も、こう思ったら、
かえって苦境に立たされたじゃないか。ここは気を引き締めて。
……と思ったら。
「これはいけそうですわ。ここで退治してしまいましょう」
柔らかな微笑みを浮かべるレイラさん。
――えっ……そうなの?
思わず拍子抜けしてしまうところだったけど、
百戦錬磨に違いない激水の竜騎士さんが言うのならそうなのだろう。
少し肩の力を抜いて、俺も小手調べ的な攻撃をしてみる。
「俺もやってみます!」
巨大ミミズは、激流水で受けたダメージからすでに復帰していて、
レイラさんを警戒するように上半身をヒュンヒュンと動かしている。
俺は通路を塞いだ土砂を除去するのも兼ねて
その一部を剛石雨として浮かび上がらせ、
標的は絞れなくても構わないと、一斉に土砂の雨を降らす。
けれど、俺の攻撃に対する魔物の反応は鈍かった。
多くの土石が命中したはずだけど、
強固なゴムのような表皮に、全ての衝撃を吸収されてしまったらしい。
ミミズの魔物はこちらを振り向くことさえしない。
言葉を話せるのなら「むっ……そよ風か?」とか憎まれ口を言われそうだ。
口の中に飛び込んだ土砂はさらに効果がなかった。
それはそうか。あの口は土砂を噛み砕き、呑みこむためにあるのだ。
俺は、自分の攻撃が全くの無駄だったと思い知る。
だがしかし、その結果をナナミが生かしてくれた。
「打撃は効かないみたいデス!」
俺の攻撃から瞬時にそう判断。
得意の体術を捨て、スコップを構えて突撃を敢行。
さらに肩の上、クレアの【やっ!】が重なる。
魔族幼女とネコミミ少女の身体が、目で追えない速度まで加速する。
どれだけ魔物の動きが俊敏だとしても、
二人の合体攻撃の前では止まっているのと変わらない。
全く反応できない巨大ミミズの腹部に突撃の全エネルギーが加わり、
少女たちの身体が埋もれて見えなくなるほどに大きくめり込む。
一瞬の静寂のあと、巨大ミミズが再び甲高い咆哮を上げて、大きく身をよじる。
反動で、幼女と少女が弾かれるように巨体から離れる。
後を追うように、めり込んでいた腹部から、どす黒い体液が噴出する。
その苦痛からか、広い部屋の中を転げまわる巨大ミミズ。
巨体が暴れる振動で、高い位置にある天井からパラパラと小石が剥落してくる。
――やったか……?
また負けフラグみたいなことを思ってしまった。
「固くて柔らかいデス!」
のたうつ魔物から視線をそらさずにナナミが声を上げる。
俺から見れば、かなりのダメージを与えたと思うのだけど、不満があるらしい。
体勢を立て直した巨大ミミズの追撃を避けながら、悔しそうな顔をしている。
その理由はすぐにわかった。
――そういうことか。
よく見ると、ナナミが攻撃した個所から体液の噴出はすでに止まっている。
巨体を持つこの魔物は、驚異的な再生力も持っていたのだ。
しかし、こちらの攻撃も止まらない。
ナナミたちの動きに振り回されている隙を見つけて、
レイラさんの【激流水】――二回目が魔物の首のあたりに突き刺さる。
実際には巨大ミミズに頭、首、上半身、下半身なんて、
明確な区別はないのだけど、そこは雰囲気で。
一直線に進む水流が、再び巨大ミミズの太い胴体を貫通して、
確かなダメージを与えている――はずなのだけれど、
やはり巨体の動きに弱った印象は受けない。逆に激昂して暴れまわっている。
とはいっても、魔物はダメージが見えにくい場合が多い。
現に、レイラさんは確かな手ごたえを感じているようだ。
「大丈夫ですわ。わたくしの見たところ、あの魔物はBランクの下位程度です。
ただし、体力だけがAランクの上位なのだろうかと」
レイラさんがわかりやすいようにダンジョンの魔物ランクで説明してくれた。
その通りだとすれば一安心という感じだ。
俺がダメでも、ナナミ、クレアのペアと、レイラさんがいれば。
レイラさんの口調からも緊迫した雰囲気はなくなっている。
「クレアちゃんとナナミちゃんの実力もアンヌから聞いていた通りですし、
時間はかかるかもしれませんが、今の攻撃で必ず退治できます」
そう言えば、こちらは魔物の攻撃を一度も受けていない。
あの魔物が得意としているのは、凶悪な様相の大きな口で全てを噛み砕く攻撃。
さらに、全身を覆う強靭な筋肉を使った機敏な動きと相まって、
余程の達人でなければ、その攻撃を回避するのが難しいはずなんだけど。
「わたくしが魔力を溜める時間を、ああして、
ナナミちゃんとクレアちゃんが稼いでくれるので、本当に助かります」
ナナミとクレアの合体した姿は、その達人の称号が良く似合う。
「もう、あとは時間の問題。
ユウキさんは退路作りに専念していただいて結構です。
ただし、こういう魔物は最後に何かしてくるかもしれませんので。
それだけは気をつけましょう」
「わかりました」
後方の埋まってしまった通路を掘り返す仕事の前に――
前衛で戦っている魔族幼女とネコミミ少女の二人に声をかける。
「ナナミ、クレア、その調子で撹乱しながらダメージを与えていけば大丈夫。
心配することはないってレイラさんも言っているよ。
二人の合体攻撃は確実に魔物に効いているって!」
「はいデス!」
ナナミの声と共に、クレアが力強く頷いているのが見えた。
「何か別の攻撃を仕掛けてくるかもしれないから、
魔物の動きが変わったら注意して!」
巨大ミミズの腹部に何度目かの突貫を仕掛け、
再び後退したナナミが「わかったデス!」と笑顔で答えてくれた。
ということで、俺は後方で穴掘り。
それも仕方がない。
各自が各自の役目を果たすというのもあるけれど、
激しく動き回る巨大ミミズ相手に、
俺の技量が不足しているのが一目瞭然だったからだ。
無限ドリルを掘削形態にして通路の復旧作業をしながら、自己分析をする。
俺の攻撃手段のひとつ、スキル【土石操作】を使った剛石雨は、
多数を相手にするには効果的だけど、高ランクの魔物相手には威力が足らない。
巨大モグラ相手の時も、剛石雨だけでは決定的なダメージには程遠かった。
今回のように防御に弱点の無い敵相手にはなおさらだ。
そして身体能力は【地中適応】全開の状態でも、
Bランク相当のナナミとかなり開きがある。
とはいえ、ナナミの身体能力はAランクにも匹敵するはず。
魔法が使えないという手数の差――
総合力で劣るから、ナナミの評価はBランク探索者相当だけど、
クレアのサポートを受けている今ならば、合体技でAランク評価が妥当だろう。
まぁ、それはそれとして――
俺の身体能力はBランクの魔物相手に実力が足りていないのは事実。
巨大ミミズの全身の筋肉を使った俊敏な動きに、
付いていけそうにないと諦めるしかなかったのだから。
「ナナミちゃん、機会があったら向こうの通路の先に魔物がいないか探って」
「いないデス!」
レイラさんからのお願いに、即答するナナミの声が聞こえる。
ナナミはあれだけ激しく動き回っていても、
部屋の奥にあるもうひとつの通路、その先の気配を探る余裕まであるのだ。
俺も、一応は、ここにいる誰よりも優れているものを持っている。
それは、いま手にしている『無限ドリル』。
破壊力と言う点でも、無限ドリルは伝説級の武器と呼んで良いはず。
もちろん、魔物に攻撃できない掘削形態ではなく、穿孔形態の話で。
けれども、やっぱり扱う俺が問題なのだ。
どれだけ強力な武器でも、敵に当てられなければ、その実力を発揮できない。
宝の持ち腐れってやつだ。
で、結局――
Bランク以上の魔物を相手にする場合、俺の実力は心許ないのだった。
そんなことを考えているうちに通路は復旧。
掘り進める方向を間違えることもなく、元のトンネルにつなげることができた。
これも【空間把握レベル1】があるからこそ。
適材適所という言葉で自分を納得させる。
役目を終えた俺は、急いで戦いの場に戻る。
もちろん【空間把握レベル2】で、みんなの戦いを感知していて、
変わらずに戦いが続いているのを知っていたから心配はしていない。
現に現場に到着すると、先程と変わらない光景がそこにあった。
身体全体を使って激しく動き回り、攻撃を仕掛ける巨大ミミズ。
そのことごとくを避け、隙を見て強化剣先スコップを全身で支え、
クレアの風魔法による支援を受け、身体ごと突進するナナミ。
「そろそろ倒れろ、デス!」
その度に巨大ミミズの身体は大きくめり込み、体液を吹き出す。
しかしそれも短い時間だけ。
一瞬のうちに回復して体液の放出も止まり、元通りの表皮になる。
それが巨大ミミズの膨大な体力を物語っている。
一方でレイラさんは、
時折、自分に攻撃を向ける巨大ミミズに対して、
手にした三又の矛で威嚇する程度で、基本は水魔法【激流水】のみ。
三又の矛の攻撃は、巨大ミミズに傷を与えられないようだ。
激水の竜騎士レイラさんの武器攻撃ですら効果がないのだから、
やはり巨大ミミズの防御力は相当なものなのだろう。
逆にいえば、それだけクレアのサポートを受けたナナミの物理攻撃力は、
群を抜いているとも言える。
それでもレイラさんの【激流水】はこの戦いで別格。
確かに攻撃直後に体液の噴出はナナミの攻撃後と同じように回復してしまう。
だが魔法自体が魔物の巨体を貫通しているのだ。
その効果は見た目だけでは分からないが、与えるダメージが少ないはずがない。
貫通力で言えば、無限ドリルも引けを取らないと思うけど、
そこに至るまでの技量がないから、試すこともできない。
やはりこれだけ強い魔物相手の実戦ともなると力不足を痛感する。
「通路の修復終わりました!」
「ありがとうございます。こちらも、もうすぐだと思うのですが……」
レイラさんに報告したあとは、
何かあった時のために剛石雨を浮かせて下がった位置で見学。
目の前で、ナナミとクレアの何度目かの合体攻撃が見事に決まり、
頭を上げた巨大ミミズの喉元に、これもまた何度目かの【激流水】が貫通。
そこで魔物の動きに変化が現れる。
その様子に、レイラさんが鋭い声を発する。
「最後に何かしてくるようです!」
同時に、俺たちのいる空間――
地面、壁、天井、後方の復旧させた通路、先にあるもうひとつの通路、
全てが激しく揺れ動き始める。
原因は巨大ミミズ――そうとしか考えられない。
魔物は、残る体力を使い果たそうとでもしているのだろうか、
受けた傷を治さずに、もしくは治せずに、体液を噴出させたままの状態で、
小刻みに、もの凄い勢いで――それはもう身体の輪郭が不鮮明になるほど――
その重量感ある己の巨体を、激しく振動させていたのだった。
第59話、お読みいただき、ありがとうございます。
次回は「旅路を邪魔するモノ(5)」
巨大ミミズ最後のあがき――ユウキたちは無事に脱出できるのか……です。
更新は12月29日を予定しています。




