第58話:旅路を邪魔するモノ(3)
「この先に魔物がいるデス」
クレアを肩車したまま隣に来て、
俺の顔を見上げ、もう一度同じ言葉を繰り返すナナミ。
それに小さく頷いてから、再び暗闇の中、目の前のトンネルに視線を向ける。
魔物の通路と思われるトンネルの大きさは、
ナナミの上に乗るクレアの頭が、天井にぶつかる心配をしなくていいくらい。
もし仮にアンヌさんの言ったヘビかミミズに似た魔物だとしたら、
この太さに見合った胴体を持つ魔物だということ。
さらに、その胴の太さから、魔物の全長を予測すると……。
――でかいなぁ。
そして、この穴の中はそいつにとっての縄張り……勢力圏内。
何をするにも、魔物のほうが有利だと考える必要がある。
……と、こんなふうに俺だけで考えているより、みんなにも見てもらわないと。
上に残っているレイラさん、アンヌさん、リリスに声をかけ、
魔物のトンネルを順に確認してもらってから、
そのあと、街道の真ん中で輪になって腰を下ろし、作戦会議を始める。
ちなみにクレアはナナミの肩に乗ったまま。
最初の発言はちょっと首をかしげたレイラさん。
美人だとそんな仕草もサマになる。
「アンヌは、あのトンネルの先に魔物の気配を感じてるの?」
「……いや、ボクにはわからなかった。
でも、ナナミちゃんが言うのなら、魔物はあの先に確実にいる」
「いえ、ナナミちゃんを疑ってはいないわ。
アンヌが気配を見つけられないなら、それだけ距離が離れているってことよね。
それを知りたかっただけ」
「そう、そのとおり。ナナミちゃんの索敵能力は、
ダンジョンの中でさえ、数区画先の魔物を正確に言い当てるくらいだからね」
「ダンジョンって……、当然、気配を消す仕掛けのあるダンジョンよね」
「もちろん、そう。あのドラワテのダンジョンでの話だからね。
魔物が地下に掘っただけのトンネルだったら、
ナナミちゃんなら、かなり離れた場所の気配だって探れるよね」
そんなアンヌさんの讃える視線にナナミが「えへへ」と照れ笑い。
その頭の上で、何故かクレアが得意げな顔をしている。
いや、その気持ちはわからないでもないけど、
やっぱりちょっと違うんじゃないかな。
「ナナミちゃんも凄いですけど、ユウキさんの穴を掘る能力にも驚きました。
魔物のトンネルまで、たったあれだけの時間で道を通してしまうなんて……。
確かにあのローグでさえ、ここまでの技術や魔法は持っていないでしょう。
ナナミちゃんの超感覚もそうですけど、
ユウキさんの能力にも『世界広しと言えども』という賞賛がピッタリですわ」
「いやぁ、それほどでも」
「ナナミちゃんとユウキさんが居なければ、
魔物のトンネルを発見するのに、一日がかりの仕事になるところでした」
レイラさんが座ったまま、
一度背筋を伸ばして「ありがとうございます」と頭を下げてくる。
俺が「いやいや……」と恐縮していると、アンヌさんが口をはさむ。
美女に褒められ慣れていない俺を、助けようって意味合いもあったのだろう。
「レイラ、まだ、なにも終わっていない、これからだよ。
お礼よりも、今は先に決めなくちゃならないことがあるよね」
「そうね、アンヌ……。これからどうするかよね」
「そう。いまボクが考えている手段――是非を後回しにすれば――
このまま埋め戻す、魔物のところまで行って退治する、
逆に魔物をおびき寄せて退治する、何かの方法でこの地から追い払う、
……これくらいかな」
「退治する以外の選択肢を選ぶのなら、
少なくとも魔物の正体だけは知る必要がありますわ」
「そうだよねぇ……まぁ、ここにいるメンバーならなんとかなるかな。
トンネルの中は相手のテリトリーだけど、
ナナミちゃんの索敵能力で、相手の動きはかなり遠くからでも分かるし、
ユウキ君の穴掘りがあれば、
いざという時、生き埋めの心配はしなくていいだろうしね」
「ただし戦闘になったら、
わたくしの水魔法やアンヌの火魔法は使い勝手が悪いですわ。
水魔法が周囲の壁に当たると地盤を緩くしてしまいますし、
アンヌの火魔法は空気を薄くしてしまいますよね」
「でも魔法だけじゃないしね。
それにボクたちで倒せなければ、他に誰が来ても同じだよ。
勇者を連れてくれば話は別だけど、あの人たちはこんなことじゃ動かないし」
「それなら、まずは、必要な人数だけで正体を探りにトンネルに入って……、
もしこちらを襲ってくる気配がしたら、
すぐに逃げ出して、ここまでおびき寄せて全員で相手をする。
襲ってこなければ、とりあえず正体を見極めて、
一旦引き返してから、再度、作戦会議というのはどうかしら」
やはりここは、戦い慣れしている竜騎士の二人に判断を任せよう。
そう思い、レイラさんの意見に黙って頷く。
斜め前でリリスも「それで、よろしいのでは」と賛同の意を表す。
そこで景気よくアンヌさんが「よしっ!」と声を上げて、
ぱんっと手を打ち合わせる。
「じゃあ、ボクとユウキ君とナナミちゃんの三人で偵察してくるよ」
だがしかし、これにはレイラさんが納得しなかった。
「いえ、わたくしも行きますわ。この場の責任者なんですから」
「あまり多すぎてもねぇ。
トンネルは狭いから逃げ出す時に、お互いが邪魔になるかもしれないし」
竜騎士二人の意見が食い違っているところに――
「アタシも行く」
と、突然クレアが自己主張する。
確かにアンヌさんの提案にクレアの名前はなかった。
「いや、クレアちゃんはここに残ってよ」
その言葉に、アンヌさんを睨み付けるクレア。久々にその表情を見た。
そして、アンヌさんが幼女の視線に弱いのは、いつかのことで証明済み。
「クレアまで行くのなら、残るのがワタシだけになってしまいます。
それはさすがに納得できません」
続けて、リリスまでそんなことを言い出した。
判断を竜騎士二人に任せようなんて、殊勝に考えていたのは俺だけだった。
結局――
全員で這入ろうかと決まりかけた時、
その結論は全く別の理由で却下される。
何故なら、レイラさんとアンヌさんとリリス、
三人の腕輪が光を放ち、激しく点滅を始めたからだった。
◇ ◆ ◇
竜騎士二人と高位の神官に届いたのは――
やはり、自滅憑依体が現れたという報せだった。
腕輪を使い、光の明滅で情報交換を始める。
ハヤトとも連絡を取り、誰がどうやって対応するか話し合っているようだ。
そして――
「拠点に残っているハヤトが、ガリドナ領の神官を拾って、
それから現地に向かうのでは、時間がかかり過ぎるってのが結論だね。
となれば、距離的にも近い、ここにいるリリス様が浄化に向かうのが最善。
そして、リリス様が動くのなら護衛のボクの竜で向かうのも当然」
自滅憑依体の相手をするには、浄化魔法が使える者と、
その準備が整うまでの時間、憑依された人間を食い止められる実力者が必要だ。
リリスとアンヌさんの主従ペアなら不足はない。
「レイラ様はこちらに残ってください。
今回はこうして事前に打ち合わせができましたので、
必要な人間だけが向かえば良いと思います。ここも手が離せない状況ですので」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
まぁ、ハヤトが現場に向かうとなったら、
レイラさんの答えは変わっていたのだろうけど。
アンヌさんがハヤトと連絡腕輪で会話をしている時、
それを横で見ていたレイラさんの目、
闇夜に光る猫の目みたいにギラついていて怖かったから。
けれども結局、ハヤトが動かないのなら、
この場を放って何かをしようとまでは、レイラさんも言い出さなかった。
それにホッと胸を撫で下ろしたのは俺だけじゃない。アンヌさんとリリスもだ。
で、残る問題――俺はどうするか。
自滅憑依体の姿を、唯一見ることができる俺の聖魔眼。
それは本当にただ見るだけだけど、それこそが誰にもできない重要な役目。
とはいっても、今ここの街道陥没事件。
穴の中にいる魔物を相手にするのに、俺と無限ドリルは欠かせない。
それは決して自惚れじゃないと思う。
俺の武器と能力は、地中での作業に特化していると言っても過言でないからだ。
そんな感じで判断に迷っていると、アンヌさんが提案してくる。
「ユウキ君……今日は、ここに残ってレイラを助けてやってくれないか。
いまハヤトにも話をして、それが良いと同意してもらえた。
リリス様も、今回だけはどうか大目に見てもらえないかな」
基本的にリリスは「ユウキという異世界人が世界を救う」という神託に従って、
世界の危機――自滅憑依体の事件を、俺が最優先にすることを望んでいる。
けれども、今日のリリスの答えは違った。
「はい、ユウキ様にはこちらに残っていただきましょう。
これはただの思い込みなのかもしれませんが、今ここで起こっている事件も、
ワタシに下った神託に、何かの関わりがある出来事なのだと考えています。
ユウキ様がこちらに残ることに、異議を唱えるつもりはありませんわ」
そんなリリスの答えに、レイラさんが首をかしげている。
「ユウキさんの能力は確かにここで必要ですが……、
自滅憑依体に対しても何かできるのですか。
先日の時は特に何もなさらなかったようですが……」
そこまで言ってから、慌てて言葉を付け足すレイラさん。
「いえ、非難しているのではないのです。
ただ、ハヤト様の後ろで見ていらっしゃっただけだったようなので」
確かにその通り。レイラさんは偶然にも俺の役目を言い当てていた。
ただ、彼女に聖魔眼の話はしても良いのか、悪いのか。
そこに、またまたアンヌさんが助け舟を出してくれた。
「うん、ユウキ君は神託に名指しされているからね。
自滅憑依体が現れた現場にいるだけでも、
何かが起こるかもしれないって、ボクたちは考えているんだ」
リリスが受けた神託に、
俺の名前があがっていることは、関係者全員に公表されている。
「そうですか……。ではこちらに残るのは、その趣旨に反するのですね。
けれども、今回のこちらの状況では、ユウキさんの能力が必要です。
改めて協力をお願いいたします。どうかお力をお貸しください」
「はい、頑張りましょう」
そしてリリスとアンヌさんは竜に乗り、
自滅憑依体が現れた町へと飛び立っていった。
◇ ◆ ◇
二人を見送り、こちらは魔物調査のため、トンネル探索の準備に取り掛かる。
ダンジョンは人為的な構造物だけれど、
そう言った意味では、このトンネルは魔物が作りだした自然的な物。
探索されるのが目的のダンジョンとはわけが違う。
何が起こるかわからない。
まずは警備隊の人に外で待機してもらう。
最初に此処に来た時に俺たちを呼び止めたあの人たちだ。
さらに猫人族の中から勇敢で能力の高い男性を五人、一緒に待機してもらう。
俺たちが中で襲われて逃げてきた時に、脱出のサポートをしてもらうために。
付け加えて「中には入らないでください」と念を押すのも忘れない。
危険というのもあるけれど、
足手まといになられても困るという理由が大きい。
あとはクレアだ。
本音で言えば残ってもらいたかったところもある。
でもクレアも俺たちのパーティの正式な一員だし、
当の本人もその気になっている。
トンネルの大きさから、俺が肩車するとクレアの頭がちょっと危ない。
だから、クレアが参加するのなら、
必然的にナナミが肩車担当にならざるを得ないのだけれど、
そのナナミがすでにやる気なので、残るよう説得するのは諦めるしかなかった。
ということで、
探索チームの面子は、レイラさん、俺、ナナミ、クレアの計四人。
各自の持ち物はというと――
俺の武器はもちろん無限ドリル。
穴に潜るのに、これ以上なく頼りになる相棒だ。
レイラさんの武器は三又の矛。トライデントっていうんだっけ。
水魔法が得意なレイラさんにお似合いだ。
ナナミはいつの間にやら正式装備になった剣先スコップ。
トネルドさんに魔法石で強化してもらったと嬉しそうに教えてくれた。
それと腰の周りに下げているのは、手斧ではなく爆発苦無を十個ほど。
あとはクレアを肩車して準備完了。
クレアはたぶん懐にいつもの銃を持っているのだろうけど、
今回のような狭い洞窟では出番が無いんじゃないかな。
あとは光魔法石が入ったカンテラを俺とレイラさんが持つ。
全員、夜目は利くけど、完全な暗闇になるだろうから念のため。
では、出発。
◇ ◆ ◇
実際ナナミの索敵能力は神業と言ってもいい。
魔物の作った真っ暗闇のトンネルの中を、かなりの距離歩いたというのに、
ナナミが「大体半分くらいデス」と言う。
これで、入った時から魔物の気配を感じていたというのだから驚きだ。
だからこそ安心もできる。
ナナミの話では、今のところ、魔物は最初にいた場所から動いていないらしい。
暗闇の中、カンテラの灯りに照らされたレイラさんの顔にも驚きが表れている。
「すごいですわ。確かにわたくしの知っている誰よりも、
気配を探る能力はずば抜けています」
トンネルの中は緩やかなカーブを描いていて、高低差はほとんどない。
壁は締め固められていて、簡単に崩れ落ちてくるようには見えない。
断面形状はほとんど真円。
足元に少しだけ平らな部分があって、歩くのにはありがたい。
先頭はレイラさん。次にナナミとクレア。
最後尾が俺という並びで、言葉少なく進んでいる。
途中で「魔物がいますね。ようやく、わたくしにもわかりました」と、
魔物の気配を察知したレイラさんが囁く。
ナナミの感覚に間違いがなかったと改めて証明される。
――でも、俺には、まだ魔物の気配が分からない。
そして、いよいよ魔物とご対面する直前の場所まで辿り着いた。
ここまで来れば、俺の【空間把握レベル2】が詳細を教えてくれる。
先に広い空間があり、そこに丸く巨大な何かがうごめいていると。
その時、ナナミが皆を制して、囁くほどだけど鋭い声でみんなに警告する。
「罠があるデス!」
俺たちの間に緊張が走る。
その場で歩みを止め、いったん後退。
離れた場所まで引き返し、そこで囁くような声で打ち合わせ。
「どんな罠があったのですか」
「天井が落ちてきそうだったデス」
「罠の解除はできないのかい」
「できないデス。ダンジョンの罠と違って、スキルじゃ罠が無くならないデス」
ここで人為的なダンジョンとの明確な違いが現れた。
ダンジョンの罠は、スキルで解除されることも想定されて設置されている。
けれども、ここはそうじゃない。
中にいる魔物が、侵入者を容赦なく生き埋めにしようとする本気の罠なのだ。
そこには無効化する方法など最初から無い。
「魔物の姿を確認するため、わたくしが最初に突入します。
あなたたちは後方で待機していてください。
罠が発動して通路の天井を崩れたら、
ユウキさんの能力で再び通路を作って、わたくしの援護に来てもらえますか」
「それだと、戦力が分散されて危険です。
それよりも俺の土魔法で落盤を押さえてみます」
「ユウキさんは土魔法までお持ちでしたか。
しかし、支えられたとしてもその間、あなたが無防備になります。
敵の攻撃方法が分からない状況で得策ではありません」
「それはレイラさんがひとりで飛び込むのも同じですよ。
じゃあ、全員で天井が落ちる前に、魔物のいる広い場所に飛び込みましょう。
それで中で戦いつつ、俺が隙を見て、ふさがれた通路を作り直すって感じで」
「わかりました。皆様の力を信じますわ。
それともうひとつ、いま魔物がいる場所が行き止まりとは思えません。
他にもつながっている道があるはずです。
同じように罠があるかもしれませんが、そちら側に逃げると言う手もあるかと」
「そうですね。では、それも頭に入れておきましょう」
「最初はわたくしが様子を見ます。
魔物の力量を見極めて、危険なようなら、すぐに退却の指示を出します。
ユウキさんは、埋まった通路を掘り出す作業を優先するよう、お願いします。
ナナミちゃんたちは状況に応じて、わたくしかユウキさんの指示に従って。
くれぐれも、お命を大事にしてください。よろしいですね」
「わかりました」「わかったデス」
俺とナナミの返事に合わせて、クレアも首を縦に振っている。
こうして短い作戦会議を終えて、俺たちは魔物がいる場所に歩を進めた。
◇ ◆ ◇
そこはダンジョンの階層ボス部屋のような広い場所だった。
まるで、ダンジョン探索をしているんじゃないかと錯覚するほど。
そんな感想を抱いている短い間に、事前に予測していたことが起こる。
後方で通路の天井が大きな音を立てて崩れ落ち、
ここまで歩いてきた道が土砂で完全にふさがれてしまったのだ。
だけど、そちらに気を取られている暇はない。
このトンネルに這入った時からナナミが気配を感じていた魔物――
その見上げるほどの巨体が、今、威嚇か警戒の体勢で俺たちの正面にいる。
さらに、スキル【空間把握レベル2】が、
巨体の背後に、もうひとつの通路があると伝えてきた。
鋭い目つきで魔物を見据えているレイラさんに、そのことを素早く報告する。
「正面、あの魔物の後ろに別の通路があります」
「わかりました。では、打ち合わせ通りに――」
魔物は――アンヌさんの予想のひとつ――巨大なミミズの姿をしていた。
第58話、お読みいただき、ありがとうございます。
次回は「旅路を邪魔するモノ(4)」
トンネルの奥で出会った魔物――巨大ミミズ。その戦いの行く末は……です。
更新は12月22日を予定しています。




