第60話:旅路を邪魔するモノ(5)
巨大ミミズの動きに呼応するように、
戦場となっていた空間の壁が崩れ、天井が剥落を始める。
せっかく復旧させた後方の通路も、前方にあった先へ行くもうひとつの通路も、
すでにその断面の半分が埋まってしまい、本来の用途を果たせなくなっている。
部屋の中央には、いまだに激しくその巨体を震わせている魔物。
己の身体を叩く土砂にも一切構わず、傷からの体液の流出もそのまま。
ここまでの状況になれば、
魔物が何をやろうとしているのかは考えるまでもない。
先に逃げ場を塞いで、俺たちをこの場に生き埋めにしようとしているのだ。
敵対者の息の根を止めて、その後ゆっくりと自分の身体を癒し、
再び自分のテリトリーを作り直せばいい――と、そう考えているのだ。
おそらく、ナナミがこの兆候を察知できなかったことから、
最初にあった罠のように、事前に仕掛けをしておいたものではなく、
あの動きから発する、強力な土石操作のような力を使っているのだろう。
普通の人間相手に、それは確かに効果的な攻撃手段。
――ただし……、ここにいるのが、俺じゃなければなっ!
と、物語の主人公っぽく(あくまで心の中で)叫んでみる。
けれども、自分でやっておいてなんなんだけど、これって結構恥ずかしかった。
あぁ、声に出さなくてよかった。
それに、だ。
ふざけている余裕があるわけでもない。
俺は大丈夫でも、他の三人はそうもいかないから。
「みんな、こっちに!」
時間と共に崩壊が進み、落下する土砂の量も大きさも増している。
防御力は普通の人と比べて、相当高くなっているけれど、
身体に土砂が当たれば、痛いことに変わりはない。
土石操作で大半を避けることも出来るけど、今はその力を別のことに使いたい。
降り注ぐ土砂と、浮かべていた剛石雨を急ぎ操作する。
イメージは、剛岩の竜騎士ローグが、
アンヌさんの【炎獄乱舞】から身を護るため生み出した半球状の土壁。
全員が身を隠せる安全地帯、土で作った『かまくら』を短時間で造り上げる。
ナナミとクレアは、俺が何かの対処をすると早くから予想していたようで、
土かまくらの完成を待たずに中に這入って、いまはもう一息ついている。
「ふう……デス」
レイラさんも作成中の土かまくらを見て、その意図をすぐに理解してくれた。
けれども、長いトンネルを歩いた末に辿り着いた、この奥深い地中――
この場所で生き埋めにされてしまうことに、ためらいを見せる。
「少しでも出口に近いところまで走った方が!」
「通路のほうは、ほとんど埋まってしまいました!
いまから走って逃げるのは不可能です! とりあえずこちらに来て下さい!」
レイラさんも決断すれば早かった。
上から大きな土の塊が落下してくる重低音が響き始める中、
魔物の動きと頭上に注意して、土かまくらの中に飛び込んでくる。
狭い空間で、俺の持っていたカンテラが全員の顔を照らし出す。
俺は土かまくらの強度を上げるため、土石操作で壁の厚みを増やし続ける。
さらに強固にするため、入り口も、小さな覗き穴を残して塞いでしまう。
絶え間なく落下する土砂、その衝撃で土かまくらの中に激しい音が鳴り響く。
しかし、どうにか壊されずに済んでいるようだ。
とりあえず、これで一安心だけど……。
「さすがにこの状況だと、魔物にトドメを刺すのは、諦めるしかないですよね」
「それは仕方ありませんが、それよりも……、
このまま、この場に埋められてしまって大丈夫なのですか」
カンテラの灯りに、不安そうなレイラさんの顔が照らされている。
その心配に、ナナミが俺に代わって答えてくれた。
「土の中は、ユウキがいれば大丈夫デス!」
「しかし……その無限ドリルで穴が掘れると言っても、
ここはおそらく奥深い山の真下、上に掘るにも苦労しますし、
横に掘っていくのにも、進む方向がわからなければ、
遭難した船……いえ、それ以上に危険な状況になってしまうのでは……」
「いえ、それも大丈夫なんです」
俺にはここが何処なのかも、
最初に這入ってきた場所が何処なのかもわかっている。
そこまで掘り進めるのに、そう苦労はしないだろうという目算もある。
レイラさんを安心させようと、
出来るだけの笑顔を浮かべようとした、その時――
轟音と共に、側面から土かまくらの壁に激しい衝撃が加わる。
それは巨大ミミズの体当たりだった。
俺たちが生き埋めになるのを黙って見ていてくれるかと思ったのだけど、
魔物からすれば「そうは問屋が卸さない」って感じ。
しかし、その衝撃は、最初の頃に見せた力から考えると、見る影もない。
本来の力が残っていれば、俺たちも一緒くたにして、
この土かまくら全てを破壊していても、おかしくはないはず。
けれど、今の体当たりの威力は、壁の一部を破壊するのが精一杯。
レイラさんたちの攻撃で体力が極限まで削られた上に、
ここら一帯の崩落を起こすために、ほぼ全ての力を使いきっているからだろう。
崩された壁の向こうに見えたのは、
落下し続ける土砂と、すでに膝下くらいまで積もった土砂。
そしてその先、ゆらゆらと揺れる巨大ミミズの上半身。
やはり最初に見せたあの機敏な動きは、今はもう出来ないらしい。
崩落に使った能力を、この土かまくらに向けることも出来ないようだ。
だとすれば、いくらでもやりようはある。
とりあえず、周囲の土砂を集めて、急いで崩れた壁を再生する。
しかし、魔物が甲高い咆哮を上げて、もう一度攻撃を仕掛けてきた。
再び壁が崩され、まるで巨大サメの襲撃映画のように、
狭い土かまくらの中に、凶悪な様相をした巨大ミミズの口が這入ってくる。
そして探るように動いたかと思うと、崩した壁からすぐに引っ込んでいった。
だがしかし、それは退却ではないのは明らか。
次の一撃で決めようとしているのだろう。
そして、それはすぐにやって来るはず。
背後にいるレイラさんやナナミと相談する時間はない。
――ならば……。
「俺がやります!」
振り向かず、そう叫んで、穿孔形態に変えた無限ドリルを構える。
――ここで決めなければ。
修復に使おうとした土砂を前方に向けて撒き散らす。
正面、土かまくらの壁は消え、巨大ミミズの全容が闇の中に浮かぶ。
俺が放った剛石雨が巨体を叩くが、効果がないのは最初に確認済み。
だがそれでいい。目くらましに使っただけだから。
本命は無限ドリル。
技術はいらない。
かさ上げされた身体能力で一直線に、
巨体の上部――顎のあたりに身体の勢い全てを乗せて突き入れる。
無限ドリル穿孔形態の鋭く回転する先端が、見事に巨大ミミズののど元を貫通。
柄を持つ両腕も半分ほどが魔物の体内。
そこで俺の身体は、一瞬ぶら下がるような格好になる。
対する巨大ミミズは動きを止めている。
あの甲高い咆哮も聞こえてこない。
足を使って、魔物の胴体を蹴るように無限ドリルを引き抜き、そこに着地。
この時、無限ドリルを持つ手に、
今までにない感触が伝わってきたけれど、今は無視をする。
次の瞬間、魔物の輪郭が輝き始める。それは魔物が光に還る兆候。
どうやら俺の一撃は、魔物のトドメを刺すことに成功したらしい。
巨大ミミズの姿がゆっくりと光に消える。
背後から「やったデス!」とナナミの喜ぶ声。
こうして偶然にも、一度は諦めた魔物へのトドメを俺の手で成し遂げた、
……のだけれど、まだ事態は収束していない。
その直後、周囲で本格的な崩落が始まる。
魔物を退治したことで崩壊がおさまるかと、
そんな淡い期待を抱いたのだけれど、そううまくはいかなかったようだ。
それは仕方がない。それよりも――と、
俺はその場で無限ドリルを掘削形態にして、上に向け回転させる。
正に傘をさしている状態。
豪雨のように落ちてくる土砂を全て異空間に送る。
手にかかる衝撃は能力が底上げされた今の状態でもかなりきつい。
それでも、やらなければならないことがある。
俺は魔物が消えた場所に視線を向ける。
降り注ぐ土砂に埋もれ始めている巨大ミミズの残した魔石。
そして、もうひとつ残したモノ――それが俺の胸の高さで浮いている。
聖魔眼が意味を伝えてくる。
――技能結晶【筋力強化】
自分の能力を底上げしてくれそうなスキルに心が踊ったけれど、
いまは悠長にしている時間はない。
無限ドリルの傘をさしたまま、その技能結晶を右手で摘まんで吸収し
続けて足元の魔石を腰をかがめて拾い上げ、急いで安全地帯まで戻る。
魔物を退治したとはいえ、やはり心配そうに俺を見るレイラさん。
落下する土石の衝突する音が、土かまくらの中に絶え間なく響いている。
「崩落の衝撃に耐えられるように、壁を強化します。
事が済むまで集中させてください」
「わかりました」
土石操作(それと空間把握レベル2)を使って、
土かまくらの外側にさらに土砂を集めて壁を厚くする。
それから今度は、入口も完全にふさぐ。そのための材料には困らない。
十分な厚みになったところで、最後の崩落の衝撃に備え、
内側の壁を支えるように土石操作の力を加える。
さすがにこのころになると、俺の魔力と気力はギリギリのいっぱいいっぱい。
ズゥウウウン……!
準備が整うのを待っていたようなタイミングで、
轟音を伴った最大の衝撃が土かまくら全体を揺さぶった。
◇ ◆ ◇
衝撃が止み、土かまくらの中、カンテラの光が全員の顔を照らしている。
この安全地帯は崩落の衝撃に耐えきってくれたようだ。
俺は「ほぅー」と大きく息を吐く。
――さてと……。
とりあえず魔力回復茶――クレア経由でミリアさんから貰っておいた――を、
腰のバッグから一本取り出して、いっきに飲み干す。
それから、少し話をするため、みんなにその場に座るようにすすめる。
ナナミはクレアを肩から降ろし、クレアと並んでその場に腰を下ろす。
レイラさんも俺の言葉に従い、素直にその場に座る。
密閉された狭い空間に閉じ込められて、心配そうな表情を浮かべているけど、
それでもこの状況で、美人のままなのはすごいと思う。
「ユウキさん……、大丈夫ですか」
「えぇ、大丈夫です」
「これからどうしましょう。
この状態でいつまでもいられませんし、救助が来るはずもなく、
ユウキさんのその無限ドリルがあっても、進む方向がわからなければ……」
「いえ、方向はわかります。
穴掘りに関する能力だけはモグラにもミミズにも負けませんから」
「デスデス!」
ナナミが喜びの相槌。こんな限界状況でも揺るがない信頼。
クレアの顔にも心配の色など毛ほども見えない。
「問題は空気の心配くらいです。でも、さっきまで空間があったので、
そこにあった空気ごと土砂に埋まったはずだと思います。
掘っていけば、周辺から空気が染み出してくるんじゃないですかね」
ナナミとクレアの元気な様子に、レイラさんの不安も薄れてきたらしい。
軽く微笑みを浮かべて、俺の心配に答えてくれた。
「わたくしは水魔法使いの嗜みとして【潜水】のスキルを持っていますので、
かなりの時間、呼吸を止めていられますわ」
「それ、俺も持ってます」
「まぁ……」
そこに口をはさんだのはクレア。
「アタシが空気をつくれる」
――そういえば、そうか。
火魔法使いが火を創れるように、土魔法使いが土を生み出せるように、
水魔法使いが水を、氷魔法使いが氷を創るように、
風魔法使いは風を……空気を創ることができる。この世界では当たり前か。
「そうですね、クレアちゃんは風魔法使いですものね」
「デスデス!」
ここに来る前、ナナミが褒められた時にクレアが得意そうな顔をしたけれど、
いまは逆にクレアのことでナナミが得意げだ。
そんな普段通りのやりとりが、この場の雰囲気をさらに和らげてくれた。
こうして、全員の気持ちが楽になったところで俺は告げる。
「では、ここから脱出しましょう」
先頭はもちろん、無限ドリル掘削形態で道を掘り進める俺。
「お願いします」と、残った一個のカンテラを持つレイラさん。
「はーいデス」と、クレアを肩車したナナミ。「……うん」と、クレア。
道のりはショートカットせずに、元あったトンネル通りに掘り進める。
崩落したばかりの土砂は、長年堆積した地層と比べて掘削しやすいからだ。
そして――
最初の出発点になった街道の陥没穴まで辿り着く。
慎重に歩を進めた行きの時よりも、短い時間で。
結局この地点まで、魔物が作ったトンネル全てが土に埋もれていた。
おそらく、あの最後に見せた技か魔法、
その効果が自分のテリトリー全ての崩壊だったのだろう。
いかにも最終手段らしい。
と、そんなことを考えながら、最後の一掘りを終えて外に出る。
まだ日は残っていて、眩しい光に俺たちは目を細める。
陥没穴の上と下で迎えてくれたのは、
スコップを持って土砂を掘り起こそうとしていた警備隊と猫人族の人たち。
突然トンネルが崩れて、かなり心配してくれたらしい。
無事な俺たちの姿に、みな笑顔で労をねぎらってくれた。
残るは後始末だけ。
◇ ◆ ◇
俺がこの事件で得たものは三つ。
ちなみに巨大ミミズの魔石は、レイラさんに渡したので数には入れていない。
一つ目は魔物の技能結晶から得たスキル――【筋力強化】だ。
このスキル、常時発動タイプではなく、意識的に発動するタイプ。
魔力を身体の各部に通して筋力を強化。その部分だけパワーアップする感じ。
スキル【地中適応】と違って、使う場所は選ばないけど、
ちょっと試したところ、魔力消費量がけっこう大きい。
体術や槍術と組み合わせて、必要な時だけ発動するような使い方が良さそうだ。
そのためには当然、訓練が必要になるので、
普段使いはいいけれど、実戦に使うのは慣れてからにするつもり。
二つ目は……どうやら【無限ドリル術】のレベルがあがったらしい。
巨大ミミズを倒した直後にあった新たな感触。
その時に、何となくだけど新しい能力が伝わってきていた。
俺の予想通りなら、この事件の後始末をするのに役立ちそう。
みんなに事の顛末を説明したあとに、
時間をもらって、陥没穴の前で初期形態の無限ドリルを持って立つ。
そこで、手元に伝わる今までとは違う魔力の要求に応える。
無限ドリルが伸び、刃の傘が広がり、見慣れた掘削形態に姿を変える。
けれども、加える魔力の感覚は全く逆。発生した事象も逆。
俺の魔力に応え、逆回転する刃の傘から、音を立てて放出される大量の土砂。
そう――
無限ドリルに「異空間から土砂を取り出す能力」が備わったのだ。
隣りで見ていたレイラさんが驚きの表情を見せるが。それは俺も同じ。
このタイミングの良さには全く驚くしかない。
事件が解決し、ちょうどこの陥没穴を埋めようと考えていた時に、
ピッタリの能力が手に入るなんて。
何かに導かれている――そうも考えたけど、今回はただの偶然だろう。
この能力は最初からソニアさんが予言していたのだから。
それよりも、せっかく手に入れた能力だ。
さっそく有効活用しよう。
「埋めてしまっていいですか」
「……ユウキさんは土に関してなら、本当に何でもできるのですね」
驚き冷めやらぬレイラさんが「ふう」と小さく息を吐いて言葉を続ける。
「はい。原因となった魔物が光に消えたのを、
わたくしがこの眼でしっかり確認しましたので、この事件は解決です。
最後までお願いするばかりで恐縮ですが――
ユウキさんの能力で、この穴を埋めてくださいますか」
「はい」
せっかくなので、ここに帰ってくるのに掘った穴全てを埋めてしまおうと、
ひとり駆け足で奥まで戻って、そこから埋め戻しを始める。
放出される土砂の量は掘削する速度とほぼ変わらないようだった。
無限ドリルの刃の傘を前方に向けて、歩く速度の半分くらいで後退をする。
土石操作で、埋め戻し土に、さらに圧力を加えて穴を綺麗に埋めていく。
――掘るのも楽しいけど……埋めるのも楽しいなぁ。
そのまま作業を進め、最後に陥没穴の上に立ち、土砂を下に向けて放出。
陥没穴全てを土に埋め、さらに山盛り状態に。
そして、上から圧力を加え――これはみんなにも協力してもらった――
太陽の光が隠れそうになった頃、街道の復旧を終えたのだった。
そこまでを最後まで見届けて、
レイラさんは「後程、必ずお礼に伺います」と言い残し、去っていった。
名残惜しい気持ちもあったけど、彼女がここに来た理由は上役からの命令。
戻って報告するまでが仕事。引き止める理由はない。
しばらくして少し離れた森の中から、濃い青色をした巨大な竜が飛び立つ。
激水の竜騎士さんの竜――その姿を見送る。
その後は、警備隊の人たちからも礼を言われ、この場は解散。
俺たちも猫人族の人たちと近くにキャンプを張り、その日の移動を終える。
その後、無事に自滅憑依体を浄化して戻ってきたアンヌさんとリリス、
その二人にも事の顛末を説明すると……。
「またハヤトの悔しがる顔が見られるのは面白いけど……、
今回はボクも見られなかったからなあ」
「魔物の技能結晶から【筋力強化】と、
ソニアさんがおっしゃっていた異空間からの土砂の取り出しですか。
やはりこちらのほうが、ユウキ様にとって意義のある事件だったようですね」
ニコッと笑顔を向けたリリスがそんなふうに感想を言った時も、
この事件で俺が得たものは、この二つだと思っていた。
けれど、もうひとつ。
この事件で得たもの――その三つ目。
とある推論に辿り着くためのきっかけ。もしくは根拠となるピースのひとつ。
けれども、それが俺の中で形になるのはもう少し時間が経ってからだった。
◇ ◆ ◇
有り難いことに、その後は何事もなく猫人族との旅が続き、
そして三日後――
出発した日から数えて八日目、
無事に、猫人族の村予定地――俺の試作ダンジョン前の土地に到着した。
出迎えてくれたのは、
この地で猫人族の受け入れの準備をしてくれていたハヤトと、
予想外(予想通りか?)の人物、街道陥没現場で別れたレイラさんだった。
どうやってか、この場所を調べて、
あの時に言っていた「後日御礼を」の約束を果たしに来たらしい。
そんな彼女の表情は、いつもの柔らかな笑顔ではなく、
はち切れんばかりの笑みを浮かべて、やけにつやつやした肌をしている。
それは俺たちが到着するまでに、存分にハヤトと会話を楽しんだからなのか。
ちなみに、この場所の景色は大きく様変わりしていた。
それは移住してきた猫人族がすぐにでも生活できるようにと、
ハヤトが多方面に色々と手を尽くしてくれた結果なのだろう。
本来ならば、そこに驚いたり感心したりするところなのだけど、
つい幸せそうなレイラさんに見入ってしまった。
そのわずかな隙を狙いすましたかのように事態が動く。
肩車されたクレアが目の前のナナミの頭をポンポンと叩く。
以心伝心でナナミが腰を落とし、地面に降りたクレアが自分の足で立つ。
続けてトコトコとハヤトに向かって歩き出す。
何気なく、その様子を視界に入れていた俺とリリスとアンヌさん。
その次に来る光景を思い浮かべた時には、もうどうすることも出来なかった。
いや、最初からできることなど何も無かった。
「父様、ただいま」
ハヤトも、この場での、このクレアの言動が、
どういう事態を招くのか想像できなかったわけじゃないだろう。
けれど、この場で優先すべきはクレアの感情だということも、
ハヤトは違えることなく理解していたはずだ。
幼女が親元を離れて旅をして、いまようやく帰ってきたところなのだから。
そうとなれば、ハヤトはためらわない。
「おかえり。ナナミやユウキの力になれたか」
「うん!」
両手を上げて肩車をせがむクレアを持ち上げて、自分の肩に乗せる。
ここまでの一連の流れに、俺たちが口をはさむことなど出来はしない。
そして、これを見たレイラさんの反応は……全く以って予想通りだった。
「……とうさ……ま……?」
はち切れんばかりの笑顔をそのままに、
レイラさんの顔から血の気がみるみる失われていく。
キラキラしていた瞳は、いまやぐるぐると渦巻きを描いている。
激水の竜騎士さんが失神して倒れるのは、もはや時間の問題だ。
俺は「あちゃー」と小さく呟いて、天を仰ぐしかなかった。
第60話、お読みいただき、ありがとうございます。
次回から新しい章が始まります。
いよいよ自滅憑依体の正体に迫る! ……という話になる予定です。
ただ、そのために少し時間をいただきたいのと、
別の構想もありまして、
すみませんが、こちらの更新は一ヶ月と少しお休みさせていただきます。
楽しみに読んでいただいている方には本当に申し訳ないのですが、
来年2月には再開いたしますので、それまでどうかお待ちください。
では……良いお年を。




