第32話:ラスボスとの戦い(3)
「母様って……ソニアさんか?」
「行き詰っておるようじゃの」
クレアの口からハスキーな大人の女性の声がする。
三日ぶりのソニアさんだ。
「ゆっくりと話せる状況ではないので簡潔に伝えるぞ。
今日の朝から、ここまでの経緯は全て見ていた。
まず、この場にわらわが直接力を貸すことは出来ん。
それこそ、神と魔族の全面対決――
神魔戦争が勃発しかねんほどの協定違反になるからじゃ」
俺達の身を案じて助けようとしてくれるみたいなんだけれど……、
そこには神様との間に何かのルールや約束があるようだ。
さすがソニアさん。世界を滅ぼす力を持つ魔族だけあってスケールが大きい。
「じゃが、いまはわらわの娘――クレアが、
生きてこの場を出られぬやも知れぬ状況に陥っておる」
ソニアさんの見立てでもそうなのか……。
改めて事態の重さを感じる。
「あのモグラ……おそらくハヤトがこの場にいても、倒すのが容易ではない相手。
あやつの強さの秘密は【地中適応】というスキルじゃ。
地の中にいる限り、その能力が二倍にも三倍にもなるスキルを持っておる」
「スキル【地中適応】ですか……」
「このダンジョンで現れる通常のラスボスの、数倍の強さだという訳じゃ。
たとえ弱点の鼻を狙っても、
そこのネコ娘でさえ、決定的なダメージを与えることは出来んな」
ソニアさんの説明でようやく合点がいった。
ハヤトやアンヌさんから聞いていた話と、
いま戦っている巨大モグラの強さは、あまりにもかけ離れていた。
環境で能力が上昇するスキルを持っているのなら……。
「では、下半身が地中にある状態から追い出せば良いのですか?」
リリスが尋ねたのは、俺の考えた方法と同じものだった。
しかし、ソニアさんはそれを否定する。
「奴があの場に留まっておるのは、
本能的に自分のスキルに適した体勢を取ろうとしているだけじゃろう。
だが……この部屋の中ではどこも地中と同じ。
あの穴から追い出しても、スキルは有効のままで強さは変わらん。
逆に、あの場に固執させた方が、こちらにとって都合が良い」
ここはダンジョン地下十階。周りは全て締め固められた土。
この部屋全体がスキル【地中適応】の発動条件そのまま。
スキル発動を打ち消す方法はない。
しかしそうなると、あの強さのまま倒さなければならないことになる。
とはいえ……その手段がない。
この時俺は、最悪の想像をしていた。
何故、このダンジョンのラスボスに、巨大モグラが知られていないのか。
他のラスボスとは格の違う強さを持つ、この魔物の存在が。
真っ先に思いつく答えはひとつ。
この魔物を相手にして、生還した探索者がひとりもいないから。
俺は不吉な考えを打ち消す様に、頭を強く振る。
リリスも顔に不安を浮かべたまま、ソニアさんに尋ねる。
「では……どうすれば?」
「わらわが出来るギリギリの手助けをする。
ギリギリでルール違反にならないすれすれの手段じゃ。
それで何とかこの場を切り抜けてくれ」
「どういった手段なのですか?」
「ミリアを送る。しかし直接その場に転移させるとルール違反じゃ。
だから……近くまで送るから、クレア、お前がミリアを召喚する形にする。
ハヤトの使い魔であるお前が召喚した魔族なら言い訳が立つ」
「ミリア姉さまを召喚……?」同じ口からクレアの声。
ミリアさん……この世界に来て最初に出会ったこの世界の住人。
薄紫の肌と背中に翼のある美しい――魔族の女性。
クレアにとっては姉になるのか。
リリスもナナミもあの人を知らないので、最初首をかしげたけれど、
クレアの姉だと聞いて納得した顔をしている。
「そうじゃ……だがクレアよ、案ずるな。
わらわが全ての段取りを済ませ、すぐ近くまで転送する。
お前は最後のトリガーの役目をするだけで良い。お前ならできる」
自分の口から出た話に力強く頷くクレア。
転移させるとなれば、使われるのは空間魔法――神に至る魔法。
だとしても、ソニアさんなら使えてもおかしくはない。
「ミリアは総合力で、そのネコ娘よりは強いが、ハヤトほどではない。
依然として戦力としてはモグラの方が上じゃが、
全員で力を合わせれば何とかなるはずじゃ。
どちらにせよ、これ以上は力は貸せんがの。
早速ミリアを送るぞ。クレア――ミリアを心の中で強く呼べ」
眼を閉じて、両手を結んで胸の前で合わせるクレア。
その直後、俺たちの前に黒い革のドレスを着た女性が現れる。
もちろん、その姿はミリアさん。
一度会っただけだが、記憶にはっきりと残っている。
長い黒髪と整った顔立ち。特徴的な薄紫の肌と艶めかしい赤い唇。
何の前兆もないあっさりとした登場だったが、
ソニアさんの空間魔法とクレアの祈りの両方が成功した結果だ。
「クレア、私が来たからにはおまえに苦しい思いはさせない」
「姉さま……」ミリアさんを見てクレアの表情が明るくなる。
「御館様……あとは私にお任せください」
「頼んだぞ」
ソニアさんの娘であるクレアが、ミリアさんを姉と呼ぶ。
けれどもミリアさんは、ソニアさんのことを母とは呼ばずに御館様と呼ぶ。
なにか理由があるのだろうけど、身内の問題なので口をはさむのは控える。
「少年、会うのは二度目だな。
あの時は、お前がハヤト様の思い人だとは知らずに礼を失した。謝罪する」
「……いや、そ……それは……」
身内への挨拶を終わらせたミリアさんが、次に視線を向けたのは俺だった。
だが、彼女の頭の中には……恐ろしい程とてつもない誤解があるようだ。
頭が理解を拒んで口が回らない。
「ただし、はっきり言わせてもらうと、ハヤト様はもう御館様のものだ。
だが安心しろ。愛人として受け入れるほどの度量を御館様は持っている」
もう何を言われているのか理解できない。
俺は口をパクパクするのが精一杯だった。
そんな俺の気持ちをサラッと流してリリスが訊いてくる。
「ユウキ様……この方を御存じなのですか?」
気のせいかもしれないが、ちょっと怒っているような声のリリス。
ミリアさんの誤解を解くのは後回しにして、話を先に進めることを選ぶ。
「俺とハヤトが、この世界で再会していた時に突然現れて、
ハヤトを(脅迫して)ソニアさんのところに連れて行った人なんだ」
カッコ内は俺の心の声。
「それよりも、今はモグラをどうにかする方が先だよ。
――ミリアさん。状況はわかりますか?」
「簡単に御館様に話を聞いた……、
一度モグラとやらの強さを確かめさせてもらおう」
そう言って仁王立ちになり片手を振る。
その手に現れたのは――デスサイズと呼ばれる大きな鎌だった。
両手で持って大きく一振り、感触を試した後……。
「少し待っていろ」
隠れていた柱から飛び出して、巨大モグラに向かって駆けだすミリアさん。
長い黒髪がなびいている。
俺たちは柱から顔を半分覗かせて様子を窺う。
一方、元の場所で周囲を警戒していた巨大モグラ。
接近するミリアさんに反応して、最初に繰り出した攻撃は毒霧だった。
ミリアさんは、その攻撃をまともに喰らってしまう。
だが――彼女は巨大モグラに向かう足を止めない。
毒霧の中で、彼女の周りに火花のような光が弾け、パチパチと音がしている。
「ミリア姉さまは雷魔法が得意」
クレアが胸を逸らして自慢げに教えてくれた。
周囲に静電気を起こして毒霧から身を護っているとか、そんな感じだろうか。
全てを無効化しているようには見えないけれど、
毒霧の中をミリアさんは平然と突き進み、モグラの正面に辿り着く。
そこで大鎌を一閃。
しかし、その攻撃はモグラの大きな手にある頑強な爪に遮られる。
諦めずに――閃――閃――閃――閃――と繰り返すも、
全てその爪が邪魔をして、ミリアさんの攻撃は当たらない。
しかし――次の瞬間、轟音が鳴り響く。
それは、直上から落ちてきた、太く輝く一筋の雷。
弱点であるモグラの鼻に見事に命中する。
デスサイズの攻撃を囮にして、ミリアさんが加えた決定的な一撃。
モグラはダメージを受けた鼻を両手で押さえ、初めて大きな声で咆哮を上げる。
「グモモモモモォー!!」
だが、巨大モグラは、ただやられるだけではなかった。
すかさず別の手段で反撃をしてくる。
周辺の石が浮き上がる。あれは剛石雨の準備動作。
ミリアさんは無茶をせずに後退を始める。
遅れて放たれた無数の石飛礫を華麗に避けながら、
俺達のいる土の柱まで一旦退却してきた。
そこで予想外の一言を無表情のまま口にする。
「あまり良くない状況だな……」
あれだけ綺麗にダメージを与えて、この戦いに勝機が見えたと感じていた。
にもかかわらず、ミリアさんは否定的な言葉を選んだのだ。
「今の一撃を数十回は当てねば奴は倒せん。その程度の手応えだった」
そう告げるミリアさんの表情に焦りの色は見えない。
だが、その内容は深刻なものだった。
「私の魔力は最後まで持つだろうが、長丁場になる」
「それでも、倒す方法が見つかったのですから朗報です。やるしかありません」
ミリアさんに答えたのはリリス。
神官少女の表情から希望は消えていない。
「もちろんミリア様だけに無理をさせたりはしません。
魔力を温存していただき、全てをあのラスボスに向けられるように、
力の限りお手伝いさせていただきます」
「ナナミもやるデス!」
「ミリア姉さまを助ける」
「俺も囮くらいにはなれる。
みんなでミリアさんの負担を減らす様に動けば、
どれだけ長丁場だって乗り切れるはずだ。俺たちならやれる!」
自分の弱さを棚に上げている自覚が心を苛む。
それでも希望の光を現実にするため、俺は俺の出来ることをする。
たとえそれが仲間を励ますことだけだとしても。
だが――巨大モグラは、まだ奥の手を隠し持っていた。
身を隠していた柱から顔だけ出して、
次の攻撃のタイミングを見計らっていた俺達が目にしたものは――
微かに見えた希望の光を粉々に打ち砕くほどの光景だった。
ボコッ……ボコッ……ボコッ……ボコッ……。
地面が所々盛り上がる。
その中から……、
二回りほど小さなモグラの魔物が、ゆっくりとその姿を現したのである。
小さいといっても比較したのは巨大モグラ。
その大きさは、おそらく俺の身長とさして変わらぬサイズ。
それが――合計七体。
巨大モグラと同じように、上半身を地上に出して周囲の警戒を始めた。
「自分の眷属を使役しおったか……」
クレアの口からソニアさんの声がする。
「小さいからといって侮るな。
あいつらもモグラなら【地中適応】を持っているはずじゃ。
一体一体がこのダンジョンのラスボス並と考えた方がよいぞ」
ソニアさんの言葉が俺たちの心に重く響く。
だが、それだけではなかった。
七体の小モグラたちは――
現れた穴から身体を出して後ろ足で立ち、
こちらを探すようにゆっくりと歩き始めたのだ。
こうなると、もう柱の陰も安全地帯ではない。
俺は心が折れそうになるのを、歯を食いしばって耐えるしかなかった。
第32話、お読みいただき有り難うございます。
次回――ラスボスとの戦い(4)
ラスボスとの戦い、ついに決着! ……です。
次回更新は5月3日を予定しています。




