第33話:ラスボスとの戦い(4)
猫背気味に歩く小モグラは俺と同じくらいの身長だが、
丸々とした体で体重は俺の数倍はあるだろう。
筋肉質で太くがっしりとした足が身体を支えている。
ソニアさんが通常のラスボス並と評した魔物が七体、
巨大モグラと同じく目を閉じたままの姿で、
こちらにゆっくりと歩を進めている。
「大丈夫だ! 普通のラスボスだったら俺たちで倒せるって、
アンヌさんとハヤトのお墨付きがあったじゃないか。
一体ずつ確実に倒していこう!」
憶測でしかないが、ナナミ、リリス、クレアに加えて、
ミリアさんがいれば、小モグラ七体は何とか倒せるような気がする。
だが、そこで体力と魔力を使い過ぎては、
残る巨大モグラを倒す手立てがなくなってしまう。
「ミリアさんは魔法の温存をお願いします」
今この状態で魔法の節約をするのが、
どれだけ難しいかを知りながらも、あえて皆に聞こえるように告げる。
巨大モグラから離れた場所を小モグラとの戦いの場にするため、
全員でさらに後退して柱の陰に隠れる。
小モグラは俺たちを追って、ばらけたままゆっくりと近づいてくる。
最初にナナミが動いた。
小モグラ相手ならナナミの速さが相手を凌駕する。
身長差も少ないため弱点の鼻の頭も狙いやすい。
最初に接近してきた一体を標的に決め、集中的にダメージを与えていく。
ただ、小さいといっても、やはり体力はかなりのモノがあるようだ。
ナナミの拳を受け咆哮を上げるが、怯むことなく反撃を加えようとする。
だが、それは爪による直接攻撃だけ。かわすのも難しくない。
素早い攻撃が、小モグラに毒霧攻撃や剛石雨を使う隙を与えない。
一対一ならナナミに任せて問題なさそうだ。
であれば、リリスとクレアで、ナナミが囲まれないようにすればいい。
ナナミに近づこうとする小モグラを遠距離攻撃で牽制する。
巨大モグラよりも防御力が低いので、弱点の鼻以外でも多少は効果がある。
その結果、こちらに意識を向けさせることに成功。
距離が離れている場合、モグラたちは毒霧よりも剛石雨を使おうとする。
その兆候を見つけたら、即座に集中攻撃で邪魔をしてキャンセルさせる。
俺も手ごろな石を投げつけて援護する。
そしてミリアさんも参戦。標的は離れた位置にいる別の小モグラ一体。
彼女は魔力節約のため攻撃に魔法を使えない。
デスサイズでの直接戦闘になるが、それでも一対一ならば優勢のようだ。
そうこうしているうちに、ナナミが一体の小モグラを仕留める。
反撃を受けて多少の怪我をしているが、
毒攻撃も剛石雨も使わせないまま一体を魔石に変えた。
ナナミならば一対一で小モグラ相手に勝利できる。
これは俺たちにとって明るい材料になった。
けれども安心するのはまだ早かった。
離れた場所の地面が再び盛り上がる。
そこからまた……新たな小モグラが現れた。
一体を倒して気を良くしていたナナミもその事実を知り表情が曇る。
ミリアさんもリリスも硬い表情を見せる。
銃を撃ちながら口がへの字になっているクレア。
倒しても倒しても新たに使役され、敵の数が減らない。
終わりのない戦い。希望が見えたと思ったら叩き潰される。
何度心が折れそうになっただろう。
その度に気力を振り絞ってきたけれども……今回のこの状況はきつい。
ついに絶望しかけた、その時……、
――閃いた。
この絶望的状況で、藁にも縋る思いで。
「ナナミ! 小さいモグラのトドメを俺にやらせてくれ!」
俺の言いたいことは、ミリアさん以外の三人に正しく伝わった。
ナナミが一番近くにいた小モグラを次の標的にして拳の連打を加える。
リリスとクレアと俺とで援護に回る。
ミリアさんも事情がつかめたのか、ナナミの周囲の敵を蹴散らす。
途中で、離れた位置にいた小モグラが毒霧を放ち、
一旦退却を余儀なくされたりもしたが……。
ナナミがようやく、一体の小モグラの体力をギリギリまで削り終えた。
「ユウキ! こいつをヤるデス!」
ふらふらで動きが鈍くなった小モグラを、
クレアが旋風で「やっ!」と空中に巻き上げる。
そこにリリスが渾身の魔力を込めた氷結縛。
空中で凍り付く小モグラ。
「やりましたわ!」
リリスが会心の笑みを浮かべる。
俺は近くに落下した氷漬けの小モグラに素早く駆け寄る。
当然ためらいなどはしない。全力で槍を振るう。
だが、能力差が開きすぎていた。
俺の攻撃は全くと言って良いほど、その小モグラにダメージを与えられない。
それでも何度も何度も攻撃を加える。これだけは誰かに任せる訳にはいかない。
何度も何度も……。まだ駄目だ。
そのころ親玉の巨大モグラが離れた位置から毒霧攻撃を放った。
前に出ていたナナミとミリアさんが後退する。
毒霧は俺の方にも流れてきたが無視する。
目の前で凍らされた小モグラに意識を集中する。
槍を振るう。何度も振るう。ダメージがほんの僅かでもあれば必ず倒せる。
クレアが旋風で毒霧を吹き飛ばす。
その間に残る小モグラが全て俺の方に近づいてきた。
ナナミとミリアさんが再び前に出て、
小モグラを攪乱して俺への注意をそらそうとする。
それを横目に見て、俺は槍を振るい続ける。
俺を庇おうと無理をしたミリアさんが、小モグラ達に囲まれてしまった。
そうなると全ての攻撃を避け続けることは到底不可能。
ナナミの援護も間に合わず、その身に何度も凶悪な爪の攻撃を受ける。
それでも負傷に耐えながら大鎌を振るうミリアさん。
だが、俺は目の前の凍った小モグラに槍を振るうのを止めない。
何度も何度も。
仲間の援護でミリアさんがようやく窮地を脱したとき、
今度は足元の石が宙に浮き始めた。
これは巨大モグラの剛石雨の兆候。
まずい。この場は攻撃範囲内だ。この攻撃に俺の身体は耐えられない。
だがそれでも槍を振るう。自分の非力さを呪いながら。
そんな俺を見かねて、リリスとナナミが駆けつけてきた。
「ユウキ様!」「ユウキを守るデス!」
それは、巨大モグラが剛石雨を放つ直前――
ゆっくりと小モグラの姿が光の粒子に変わり、
その中、魔石と共に見つけたのは――
――技能結晶【地中適応】
俺は賭けに勝った。
◇ ◆ ◇
間髪入れずに技能結晶を取り込む。
能力が何倍にも膨れ上がっていく感覚が俺の身体の中を巡る。
スキル【地中適応】の効果。
真っ先に違いが現れたのがふたつ。
ひとつが思考速度の上昇。時間の進みを遅く感じる。
宙に浮いている剛石雨がゆっくりと向かってくるように見える。
そして、もうひとつが【空間把握】のスキル。
レベルアップとでもいうような変化が現れた。
マップ機能のような能力とはまた別の、新たな効果の追加。
それは――範囲内に存在する物体の知覚。
今このラスボス部屋に存在する主要な物、その全ての位置が頭に流れ込む。
思考速度が上昇していなければ、
あまりの情報量の多さに気を失っていただろう。
いや……今の状態でも気を抜けば倒れてしまいそうだ。
思わず頭を抱えて膝をつく。
だけど、その体勢でもわかる。
剛石雨として宙に浮いている石のひとつひとつが。
身に付けた能力が上昇しているのなら【土石操作】だって同じはず。
認識できているひとつひとつの石に力を加える。
念じるのは「――崩壊しろ」
浮いていた無数の石は細かく砕かれ、モグラの制御から外れて地面に落ちる。
――成功した!
俺の【土石操作】が勝ったのだ。
これでもう剛石雨を恐れる必要がない。
毒霧攻撃も俺には効かない。
さらに、あいつは最初に現れた位置から動かない。
それならば、あいつを倒すには……、
両手の爪だけに注意して、その攻撃範囲の外から倒す手段があればいい。
――大丈夫! 俺ならやれる!
ゆっくりと顔を上げ、
俺の仕草を心配していたナナミとリリスを手で制し、力強く皆に宣言する。
「親玉の方は俺に任せてくれ!」
ようやく戦いに貢献できる能力を手にしたのだ。
ここで男を見せないでどうする――と、自分自身を鼓舞する。
剛石雨が無効化された瞬間を目撃した仲間たちは、
期待していた能力を俺が会得したのだと、しっかりと理解していた。
お互いに顔を見合わせ納得した表情で、激励するように頷きを返してくれた。
ならば、やるしかない。やってやろうじゃないか。
小モグラたちを女性たちに任せて前に出る。
巨大モグラは相変わらず瞼を閉じたままだが、
近づく俺を敵と認識して警戒を始める。
剛石雨をつぶした相手が誰だかわかっているようだ。
ざっくりと比較すれば、モグラは最下層ラスボスの強さ×【地中適応】
俺の方は強く見積もっても、五階層のサラマンダー程度の強さ×【地中適応】
このままでは太刀打ちはできない。
けれども……ひとつ、はっきりとわかっていることがある。
身体能力ではほぼ全てで劣るだろうが、【土石操作】の技量は俺の方が上だ。
だからこそ俺にも勝つチャンスがある。
使う術は――巨大モグラの得意技――【剛石雨】
周辺の石を自分の支配下に置く。
レベルアップした空間把握のスキルがそれをアシストする。
土石の位置を個々に把握しているため、使用する魔力が最小限で済む。
逆に言えばそれだけ多くの操作が可能だということ。
巨大モグラが操作した石の数倍の量を宙に浮かべる。
そのまま前に進み、両手の爪の攻撃が届かない位置で立ち止まり、
強い意志を込めてラスボスを睨み付ける。
――お前を倒す。
取るに足らないと思っていた人間から睨まれたところで、
巨大モグラは何の痛痒も感じないだろう。
だが宙に浮かぶ剛石雨の存在は知っているはずだ。
目を閉じたままでも脅威を感じているはずだ。
その証拠に、俺を正面に捉えて、両腕を構えた格好のまま微動だにしない。
だが、お前がその位置からできる攻撃はひとつだけ。
対峙しているだけの状態は短時間で終わった。
巨大モグラが口を大きく開けて、期待していた毒霧を放ってきたのだ。
――それを待っていた!
これこそがラスボスを葬るため、
俺が頭の中に描いていたシナリオ――その最初の一歩だった。
火炎放射のように放出される濃密な毒霧。
二度目ともなれば、スキル発動のズレによる一瞬の衝撃も微々たるものだった。
だから、今の巨大モグラの姿は、
こちらに向けて無防備に口を開けているだけにしか見えない。
俺は集中を切らさないようにし、目標をしっかり定め、
スキル【地中適応】で底上げされた自分の持つ魔力を開放する。
ドドドドドドッ!!
一斉に巨大モグラの口に飛び込む剛石雨。
お前は無差別に振りまいたがこっちは一点集中だ。
手で遮ろうとしても、間断なく襲う石飛礫を全て払い落すことは出来ない。
邪魔されても再び操作して飛ばせばいいだけだ。
好都合だったのは、なまじ土石操作が使えるからだろう、
口を手で完全に覆ってしまえば、それ以上石を入れられずに済んだところを、
それをせずに自分の土石操作のスキルで排出しようとしたのだ。
そうはさせない。俺の操作する力の方が上だ。
遠慮せずにどんどん口の中に石を突っ込む。
途中までは顎を閉じようともがいていたが、
ある一線を超えた段階で顎を戻すことが出来なくなり、
成すがままに石を詰め込まれる巨大モグラ。
哀れになんて思わない。そしてこれで終わりでもない。
最後の仕上げを――。
詰め込んだ土石の形状を変化させ、
口の中から串刺しにしようと操作するが……、
――ダメか!
口内でさえ越えられない防御力の壁がそこにはあった。
諦めるな、次の一手を考えるんだ……。
モグラが気力を取り戻し、口の中にある土石を噛み砕こうと再び足掻き始めた。
大きな爪を持つ両手を意味もなく上下に振っている。
ここまで追い詰めたんだ……あと少し何かないか……。
――あれだ!
「ナナミ! 炎の魔法石を!」
六階層の宝箱から炎の魔法石を手に入れたはず。
小モグラ二体を相手に奮闘していたナナミは俺の声を聞き逃さなかった。
元気に「はいデス!」と返事をして、
小モグラの攻撃の隙をつき、腰に付けたバッグの口を開ける。
その時点で【空間把握】が、バッグの中にある炎の魔法石の位置を知らせる。
炎の魔法石も『石』だから、スキル【土石操作】で操作――できた!
バッグから浮き上がる十個の炎の魔法石。
一瞬ナナミを驚かせてしまったが、
その程度で戦闘に影響が出るナナミじゃない。
笑顔で「やっちゃえデス!」と俺を応援して、自分の戦いを再開する。
頼もしい仲間だ。
俺はその期待に応える。
モグラの口内にある土砂も操作して、炎の魔法石全てをその中央に押し込む。
準備完了。
そして起爆する。
――燃えろ!
一瞬時が止まったように感じた。
ほんの少しの時間差で轟音が鳴り響く。
土石に埋まった状態で発火した炎の魔法石は、
巨大モグラの口内で、予想した以上の大爆発を引き起こした。
その衝撃で、周囲に立ち並ぶ土の柱がびりびりと振動する。
飛び散る土石。
俺の狙いに先に気付いていた仲間たちは、
事前に身構えていたようなのだけれど、それでも驚いた表情をしている。
小モグラたちは完全にショック状態。
あまりの驚愕にそれまで一度も開けなかった眼を見開いている。
彼らにとって信じられない光景なのだろう。
そこには――
上半身を無くして、ゆっくりと光に還る自分達の主の姿があった。
やがて……巨大モグラの下半身があった穴の中に、
鮮やかな茶色に輝く拳大の魔石が「ドンッ」と音を立てて転がり落ちる。
何度も何度も絶望させられたラスボスの――あっけない最期だった。
技能結晶が出ないかと期待していたが……、
種族としてラスボスと小モグラは同じだったのだろうか――
いずれにせよ現れなかった。
あとは……後ろを振り返って、
残る敵と戦っている女性陣を助けに行ければ、カッコよかったのだろうけど。
限界だった。
責任の重圧か、急激な能力上昇による弊害か、
安堵で気を抜いてしまった俺は――そのまま意識を失ってしまったのである。
第33話、お読みいただき有り難うございます。
次回――ラスボスとの戦いは終わった。だが、もうひとつの戦いの行方は……?
次回更新は5月10日を予定しています。
※10月26日 誤字訂正




