第31話:ラスボスとの戦い(2)
ハヤトとアンヌさんをその場に残して、ラスボス部屋に続く扉に向かう。
剛岩の竜騎士ローグは自分の言葉に従い、
こちらの様子を横目でチラッと見るだけで何の邪魔もしてこなかった。
ガウスも悔しそうに俺たちを見送る。
そうせざるを得ない力関係が二人にはあるのだろう。
結界扉の正面に立ち、そこで一度ハヤトに視線を向ける。
力強い頷きが返ってきたので、小さく笑って「頼むぞ」と唇を動かす。
その時、心に何か引っかかりを感じたのだけれど――
すぐにはその正体がわからず、
あまり重要とも思えなかったので、それ以上深く考えずに歩を進めた。
そして結界扉をくぐる。
◇ ◆ ◇
ラスボス部屋に足を踏み入れた当初、そこには魔物の姿がなかった。
締め固められた土の壁に囲まれた空間。
所々に身長を超える高さの円錐の土柱。
その印象は浅い階層にあったボス部屋と変わらない。
違いと云えば一回り大きいことくらいだ。
「ナナミ……、ラスボスの気配は感じるかい?」
そう言って、ナナミに視線を向けると、
俺達のいる場所の反対側――部屋の奥を真剣な表情で見つめていた。
「来るデス!」
その声に合わせるように地響きが鳴り、部屋全体が揺れ始める。
突如、ナナミが見ていた場所の地面が盛り上がる。
巻き上げられた土ぼこりが視界を遮り、
噴き上がった土砂が地面に落下する鈍い音がする。
鳴り続ける地響き。
視界の悪さで状況が確認できないにもかかわらず、
ナナミがその原因に向かって無言で飛び出していく。
ドンッ!!
聞こえる重低音。ナナミの拳が敵を捕らえた時の音。
ドドドドドドッ!!
小気味よく連続で鳴る。
これだけの打撃を受ければ、大概の魔物は虫の息になるはず。
――もしかしたら、ラスボスさえもあっさりと倒してしまうのか?
そんな考えが頭に浮かんだのだけれど。
ドガッ!!
土ぼこりが薄くなり、もうすぐ視界が開けると思ったとき、
ナナミの小さな身体が不自然な体勢で水平に飛んできた。
猛烈な勢いのまま近くの土の柱に激突。「ぐうっ」とうめき声。
「「ナナミッ!!」」俺とリリスの声が重なる。
考えてもいなかった結果だった。
このダンジョンのラスボスを倒せば、探索者Cランクに認定される――
それはCランク相当の探索者が複数人いれば攻略可能だということ。
探索者Bランクの実力はあると云われたナナミであれば、
圧倒的とまではいかなくとも、一対一で対等に戦える相手のはず。
しかし現実として、ナナミは身体を丸めて地面に横たわっている。
急いでリリスが駆け寄り、ナナミに回復魔法を使う。
俺は肩車をしているクレアの足を軽くたたいて指示を出す。
「敵が見えない! 風魔法で土ぼこりをはらってくれ!」
「やっ!」
クレアが作り出した旋風が土ぼこりを拡散して視界がクリアになる。
いつの間にか地響きは鳴り止んでいる。
俺たちの視線の先――
ナナミが向かっていった相手。
ナナミの拳の連打を受けた相手。
ナナミを土の柱に叩き付けた相手。
地面の下から現れたラスボスの……無傷な姿がそこにあった。
大きさは見上げるほど。
上層で出会った階層ボスの巨大蜘蛛やクラーケンと同じくらい。
だが、その外見は……。
――ラスボスは必ず竜が出るって聞いていたのに……。
爬虫類っぽい容姿ではなく、濃い茶色の密な体毛に包まれた身体。
下半身はまだ地中にあるようで、上半身だけが地上に出ている。
その姿は完全に哺乳類――今まで現れた魔物の中で一番近い姿は大ネズミ。
けれども、その身体の大きさは大ネズミと比較にならないほど巨大。
頑丈な前足――腕と呼ぶ方がふさわしいかも知れない――に、
大きな手を持ち、指には長く鋭い爪が伸びている。
地面に埋もれた後ろ足で身体を支え、凶器となる両手を自由に振り回している。
頭部は鼻先が尖っていて、耳の形状がない。
眼を開かずに頭を振ってこちらの様子を窺っている。
視力に頼らずに周囲を感知する能力があるのだろうか。
「……モグラ……?」
ラスボスの姿は……そのものずばり『巨大なモグラ』だった。
ハヤトから事前に聞いていた説明では――
基本的に四種類の竜――飛竜、赤竜、青竜、地竜――のどれかが現れて、
たまに白竜とか黒竜とか応竜が出ると言っていた。
にもかかわらず、なぜ哺乳類のモグラにしか見えない魔物なのだろうか。
――もしかして……土竜……?
モグラを土竜と表記するのは日本語だからこそ、
したがってこの世界では通じないはず……。
そうはいっても目の前にいるのは巨大モグラ。
竜しか出ないはずなのに――モグラ。
だが……今はそんなことを考えている場合ではない。
この巨大モグラの強さは予想をはるかに超えていた。
ナナミの全力パンチをまともに受けても平然としている。
こちらの最大戦力が効かないのだ。
幸いにも、こちらを積極的に攻撃しようとする意志がないようで、
下半身を土中に埋めたまま、現れた場所から動かずに様子見をしている。
その間にリリスがナナミの回復を終わらせる。
リリスに膝枕をされて横になっているナナミは、
悔しさに顔を歪めて、歯を食いしばりながら苦しそうに声を出す。
「ナナミの攻撃が効かないデス……」
「大丈夫だ。みんなで協力してかかれば必ず倒せる」
「そうですわ」
だがしかし――
リリスの氷魔法、クレアの風の刃で攻撃するが。
凍り付きも突き刺しも切り裂きもできない。
巨大モグラに痛痒を与えることすら出来なかった。クレアの銃も効果なし。
身体を覆う体毛が、少女達の攻撃を無効にできるほどの、
桁外れに高い防御力――物理防御と魔法防御――を持っているようだ。
であれば弱点を捜すしかない。
巨大モグラの防御力のかなめ――茶色の体毛がない部位。
思い当たったのは眼球だが、
最初に現れてから一度も瞼を開けていない。
それ以外には手の平か鼻の頭。
手の平は分厚い皮膚を持っている質感がある……ならば残るは鼻。
「あいつの鼻の頭を狙ってみてくれないか」
リリスは氷の槍、クレアの風の刃、そしてナナミの手斧の投擲で一斉攻撃。
狙い違わず全て命中。咆哮を上げるモグラ。
効果があった。
「鼻が弱点だ。みんな! そこを狙え!」
頭を振って身をよじって避けようとするが、
その場から移動する気はないらしい。
正面からの攻撃を大型の両手でカバーする。
しかし少女達の攻撃は途中で軌跡を変えられる攻撃ばかり。
いくら反応が速くても、三方向からの軌道の読めない攻撃は避けられない。
身体を丸めて、両手で鼻の頭を完全ガードされれば、
こちらも手の打ちようがないのだが、巨大モグラはそうはしなかった。
頭が回らないのか、それとも魔物のプライドか。
だが、それは好都合、こちらの攻撃が何度も鼻の頭に命中する。
再びラスボスの咆哮が部屋の中に響く。
その姿に「これで倒せるのなら」と密かに願ったのだが――甘い考えだった。
巨大モグラの動きが変わる。
手を無茶苦茶に振り回して、口を大きく開ける。
「何か仕掛けてくるぞ!」
こちらが身構えるのと同時、
紫色をした濃密な霧状の物質を、激しい勢いで口から吐き出した。
全員が近くにあった柱の後ろに退避する。
紫色の霧は誰もいない地面に当たり、その反動で周囲に拡散した。
クレアが「やっ!」と旋風の風魔法で反対方向に追いやる。
しかし――
「けほっ、けほっ」と整った顔を歪めて、かすれた咳をするリリス。
霧を少し吸い込んでしまったらしい。
落ち着いて自分の喉に手を当てて浄化魔法を施す。
「毒の霧ですわ」
紫色の濃密な霧は毒攻撃だった。
俺達は一旦距離を取り、さらに後方にある大き目の土の柱の陰に隠れる。
相変わらず巨大モグラは最初に姿を見せた場所から移動する気は無く、
こちらが視界から消えた後、あたりを警戒して首をゆっくりと巡らしている。
遠距離攻撃が毒霧ならば、【毒耐性】のある俺なら少しは役に立てる。
クレアを肩車から降ろして、皆に提案する。
「俺が囮になる。あいつに今の毒攻撃をさせるから、
それが終わって油断している隙に、弱点の鼻に一斉攻撃を仕掛けてくれ」
リリスとナナミは少しためらう素振りを見せたが、
すぐに表情を引き締め頷いた。
「お気をつけて」「あいつを倒すデス」
柱の陰から飛び出して、
地面に落ちている手ごろな大きさの石を三個拾いあげる。
巨大モグラが出現するときに、地面を割って土石を周囲に振りまいたので、
俺の望むサイズの石はそこかしこに落ちている。
元の世界では一般男子の嗜みとして普通に球技を経験しているので、
ボールを投げるのは苦手ではない。運動神経だって人に自慢できるレベルだ。
土魔法の石飛礫を使ったときに考えたとおり、
鍛えた能力で石を投げれば、れっきとした遠距離攻撃になる。
それを実践する。
こちらの姿を見失っている巨大モグラ。
その体毛に覆われていないむき出しの鼻めがけて、
手にした石のひとつを力の限り投げつける。
こちらに注意を向けるため「喰らえっ!」とわざと大声を出しながら。
運が良かったのだろう――思った以上の速度で飛翔した石が見事目標に命中。
それなりの痛手を与えられたようで「ぐもも」と苦悶の声を上げている。
場所を移動し「こっちだ!」と大声を張り上げ、もう一度石を投げつける。
これは一振りした大きな手で遮られた。
モグラは俺の方に体の向きを変え、口を大きく開ける。
さらに追加の投石。
それと同時に口から毒霧を吐き出す巨大モグラ。
最後の投石は狙いがそれて頬のあたりに当たったようだが、
目的の毒攻撃をさせることに成功した。
向かってくる紫の濃密な毒霧を一身に浴びる。
スキル【毒耐性】は発動するまでに一瞬だけタイムラグがあり、
たったそれだけで気を失いそうな衝撃が身体に走り、
膝が崩れて地面に両手をつけたのだが……すぐに楽になった。
その体勢のまま毒霧をしばらく浴び続ける。
呼吸がしづらいが、スキル【潜水】があるから息を止めていればいい。
仲間を安心させるため、軽く左手を上げ無事を伝える。
そして、モグラの毒霧攻撃が止んだ、その瞬間――
作戦通り三人の少女が柱の陰から飛び出して、一斉にモグラの鼻の頭に攻撃。
大きな手でガードされるが、それをかいくぐり命中する。
期待していたとおり、やはり毒の霧は連射ができないようだ。
その間に遠距離攻撃で確実にダメージを与える。
――これは、いけるかもしれない。
そんな風に思ったのがいけなかったのだろうか。
ラスボスはまだ攻撃手段を隠し持っていた。
両手で鼻の頭をガードしている巨大モグラ。
その額に白い光が浮かび、だんだんと輝きを増す。
すると、それに合わせて周囲に変化が起こる。
――石が浮いている。
俺が拾って投げつけたような石――
無数に散らばっていた石が宙にゆらゆらと浮き上がる。
これは――【土石操作】!
「柱に身を隠せ!」
仲間に叫ぶのと、無数の石飛礫が無差別に放たれたのは、ほぼ同時だった。
避難が間に合わなかったのは――
「ぐあっ!」
俺だった。
手近な柱に隠れるあと一歩のところで脇腹に刺さる拳大の石。
続けて左の太ももとくるぶしに衝撃。
転がりながらも、どうにか柱の陰に逃げ込む。
無差別の石飛礫攻撃はおさまったが、俺の方はもう身体を動かせない。
耐えようとしても「くっ……」と口から苦鳴が漏れる。
昨日までの経験値で、肉体防御が上がっていなければ命を失っていただろう。
仰向けになり天井を見上げる。眼が霞み、呼吸が荒くなる。
「この者に神の御慈悲を――【聖なる癒し】!」
俺のいる柱まで来てくれたリリスの回復魔法が優しく身体を包む。
脇腹にめり込んでいた石が音を立てて地面に落ちる。
太ももとくるぶしに感じていた異物感もなくなる。
痛みは徐々に治まり、呼吸も楽になってきた。
回復魔法の上位魔法なのだろうか。凄い効果だ。
真剣な表情を見せるリリスに礼を告げる。
「ありがとう……」
クレアも小さな身体でこちらに駆けてきた。
その向こう――巨大モグラに肉弾戦を挑んでいるナナミ。
知らないうちに左腕を負傷している。
「俺はもう大丈夫だから……、ナナミの怪我を治してやってくれ……」
そう言っている間にも、
ナナミは巨大モグラの反撃を喰らって、更なるダメージを受けていた。
ナナミを回復するリリス。
俺を庇うように立つクレア。
三人の少女の健気な姿を見て、
ラスボス挑戦を決定した自分の判断ミスを、唇をかみしめて後悔していた。
◇ ◆ ◇
「あの土魔法は【剛石雨】という石飛礫の上位魔法です」
リリスが教えてくれた。
いま俺たちは柱の陰に集まって、どうやってこの場を切り抜けるかの検討中だ。
リリスもナナミも事態の深刻さを理解して、硬い表情を浮かべている。
唯一の救いは、ラスボスの巨大モグラが積極的な攻撃をしてこないことだ。
最初に登場した穴に下半身を入れたまま、その場から動かない。
距離を開けて柱の陰に潜めば何もしてこない。
だから、こうやって策を考える時間がある。
けれども結局は――ラスボスを倒さなければ、この部屋から出られないのだ。
弱点の鼻以外ではナナミの攻撃でさえ効果がない。
強力な毒攻撃と【剛石雨】という範囲攻撃でうかつに近寄れない。
さらに、あの巨体にもかかわらず、ナナミに対抗できる反応速度を持っている。
そんな相手にとれる手段とは何があるだろうか。
隙をついて遠距離攻撃で鼻を狙う。
毒霧と剛石雨の合間を縫っての攻撃では、どれだけ時間がかかるか分からない。
こちらの体力が尽きてしまっては、もう後に残るのは絶望だけだ。
では、どうにかしてナナミの直接攻撃を鼻にあてるか――これも危険が大きい。
その前後で不覚を取り、毒霧や剛石雨を喰らってナナミが行動不能になれば、
完全にこちらの決め手を失ってしまう。
――八方ふさがりか。
そう考えて肩を落とした時、今まで黙っていたクレアが静かに口を開く。
それは暗闇の中に見つけた一筋の光明であった。
クレアが言う。
「母様が……話があるって」
第31話、お読みいただき有り難うございます。
次回――ラスボスとの戦い(3)
クレアの母、ソニア再登場。佳境に入るラスボス戦……です。
次回更新は4月26日を予定しています。
※10月26日 誤字訂正




