第27話:三日目の終わり
浄化魔法の準備が整ったリリスが、
教会から預かった短剣を胸に抱きしめて前に出る。
彼女の身体がおぼろげながら光っている。
俺は先回りしてハヤトの視界に入る位置に移動。
両手で大きな丸を作って、
自滅憑依体の遠距離攻撃に対抗している親友に合図を送った。
多分クレアも俺の頭の上で同じポーズをとっている。なんだかそれがわかる。
ゆっくりと近づくリリスに視線を向けて、位置を確かめるハヤト。
それも自滅憑依体の猛攻を捌きながら。
口元が動く。呪文の詠唱。
瞬間的に竜巻が自滅憑依体の身体だけを包む。
空中に舞い上がる太った身体。
不自由な体勢でも剣圧による攻撃をハヤトに仕掛けているが、
ただの悪あがきにしか見えない。
そのままリリスの正面にゆっくりと下ろされる。
「自然の理に逆らう者よ、その身体から去りなさい――【完全なる肉体の浄化】」
タイミングを見計らったリリスの静かな声。呪文発動の言葉。
自滅憑依体の上空――公園の中央に輝く魔方陣が浮かび上がる。
男の身体を容易く覆い尽くす程の大きさ。
その時にはすでに術の効果が始まっていたようだ。
着地してハヤトに反撃をしようした体勢のまま、自滅憑依体の動きが止まる。
魔方陣がマルトフの身体を走査するように静かに降下する。
浄化が始まる。
この時、俺は気づいた。
俺の出来ること。それは今この場を【聖魔眼】で見守ること。
太った男の背中が見える度に視界に映っていた黒い球体、
脈動するように激しく動いていた自滅憑依体の本体が、
リリスの浄化魔法――輝く魔方陣――に触れた途端に静かになる。
その後ゆっくりと上昇し始め……、
やがて男の身体から離れてそのまま空中に浮かぶ。
自滅憑依体の切り離しが成功。
魔方陣は光の粒になり消えていく。
太った貴族の顔に少しだけ赤みが戻り、そのまま音を立てて地面に倒れ込む。
まだ俺の役目は終わっていない。
聖魔眼が宙に浮いている自滅憑依体を認識している。
魔方陣の消滅と共にフルフルと震えるように再び動き出していた。
そして移動を始める。ゆっくりと。
ただの偶然なのだろうが――俺の立っている方に向かってくる。
力なく漂うようにこっちに飛んできて、
しかし途中で地面に落ちて……消えていった。
もしくは――逃げていった。
自滅憑依体の動きを最後までしっかりと見届けた俺は、
ようやく気を緩めて周りに目を向ける。
戦いの場になったにもかかわらず教会周辺より壊された建物が少ない。
公園の中では自滅憑依体の浄化が終了して、
緊張の解けた人々が一斉に事後処理を始めていた。
現場検証のためにそこかしこに灯りがともり、急に明るくなる。
彼らに指示するハヤトの声が聞こえる。
「後の処理は任せた。役目の終わったリリス様も休ませる。
余計な負担を掛けないように残りは全てそっちでやってくれ」
俺の側にはいつもの優しい笑顔でアンヌさんが立っていた。
「ユウキ君の【聖魔眼】には何が映ったんだい?」
「見えたのは黒い球体――おそらく自滅憑依体の本体、
それがリリスの浄化魔法を受けて、どんな動きをしたか……ってことだけです」
「それだけで十分さ。
相手の姿を見極める……戦うにはそれが一番大事なことだからね」
ナナミも真剣な顔で「そうデス」と頷いている。
その向こうからハヤトとリリスが近づいてくるのが見えたので、
話を中断してねぎらいの言葉をかける。
「二人ともお疲れさま」
「なまった身体にはちょうど良い運動だったな」
疲れを感じさせないハヤト。どちらかと云えばすっきりした表情だ。
あれだけの戦いでも親友にとっては体をほぐす程度だったらしい。
「ユウキ様からいただいたご命令……ただいま完遂いたしました」
リリスがかしこまった物言いをする。
彼女の立場を考えれば理解できる。けど……、
「うん、リリスの浄化魔法は綺麗でカッコよかったよ」
俺が彼女を褒めるのだって問題ない。
ナナミだって「リリスはカッコよかったデス」って言っているし。
頬を赤らめて「いえ……そんなことは……」と顔を伏せるリリス。
「こんな所で立ち話をしていないで宿屋に戻ろうよ。夜も遅いし……。
今の出来事を話し合ったり明日の予定を改めて考えたりで、
少し打ち合わせも必要だよね」
アンヌさんの提案通り、現場となった広場を離れる。
同行していた教会の人に挨拶をすると、感謝の言葉が返ってきた。
「リリス様、ありがとうございました!」
周囲を忙しく動いている警備隊の人達からも次々と。
「お疲れさまです!」
「ハヤト様、ありがとうございました!」
深々と頭を下げる彼らの表情は皆明るい。
町が救われた……誰もがそう思っているのが俺にも理解できた。
◇ ◆ ◇
宿屋に帰ると女将さんが優しく出迎えてくれた。
ハヤトはこの町の有名人だから話が伝わるのも早い。
「お疲れさまでした。町を救っていただきありがとうございます。
せめてもと考えて、風呂を残しておきましたので利用してください」
そう言われると断れない。ていうか、むしろありがたい。
打ち合わせ前に入浴しようと仲間全員の意見が一致した。
で、初日と同じようにハヤトと一緒に入浴をする。
ひと通り身体を洗ってから湯につかる。
「あとでみんなにも話すけど……、
やっぱりマルトフの背中に見えた黒い球体は自滅憑依体の本体だと思う。
いや――もう間違いないと確信している。
リリスの浄化魔法に反応して身体から出ていったのが見えたんだ」
「やはりな……」
ハヤトが言葉を選んでいる。
だから俺は感じていたことを先に告げる。
「俺は……何かに呼ばれてこの世界に来たんだろうな。
自滅憑依体を何とかさせようとしている――神か何かの存在に。
それが俺に与えられた使命の全てなのか、単なる一端だけなのかは解らないが」
俺の独白みたいな言葉に、ハヤトも思い出す様に話し始める。
「オレもこの世界に辿り着いて何度か考えた……オレがこの世界に来た理由を。
まぁ、ユウキの付き合いで偶然来ただけなんだが、
それでも独りだけになってしまった事に何かの意味があるんじゃないかとな」
少し自嘲気味な言い方だった。
「でだ……まぁ、色々あって、
自滅憑依体を何とかするのが、オレの役目なんじゃないかと考えていたんだ。
お前と再会できずに、この世界で生きていくのならそれもいいかと考えていた」
俺にチラッと視線を向けてからハヤトは言葉を続ける。
「もしお前と再会できて、
お前の眼があいつらに何かの反応を示すようなら……、
ユウキも同じ役目かもしれないというのなら、
一緒に自滅憑依体を退治するのもいいな――と漠然と考えていた」
「その結果が……今日わかったわけか」
「その様だな……だから今言ったように、
ユウキが自滅憑依体を何とかするのが自分の使命だと思うのなら、
オレも一緒に戦うことに何の躊躇もない。それが言いたかったんだ」
「そうだったのか」
「しかしだ……。だからと言ってあまり思い詰めない方が良い。
軽く考えていればいいんじゃないか? いつものユウキらしくだ。
自滅憑依体が見えてしまったのだから、
何もせずに黙って見ているだけなんてできない――とかな。
この世界に来た意味なんて堅苦しく考えずに、やりたいようにやればいい」
確かに自分の生きる意味なんて大それたことを持ち出して、
重く考えてもプレッシャーになってしまうだけだ。
「そうだな……もっと気楽に考えよう」
自滅憑依体が引き起こした町の破壊を目にして、その恐ろしさを実感した。
浄化が終わった後に町の人達が見せた心底安堵した顔に、事の重大さ実感した。
リリスが受けた――世界を救う俺に従え――という神託の重さを実感した。
それで少し神経質になっていたようだ。
だが温かい風呂に入って、頼りになる親友と裸で話をして大分気が楽になった。
もう大丈夫だ――と、気を遣ってくれたハヤトに笑顔を見せる。
ハヤトも小さく笑みを返してくれた。
◇ ◆ ◇
その後、長湯せずに風呂から上がり、俺とナナミの部屋で打ち合わせ。
みんなを部屋に招き入れる――
くっついている俺とナナミのベッドを見て、
リリスの背中から漂う禍々しい気配は、おそらく聖魔眼が見せたものではない。
だが振り返ったリリスの表情はいつも通り平静だった。
いろいろな葛藤があったみたいだけど納得してもらえたらしい。
俺にできること、それは……その件に一切触れないこと。
隣りにいるアンヌさんもニヤニヤ笑っているだけで追及はしてこなかった。
女性陣はベッドに腰かけて男二人は床に座る。
「ユウキ君、聖魔眼が見た自滅憑依体の動きを説明してくれないか」
アンヌさんに促されて、あの時の動きを見たまま全て話す。
単に逃げ出しただけにも見えた――と感じたままも。
それを聞いたリリスが顔を曇らせる。
「浄化魔法ではあの身体から追い出しているだけなのです。
身体から追い出した時点で存在できなくなって消滅しているのかも――と、
期待はしていたのですが……」
「だとすると、浄化魔法だけじゃ根本的な解決にならないってことなんだね」
「そうなのですか……」
アンヌさんの歯に衣着せない言い方でリリスが気落ちしている。
「でも、それはあくまでも俺の感想だから。はっきりそうだってわけじゃないよ」
「そうだな……今はまだ結論付けるのは早い。頭に入れておくくらいでいい。
それよりも、今夜の出来事があったからちょうどいい機会だ。
このパーティ『勇敢な瞳』が――、
今後どのように自滅憑依体に関わっていくか、確認したいんだが良いか?」
ハヤトの提案にアンヌさんが頷いて、すぐに俺に訊いてくる。
「ユウキ君は今日実際にあいつらを見て、考えが変わったりしたのかい?」
「確かに……今までは漠然としか考えていませんでした。
リリスから期待されていたから前向きに考えようしていた――その程度でした」
リリスが真剣な表情で俺を見ている。
今の正直な気持ちを伝えよう。
「で、さっきの出来事でいろいろ考えてしまったんですけど、
それをハヤトに見抜かれて……風呂場で元気づけられたりしていました。
俺以上に俺のことを知っているハヤトが言うには――
自滅憑依体が見えてしまったのなら、何もしないではいられないだろう……と」
そう言ってハヤトを見ると……視線を合わせてくれなかった。
恥ずかしがり屋め。
「確かに俺らしい考え方で、その通りだと納得できたので……。
だから――これからは俺の意志で世界の危機に立ち向かおうと思います。
今までは何ができるか分からなかったけれど、少なくとも今は――
俺の眼が自滅憑依体の本体を見ることができる、っていう強みがありますから」
アンヌさんにそう答えた。
「そう、それならボクとリリス様の答えは決まっているよ」
「はい! ワタシはユウキ様が世界を救うまで付き従っていきます!」
リリスが心底嬉しそうな顔をしている。
アンヌさんも優しい笑顔を浮かべている。
「ボクはリリス様の護衛任務が解かれるまでは一緒に行動するしかないしね。
それ以前に自滅憑依体に対して思うところもあるから……」
「オレは……ユウキと再会するまでは自滅憑依体をどうにかするのが役目だった。
言い忘れていたが――
仕えていた貴族の元を離れるについて、ひとつ条件が出されている。
それが『自滅憑依体退治の招集に応じること』……そういう事情もある。
だからパーティ全体が、あいつらに対処する方針になるのなら都合がいい。
――ナナミはユウキに付いていくのでいいのか」
ハヤトが自分の意見の後にナナミに問い掛けた。
「ユウキと一緒に戦うデス」ナナミにブレは無い。ちょっと眠たそうだけど。
「クレアはもちろんオレと一緒だな」ハヤトの言葉にクレアも頷く。
みんなの意見が出そろった。
そこでハヤトが力強く宣言する。
「ならば、このパーティは優先して自滅憑依体に対応していく――決定だな」
全員が力強く頷く。
「それならオレに提案がある。――今の決定を世間に喧伝して情報を集めよう。
自滅憑依体に対抗できる竜騎士と浄化できる神官がいて、移動には竜がいる。
ユウキの眼については隠しておいた方が良いだろうが……、
これ以上適任のパーティは無い。誰もが納得して協力してくれるはずだ。
大分動きやすくなるだろう。
もちろん自滅憑依体が現れたと情報が届いたら優先して向かう」
さすがハヤト。こういった段取りを考えるのが速い。
「それ以外の時間は――ユウキの技能結晶集め目的でダンジョン攻略でいいな。
ユウキのダンジョン好きも考慮して、聖魔眼のレベルアップも期待してだ。
明後日、予定通りここのラスボスを倒したら、
別の町に行ってより難度の高いダンジョン攻略を進めよう」
「まぁ、そんな感じでいいんじゃないかな」とアンヌさんが賛意を示す。
しかし俺は、ひとつやらなければならないことを思い出していた。
「その前に……技能結晶を教えてくれたソニアさんなんだけれど、
一度顔を見せるようにって云われてるから、その約束を果たしたい。
ちゃんとお礼も言いたいし」
「ソニアのところか……」と言ってクレアの顔を見る。
ハヤトの心中には複雑な思いがありそうだけど表情には出ていない。
対するクレアも無表情のままハヤトをじーっと見ている。
「ボク達が行っても大丈夫かな?」とアンヌさん。
「まぁ、大丈夫だろう。
ソニアは魔族だが、人間に対して特に悪感情は持っていないからな。
それは断言できる。
そうだな――みんなが良ければ町を出たら最初にソニアの館に行ってみるか」
案外簡単にハヤトが折れた。
途端にクレアがあまり見せない笑顔になる。
やはりまだ子供だ。
いくら父親(?)と一緒でも母親からいきなり離れたので寂しいのだろうな。
この話で明日からの大体の方針が決まって、
そろそろお開きかという雰囲気になった時にアンヌさんが口を開いた。
「そうだ、ひとつ言いそびれていたけど……、
ハヤト――明後日町を出るってこと、内緒にしていないとダメだからね」
「なんでだ」
「ハヤトが町を出る話をしたら、女の子たちが暴動を起こすかもしれないからさ」
さも当たり前のように言うアンヌさん。
「……」しかし何故だかハヤトが反論しない。
「心当たりがあるようだね……ボクも話は聞いている。
ハヤトが竜騎士になってガリドナに行くことになった時、
ちょうど別件で町の男共といざこざが起こったらしいじゃないか。
ハヤトが町を離れる原因がそこにある――
そんな風に町の女性たちが勘違いして、その男共のいる酒場を襲撃した事件」
アンヌさんがその時の惨状を簡単に教えてくれた。
なんて恐ろしい事件なんだ。
勝ち誇ったように言うアンヌさんが何故か声を潜めて言葉を続ける。
「町で今、おかしなうわさが流れているんだ……。
ハヤトの側にいたあの娘は誰だってね。
それが原因でまた騒ぎが起きるかも知れない……」
「その娘とは誰のことだ? ナナミか?
リリス様ならアンヌの影響で女性の間ではそれなりに有名だろう」
「いや、違う。今日の午前中――
ほぼ裸でハヤトのシャツを着て恥ずかしそうに町を歩かされていた少女……」
「それはちゃんと否定してくれたんですよね!」
俺は力の限り叫ぶ――実際は夜中なので、
控えめな声で。身振りときつい視線で気持ちを表現しただけだけど。
そんな心からの訴えに、
アンヌさんは「ぐふふ」と思わせぶりな態度で不気味に笑うだけだった。
結局うやむやにされて「みんな疲れているからね」とその場はお開き。
俺の彼シャツ事件は解決していないようだけれど……それは後で考えよう。
決めるべきことは決まったから。
ナナミがもう半分寝てしまっていたから。
そんな感じで――、
またまたいろいろあった異世界三日目がようやく終わりを告げたのだった。
第27話、お読みいただき有り難うございます。
次回――アンヌさんが大活躍。そして……新しい技能結晶。
更新は3月22日を予定しています。




