第28話:アンヌ張り切る
「今日のダンジョン攻略――みんな、戦闘は休んでていいよ!
ユウキ君はトドメだけ。あとは全部ボクに任せてもらおう!」
朝食の席――
仲間が揃ったのを見計らって、突然アンヌさんが宣言する。
途端にハヤトの隣に座っていたクレアがアンヌさんを睨みつける。
「だって……ほら、ボクは昨日まで裏方で頑張ってたじゃない?
自滅憑依体の相手だってハヤトに譲ったんだから……。
今日一日くらいはボクにも戦わせて……欲しいんだ……けど……ね?」
クレアの視線は相変わらずきついまま。
「わかったよ……。
クレアちゃんはユウキ君と一緒に戦っていいよ……」
結局、視線にたじろいで、狼狽えて弱気な声を出す。
幼女の睨み攻撃には勝てなかったようだ。
リリスとナナミもそれを真似てアンヌさんを睨み始めるが、
二人に対してはわざとらしく視線を逸らして誤魔化す。
すると……、
昨夜の事件で思う存分に戦ったハヤトが、アンヌさんの擁護に回った。
「オレからもお願いする。今日はアンヌの好きなようにやらせてやってくれ」
ということで、今日は……
ダンジョン攻略に欲求不満が限界なアンヌさんの参戦が決定した。
「ようし! 今日はやるよ!」アンヌさんが満面の笑顔だ。
ナナミとリリスに休んでもらうのもそれはそれで有りだし……、
アンヌさんが喜ぶのなら俺にとって異存はない。
改めて朝食を再開していると、
そこにいつもの女性給仕さんが声をかけてきた。
「ハヤト様……お客様がいらっしゃってますが、どうしましょう?」
「……誰なんだ?」いつもの険しい顔になるハヤト。
本当にハヤトはこの町では静かにしていられないなぁ。
毎度のことで気の毒になる。
「町長さんです。昨日の事件解決のお礼が言いたいそうですよぉ。
それと『待ち人が来たのなら色々手配した俺に感謝するのが道理だろう』って、
そう言ってました」
「グラディ町長か……。あいつなら仕方ない。
話をしてくるから、ちょっと席を外させてもらう」
「いいよ。俺が来てやったからな」
女性給仕さんの後ろから、姿を見せたのは壮年の男性。
整った髪型で精悍な顔つき。背が高くキッチリとした服装に身を包んでいる。
「皆はハヤトの仲間か……食事中すまない。
お互いに忙しい身だから、こんな時間じゃないと挨拶もできないんでな。
俺はこのドラワテで町長をしているグラディだ。
昨夜の自滅憑依体事件、その解決への多大な協力――町の代表として感謝する」
そしてリリスに顔を向けて、
「公的にご挨拶するのは望まれないと考えて控えていましたが――
我が町にお越しいただきありがとうございます、リリス様。
自滅憑依体の浄化、お見事でした。重ねて感謝を申し上げます」
「お気遣いありがとうございます。お力になれてワタシも嬉しいですわ」
食事する手を止めてすまし顔で答えるリリス。
町長はしっかりとした頷きで返してから、改めてその場にいる全員を見渡す。
「後日、正式な場を設けて感謝状をお渡ししたいのだが――
受けていただけるだろうか」
俺たちは、明日ラスボス攻略を終わらせ町を出ていくと決めているので、
その時間はない――答えに躊躇っていると、町長が俺の顔を見て口を開く。
なんだか視線がとても優しい。
「返事がないのは何か事情があるようだな。
まぁ、それはそれでいい。感謝は押し付けるものではないからな。
それで――君がハヤトが待ち望んでいたユウキ君か。
既に町ではいろんな噂が広がっていて、俺の耳にも届いているぞ」
――どんな噂だ!?
「現れるのかどうかもわからない異世界人。
その来訪を期待してハヤトが綿密な準備をしていた相手。
町を有名にした英雄からの依頼だから、半信半疑ながらも協力していたが、
本当にこの町に来るとはな。ユウキ君――ようこそ、この世界へ」
あぁ、そっちの件か。彼シャツ事件の方じゃなくて一安心だ。
座ったままで失礼かとも思ったが、
そのまま「ありがとうございます」と頭を下げる。
「いつも仏頂面のハヤトが唯一笑顔を見せる相手だそうじゃないか」
「つまらない話をしていると叩き出すぞ。オレ達は今日も忙しいんだ」
……実は、ハヤトが俺だけに笑顔を見せるのを密かに自慢に思っていたりする。
それはそれとして――
グラディ町長に厳しい言葉を返すハヤトだが、その口調はきつくない。
どうやら、俺が町に来た時の門番の人や宿屋の人の対応、
その他もろもろの手配をこの町長自ら手伝ってくれたらしい。
道理でハヤトが頭が上がらないように見える。
それに随分と気さくな人のようだ。
「まぁ、俺も堅苦しい話は嫌いだからな。用事は済んだ。
何か困ったことがあったら声でもかけてくれ。力になる。
感謝状よりもそっちの方が良いだろう」
「それなら、ひとつ頼みたいことがある」
「なんだ? 相変わらずハヤトは遠慮ってものがないな」
わざとらしく嫌そうな表情を浮かべるグラディ町長。
対するハヤトも顔をしかめて、頼みたいこと――
昨晩決めた自滅憑依体へのパーティの方針、その説明をして協力を願い出た。
「そういった話ならこっちから頼みたいくらいだ」
グラディ町長はハヤトの依頼を快諾した。
明日か明後日には町を出ることも隠さずに話して、
その前に一度詳細を打ち合わせに行くとハヤトが申し出る。
町長はそれもすぐに了承して、
これで話は終わったと、「それでは邪魔をした」と告げて、
最初に忙しいといった言葉の通りあっさりと帰っていった。
◇ ◆ ◇
……で、ダンジョン探索三日目。
今日も最初にダンジョン探索組合に顔を出す。
この時間は人が多い。そしてこのパーティは目立つ。
ひそひそと聞こえてくるのは、やはり昨晩の自滅憑依体の件。
それでも直接話しかけてくるような人がいないのは助かる。
いろんな感情を含んだ視線を向けられる中、
ハヤトが先頭になって顔見知りの受付嬢がいる窓口に向かう。
「明日、最終ボスに挑戦をしたいのだが、空きはあるか」
「ハヤト様の部屋は無理ですが……そうでなければいつでも大丈夫です」
「ハヤトの部屋?」
意味不明な単語に思わず反応すると、
すかさずアンヌさんが答えてくれた。
「ここのダンジョンのラスボス部屋は十部屋もあるんだ。
多くの挑戦者を受け入れられるようにって」
ラスボス部屋が複数あるのか。驚きだ。
でも順番待ちで困るよりはいい。探索者にとってはありがたい話だし。
「その中で――
ハヤトが竜を手なずけた例のラスボス部屋がそう呼ばれるようになったんだ。
今でも大人気で、そこだけは未だに予約が一杯なんだって。
どの部屋でもおんなじなんだけれどね」
ナナミと一緒にアンヌさんの解り易い解説を聞いている横で、
ハヤトが明日の攻略のためにラスボス部屋をひとつ予約する。
そうやって用事を済ませて、
今日の予定――ダンジョン七階層から九階層を攻略するために組合を後にした。
いよいよ、アンヌさんの独壇場が始まる。
◇ ◆ ◇
ダンジョン地下七階――結界扉の前。
「ナナミちゃん、索敵だけはお願い。あとはユウキ君のサポートだけでいいよ」
「やるデス」
ナナミはアンヌさんにいろいろと教わって恩を感じているので、
今日の戦闘をアンヌさんに任せるってことに納得している。
が――リリスは不満顔だ。
見かけによらずちょっと戦闘狂の面がある元お姫様。
ダンジョン攻略を俺以上に楽しんでいるような気がする。
特に――氷魔法と言い張る――
氷の大剣を振り回しているときの顔には喜びが溢れている。
昨日の浄化魔法も綺麗だったけれど、
輝いて見えるのはダンジョンで戦っている時の方だ。
「まぁ、いいですわ……今日はハヤト様の顔を立てましょう。
アンヌ、ユウキ様に怪我などさせないようにしなさい。
あなたなら問題ないのでしょうけれど」
「任せて!」
不承不承認めたリリスに元気に応えるアンヌさん。
そして全員で結界扉をくぐる。
スキル『空間把握』が教えた位置は昨日の六階層の真下。
熱帯雨林ステージ。属性は土。
気温も湿度も高く、スキル『熱耐性』があっても不快な感じがある。
昨日の第六階層は岩山が屹立していて遠くが見通せなかったが、
視界の悪さで言ったら、この第七階層の方がよっぽど酷い。
密集した樹木や草花が邪魔をして数歩先が見えない。
その中を先頭にアンヌさん、その左後方にナナミ、
アンヌさんの真後ろにクレアを肩車した俺、後方にリリス、
最後尾にリリスの警護を肩代わりしたハヤト、その順で進んで行く。
出現する魔物については、ここに来る途中でハヤトから説明を受けた。
地を這う魔物ばかりなのだが、
生い茂っている樹木を巧みに使って立体的に攻撃してくる。
多くが音もなく忍び寄る能力を併せ持っているので危険度が高いらしい。
加えて視界も悪く動きづらいこの地形では苦戦は必至……なんて考えていたが、
爆炎の竜騎士さまにとっては何の障害にもならなかった。
いつものように事前にナナミが魔物を発見する。
アンヌさんだって索敵能力は高いから、少し距離が縮めば居場所がわかる。
「わははははぁ!」
何故か変な笑い声を発して突貫していく。
下草やツタを剣で切り裂いて、邪魔な樹木を蹴倒して。
――黙って近づけばいいのに……。
しかし、そうやって先制攻撃の利を捨てても、アンヌさんの優位は揺るがない。
それほどの力量差。
その場にいたのは馴染みのある大イノシシ五体。
少し離れた位置にいるのは――痺れムカデ。
人の身長程の長い身体を持つ多足の魔物。
無数の足がわしゃわしゃ動くさまは見ているだけで気持ち悪い。
それが視界に入った数だけで四体。
騒がしく現れた探索者――アンヌさん――に一斉に攻撃を仕掛けてくる。
大イノシシはいつもの突進。
痺れムカデは浴びただけで身体がマヒする液体を口から発射する。
大きく開けた口がこれまたでかい。
これで痺れて動けなくなった探索者の頭を丸かじりするらしい。
対するアンヌさん。
五階層の無限の部屋とかで戦っている姿を見ていたが、
やはり本気で戦うとその違いは歴然だ。
各種族一体だけを残して後は倒してしまって良いという状況のため、
心置きなく剣を振るう姿は幸せそうで、見てるこっちもなんだか元気になる。
「わははははぁ!」
魔物にとっては災難なのだが。
素早さは疾風の竜騎士や猫人族のナナミに一歩譲る――と、
そう本人が言っていた通りなのだけれど、
一撃一撃の力強さはアンヌさんの方が上に見える。
持っている剣は片手持ちの少し細身の長剣。女性の腕には重そうに見える。
しかし、そんなこと微塵も感じさせない。
突進してくる大イノシシを一撃で魔石に変える。
同時に襲ってくる大イノシシには左手に持つハヤトに買ってもらった盾。
これも防御になんて使わずに鈍器として振り回す。
「わははははぁ!」
側頭部に一撃を受けた大イノシシが吹き飛ぶ途中でこれまた魔石に変わる。
次の一体は、痺れ液を放ってくるムカデの攻撃を避けながら、
第七階層の大イノシシだからか「念のため技能結晶が出るか確認して」と、
盾の手加減攻撃で虫の息にしてから俺の目の前に放り投げる。
続けて大イノシシ最後の一体を流れるような剣の一撃で仕留めてしまう。
その間、同時に痺れムカデの相手をするのはアンヌさんの火魔法。
うねうねと動く炎の帯が三本、それぞれが別の動きをしている。
「あれは【炎の蛇】ですわ」とリリスの説明。
といっても疑似生命とかじゃないらしい。
けれど、ただの炎ってわけでもなくて、
何らかの実体があるのか、痺れムカデを拘束して焼き尽くす。
一体だけ生焼けの状態で俺の前に放り出すのも忘れていなかった。
そんな具合で第七階層初戦はあっさりと終わる。
結局、痺れムカデは八体もいた。
これが爆炎の竜騎士さんの実力。
俺との実力差があり過ぎてうまく評価できないけど、
多分ナナミの近接攻撃とリリスの魔法攻撃を同時に独りでこなしている感じ。
もう第七階層だというのに、
十体を超える魔物が同時に向かってきても全く危なげがない。
そして……あの変な笑い声は自分に注意を向ける手段なんだと思いたい。
ナナミが「ほぇー……凄いデス」と感心した声を出して、
いつもはアンヌさんの役目になっている魔石拾いを代わりにやっている。
「はい、こんなもんかな。じゃ、次。あっちにいるみたいだね」
いつもより機嫌のいい笑顔見せるアンヌさん。
うん、やっぱりアンヌさんが楽しいならそれでいいか。
◇ ◆ ◇
その後、あまり時間もかけずに、
この階層で普段出現する魔物を見つけて退治してしまった。
痺れムカデの他には、
深緑アリ、巻き付き大ヘビ、土カメレオン、そして隠密カマキリ。
深緑アリは腰くらいまでの大きさしかない数が多いだけのザコ敵。
巻き付き大ヘビは名前の通り、
巻き付いて毒の牙で攻撃してくるらしいが、アンヌさんの敵ではない。
土カメレオンは体色を変える迷彩で樹木の影に隠れて、
離れた位置から音もなく土魔法の【石飛礫】を放ってきた。
しかし索敵能力で居場所がわかっていれば容易い相手だ。
隠密カマキリには少しだけ手こずった。
といっても完全な待ちの戦法を使うため、発見に時間がかかっただけなのだが。
その隠密性で直前まで気づかれずにいきなり両手の鎌で襲い掛かるらしいが、
わざわざ見つけ出して近づいたのだから、不意打ちなどされるはずもない。
といった感じで……後はもうボス部屋に向かうだけ。
敵は全てアンヌさんが出会うと同時に仕留めてしまう……あの笑い声と一緒に。
で、アンヌさんの戦いを見て不思議に思ったこと――
「あの火魔法【炎の蛇】で火事になったりしないのかな……」
小声でリリスに訊いてみると……
魔法には一家言ある神官少女が詳しく教えてくれた。
「火魔法は熱量の放出が基本ですが……その先には二つの方向性があります。
ひとつは放出する熱量を増大させる。一般的にはこっちを優先しますわ。
もうひとつに熱量の制御があります」
なんだか科学の説明みたいだ。
「アンヌは放出する熱量の増大に特化しているのですが、
それでもあのレベルになれば熱量の制御も自然と会得します。
ちなみにワタシの火魔法は熱量の制御を優先しています。
そっちはアンヌより得意なのです」
スキル【熱耐性】を試すのに、
リリスに火魔法を使ってもらったのを思い出す。
「それで……熱量の制御に熟練すると、
放出する火魔法の温度調節だけでなく、逆に熱量の吸収が可能になるのです。
その能力で余計な延焼を防いでいるのですわ」
何となく理屈がわかった。
「これは余談ですが……、
ワタシの得意な氷魔法のスキル取得の早道は、
水魔法の熟練と――矛盾するようですが――火魔法を熟練することなのです。
その理由が火魔法のこの熱量制御にあります。
神聖魔法以外で、ワタシの使える魔法がその三種類なのはそのためなのですわ」
楽しそうに魔法の話をするリリス。
彼女の説明を聞いて、
そうやって、魔法スキルを身に付けるんだな――と、
いつか俺にも来るかもしれない魔法が使える日を夢見て心を弾ませていた。
リリスのわかりやすい説明にお礼を言っていると、
ふと頭の上から何かの感情が伝わってくる。
何やら不機嫌な波動。
そういえば――クレアは戦ってもいい筈なんだけど、
アンヌさんの攻撃が一方的すぎて手を出せていない。
――それが原因か?
「アンヌさん……。クレアにも少し分けてやってください」
合間を見てそう伝える。
すると、次からは時々生焼けの大イノシシなんかが空中に放り出されて
「クレアちゃん、よろしく!」と声がかかるようになった。
なんだかおざなりなやり方だけど、
クレー射撃のように銃を撃つクレアからは、
機嫌が良くなった感じが伝わってきたから良しとしよう。
そんな感じでまだ昼前、この階層のボス部屋に到着。
階層ボス――巨大蜘蛛。
巨大というだけあってデカい。見上げるほどの大きさだ。
攻撃方法も多彩。防御も完璧な難敵だと聞いていた。
長い前足での物理攻撃、口から毒液、腹部後方から放出する特殊な糸。
そして土魔法。それも土カメレオンの貧弱な石飛礫なんかとは比較にならない。
人の身長程の土壁を発生させるのだ。
だが……悲しいかな、アンヌさんの力強さの前には障子紙と変わらなかった。
盾を前面に掲げて体当たりで突き破り、そのまま打撃を数回。
ひっくり返ってピクピクしている状態で「ユウキ君、後はやってね」と。
巨大蜘蛛――こうなると階層ボスとしての威厳なんてまるでない。
顔には出さないが少し呆れながら巨大蜘蛛にトドメを刺すと……
今日初めての技能結晶が現れた。
やはりうれしい……が一抹の不安もあった。
事前に考えていたのだ、もし技能結晶が現れたらと。
あの【糸攻撃】だったらどうしようかと。
お尻から糸を出す攻撃なんて、
会得しても絶対に使わないと心に決めていた――けれど、幸いにも違っていた。
それも良い方に。
「これは……巨大蜘蛛が使ってた土魔法……【土石操作】だって」
そう――早くも魔法系のスキルが手に入ったのである。
第28話、お読みいただき有り難うございます。
次回――ダンジョン下層攻略が進みます。
更新は3月29日を予定しています。




