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第26話:自滅憑依体

「状況は?」と、ハヤトが真剣な表情を見せる。


「こちらの話では――

 先ほど教会に訪れた貴族の男性が突如発症したそうです。

 聞いた容姿からの推測でマルトフ様だと思われます。

 建物の入口を一撃で破壊して表に出ていったと」


 リリスも真剣な表情で答える。


「教会関係者は自滅憑依体についての知識が全員にありますので、

 関係各所への連絡は滞りなく実施されました。今は、自滅憑依体に対して、

 警備隊が先頭に立って、広場への誘導に取り組んでいる最中との事です」


 次にアンヌさんが口を開く。いつもの柔和な笑顔がいくぶん硬い。


「こっちの情報は――

 あれから、マルトフの動向を知り合いに調べてもらっていたんだけど、

 跡をつけて教会に行ったら、そこで変化が始まったのを実際に目撃したそうだ。

 だから……自滅憑依体があの男なのは間違いない。

 教会を破壊して街中に向かって行ったところまで確認して連絡に来てくれた」


 アンヌさんに抜かりはなかった。

 あの時から既にマルトフを調べるよう手配していたらしい。


 しかし……あの貴族が自滅憑依体に……。

 俺が見た黒い球体との関係性を疑わずにはいられない。

 恐らく皆の脳裏にも浮かんでいるのだろうが……、

 今は状況への対処が優先――とハヤトが口を開く。


「リリス様は浄化は出来るのか?」


「はい。ワタシが……やります。

 教会の方――魔力回復の聖水をお譲り下さい」


 リリスがハヤトの問いに答えてから背後の男性に声をかける。

 彼女に話を持ってきた人物。

 聖職者らしいキッチリとした印象の服を着た若い男性だった。

 自滅憑依体の浄化ができるリリスを頼って飛んできたのだろう。

 期待通りの彼女の対応に喜びを隠さずに答える。


「すぐに用意させます!」


 ハヤトは二人の会話に頷いて、皆に次の指示を告げる。


「準備ができるまでは、オレが自滅憑依体をキッチリと抑えておく。 

 アンヌはリリス様の護衛を優先しろ。ユウキとナナミはアンヌから離れるな。

 クレアはユウキと一緒にいるんだ」


 全員の顔を見渡して異論がない事を確認。

 最後に俺に視線を合わせ、

 深く頷いてから「先に行く」とハヤトは部屋から出ていった。


 残った俺たちもすぐに動かねば――と心を決めていると、

 リリスが声をかけてくる。


「ユウキ様……お聞きの通りです。

 世界の危機【自滅憑依体】が現れました。

 この事件、ユウキ様の従者として対処するよう御命じ下さい」


「あぁ、リリス――お願いするよ」

「はい」


 俺もクレアを肩車して、残った皆と一緒に表に出る。

 夜の街を教会の人の先導で駆けていく。


 ――自滅憑依体。


 この世界に来て最初にハヤトから聞かされた目の前にある脅威。


 人間社会を終焉に至らしめる――そう恐れられている未知の存在。

 知らぬ間に人に憑依し、数日の間は大人しくしている。

 やがて憑依した人間の意識を乗っ取り、強化した身体で破壊行動を始める。

 次第に肉体が膨張を始め、極限まで肥大した肉体が周囲を巻き込んで消滅。

 その範囲は町の一区画に及ぶ。


 肉体の膨張前ならば浄化魔法で人間に戻せるが、それ以降は退治するしかない。


 最終段階の消滅にまで至った例はまだ数例なのだが――、

 近年、この世界の至る所で憑依案件が増大。いずれは対応が間に合わなくなる。

 予想ではそれがあと数年。臨界を超えれば加速度的に最終段階が発生。

 町、都市、国家の消滅が避けられない。


 あの時は現実味のない話だったが、

 ダンジョン探索をして、この世界の理を多少なりとも理解した今ならば、

 事実起こり得る危機として実感と共にしっかりと心に届く。

 だからこそ、より詳細な情報が知りたい。


 憑依されて強化した身体とはいったいどれほどの強さなのか。

 肉体が膨張するのには、どのくらい猶予があるのか。

 浄化魔法とは、どの様に行うのか。


 そして――俺に何ができるのか。


「教会に着いたら説明するよ」


 難しい顔をして皆の後を走っている俺を見て、

 アンヌさんが隣りに並んで声をかけてきた。


「お願いします」と走りながら答える。



 ◇ ◆ ◇



 やがて見えてきた教会。主要な部分が木で造られている背の高い建物。

 その入口は大きく壊されていた。

 周辺の建物にも多くの破壊の跡が見える。

 その事に誰も触れずに全員で教会の中に這入っていく。

 真っ先に奥に向かった教会の人がすぐに銀製の容器を手にして戻って来た。


「これが魔力回復の聖水です」

「それと……この教会で一番神聖力のある道具もお貸し願いますか」

「すぐにお持ちします」


「ユウキ君……これから忙しくなるから手短に説明するよ。

 自滅憑依体に乗っ取られた人間は元となる身体の能力が飛躍的に強化される。

 そこいらのCランク探索者じゃ相手にならないほどにね。

 多分ナナミちゃんでも難しいんじゃないかな。

 入口の破壊跡を見てもらえればわかるだろう?」


 アンヌさんが教会の入口を視線で示す。

 最初に見た時にも思ったが、何度も攻撃を加えた跡には見えない。

 教会内部から巨大な鉄球の一撃が加わった――

 残された壁の残骸がそのような状況であったと物語っている。

 今日までに出会った魔物を思い浮かべたが、

 ここまでの破壊を一撃で可能とする魔物はいなかった……それが俺の感想だ。

 

「時間が経つとどんどん強くなっていくから、早めに対処しないと厄介だ。

 けれども、ここまでなら浄化魔法で人間に戻せる。この町は運がいい。

 抑えられるハヤトと浄化できるリリス様が揃っているのだから」


「もし、その段階で浄化できなければどうなるんですか」


「猶予は約一日。それを超えると――化け物に変わる。

 魔物じゃない。化け物だ。

 そうなればハヤトやボクといった個人レベルじゃもう手に負えない。

 専門のチームが招集されて退治するしかない。

 まぁ、ボクもハヤトもその一員なんだけどね。

 ボクの場合――

 ここ暫くは、リリス様の護衛任務を優先していて呼び出されてなかったけど」


 隣りでリリスが手渡された銀製の容器に入った液体を呑んでいる。

 あれが魔力回復の薬なんだろう。

 もう少し時間がありそうだ。


「その退治が間に合わなかったら爆発すると聞きましたけど……」


「そうだね、何ヶ所かその跡地を見たよ」


 跡地と呼ばれるような場所になる……らしい。


「広さでいうと……そうだね――ここのダンジョン前の広場。

 あのくらいは跡形も残らない。周囲もめちゃくちゃになる」


 野球場とかサッカー場とか……そのくらいの広さだ。

 町の中心街で爆発されればその被害は……あまり想像したくない。


 アンヌさんからそこまでの説明を受けていると、

 派手な装飾のある短剣を大事そうに胸に抱いたリリスが俺に顔を向ける。

 教会の人から受け取ったその短剣がこの教会で一番神聖力のある道具らしい。


「ユウキ様――ここでの用事は終わりました。

 あとは現地で浄化魔法を展開します。

 そこでも、少し時間がかかりますので、

 準備が終わるまでハヤト様に頑張ってもらわなければなりませんが」


「大丈夫だよ。ボクと違ってハヤトはそういう戦い方もうまいから」


「それを信じましょう。

 アンヌはワタシの護衛だけでなくユウキ様も守るのですよ。

 まだガウスの件は終わっていないのだから」


「わかってるって。ハヤトからも頼まれたしね」


 そして俺たちは教会から出て騒ぎの中心に向かう。

 通りでは――避難する人たちと自滅憑依体のいる現場に向かう人――

 二方向に綺麗に別れていて、案内されなくても行くべき方向はすぐにわかった。



 ◇ ◆ ◇



 現場に到着――広い通りが交差する一角にある公園。

 花壇や遊具のある町の人々の憩いの場所。

 それほど広くはないが他の場所と比べれば被害は抑えられるだろう。

 離れた位置で警備隊とかの関係者と思しき人間が灯りを手に見守っている。


 リリスが少しだけ前に出て浄化魔法の準備に入る。

 目を閉じて地に膝を付け、

 預かった短剣を胸に小さな声で祈るように呪文を唱えだす。

 微かに光る身体が荘厳さを伴ってなんだかとても綺麗だ。


 一方、公園の中央ではハヤトがひとりで、

 見覚えのある豪華な服を着ている男と少し距離を置いて対峙していた。


 スキル【暗視】はこんな時にも役に立つ。

 ほとんど灯りのない暗闇でも状況が見て取れる。


 向き合っている男の姿は確かに貴族のマルトフだった。

 いまでは顔がどす黒く変色していて、

 腰にしていたサーベルを持ったまま構えもなく立っている。

 対するハヤトは右手にサーベル。左手を目の前の男に向けて立っている。


 俺たちの到着に気付いたハヤトがこちらに意識を向けた一瞬――

 自滅憑依体が離れた位置のままサーベルを振るう。


 激しく空気を震わせる音が「轟!」と鳴る。

 周囲の木々が揺れ、建物がびりびりと振動する。


 バンッ!


 二人の中央で、堅く巨大な目に見えない何かがぶつかり合う音。

 アンヌさんが解説をしてくれる。


「自滅憑依体は、憑りついた人間の剣術や体術とかの能力を大幅に上昇させる。

 魔法が得意だといろいろ厄介なんだけど……、

 あの男は一応【刀術】が使えたみたいだ。

 あれは剣圧を飛ばす遠距離攻撃。威力は桁違いになっているけどね。

 多分、教会とかを壊した技はあれじゃないかな」


 視界にある窓ガラスが全て割れているのは、

 俺たちが来る前にもこの場で同じやり取りがあったからなのだろう。


「昔……歌手が憑かれた事件があってね。

 いきなり子守唄を歌いだしたそうで……普通の人は一瞬で寝てしまって、

 耐性がある人間も逆らうのに苦労したって話がある」


 それはナナミにはよく効きそうだ。

 と……アンヌさんの笑い話みたいな解説を聞いていても、

 ハヤトの戦いから目を逸らしている訳じゃない。


 目の前のハヤトの本気を見逃せない。


 連続して繰り出される遠距離攻撃をハヤトが何かの術で何度も無効化する。

 やがて自滅憑依体は自分の攻撃に何の反応もないハヤトに興味を失い、

 キョロキョロと辺りを見渡し。違う方向に歩きだす。

 その動きには知性が感じられない……野生の虎ほども。

 もっと単純な行動――爬虫類か昆虫程度の反応を思わせる。


 その時ハヤトが動く。


 一瞬で自滅憑依体との間合いを詰め、サーベルの柄で側頭部に一撃を加える。

 マルトフの身体を地に叩き付けただけ……その程度に手加減した攻撃。

 それ以上は追撃せずに再び下がって元の間合いに戻る。


 自滅憑依体の敵意を自分に向かせて、

 この場から移動させないように、攻撃が他所に向かわないようにしている。


 怒りの唸り声を上げてゆっくりと起き上がり、

 今度はサーベルを振り上げて直接ハヤトに襲い掛かる自滅憑依体。


 間合いを詰める速度はハヤトに勝るとも劣らない程。

 振られるサーベルは熟達者を思わせるきれいな型。

 一振り一振りの風圧がこちらにまで届くほど激しく。

 簡単に命を奪い去る程に威力のある攻撃が何度も何度も繰り返される。


 だがハヤトは幾つかの攻撃を己のサーベルで綺麗に受け流し、

 残りの攻撃は全て体捌きだけで見事にかわす。


 頭の上で「父様……カッコいい」とクレアが呟いている。

 俺もそう思う。

 親友の動きは――俺が知る限り最も速い動きをするナナミをも上回っている。


 自滅憑依体の攻撃が乱雑になったのを見たのだろうか……、

 頃合いを見て何かの魔法でマルトフの身体を後方に弾き飛ばす。

 間合いが離れたことで、

 最初にここに来た時に見た遠距離攻撃での攻防が再び繰り返される。


 それも全てハヤトの思うがまま。

 ハヤトがこの場の戦いを制している。膠着状態を故意に作り上げている。


「うまいよね。ボクにはああいう戦い方はできないよ。

 風魔法には――クレアちゃんが使ったように――

 真空の刃を使う直接攻撃魔法と風圧を使う補助的な魔法とがある。

 ハヤトが使っているのは風圧を使った補助魔法のほう、

 ひとつが【大気の壁】、もうひとつが彼の通り名にもなっている【疾風】だね。

 どちらも風魔法にある中難度の魔法だ」


 アンヌさんのやさしい解説。ナナミも興味津々で聞いている。


「あの速い動きは【疾風】――

 自分の身体に風を当てて移動速度を上げるだけの術のはず……なんだけど、

 腕とか足とかに個別に風をまとって体術を加速するなんて、

 そんな神業は彼にしかできない。

 その結果――

 基本能力が人間を軽く上回る猫人族のナナミちゃんすら凌駕しているよね」

 

 ハヤトの本気を見て「狼人族と同じくらいデス……」とナナミが呟く。

 その呟きは俺に別の思考を促した。


 ナナミが今ここにいる理由。故郷での狼人族の襲撃から逃げ出してきたから。

 それを悲しみ、そして後悔と共に告白してくれた。


 だがしかし――

 狼人族がいま目の前で戦っているハヤトと同程度の強さで、

 その集団に襲われたのならば……逃げて正解だったんじゃないのか?


 そう思ったが軽々しくそんなセリフは言えない。

 ナナミの心の傷はまだ癒えていないだろうから。

 ただこの話は覚えておこう。いつかナナミに伝える機会があるもしれない。


 そしてもうひとつ考えたのが……。

 ハヤトにはあの速さがあったのだから、

 ガウスの時も俺が無茶しなくて大丈夫だったのだろうな……と。

 俺は改めて――今日何度目かの――反省をした。


 そんなことを考えている間もアンヌさんのやさしい解説は続く。


「遠距離攻撃を相手にしている魔法が【大気の壁】――

 弓矢攻撃の威力を軽減するために良く使われる、あくまでも補助的に。

 あれだけ威力のある攻撃を受け止めるなんてありえない……はずなんだけどね。

 ハヤトの凄いところは、

 持っている魔法ひとつひとつを極限まで洗練して強化しているってことなんだ」


 アンヌさんが自分のことのように誇らしげに説明してくれた。

 小さな声で「あの二つの魔法だけで空が飛べるんじゃないかな」と呟いている。

 それはもうただ驚くしかない。自分の能力だけで空が飛べるなんて……。


 そういえばハヤトと一緒に風呂に入った時に

 初級魔法と呼ばれる風魔法について話してくれた。

 取得の困難さと魔法の威力は別だ――と。

 それは自分の魔法についての自負から出た言葉だったようだ。


 これが疾風の竜騎士と呼ばれる男の実力。


「一応、相手が貴族だって気を遣っているようだ。

 外傷を与えない戦い方で凌いでいる。

 自滅憑依体相手に加減しながら戦えるのもハヤトならでは――だよね」


 俺は親友の雄姿に見蕩れていた。

 その一方で――もうひとつ目が離せないことがある。


 それは……マルトフの身体が動いて背中を見せる度に俺の眼に映る黒い球体。

 探索組合で見た時は震えるように動いていたが……、

 今はドクンドクンとまるで心臓の鼓動のように脈打っている。


 間違いない――あれが自滅憑依体の本体。

 俺の【聖魔眼】が伝えたかった事実。


 その時――

 いままで目を閉じて呪文を唱えていたリリスがようやく顔を上げた。


「ユウキ様……ハヤト様にお伝えください。こちらの準備が整いました、と」



 第26話、お読みいただき有り難うございます。

 次回――異世界三日目がようやく終わります。


 更新は3月15日を予定しています。


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