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第17話:突然の襲撃者

 沈黙の山羊を名乗ったパーティが俺達を襲ってきた――

 そう理解できたのは……仲間達が襲撃者全員の動きを封じた後だった。


 そこまで終って――ようやく「あれ?」と間抜けな声を上げたのである。

 全く以って不甲斐ない。


 自責の念を覚えながら、目の前で起こった出来事を振り返る。


 ハヤトが沈黙の山羊に挨拶を返した時――

 ソニアさんが教えてくれた技能結晶の話で頭が一杯になっていた俺は、

 何の警戒もしないで先頭に立っていた髭面の男をぼんやりと見ていた。


 正直に言って――

 チートな能力が自分にあると知って嬉しくないといえば嘘になる。

 それを皆から褒められて舞い上がっていたのも事実だ。


 そんな時に……髭面の男の後ろにいた男の手がフッと動いたのは見えていた。

 ただその意味も分からず、ぼーっとしていた俺の眼の前を何かが遮る。

 同時に「キンッ」と硬質な音。

 直後に視界が開けたと思ったら、再び左腕のあたりで「キンッ」と鳴る。

 何が起きているのかわからない俺の耳に仲間の声が順番に聞こえる。


「ユウキはナナミが守るデス!」

「吹き飛べ!」

「凍りなさい!」

「…………ボクの出番がないねぇ」


 そして四人の男達、沈黙の山羊の面々は――

 宙に舞い上がり……氷漬けになり……地面にゴトゴトッと音を立てて落下した。


 俺の視界を遮ったのはナナミの手斧。

 二回鳴った硬質な音は俺を狙った投げナイフを叩き落とした音。

 それと同時にハヤトは風魔法で男達全員を空に舞い上げて、

 リリスが得意の【氷結縛】で凍らせて動きを封じた。

 最後に……周りを見渡して安全を確認したのがアンヌさん。


 これが俺が何もできないで棒立ちしていた間に起こった出来事。


 俺を守れたのが嬉しいのだろう……ナナミがニコニコと微笑んでいる。

 しかし俺は自己嫌悪に苛まれていた。

 敵の襲撃に何の反応も出来なかった情けなさに。


 それはもう自分の頭を拳で殴り付けたいくらいだったけれど……、

 ナナミの笑顔に応えるためにぐっと堪える。

 そして「ありがとう、ナナミ」とネコミミ頭を撫でたのだが……。


 やはり少しぎこちなかったのか、怪訝な顔をするナナミ。

 リリスも何かを感じたのか「お怪我はありませんか?」と顔を窺うように見る。

 そこに声がかかる。


「ユウキ、次からは気をつけろ」


 その声の主は意外にもアンヌさんだった。

 無理に作ったような真面目な顔で、多分ハヤトを真似た声色で。

 隣りでハヤトが苦虫を噛み潰した顔をしている。

 それを横目に見て、アンヌさんはいつもの柔和な笑顔に戻る。


「ハヤトが言いたそうにしてたんだけど言えないようだから、

 ボクが代わりに言ってあげたんだよ。……どう、似てた?」


「アンヌさん……ありがとうございます……」


 彼女の叱責の言葉が俺の心を軽くしていた。

 確かに今の俺は油断していた。反省しなければならない。

 しかし……そのせいで足を止めている暇はない。

 後悔するよりも前に進め――と、

 背中を押してくれたアンヌさんの優しさに力強く頷き返した。


 その様子を見たナナミが「ユウキは悪くないデス」と言うので、

 苦笑を浮かべながらネコミミ頭をもう一度「ありがとう」と撫でる。

 立ち直った俺の姿にリリスもほっとした顔をしている。


「ハヤトがユウキ君に強く言えない理由はこれだよね」


 アンヌさんは腰を屈めて俺を狙ったナイフを拾い上げた。

 ナナミが弾き落とした二本のナイフ。


「リリス様、このナイフだけど……何かが施されてるようなんだ。わかる?」


 リリスが「見てみます」と受け取り、

 しばらくじっと見つめてから……やがて氷漬けの男達に視線を向ける。


「これは……呪いが付与されています。それも物凄く強力なのが……、

 こんなランクの低そうな探索者達には到底不可能な技ですわ」


「ハヤトを狙っているガウスって奴は闇魔法使いだったよね」


「そうだ、あいつは腕だけは確かな奴だった。

 それに武器に呪いをかけるようなやり方は如何にもあいつらしい。

 状況から考えて……こいつらの背後にいるのはガウスだと考えて間違いない」


「やっぱりね」


「すまない。オレのいざこざに巻き込んでしまったようだ」


 これが――俺の油断を戒めるのにハヤトが躊躇った理由。

 その言葉にアンヌさんが眉をしかめる。


「ハヤト……それは違うよ。

 確かにこのパーティは出来たばかりだけれど、

 それでも全員が気持ちを同じにして集まっているんだ。

 だからパーティの一員が狙われたのなら――それはパーティ全体の問題。

 そんなことハヤトなら良く知ってるよね」


「……あぁ……そうだな」


 ハヤトが肩から力を抜いたのを見て、アンヌさんも笑顔に戻る。


「それに、この件はダンジョンに入る時に話をして、

 みんな納得してるんだから今更謝る必要はないよ。ねぇ、みんな?」


 自分の失敗から立ち直った俺は当然のように頷きを返す。

 リリスもナナミも頷いている。

 クレア――ハヤトに肩車されている――は、

 目の前にあるハヤトの頭を宥めるように撫でている。微笑ましい光景。


 それにしても……アンヌさんの大人の対応にハヤトも助けられてしまった。

 彼女は俺よりも年上だろうけど……

 もしかして今のハヤト(二十一歳)よりも年上なのだろうか。


 そんな風に考えていると、アンヌさんが突然くるッと振り向いて、

「何を考えているんだい?」と笑顔を見せる。

 それは能面のような感情のない笑顔。


 ――怖っ!


 言いようのない圧力を感じ、背筋に冷たいものが走る。

 心を読まれたとしか思えないのだが……。

 読心術スキルでもあるのだろうか? 年齢の話題限定の。


 何れにせよ……、

 これ以上アンヌさんの年齢のことを考えるのは止めた方が良さそうだ。

 怖いから。

 そう心に刻んでいると、アンヌさんがようやく怖い笑顔を止めてくれた。

 やはり読心術?


「じゃあ、この件とその件はこれでお終い――

 それよりも、この男達をどうするかだけど……」


「こいつらから話を訊きだすのは当然として……、

 そのまま無罪放免という訳にはいかないだろう」


「ただ、ここでお仕置きして置き去りにすると――

 例えば装備を取り上げたり、動けないまま放っておいたら……、

 この男達の実力から考えて、そのまま魔物の餌食だよね」


「ダンジョンで他人を襲撃したらその報いも当然だがな」


「それでもこんな弱い奴らにその仕打ちをするのはやり過ぎかな。

 一応リリス様の手前もあるし……ボク達のファンも減っちゃうよ」


 ハヤトとアンヌさんが氷漬けの男達の処遇を話し合う。

 この世界のやり方に疎い俺は口をはさむのを控える。

 リリスとナナミも二人に判断を任せるようだ。

 そこでアンヌさんがとりあえず話を訊いてみようと提案した。


「リリス様、話ができるように魔法を解いて貰っていいかな?」

「わかったわ」


 氷漬けの男達の前で手をかざすリリス。

 やがて彼らの首から上だけ氷が解ける。


 氷に包まれていた時には意識はなかったのだろう、

 沈黙の山羊の面々は今になって己の置かれている状況を理解する。

 驚く者、悔しがる者、憮然とする者、怒りを浮かべる者。


 そこにハヤトが険しい表情で「おい、お前達」と近づく。

 クレアを肩車したままなので、

 威圧感がかなり減っているのだが気づいているのだろうか。


「探索者なら自分達のしたことが分かっているだろう?

 ダンジョンの中で他人を襲撃するってのは、命を奪おうとするのと変わらない。

 このまま身動き出来ないお前達を放置するだけで、

 ダンジョンの魔物が綺麗に片づけてくれる。オレ達が何もしなくてもな。

 それだけのことをお前達はした」


 俺の心配は余計だったようで――

 ハヤトの脅しはしっかりと男達に届き、そろって怯えた顔になる。

 首から下が氷漬けのまま身動きができないのも恐怖を煽っているのだろう。

 クレアもハヤトの頭の上で一生懸命に男達を睨み付けている。

 プレッシャーの中、焦りを顔に浮かべて言い訳を始めるリーダー格の髭面の男。


「ま、待ってくれ。俺達は頼まれただけなんだ!

 何でも話す! 何でも話すから命だけは……命だけは助けてくれ!」


「まぁ、ボク達に被害はなかったんだ。

 命までは取らなくていいんじゃないかな。包み隠さず素直に話すのならね」


 リーダーの命乞いに優しい返事をしたのはアンヌさん。

 ハヤトが脅してアンヌさんが懐柔する。正に飴と鞭。

 示し合わせたような連携。

 アンヌさんの言葉に救いを見つけた髭面の男が一気にしゃべりだす。


「わかった! 全部話す! 頼まれたのは昨日の夜の話だ。

 俺達に話を持ち掛けてきたのは黒いローブを着た陰気な男だった。

 年齢ははっきりと分からないが若くはない。三十歳は越えていたと思う。

 生気のない目をして、時々訳もなく含み笑いをする不気味な奴だ。

 俺達が飯を食っている時にそいつが寄ってきて、

 金の入った袋を目の前にドンと置いて『金が欲しくないか』と――」


「何を頼まれたんだい」


「ターゲットを指示するから、

 そいつにナイフを刺すだけで良いと頼まれたんだが……その時は保留にした。

 それから今朝になってターゲットがダンジョンに向かったと連絡があって、

 浅い階層を捜せと。それなら俺達でもなんとかなると考えて引き受けたんだ。

 男二人に女三人と使い魔がいるパーティだってのも聞いた。

 ひとり女みたいな男がいるから間違えるなとも」


 多分ガウスという奴なんだろうが……俺を『女みたいな男』と形容したらしい。

 そいつに対して心の中で密かにヘイトを溜めていると、

 髭面の男がこっちに視線を向けて話を続ける。


「――で、女のいるパーティは珍しいからあんた達を捜すのは難しくなかった。

 どうやら狙うのは誰でも良かったようだったが、

 その女みたいな男――そこの少年が目標の中でも一番弱いと、

 狙うならそいつがいいだろうと、俺達にそう教えたのもローブの男だ。

 ナイフが刺さるとどうなるんだと訊いたら『少し眠るだけだ』と言ったんだ」


 男の口から直接俺を狙ったと言われたが不思議なことに怒りが湧いてこない。

 このパーティの誰かを標的にするのなら――

 確かに俺になるだろうと妙に納得してしまったからだ。


 しかし仲間のみんなはそうではなかったようで……、

 雰囲気が一瞬で変わり、女性陣は冷たい感情を表情に浮かべている。

 ハヤトも険しい表情で凄みのある低い声を出す。


「そんな説明を信じたのか?」


「いや……。そりゃ何かあるとは思ったが……。

 探索者ならこの程度のナイフに刺されても酷いことにはならないと……」


「このナイフには呪いが付与されています。

 おそらく精神に異常をきたすか、思うままに操るような……

 そのような類の呪いでしょう。

 それも物凄く強力な呪いですわ。高位の神官でなければ解呪できない程の」


 リリスが横から説明を加える。恐ろしい呪いのようだが……。

 高位の神官って……それってリリスなら解呪出来るってことじゃないか?

 そんなことまでは知らない髭面の男はナイフの効果を聞いて目を丸くする。


「いやっ、そこまでは知らなかった! 本当だ、信じてくれ!」

「知らなかったで済むと思うか?」


「まぁまぁ」とアンヌさんが話に割って入り、それからハヤトに確認を取る。

「――で、この男が言った依頼人の容姿は君の思っている人物なのかい」


「あぁ、そうだ」


「じゃあ、ここまで分かればもういいかな。

 あとはこの男達を始末すればいいよね。ちゃっちゃとやっちゃおうか」


 アンヌさんが冷たい笑顔のまま物騒な言い回しをする。

 ただの脅しだと知っているからいいけれど……えっ脅しだよね?

 なんだか本気っぽい目をしている。

 その後ろでリリスも瞳に怒りの炎を浮かべている。


「人を害するようなやからはそれ相応の報いを受けるべきですわ」


 隣りのナナミも斧をビュンビュン振りながら「ヤるデス」と怖いセリフ。

 語尾のデスがなんだか違う意味に聞こえる。翻訳指輪の誤作動か?


 女性陣は俺が狙われたと知って怒ってくれているのだろうが……、

 それは嬉しいのだけれど、あまり過激な発言は控えて冷静になって欲しい。

 彼女達の無慈悲な言葉に沈黙の山羊の面々が泣きそうな顔をする。


「そんな……、命までは取らないと約束したじゃないか!」


「でも……氷の呪縛を解いてまた襲われるんじゃ堪らないよ」


「そんなことはしない! 誓う……誓うから!

 そうだ! このままダンジョンを出て警備隊に自首する。

 どうだ、それで許してくれないか。お願いだ!」


「うーん、どうしよっかなぁ」と嬉しそうに笑うアンヌさん。


 邪気のない笑顔で四人の男達に告げる。


「ちょっとみんなで話し合うから待ってて」


 そうして――

 俺達はその場から少し離れて、男達に聞こえないように話し合いを始めた。



 第17話、お読みいただき有り難うございます。


 次回は――

 襲撃者への対処を済ませてダンジョン探索を続ける一行。

 ユウキの強制レベリングが本格的に始まる。


 更新は1月13日を予定しています。


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