第16話:スキルクリスタル
「それは技能結晶じゃ」
唇を動かしていたのは――クレア。
だがその声は幼女のモノではない。ハスキーな大人の女性の声。
皆の視線を集めたクレアがいつもの声で「今のは母様」と短く説明する。
それを聞いて眉をしかめるハヤト。
首を少し後ろに向けて渋い表情でクレアに問い掛ける。
「……ソニアか。言いたいことはあるが後にしよう。その技能結晶とは何だ」
「それよりも小僧。それが見えているのなら、早く吸収しないと消えてしまうぞ」
クレアの説明では彼女の母親、ハヤトが言うにはソニアという人物(?)。
その誰かがクレアの口を借りて俺に指示をする。
「吸収……、触れればいいのか? ……大丈夫なのか?」
「あぁ、そうじゃ、わらわはつまらぬ嘘はつかん。
まずは触って吸収するのじゃ。それが倒した魔物に対する礼儀じゃ」
幼女が話すには違和感のある言葉使い。
それをハヤトが視線で肯定する。信用しても良いようだ。
リリスとナナミとアンヌさんは口出しを控えている。
俺はみんなの注目の中、小さな水晶――技能結晶――を指で摘まむ。
微かな感触を残し淡い光を発して消える。大ネズミの時と同じように。
「……これでいいのか」
「そうじゃ、今のは大コウモリじゃな。恐らくスキル【暗視】じゃ」
「スキル【暗視】……」
「小僧がスキルを獲得したはずじゃ」
そこまで言われて、おおよそを理解する。
これは――思い違いでなければ――チート級の効果だ。
技能結晶という名前。触れて吸収するとスキルを獲得。
確認のために、クレア(なのかソニアなのかわからないが)に尋ねる。
「これって魔物の持つスキルが結晶になったものなのか。
吸収するとスキルが手に入るんだな。
だが何故俺だけにしか、いやクレアも見えるのか……他の者に見えないんだ?」
「いっぺんに質問をするな……。
最初の質問じゃが……その通り。
魔物は光に還る時、魔石だけではなく己のスキルも残す。それが技能結晶。
二番目はさっき言った通り。それがスキルの継承じゃ」
無表情なクレアの口が続けて動く。
「三番目の質問の答えは……条件があるからじゃな。
ちなみにクレアには見えておらん。クレアの眼を通してわらわが見たのじゃ。
技能結晶を見るには――わらわの知る限り三つの条件が必要になる。
技能結晶を見るスキルがあり、かつ残されたスキルを引き継ぐ資格があり――」
クレアの口がいったん閉じる。
次に彼女の口から出た言葉、その内容を呑みこむのに手間取った。
「そして魔族であること」
「ユウキは魔族じゃない!」
真っ先に反応したのはハヤト。
その反論をあっさりと受け入れるクレアの声の主。
「あぁ、そうじゃな。その小僧は魔族ではない。
じゃが技能結晶は魔物特有の現象。
魔に属さない者が見ることなど出来る筈がない」
ここまでくるとだんだん話についていけなくなる。
傍で聞いている女性たちにとってはそれ以上だろう。
しびれを切らしたアンヌさんが代表して話に加わる。
「ちょっと待って。黙って聞いていたけれど、何の話か全然わからないよ。
もっとちゃんと説明してくれないかな」
アンヌさんの言うことはもっともだ。
俺に見えていた水晶の話からして、まだ知らないのだから。
ハヤトがクレアの口を借りている声の主を制する。
そして全員でその場に――クレアもハヤトの肩から降りて――丸くなって座る。
まず説明を始めたのは、事の発端の俺から。
この世界に来て最初に倒した大ネズミ。
その亡骸から魔石と共に見つけた水晶のような物質。
「その時も俺にしか見えなかったけれど、別にナナミが悪いわけじゃないからね」
話をするついでに、必要のない責任を感じているナナミの頭を撫でて慰める。
素直に「はいデス」と小さい声と頷きが返ってきた。
そんなナナミの様子に満足して俺は再び説明に戻る。
「ハヤトには昨日の内に話してあって、
今日、魔物を倒して現れたら教えると約束していたんだ」
大ネズミ、大ウサギ、大イノシシでは現れなかった。
しかし先程倒した大コウモリから発見。それがさっきの出来事。
ここまでが俺の話。
そしてハヤトの話。
クレアの口を借りて会話している者の名はソニアさん。
魔族。そしてクレアの生みの親。
あの薄紫色の美女ミリアさんが御館様と言っていた相手――
俺にはそう説明を付け足してくれた。
てことは世界を滅ぼす力の持ち主。怒らせない方が良い。
次いでソニアさんの説明では――
ハヤトの動向を探るため、クレアの視界を通じて見張っていたらしい。
それを聞いたハヤト。
なお一層険しい顔をしたが「むう」と一言だけ口にして黙り込んでしまう。
二人の関係は気にしないようにしよう。
だがクレアは、ハヤトの監視ではなく、いつも俺を睨むように見ていた。
気になっていたが、この場で聞く事でもないし――と黙っていると、
ソニアさんから話を振ってきた。
「そうじゃ、小僧――
いつもクレアに見られていたじゃろうが……、それはわらわの命令じゃ。
ハヤトがわらわを差し置いて嬉々として会いに行く相手が――
どんな奴なのかよく見ておけ、とクレアに言っておいたのじゃ。
クレアは小僧のことを憎くは思っておらぬから、そこは間違えないでくれ」
自分の娘を庇うソニアさんの言葉に優しさを感じる。
理不尽に力を行使するような存在ではない――と、そう思った。
「母様は余計なこと言わないで」
続いて俺の方を向いたまま同じ口から違う声。
無表情のクレア。どうやら睨むのは止めてくれたようだ。
そうして――ようやくみんなで同じ知識を共有できた。
だがその内容は竜騎士のハヤトやアンヌさん、
王族で神官のリリスにとっても驚きの内容だったようだ。
技能結晶。
触れて吸収するだけで苦もなく魔物の持つスキルが獲得できる。
まぎれもなくチート能力。何故かは知らないが俺に備わっていた。
ただ全ての魔物から受け継げるわけじゃない。
大ウサギと大イノシシには技能結晶は現れなかった。
いや見えなかったというのが正しいのか。
資格がある時だけ見える――か。一体どういう基準なんだ。
「じゃあ、罠に掛かった時のユウキ君の毒耐性スキル。
最初に倒した大ネズミの技能結晶から受け継いだんじゃない?」
そう発言したのはアンヌさん。
俺もそう考えていた。ハヤトも頷いている。
ソニアさんがその推測を裏付けてくれた。
「そうじゃ、大ネズミには【毒耐性】がある。弱い魔物じゃから目立たないがの」
「ならば大ウサギと大イノシシは何を持っているんだ?」とハヤト。
「大ウサギは【敏捷性上昇】で、大イノシシは大ネズミと同じ【毒耐性】じゃな。
ここらの魔物はスキルはひとつじゃが、
強くなれば当然幾つも持っているから、一概には言えなくなるな」
「そうか……まだ、何とも言えない。情報が足りないな。
それとだ……魔族にしか見えないモノが何故ユウキに見えるんだ?」
「それはハヤト、お主から聞いていたではないか。
小僧の特別な眼――聖眼と言っていたかの。その能力の一端なんじゃろ」
「ユウキの聖眼の能力が何なのか分かったのか!」
「いや、わからん。そんな神託のような能力を持つ眼は知らん。
じゃが、そこまでの能力があるのなら――
技能結晶が見えるのも、その眼の能力と考えるのが普通じゃろ」
「まぁ、そうなんだが……」
そう生返事をしたハヤトが、唐突に俺に顔を向ける。
「ユウキ、ソニアにお前の聖眼の話をしたのは必要があったからであって、
誰にでも見境なく話したりはしていないからな」
俺の秘密をソニアさんに話したことについて、
話の途中にもかかわらず、申し訳なさそうに理由を説明してくる。
「ソニアは今話しただけでもわかる通り、この世界の知識に非常に詳しい。
ダンジョンの作り方もソニアから教えてもらった。
そのためにはユウキの事情も話す必要があったんだ」
「いや、全く問題ない。気にする必要もないさ」
軽く片手を上げてハヤトの言葉を受け入れる。
そんな男同士の会話にソニアさんの声が割って入る。
「本当にハヤトは、その小僧とわらわとの扱いが違うのお。
わらわとの間にはクレアという娘までおるというのに」
「クレアはお前が勝手に……」
そこでまずいと思ったのか言葉を止めるハヤト。
しかし少し遅かった。
「アタシは父様の娘じゃないの……?」
これはクレアの声。初めてみる悲しい表情。今にも泣きだしそうだ。
同じ口からソニアさんの余裕のある声。
「クレア、お主は確かにわらわとハヤトの娘じゃ。のう、ハヤトよ」
「あぁ、そうだ。クレアは確かにオレの娘だ。何も心配する必要はない」
自分の失言に狼狽える様子を見せればクレアを余計に不安にさせる――
ハヤトはそういう気遣いからか、男らしく言い切る。
とはいえ、やはりいろいろ事情があるらしい。
今は触れないでおこう。
こういう話に真っ先に喰い付くアンヌさんも静かにしていることだし。
ハヤトの力強い言葉に安心したクレアはすぐに機嫌を直して――
一瞬だけ小さく笑顔を見せてから「うん」と頷いて、元の無表情に戻った。
それを見て俺も安心する。幼女の涙は心に痛い。
落ち着いたクレアの口からソニアさんの声がする。
「話を元に戻そうかの……。
考えたのじゃが、小僧の眼が魔に属するモノが見えるというのなら――
その眼は……聖眼ではなく聖魔眼と呼んだ方が似合いじゃな」
なんだか俺の眼の呼び名がどんどん大げさになっていく。
何故そんなにも大それた名前を付けたがるんだ。理由が分からない。
むずむずした気持ちでいると、俺の眼のことを知らない二人が声を上げる。
「ユウキ様の聖魔眼ですか? それって何ですの?」キョトンとした顔のリリス。
「ボクも聞いてないよ」口を尖らすアンヌさん。
あぁ、そうだ。その話をするのを忘れていた。
「ごめん、隠していた訳じゃないんだ」そう最初に断わりを入れる。
リリスとクレアが『大切な存在』だと眼が知らせた事は今は伏せよう。
この場をややこしくするだけだ。
すでに『大切な存在』だと伝えたナナミも――
特に自己主張するつもりはないようで大人しく聞いている。
「俺の眼は……」
神託と似ている――とハヤトに指摘を受けた俺の眼の能力。
その説明に具体例をいくつか。
大きい事件に小さい事件。
こっちの世界の人間に理解しやすいように言葉を選んで。
自分の進路――中学から親元を離れ全寮制の学校への進学――を示唆。
ハヤト宛ての膨大な量のラブレターに仕込まれた剃刀の刃を発見。
歩行者を巻き込み多くの犠牲者を出した交通事故から回避。
鏡に映った自分の姿からこの世界に来ると予知。
そして昨日――この世界への入口を発見。
説明を終えた後のリリスとアンヌさんの反応は良好だった。
……良すぎるほどだった。
「凄いですわ! 確かにハヤト様の言う通り、神託に似ていますわね」
「人間に見えない技能結晶なんてのを見る能力まであるんだ!」
「ユウキ様はこの世界に来るべくして来られた選ばれた方なのですね」
「技能結晶なんて物質、大発見だよね」
「ワタシに下った神託。疑いなどしませんでしたが、ここまで凄い方だとは!」
「魔物のスキルは人間にとって特殊なのが多くて、獲得するのって難しいのに」
「やはりワタシが仕えるべきお方! 必ず世界の救世主になっていただけますわ」
「このままスキルが集まれば人類の頂点に立つのも夢じゃないよ!」
怒涛の如く俺を褒めるリリスとアンヌさん。褒められすぎて背中が痒い。
隣りでナナミが「そうデス! そうなんデス!」と誇らしげな顔をしている。
女性陣の勢いがあり過ぎて俺には止められなかった。
彼女達を止めたのは突然真剣な表情に変わったナナミの一言。
「誰かが来たデス」
全員が一旦会話を止める。
俺への賞賛の嵐がおさまり、ほっと一息つく。
しばらくして部屋の入口に現れたのは四人組の男だけのパーティ。
先頭に立つ髭を生やした厳つい男が右の手のひらを見せながら近づいてくる。
「あぁ、先客がいたのか――俺たちは『沈黙の山羊』だ」
慣習に従いパーティ名を告げる髭の男。
それに応えて「オレ達は『勇敢な瞳』だ」と片手をあげるハヤト。
ダンジョンに入って何度目かの他のパーティとの遭遇。
すっかり慣れた俺は男たちに手のひらを見せる。何の警戒もせずに。
次の瞬間――
やはり俺にはまだ真剣さが全然足りない、心構えが甘すぎる――
そう思い知らされる出来事が起こった。
第16話、お読みいただき有り難うございます。
もうひとつの作品――
「自作ダンジョンで最終ボスやってます!」の後書きでもお伝えしましたが、
すみませんが、次回更新は約一ヶ月後になります。
こちらの都合なのですが……、
年末に向けて幾つかこなさなければならない用事がありまして、
さらに書き溜めも無くなってしまいました。
そのような事情で次回更新は年明けになります。
楽しみにしていただいている皆様、本当に申し訳ございません。
出来ましたら年が明けましても、変わらぬ御愛顧をいただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。




