第5章 石はどこだ(前編)
夜半を過ぎると、治安維持隊は建物をひっくり返し始めた。
隊長の号令は短かった。上から下まで、全部だ。十四人の隊員が、二階の書庫から地下の酒蔵まで散った。棚の本が一冊ずつ抜かれて振られ、酒蔵の樽が一つずつ叩かれて、音の違う樽は栓を抜かれた。暖炉の灰は火かき棒でかき回され、灰の中から出てきたのは、去年ダリオが失くしたと騒いでいた銀の指輪だけだった。
「おお」とダリオが言った。「俺の指輪」
「証拠品だ」と隊員が言って、自分の懐に入れた。
「てめえ」
ダリオは立ち上がりかけて、アガタに袖を引かれて座った。ダリオの髭の端は、まだ縮れたままだった。
中庭の厩の二階も、隊員が四人がかりで調べた。灰色たちの寝藁が階段から放り出され、中庭の石畳に山になった。擦り切れた毛布が二枚、木の椀が二つ、荷袋が二つ。荷袋は隊長の目の前で、逆さまにして振られた。
バルタザールが、階段の三段目から身を乗り出して、それを見ていた。
干し肉の切れ端。擦り減った砥石。小さな木彫りの狼が二つ。子どもが握って遊ぶくらいの大きさで、耳のところが噛まれて丸くなっている。それから、麻紐でくくった銀貨が三枚。今夜の駄賃だ。もう一つの荷袋からは、乾いた薬草の束と、白い布の切れ端が一枚出てきた。
それだけだった。紅玉は出てこなかった。紫の天鵞絨の小袋も、菫の匂いも、出てこなかった。
バルタザールは、階段の三段目に深く座り直した。太い指が、また膝の埃を払い始めた。
首に白い毛のある灰色が、石畳に放り出された木彫りの狼を二つ拾い上げて、胸に抱えた。耳の欠けた灰色が、白い布の切れ端を拾って、黙って懐にしまった。
*
人の検めは、酒場の真ん中で行われた。
男は男の隊員が、女は女の隊員が調べる。治安維持隊にも女は三人いた。ダリオは上着を脱がされて、腹の肉をつままれて「何も隠してねえよ、脂しか」と言った。ニコは手袋を二枚とも取り上げられて、指の股まで調べられた。エルノは法衣の袖を裏返された。袖口の焦げが、二つとも表に出た。イゾルデの帳面は一枚ずつめくられた。アガタは手袋を外すように言われて、黙って外した。皺の多い、白い手だった。
バルタザールは、太った腹と、底の厚い靴の中まで調べられた。靴の底には何もなかった。膝には、まだ階段下の埃がついていた。
女の隊員が、ルルの前に立った。
「給仕。腕を上げろ」
ルルは腕を上げた。黒い胴着の脇、網の靴下の足首、白いカフスの内側、付け襟の裏。女の隊員の手が、手際よく動いた。何も出なかった。
女の隊員の手が、最後にルルの頭へ伸びた。白い耳の根もとへ。
「あら」ルルは身を引いた。声は笑っていたが、身の引き方は速かった。「耳はだめよ。敏感なの」
「付け耳の中に隠すやつがいるんだ」
「あら、じゃあ、見て?」ルルは首をかしげて、白い耳を片方、女の隊員の目の前に倒した。「隠せそうな隙間、ある?」
女の隊員は、倒された耳を上から覗き込んだ。触らずに覗き込んだ。白い毛が、ランプの光を透かしていた。隙間はなかった。
「……いい」と女の隊員は言った。
ルルは耳を戻して、にっこり笑った。女の隊員は、少し首をかしげながら次へ行った。
最後に、俺の番が来た。
カウンターの内側に隊員が二人入ってきて、棚の酒瓶を一本ずつ持ち上げ、引き出しを全部開けた。釣り銭の箱。栓抜き。糸と針。古い石取りの石の袋。それから、カウンターの下の奥に手を突っ込んだ隊員が、声を上げた。
「おい、これ」
隊員が引っぱり出したのは、細い短剣だった。鞘は古い黒革で、柄には汗で黒ずんだ紐が巻いてある。刃は掌の長さほどしかない。細くて、薄い。
「酒場番。なんだこれは」
「果物を剥くのに使います」と俺は言った。
「果物」
「林檎と、梨と。たまに蜜柑も」
隊員は短剣を鞘から少し抜いて、刃を見た。よく研いであった。俺が研いでいるからだ。斥候だったころから、ずっと同じ砥石で。
「ずいぶん細いな」
「細いほうが、皮が薄く剥けます」
隊員は短剣を鞘に戻して、カウンターの上に置いた。隊長が、卓の向こうからそれを見ていた。何も言わなかった。隊長の目は、短剣を見て、俺を見て、それからまた短剣を見た。
「戻しておけ」と隊長は言った。
俺は短剣を、カウンターの下の元の場所へ戻した。
*
トマスがカウンターの端に来て、瓶を見下ろしていた。
赤蕪の汁に漬かった鶉の卵が、瓶の中で、ランプの光を受けて赤く沈んでいる。夜半を過ぎて、腹の減る刻だった。
「これ、検めていいっすか」
トマスはそう言って、瓶の蓋に手を伸ばした。検めるというより、一個つまみたい顔だった。
「あら」とルルが言った。カウンターの向こう側から、頬杖をついたまま。「一個、銅貨二枚よ?」
トマスの手が、蓋の上で止まった。
「……検めるのにも、金取るんすか」
「あら? 検めたら、食べるでしょ?」
トマスは口を開けて、閉じた。隣の隊員が噴き出した。トマスは顔を赤くして、手を引っ込めた。
「さっきも高いって言ったっすよね、俺」
「言ったわね」
「……あとで、給金が出たら」
「あら、給金っていつ出るの?」
トマスは答えずに瓶から離れて、酒蔵のほうへ検めに行った。
高い、とトマスが言ったのは、登録簿を抱えて階段を下りる途中の、俺と二人きりのときだった。ルルはそのとき、カウンターの端にいた。階段の途中の小声が届く距離ではなかった。
ルルは頬杖をついたまま、瓶を見なかった。瓶の反対側の、壁の依頼票を見ていた。
俺は、瓶の蓋を見ていた。
*
一刻かけて、建物はすっかり裏返された。石は出なかった。
隊長は酒場の真ん中の卓に戻って、腕を組んだ。
「出ないな」
「出ねえはずがねえ」バルタザールが言った。声に、少しだけ元の太さが戻っていた。「灰色が隠したんだ。裏庭か、下の谷か。夕方のうちに、谷の仲間に渡したんだ」
「谷は閂の外だ。夕方六つから城門は閉まってるが、谷は城壁の内側だ。渡せないことはない」隊長は言った。「だが、それなら夜明けまでには出ない」
「だから、掟だ。灰色を門の外に出せば済む。石は、そのうち谷から出てくる」
隊長は答えなかった。
俺はカウンターから出て、階段下の暗がりへ歩いていった。
ザザは壁ぎわにしゃがんで、箒を抱いていた。隊員に寝藁を放り出されたときも、酒場をひっくり返されたときも、ザザはそこから動かなかった。誰もザザを検めなかった。トカゲは、検める対象にも入っていなかった。
俺はザザの前に、膝をついた。石取りの盤を挟むときと、同じ高さになった。
「ザザ」と俺は言った。「九つ半のあと、箒が今夜二度動かされたと言いましたね」
「言った」
「一度目は、いつです」
「鐘が六つ鳴って、半分の鐘が一つ鳴ったとき」
「誰が動かしました」
「太い靴」
酒場の何人かが、こちらを向いた。隊長も、椅子の上で体をねじった。
「太い靴が、何をしました」
「太い靴が、私の箒の部屋に入った。箒が動いた。箱の蓋が鳴った。太い靴が出た」ザザはゆっくり言った。乾いた落ち葉をこすり合わせる声だった。「太い靴は、入るとき、温かいものを持っていた。出るとき、持っていなかった」
「温かいもの」
「私の目には、温かいものは明るく見える」ザザは瞬きをした。蜥蜴人の瞼は、下から上へ閉じる。「人も、火も、灯も。小さくて、温かくて、明るいものを、太い靴は持って入って、持たずに出た」
蜥蜴人の目には、熱が見える。俺も話には聞いていた。暗い洞窟で獲物を探すための目だそうだ。この三年、石取りの盤を挟んできて、ザザが暗がりでも石の置き場を間違えない理由を、俺はいま初めて知った。
「太い靴は、誰の靴です」
「長の靴」
酒場が、止まった。
階段の三段目で、バルタザールが立ち上がった。
「トカゲの戯言だ。俺は階段下なんぞ行っちゃいない。夕方は、ずっと二階にいた。イゾルデが見てる。そうだな、イゾルデ」
イゾルデは、答えなかった。帳面を胸に抱いたまま、床を見ていた。
「組合長」と隊長が言った。「蜥蜴人は、嘘をつけない」
「知ってる。だが、見間違いはするだろうが。トカゲの目だぞ」
「長の靴を、トカゲが見間違えるのか。この建物で一番大きな靴を」
バルタザールは、口を閉じた。
「イゾルデ」と隊長は言った。「お前は十の鐘のころ、組合長は六つから七つ半まで二階でお前と一緒だった、と言ったそうだな。酒場番の黒板にそう書いてある。組合長に『言ってやれ』と言われて」
イゾルデの肩が、震えた。
「いまは、組合長に何も言われていない。もう一度訊く。組合長は、六つ半に、二階にいたか」
イゾルデは長いこと黙っていた。それから、帳面に顔を埋めるようにして、首を横に振った。
「……下りて、いきました」小さな声だった。「半の鐘の少し前に。裏口のほうへ。戻ってきたのは、七つの前です」
長の命のない魔法使いは、組合の建物の中で、嘘をつけない。
隊長はうなずいて、トマスに帳面へ書かせた。




