第6章 石取りの盤(前編)
四つの鐘が鳴り終わるのを待って、俺は黒板の前に立った。
「隊長。開門までに、少しお時間をください」
隊長は卓に肘をついたまま、顎をしゃくった。
「言ってみろ、酒場番。ただし、夜明けは待たない」
酒場の全員が、俺を見た。バルタザールは階段の三段目で、イゾルデは帳面の陰で、ニコは素手の指を組んだまま、エルノは焦げた袖口の上から、アガタは手袋の指を組んで、ダリオは舟を漕ぐのをやめて。隊員たちは壁ぎわで棍棒を立てていた。裏口の床では、灰色の二人が並んで座っていた。首に白い毛のあるほうは木彫りの狼を抱いて、耳の欠けたほうは膝に手を置いて。ルルはカウンターの端で、頬杖をついていた。ザザは階段の下の壁ぎわで、箒を抱いていた。
「この街の人間は、騎士盤が好きです」と俺は言った。「駒に名前と役がある。王、僧、騎士、兵。駒ごとに動き方が決まっていて、名前を見れば、何をするか分かる。今夜も、みなさんは騎士盤を指していました。白い法衣は僧で、僧は嘘をつかない。組合長は王で、王は動かない。灰色は兵で、兵は前にしか進まず、最初に取られる」
「講釈はいい」とバルタザールが言った。
「石取りでは、石に名前がありません」俺は続けた。「白と黒、どれも同じ顔をしている。意味を持つのは、どこに置かれたか、何と並んでいるか、それだけです。今夜は、石取りでした。名前を剥がして、置かれた場所と刻だけを見ると、盤の形が変わります」
俺は白墨を取った。
「まず、盤の上から、嘘を取ります」
*
「嘘の作法は、第一に、嘘をつける者と、つけない者がいるということです」
黒板の、刻の表の右側に、名前を縦に並べた。
「ダリオさん。夕方の五つから、ずっと飲んでいた。酒精です。灰色が赤いものを咥えていた、という話は、盤から取ります。ただし、六つ半に首に白い毛の灰色が上町から走ってきた、という話は、本人が同じことを言っているので残します。首に白い毛の灰色は、嘘をつけません」
「俺は素面だ」とダリオが言った。誰も笑わなかった。ダリオは頭をかいて、「……いや、飲んでる」と小さく付け足した。夜明け前の酔っ払いは、ときどき正直になる。
「エルノさん。白塔の賢者です。組合長に推挙され、組合長に『言ってやれ』と言われて、館の塀を越える灰色を見たと言った。長の命です。取ります。上町の病人の家へ祈りに向かう途中だった、という話も、同じ命の中の話です。取ります」
エルノは袖口を握って、何も言わなかった。
「それから、もう一つ。九つ半より前、アガタさんに訊かれて、下町の小さな礼拝所の勤めだ、と答えた話。あのときはまだ、組合長は『言ってやれ』と言っていなかった。それでも嘘をつけたのなら、条件があったということです。エルノさんは今夜、葡萄酒に口をつけていない。残るのは、長の命か、代価か。神官として振る舞え、と前もって言いつけられていたのでしょう。どちらにしても、組合長の側の条件です。取ります」
エルノは袖口を握って、何も言わなかった。
「イゾルデさん。組合長に『言ってやれ』と言われて、組合長は六つから七つ半まで二階にいたと言った。長の命です。取ります。代わりに、命のないところで言い直した言葉を置きます。組合長は半の鐘の少し前に裏口のほうへ下りて、七つの前に戻った」
イゾルデは帳面に顔を伏せたまま、うなずいた。
「組合長。誓約の主で、縛られない。夕方ずっと二階にいた、階段下へは行っていない、登録簿は書き間違いだ、箒を直していた。全部、取ります。組合長の言葉は、今夜、一つも盤に残りません」
バルタザールの顔が赤くなった。何か言おうとして、隊長に目で止められた。
「ニコ」
窓際で、ニコが顔を上げた。
「あなたは、六つから八つまで黒猫の尾で札をやっていたと言った。黒猫の尾は七つまで戸を開けません。あなたは素面で、組合長に何も言われていないと言った。条件のない者は嘘をつけない。嘘をついたのなら、条件がある。残るのは、代価です。今夜、あなたは酒代を金貨で払った。手袋には、夫人の菫の匂いがした」
ニコは素手の指を組んだり開いたりした。
「黒猫の尾の話は、取ります。金を受け取っていない、という話も取ります。花屋の前を通った、という話も」
*
「次に、盤の上に残った石を並べます」
俺は刻の表を指で叩いた。
「残った言葉は、嘘をつけない者の言葉と、命のなくなった者の言葉です。首に白い毛の灰色。ザザ。アガタさん。イゾルデさんの言い直し。それから、紙です。紙は嘘をつきません。書いた人間が嘘をついていても、紙に残った字の形は変わらない」
掲示板の依頼票を指さした。右上がりの太い字。灰狼一名。
「五つ半。組合長が、自分の字で、館への荷運びに灰狼一名を指定した。館の執事は、種族を指定していない」
「六つ。首に白い毛の灰色が、館の裏庭で樽を運んでいた。六つの鐘が鳴っているとき、屋根の上に猫より大きい影が滑り、天窓のあたりで消えた。館の化粧部屋の天窓は、ふだんは閉まっているのに、開いていた。夫人は大聖堂の夕べの祈りに出ていた」
「屋根の上の影は、灰色ではありません。首に白い毛の灰色は裏庭にいて、影を見上げていた。灰色は嘘をつけない。館にいた灰色は一人で、その一人は屋根を見上げていた」
ニコが、組んでいた指をほどいた。
「六つ半。アガタさんが、この組合の裏の路地で、小柄で足音のしない男とすれ違った。菫の香りがした。男は路地の奥へ曲がった。路地の奥にあるのは、この建物の裏口です。同じ半の鐘の少し前に、組合長は二階から裏口のほうへ下りた。同じ半の鐘に、ザザは、長の靴が温かいものを持って階段下の箒の部屋に入り、持たずに出るのを見た」
「屋根から天窓に入れる身の軽い男が、六つに館の石を取り、六つ半に菫の匂いをさせて裏口へ来て、組合長に渡した。組合長はそれを階段下の古い帳簿箱に入れた。その男は、素面で、金を受け取った者だけがつける嘘をつき、今夜、金貨で酒代を払った」
窓際の卓で、ニコが長い息を吐いた。
「……二十枚だ」とニコは言った。誰の顔も見ずに。「金貨で二十枚。組合長にもらった。天窓の鍵は、ちゃちな留め金だった。袋ごと取って、裏口で渡した。それだけだ。それからは知らねえ。黒猫の尾へ行って、七つに戸が開くのを待って、札をやった。三枚すったのは本当だ」
「ニコ」とバルタザールが言った。
「うるせえ」とニコは言った。「二十枚じゃ、首はつながらねえよ」
「ついでに」と俺は言った。「ダリオさんが見たという、灰色の口の赤いもの。石は六つ半に、裏口で組合長の手に渡っています。同じ半の鐘に、上町から走ってきた灰色の口の中にあるはずがない。赤いものは、ダリオさんの六杯目の麦酒の底にしかなかった」
「……赤かったんだよ、夕焼けが」ダリオが小さく言った。誰も笑わなかった。
隊長が、トマスに顎をしゃくった。トマスが板に書いた。
*
「なぜ組合長は、自分で盗ませた石を、自分の建物の階段下に隠したのか」と俺は言った。
「今夜、組合長は二度、同じことを言いました。九つ半のころ、ダリオさんが灰色の荷袋を見てくると言ったとき、組合長は止めた。官憲が来てからだ、隊の目の前で開けさせる、と。十一の鐘の前、隊が扉の外に来たとき、組合長は閂を開けさせなかった。段取りだ、隊は最初に見るもので信じるものを決める、と」
「組合長は、隊の目の前で、灰色の荷袋から石が出てくるところを見せたかった。館に行ったのは灰色、塀を越えるのを見たのは白い法衣の神官、そして荷袋から石。そうすれば石は夫人に戻り、懸賞金の三百枚は、盗人を見つけた組合に入る。灰色は掟で門の外へ出る。組合長は九つ半に言いました。亜人の『いいえ』は、この街じゃ一文にもならねえ、と。だから組合長は、灰色に一度も訊かせなかった」
「そのために、隊が踏み込んだ騒ぎの最中に、組合長は階段下へ入った。帳簿箱から石を出して、灰色の荷袋へ移すつもりで。だが、箱は空だった。だから、あの顔で出てきた」
バルタザールは、何も言わなかった。言葉を探しているのではなく、探すのをやめた顔だった。
「だが、それなら」と隊長が言った。「石は、どこへ行った」
「七つです」と俺は言った。




