9回、最後の戦い
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はるか昔、野球好きの神様がいた。彼は自分が統治する世界で、一国の王も務めていた。
神には八人の仲間がいた。皆野球が大好きな神様たちだ。だけど、自分を合わせて九人だけでは野球はできない。神は試合相手を求めて、自国に野球というスポーツの概念を広めることにした。
最初は興味を持ってくれた国民たちだったが、神は自身が三振を奪い、ホームランを打つことでしか野球を表現できなかった。毎日のように神に圧倒されるだけの民たちは、次第に野球に飽きていった。神は諦めずに普及しようとしたが、誰もついては来なかった。
結局、野球というスポーツは時代とともに忘れ去られていった。神は自らの過ちを悟り、正してくれる者を待った。幾十年も。幾百年も。いつの日か、その者が率いる本当に強き野球チームと試合できる日が来ると信じて。
***
「国王様? 国王様! 大丈夫ですか? いつにも増してボーッとされて。ナインカラーズの皆様はすでにご到着ですよ。不審者を見る目をされています」
「ん? あぁ、すまんすまん。少し感傷に耽っておった」
城の地下深くにある巨大野球場。見たところ、両翼が一三〇メートル近くある。並の球場ならせいぜい一〇〇メートルぐらいだから、とんでもない広さだ。人類のパワーではそうそうスタンドインできる距離ではない。
こんなものどうやって隠してたんだという感じだが、とにかく、俺たちは今神チームとの試合を控えてこの場所に来ている。
国王はセバス・チャンに呼ばれるまで、まるでウォシュレットで尻を洗っているときのような蕩けた顔をしていたが、ユニフォーム姿の俺たちを見た瞬間、突然スイッチが入ったように精悍な顔つきになる。その表情は一国の王というよりもむしろ、本気で目の前の試合に臨む球児のそれに近い気がした。
「リョウよ。条件は覚えておるな?」
国王が仰々しく言う。
「今日が約束の半年。勝てば野球をこの国の国技と認定し、お前は生きて元の世界に帰る。負ければ死んでこの世界に残る……そして、我の側近として野球の益々の発展に尽力するのだ」
「ああ、覚えて……ないです。ちょっと待ってください。最後になんか余計なの追加してないですか?」
「ん? そうだっけ? 『野球担当大臣』としてこの国を世界一の野球大国にするって言わなかったっけ? 我、お前とそんなアツーい約束を交わした気が……」
いつものように鼻の頭をポリポリ掻きながらすっとぼける国王に、俺は呆れ果てる。
「してない、してないですよ」
「ごめんごめん、我、最近すごい忘れっぽくて。あれ、トイレの後ケツ拭いたっけとか。トイレの後尻拭いたっけとか」
「あーもうなんでもいいや。どちらにしろ、勝って元の世界に帰らせてもらいます」
「はいはい。あ、試合中は心読んだりしないから、それは安心してね。我、スポーツマンだから」
「……」
「『こいつ嘘吐いてそう』じゃねぇぞこら」
「心読んでんじゃねぇぞこら」
無駄なおしゃべりは終わりだ。オーダー票を交換すると、国王の後ろからぞろぞろとジャージ姿のオッサンたちが現れる。全員大したわがままボディだが、油断してはならない。
「これが我ら、神チームだ」国王が胸を張った。
一番・オフマン(センター)
二番・フィルダース(セカンド)
三番・クラッチ(レフト)
四番・我=クロスファイア(ピッチャー)
五番・バレル(ファースト)
六番・インフィールド(サード)
七番・キャノン(ライト)
八番・フレーミング(キャッチャー)
九番・セイバー(ショート)
……なんというか、すごい。すごい名前だ。わかる人にはわかる野球用語やそれをもじったものだらけだ。というか国王の名前、クロスファイアっていうの? かっこよ。
「なんだ、お前たちのオーダーはアゼリアと試合したときのままか」国王のガッカリしたような言葉に、俺は自信を持って返す。
「これが今の俺たちのベストオーダーだ」
一番・ジャック(セカンド)
二番・アル(ファースト)
三番・ジョナー(キャッチャー)
四番・オズ(ショート)
五番・オレ=宮下涼 (ピッチャー)
六番・アレク(サード)
七番・ロブ(ライト)
八番・バーリー(レフト)
九番・ウィル(センター)
「よっしゃあ! んじゃ早速、」
「まぁ待て。ウィルキンソンくん」
「ウィルです。無駄キンソンです」
「ウィルくん。なにか足りないと思わんかね?」
「あ?」
「せっかくの大一番なのだ。この国に野球をもたらした男の最期を、皆に見届けてもらおうではないか」
国王が指パッチンをすると、セバス・チャンがバックネット下のフェンスに設置された、怪しげなレバーをガコンと下ろす。
天井が横に割け、青空が広がっていく。城全体が変形して、大きな一つの屋外球場へと変貌を遂げているのだ。
それを待っていたかのように、無人だった観客席に大勢の人がなだれこんでくる。あっという間に満員御礼となる巨大球場。バックネット裏の特等席にはガルシアたちの姿もある。ヒエンたちまで。
「この国の人口の約十分の一、十二万人のもの観客がこの世紀の一戦を生で観に球場につめかけた。もちろん、国中に中継もされておる」
どうみても甲子園なんか比ではない人数に、つい足がすくみそうになる。
「ここにいる全員が、お前に元の世界に帰ってほしくないと思っておる。お前は英雄だからのう」
「頑張れリョウ! 必ず生きて元の世界に帰れよ!」
「リョウさん! 神チームとやらにあなたたちの力、見せておやりなさい!」
「……そんなこともなさそうですが? 国王様」
「……」
ガルシアやヒエンたちの応援の声が耳に届く。震えていた足が、しっかりとグラウンドを踏みしめて立つ。
ジョナーが俺の肩を叩く。
「さぁ、いよいよですね」
「皆。ぜってぇ勝ってリョウを元の世界に帰す。負けたら一生の恥と思え」
「当然さ。この命に代えても」
「僕たちの恩人を、絶対に死なせたりなんかしない」
「…………」
「ふんっ、ムカつくやつがいなくなって清々するって言ってやるさ」
「うおぉぉぉぉぉぉ!! 燃えてきたあぁぁぁぁぁ!!!」
「最後にあれ、やろうよ。結局今まで一度もちゃんとできなかったやつ」
オズの言葉に、皆が自然と輪になって肩を組む。「ほら、リョウ」急かされて、俺は大きく息を吸い込んだ。
「ナインカラーズ!!」
「「「「「「「「「ファイオー!!!」」」」」」」」」
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マウンドに上がったのはもちろん国王クロスファイア。その投球練習に、球場全体がざわつく。
「速いですね……」
「あぁ。どう見ても俺よりな」
一六〇キロは優に出ているだろう。あんなぽっちゃりボディのどこに、そんなパワーがあるというのか。セバス・チャンのプレイボールの掛け声とともに(お前が審判やるんかい)、一番・ジャックが打席に立つ。いつも通り一から三番は偵察要員だ。まずはなんの情報もない国王から、少しでも多くの球種を引き出してやる。
そして俺たちもベンチから目を凝らして敵の戦略を見極める。内野はやや深めの守備位置。外野は広さのわりに人間のパワーに合わせた一般的なポジション取りで、外野の頭を越えることができれば長打、下手したらランニングホームランまで期待できそうだ。まぁ、それができれば苦労しないのだが。
とにかく、今のところ特殊な戦略性は見えてこない。
「ストライク!」
ど真ん中のストレートをジャックは悠然と見送る。いや、驚いているのか? 後ろ姿ではわからない。
「ストライク、ツー!」
またもストレート。横から見るとこれもど真ん中に見えるが、ジャックはピクリとも動かない。
三球目、ジャックが初めてバットを振った。キャッチャーミットから破裂音が聞こえた後に、それも、ボールの軌道のはるか下を振っていた。
「ストラーイクッ! バッターアウッ!」
もはや聞かなくてもわかる。ジャックがあの有様なのだから、スピードも伸びも桁違いのストレートだ。
二番のアルが緊張した面持ちで打席に向かう。三塁側ベンチからアルの大柄な背中を見ると、見たことないほどバットを短く構えている。なんとかストレートに食らいつき、別の球種を引き出そうという魂胆だろう。
が、二球振ってツーストライク。当たらない。だが、持ち前の粘り強さで三球目をなんとかファールボールにする。振り遅れのうえボールの下っ面に掠っただけの打球は、一塁側のファールネットに突き刺さる。
四球目、打球が前に飛んだ。しかも飛んだ場所が良く、ショート前へのぼてぼての打球。これなら間に合う……はずが。
「アウトっ!」
信じられない光景だった。深めに守っていたショート・セイバー神が猛然とダッシュしてくると、とてつもない速度のベアハンドスロー(素手でキャッチしての送球)により余裕で一塁アウトにしてみせた。圧倒的な身体能力と反応速度。おそらく一流のメジャーリーガーばりだ。
国王が言っていたことを思い出す。彼らは皆野球好きの神々で、身体能力は並の人間の比ではないと。
三番・ジョナーが打席に入る。国王はまだストレートしか見せていない。左打席に立ったジョナーの顔にはいつもの飄々とした余裕がある。アルと同様に短くバットを持ち、完全に当てることだけに注力するらしい。
二球空振りの後、三球目から六球目まで連続でファール。そうだ。いくら速くても、正直ストレートだけならヒエンほどではない。うちのメンバーならばじきに対応できるはず。
「あぁもう。めんどくさいな」
国王はつぶやくと、七球目のモーションに入る。ジョナーはもう見極めたと言わんばかりの目つきで、打ち気がむんむんとこちらにまで伝わってくる。
そのときだった。国王の指先から放たれたボールは暴投かと思われるほど斜め上に大きく逸れた後、ものすごい勢いでキュルキュルと変化し、キャッチャーミットが乾いた音を立てた。
三振、バッターアウトのコール。ジョナーの顔を見ると、酸欠の金魚のように口をパクパクしている。
ベンチに戻ってきたジョナー曰く、
「完全に投げ損ないだと思った球が、キャッチャーから見て左上から右下に向けて大きく変化しました。おそらく、ストレートとの球速差もかなりのものですが、呆気に取られてしまい正確には……」
彼がこんなに動揺しているところは見たことがない。俺は代わりに、皆に聞こえるように伝える。
「カーブボールだ。おそらくな。俺もあんな尋常じゃない切れ味のは見たことがない」
「カーブボール……そのままのネーミングですね。そして、」
「厄介です」とつぶやいたジョナーの顔からは、完全にさっきまでの余裕は消え失せていた。
一回裏の守備。とにかく、ここは点をやらないことが重要だ。間違いなく投手戦になる。ならなければ、負ける。
一番・オフマン神。リードオフマンの、オフマン神。一般的に先頭打者は出塁能力の高さや走塁能力を求められることが多いが、神の中でもひと際ずんぐりむっくりと肥えた彼に、その足の速さが備わっているとは思えないが……
「とりあえず、いつも通りストレートと二種のスライダーを中心に組み立てます」
ジョナーの耳打ちに俺は頷く。彼のリードを疑う余地はない。
初球。ジョナーが選んだ球は曲がりの大きなスライダー。しかもボールゾーンへの要求。慎重を期す判断に俺も同意し、一つ深呼吸をした後、左打席のオフマン神の外角低めに向けて投げ込む。
瞬間、オフマン神はバントの構えを見せた。初球セーフティバントだと!?
コンッ。勢いを殺された打球が三塁線ギリギリに転がる。「舐めんじゃ、ねぇ!」負けず嫌いのサード・アレクが全速力で走って来て、一回表の守備でセイバー神が見せたのと同じベアハンド送球。俺から見ても、全く無駄のない完璧な動き。
しかし、ボールがファーストのアルに届く頃にはオフマン神はすでに一塁ベースを走り抜け、減速を始めていた。
ウィル並みのスピード。いや、下手したらそれ以上か? あんなぽっちゃりボディのどこに以下略。
二番・フィルダース神。バントの構え。どうやら、確実に一点をもぎ取りに来るつもりらしい。そう簡単に思い通りにいかせてたまるか。ジョナーの要求は高めのストレート。またもボールゾーン、いわゆる誘い球だ。球威で押し、小フライを上げさせようという狙い。これも異論はない、セオリー通りの作戦だ。
が、再び初球。俺が球をリリースする直前、フィルダース神はバットを引き、しっかりと構え直した。バントと見せかけて打ちにいく打法、バスターだ!
高めの速球を逆らわずに右方向に打ち返すフィルダース神。お手本のような流し打ちの結果は一、二塁間を破るライト前ヒット。オフマン神は二塁を回る。猛チャージしてきたライト・ロブが化物じみた強肩でサードに送球するが、オフマン神は滑り込むこともなく三塁を陥れてみせた。
ノーアウト一、三塁。いきなりの大ピンチ。
しかし、ここまでの攻防でなんとなくわかったことがある。おそらく、神チームに独自の戦略と呼べるものは存在しない。俺が元の世界でやっていたような、ごくごく普通の野球。それを極限まで突き詰めたのが彼らのプレースタイルなのだ。
やれやれ、本当に厄介だ。正統派がゆえ、逆に付け入る隙がない。なぜなら、俺の元いた世界で一〇〇年以上も進化を続けてきた野球というスポーツの最先端の戦略、しかもその極致に彼らはいるのだから。
続く三番・クラッチ神。もう名前からして嫌な予感しかしない。
なにを投げればいい? どの球なら抑えられる? ジョナーの選択は、外角低め目一杯の高速スライダー。
これしかない。他の球が思い通りに打たれた以上、消去法だ。
またもや初球。クラッチ神は狙いすましたように最短距離でボールの軌道上にバットを差し出す。痛烈な打球が俺の足元を襲い、センター方向に向かって飛んで行く。
抜ける……! しかしそのとき、魔法使いが現れた。ショートから風の如く回り込んできたオズが紙一重のところでボールをグラブの先っぽに収め、そのまま二塁ベース上に倒れ込みながらグラブトス。走り込んできたランナーより先にベース上でボールを受け取ったセカンド・ジャックが素早く一塁に転送。
ダブルプレー。魔法使いの超絶ファインプレーが、大量失点の芽を一瞬にして刈り取ってみせた。
しかしその間に三塁ランナーは悠々とホームイン。0―1。ツーアウトランナ―なし。
そこで迎えるは四番、国王クロスファイア。
「やるではないか。まさか、今の打球が抜けないとは」
その声には「万が一にも負けるはずがない」という自信がみなぎっているように感じた。神々が放つ圧倒的なオーラに、立ち向かう勇気ごと飲み込まれそうになる。
「リョウ」
気付けば、目の前にジョナーがいた。内野陣もすかさず集まってくる。
「大丈夫? リョウ」
「あ、あぁ。それよりナイスプレー、オズ。助かったよ」
「しかし恐ろしい打線ですね。リョウ、フォークも解禁しましょう」
「フォークを?」
「ええ。選択肢を増やして相手に考えさせる余地を与えなければ、この勝負勝ち目はありません」
「だけど、フォークは制球が……」
「覚悟のうえです。ワンバウンドは全部僕が止めてみせますから、思いっきり腕を振ってください」
ジョナーの言葉に背中を押され、覚悟を決める。
「さて、抑える方法なんてあるのかのう? 我、結構強いけど」
国王の言葉は挑発でもなんでもない。ただ事実を述べているだけだろう。思ったより退屈だなと、目が語っている。
「クソっ!」
初球はストレート。やや外角に外れてボール。
二球目、スライダー。またもや外角に外れてボール。
だけどこれは狙い通りだ。怒りに任せて軽々しく勝負にいき長打を打たれるよりは、ここは歩かせ気味にボールゾーンで勝負した方がいい。
三球目、ジョナーの選択は……フォークボール?
ミットで地面を軽く叩き、ワンバウンドでもいいから低めにという意思表示。わかっている。けど……
国王のギラついた双眸が俺をにらんでいる。指先が震える。まずい。そう思いながら、俺は観客の大声援に流されるまま振りかぶる。投げた瞬間、しまったと思った。
高めにすっぽ抜けた絶好球。国王が思いきりしばき上げた打球は瞬く間に天空を駆け、おそらく一五〇メートルは先のバックスクリーンフェンスのさらに上、電光掲示板に直撃した。
……いったい何メートル飛んだのだろう。少なくとも、あそこまで飛ばせる人間は後にも先にも、未来永劫生まれない。人智を超えた力を前に、球場全体が死んだように静まり返る。国王がゆっくりとダイヤモンドを一周する。ホームイン。0―2。国王はいつもと同じ軽い調子で言う。
「まだまだ、神の力はこんなものではないぞい。ウィー・ウィル・ロック・ユーじゃ」
/
五番・バレル神をなんとか打ち取りスリーアウト、チェンジ。しかしそれも完璧に捉えられた当たりがたまたまライト・ロブの正面に飛んだだけだ。今の俺では神チームの打線を抑えるのは難しい。投手戦という望みは早くもついえた。イコール、勝てない。
絶望に心を殺されかけたその時、快音が、ネクストバッターズサークルでうなだれる俺の耳をつんざく。顔を上げると、ライトのキャノン神がオズの鋭い打球をスライディングキャッチしたところだった。
「惜っしー!」
「オズ、ナイスバッティング!」
「まだまだいけるぜ!」
ベンチから明るい声が上がる。諦めていない。誰も。オズがベンチに戻っていく途中、すれ違いざまに俺に言う。
「大丈夫。ストレートとカーブ?、どっちかに狙いを絞って待てば、当たるよ」
「……オーケー。ありがとう」
そうだ、俺が諦めてどうする。皆が俺のために頑張ってくれているんだ。必ず出塁して、あとはアレクたちを信じて託す!
「ほう。その目、さすがにまだ折れてはくれんようだな」
「当たり前だろ。まだ二回の表だぜ?」
「よろしい。せいぜい足掻くがよい、人間」
俺は打席のできるだけ後ろに立ち、長く球を見られるようにする。狙いはストレート一本。見たところ、カーブはストレートより約六〇キロ近く遅い。厄介な緩急だが、絶対に攻略できないこともない。
ストレートに合わせてタイミングを取る。もしカーブが来た場合、打球を前へ飛ばすことは一切考えずに気合いでバットに当てて、ファールで逃げる。ハチャメチャな根性論。でも、俺にならそれができる。というか、やるしかないのだ。
一球目。ストレートを打ち損じてファール。タイミングが遅れた。また、思ったより手元で球が伸びてくる。そのためボールの下を叩き、死にかけの蚊みたいな弱々しい打球が一塁側ファールグラウンドへと飛んだが、なんとか観客席の最前列に着地した。フライアウトにならず、ほっと胸を撫で下ろす。
二球目はカーブ。前に突っ込みそうな上半身を下半身の粘りだけで無理やり後ろに残し、スイングを遅らせ、辛うじてバットの先っぽに掠らせる。ファール。なんとか思った通りの対応ができた。
その後もストレートの速度に照準を合わせ、カーブは空振りしないことだけに全神経を張り巡らせる。研ぎ澄ませた集中力のみを頼りに、薄氷の上を歩くような極限の攻防。しかし少しずつ、ストレートに対してタイミングとスイング軌道が近づき始める。九球目。良い当たりのファウルボールが一塁線ギリギリに飛んだ。
「はぁ、鬱陶しい」
苛立ちを隠さず、国王がワインドアップから滑らかに投球動作を開始する。一〇球目。放たれたボールはまっすぐな軌道で真ん中やや低めへ。
ストレート! 次こそ捉える……っ!?
「ストライッ! バッターアウト!」
尻もちをついた俺の後頭部から、無慈悲なコールが降ってくる。ホームベースの手前、ストレートと全く同じ軌道でやってきたはずの球が、突然俺を裏切り、真下へと進行方向を変えたのだ。
フォークボール。国王はストレートとカーブだけのツーピッチピッチャーではなかった。むしろ、なんで今までそう思っていたのだろう……いや、わかっている。そうでなければ打てないと気付いていたからだ。だからわずかな可能性に賭け、二球種しかないと本能が勝手に思い込もうとした。
「困りましたね」
ベンチに戻ると、誰にともなくジョナーがつぶやいた。今まで何度も俺たちを助けてくれた頭脳が、白旗を上げようとしている。
「二球種なら、どちらか一方に絞らせる策があったのですが……三球種。これではジャンケンが成立してしまいます」
「なんとかならないか」
縋るように尋ねた俺に、ジョナーは歯を食いしばりながら小さく零した。
「残念ながら、今のところはどうしようも」




