8回、戦の後
帰りのバスの車内にて。
「いやー、ほんとよくやってくれたのう諸君。やっぱりスポーツは本気でやってこそじゃな。八百長? 誰じゃそんなことを指示したバカは、けしからん!」
「……」
バカ……もとい、国王は上機嫌で言う。どうやら、今回の親善試合観戦を通してアゼリア国王とえらく意気投合しちゃったらしく、和平交渉もとんとん拍子でまとまったのだとか。というか、よくよく聞いてみたら国同士のいさかいの発端自体が、どっかの神話の神々の喧嘩の理由ぐらいしょーもなさすぎて、ぶっちゃけ親善試合必要あったか?という感じなのだが、野暮なので黙っておく。
スポーツが国境を越えて人と人との架け橋となった。そう思っておいたほうが夢があっていい。
「わざと負ければ相手が喜ぶって発想がそもそも頭悪いよな。マジでバカじゃん。絶対性格悪そう。あと肛門括約筋も弱そう」
国王の自己紹介は続く。しかしきっと、その卑下が彼なりの贖罪なのだと俺は思った。本当は国王自身が一番こうなることを望んでいたはず。なのにスポーツの力を信じ切れなかった自分に、何かしら思うところがあるのだろう。
国王に生暖かい視線を送りつつ、途中から全員で『We Awe The Champions』を歌いながら故郷に帰った。
なんで皆歌えるのかと思ったら、なんとダイヴァー国歌らしい。マジかよ国王。権利とか大丈夫なのか……?
/
そして帰国から二ヶ月後。いつものように練習終わりの三球勝負に没頭していた俺たちの元に、誰かの叫び声が飛んできた。
「アゼリアが攻めてきたぞー!」
俺たちはまたか、とため息をこぼす。
「相変わらずいい球を投げますね。攻略するには追い風が必要そうだ」
いつのまに忍び寄っていたのか、真後ろから俺を皮肉交じりに称賛する言葉。おとなびた余裕に少しだけ腹を立てつつ、
「試してみろよ。今度は言い訳できないように、屋内で勝負するか?」俺は振り返らずに声の主――アゼリア国兵団兵士長改め、国際親善大使のヒエンを挑発する。同時に、ナインカラーズメンバーが一斉にヒエンを取り囲み、握った白球を彼に突き出す。まるで全球ストレート勝負を予告する投手のように。
「何しにきやがった? ……って、聞くまでもねぇよな」
尋ねるウィル他ナインカラーズをさらに取り囲む形で、ユニフォーム姿の集団。まるで予告ホームランポーズのように金属バットをメンバーの後頭部に突きつける彼らに対し、ヒエンは「およしなさい」とたしなめる。
「我々は喧嘩しに来たわけではありません」
「喧嘩さ、スポーツは。ただし、仲直りの保証付きの」
「ふふ。違いありません」
心地よい一触即発の空気。が、それを吹き飛ばすオズの一言。
「ごめんなさい、アゼリアの皆さん。今から子どもたちの野球教室の時間で……」
「またですか!?」
ヒエンが珍しく声を荒げる。
「あなたたち、この二ヶ月ずーーーっとそればっかりじゃないですか! いったいいつになったら我々と再戦してくれるんですか!」
「元々野球人気を高めて国技にするのが目的だったんだから、しょうがないじゃないですか。というか、こっち来る前に予定確認の連絡してくれればいいのに。いつも言ってますけど」
「いえ、それには及びません。大した距離じゃないので。我々は少し観光でもしてから帰るとします。それではまた」
特段ガッカリした様子もなく去って行くアゼリアチームに「もう観光しに来てるだけだよね? どれだけ暇なんだろう」と、オズ。俺たちは遠慮ない物言いに苦笑いをしながら、
「ねぇねぇ、早く野球を教えてよ!」
「今日は打撃練習? それとも守備練習?」
「わぁ、あれが紅一点のオズさん!? 本物だ! かわいい! 憧れちゃう!」
「へ? あはは、ちょっと照れちゃうな」
「あれがチームの頭脳担当、ジョナーさんだよ! 詰将棋みたいな緻密な作戦、痺れたぜ!」
「ふふ。悪い気はしませんね」
「きゃあっ、ウィルさん! 最後のスーパーキャッチの! やだ、近くで見るとカッコイイ……」
「おいおい、惚れんじゃねぇぜ。彼女に怒られちまう」
「見て見て! あれがやる気のない演技をして満塁ホームラン打ったズル賢くてコウカツ?なお兄ちゃんだ! スゲェ! やっぱ性格悪そう!」
「んだとガキどもこらっ!」
駆け寄ってきた少年たちとたわむれる。野球を通して人の輪が広がっていく様が、今目の前に広がっている。感慨深さに目頭がジーンと熱を帯びる。
「お、今度はウソ泣き作戦か?」からかうようなウィルにヘッドロックをかけながら、俺は思う。異世界にやってきて、野球をやって、本当に良かったと。
/
国王に呼ばれたのはその日の夜のこと。セバス・チャンから国王より話があると伝え聞いた俺たちは、いよいよ野球が国技に認定されるのではないかと息巻いた。
もしそうなれば無事、俺は生きて元の世界に帰ることができる……
「いやいや、よく来たセブンスターズ諸君」
「ナインカラーズです」
「ナインカラーズ諸君。今日、諸君らを呼んだのは他でもない、」
わざとらしく溜める国王。次の言葉を待つ俺たちは、緊張に喉を鳴らす。
「招待試合のお知らせだ」焦らすだけ焦らして、国王は拍子抜けするようなことを口にした。
「そりゃないぜ国王様!」
「そうですよ! リョウは約束通り、野球を国民的な人気競技にしてみせました! いい加減国技にしてくれても、」
ウィルとオズの言葉に、国王はチッチッと舌を鳴らす。そして「リョウ」と俺の目を見据えた。
「お前、本当に元の世界に戻りたいのか?」
「はぁ? あんたなにを」
「……いい。待ってくれ、ウィル」
俺は国王に噛みつくウィルを制して、尋ねる。
「それは、どういう意味ですか」
「元の世界では、お前は仲間に裏切られ、野球を失った。しかしこの世界に転移してきて、お前は信頼できる仲間を得、野球を取り戻した。それなのに、今さら元の世界に戻る理由がどこにある? 本心ではもう、生き返るという当初の目的など、どうでもよくなっているのではないか?」
「……」
国王の一言は、俺が心の底に仕舞って見て見ぬふりをしていた感情を、無理やり引きずりだした。俺はこの世界で幸せを、居場所を見つけてしまった。死んでもこの世界にいられるなら、別に生き返らなくても……そう思わなかった夜がないと言えば、嘘になる。
言葉を返さなければいけない俺が黙り込んでしまったから、嫌な沈黙が場に流れ始める。代わりに言葉を引き取ったのはジョナーだった。
「今聞くのもなんですが、招待試合とはいったい? 誰と試合をしろというのです?」
「それは我々、『神チーム』だ」
「神、チーム?」
驚きというより戸惑いの表情を見せる面々に、国王は続ける。
「なんだ、リョウから聞いていなかったのか。元の世界で死にかけたリョウをこの世界に呼んだのは我じゃ。我はダイヴァー国王であると同時に、この世界の神なのじゃ」
「すごいじゃろ」と胸を張る神を無視して皆が俺に詰め寄る。どうして言わなかった、と。言ったらややこしいことになるだろと返すと、もっと早く言ってくれれば協力できたかもしれないのに、と面々。なので、言ってもあれが神とか誰も信じないだろ?と反論すると、それは……と全員が一斉に黙り込む。
「ンン゛ッ! ウフゥンッッ!」咳払いで注目を集める国王。見ると、目尻に光るものがある。あっ、なんかごめんなさい。
「とにかく!」と国王は言葉に力を込める。
「試合は一ヶ月後。我々神チームを倒した暁には、必ず野球を国技にすると約束しよう。もし本当に元の世界に帰りたいのなら、その気持ちを行動で示してみせよ」
/
城からの帰り道。俺たちの足取りは重い。
あの後、国王からいろいろな話を聞いた。「神チーム」というのはその名の通り、野球好きの神を中心に結成された精鋭チーム。身体能力も経験も、そこいらの人間の比ではないそうだ。
それと元の世界に戻った後、またこちらの異世界に来ることはできるのか? 答えは、限りなくノーに近い「わからない」。
国王曰く「死んだ後どこに行くのか。天国か、地獄か。どこかの世界で生前と別人として生まれ変わるのか、はたまた生前の記憶を残したまま二度目の人生を迎えるのか。それはお前の今後の生き方次第で、誰にも決められない。当然のことじゃ」とのこと。
要するに、答えは神ですら知らず。次回も神の職権乱用で何卒お願いします、なんて甘い期待は根本的にズレていたわけだ。
「リョウ。一度しか言わないから、よく聞け」
重たい空気を背負ったまま、ウィルが重そうに口を開く。
「俺はもうお前のことを仲間だと思ってる。仲間だからこそ、お前の決断を尊重してやりてぇ。もしこの世界に残りたいなら受け入れるし、元の世界に帰りたいなら一緒に神チームとやらと戦ってやる。
だから……どうするかは、お前自身で決めろ。考えて考えて、結論を出せ。どっちを選んだとしても、俺たちはお前の味方だ」
「その代わり、残るなら今度はお前がインディアカに付き合えよ」と照れ臭そうに言うウィル。不器用な優しさに思わず涙が出そうになり、そっぽを向いて誤魔化す。
すると向いた先の景色には、サムズアップする仲間たちの姿が。
仏頂面の中に、殺しきれなかった寂しさを滲ませるジョナー。
言葉のまま、無言のエールを送ってくるアル。
もう通訳はいらないだろ、といたずらに笑ってみせるジャック。
そっぽを向いたままポーズだけ取るツンデレ、アレク。
「よっしゃー! 任せろ!!」なにをだ、バーリー。
全員の心を代弁するように、誰よりも優しく微笑むロブ。
こいつらと離れたくない。心の底からそう思う。思ってしまう……
「どうしました? オズ」
ジョナーに尋ねられ、ぽけっとしていたオズが遅れてサムズアップする。
「大丈夫。どっちを選んでも私たちは皆、リョウの味方だよ!」
「それはさっきウィルが言いました」とジョナーがツッコむと、えへへとわざとらしくオズは笑い、皆も笑った。試合は一ヶ月後。そして、神との約束の半年も同時に迎えることとなる。
時間は決して待ってくれない。なんてせっかちで、無常で、残酷で、美しいのだろう。
「オズ。明日、二人で街のパン屋に行かないか? ほら、その、前は結局行けなかったからさ」
「……うん! 喜んで!」
俺たちは人目もはばからずデートの約束をする。
「止めないんですか、ウィル」からかうように言うジョナーに「あぁん? なにがだ。耳が詰まっててよく聞こえなかった」とうそぶくウィル。
少ないけれど、残された時間はまだある。大切に過ごさなければ嘘だ。
わずかに赤みを帯びたそばかす顔を眺めながら、自分の心に問いかける。俺はいったい、どうしたいのだろうかと。
/
翌朝はドタバタと騒がしいことこのうえなかった。朝ご飯はハムを挟んだマフィン。この後街に行ってまたパンを食べるというのに、どれだけパンが好きなんだと笑ってしまう。朝食を終えるとオズは「ちょっと待っててね、一時間ぐらい!」と自室に戻ってゆく。どこがちょっとだ。
しかしかく言う俺も、すぐに自室にこもってウィルのお古の中から少しでもオシャレな服を必死に探す……けど、ダッセェのばっかりだな。使えないやつめ。
二時間後。
「どう、かな」
「まぁ、余分に一時間待たされただけのことはあったよ」
「ん? どういう意味?」
「……似合ってるって言ってんの」
「ふふ、ありがと」
いたずらな笑みを見て初めて、誘導されたのだと気付く。まぁ、嘘じゃないからいいけど。
この世界に来て五ヶ月。ほとんど(オズの)家と練習場である城の庭を往復していただけで、こうして街に繰り出したことはなかった。
初めて練り歩く異世界の町並みは、なんというかこう、異世界!って感じだ。石畳の道やレンガを基調とした建物には西洋っぽさを覚えるが、そこかしこに見えるやたら芝が綺麗に整備された公園は、どちらかというとアメリカンな雰囲気である。そしてその理由は明白だ。どこの公園を見てもスポーツに興じる人々。種目も様々。さすがはスポーツ大国といったところだろうか。
オズのおすすめのパン屋はもう少し先の路地を曲がったところにあるらしい。「そ、そういえば」なぜか沈黙が気恥ずかしくって、無理やり話題を引っ張り出す。
「こんなにたくさん公園があるのに、なんでオズたちは城の庭でインディアカの練習を?」
「めぼしい公園はだいたいサッカーとかテニスとか、競技人口が多いスポーツに占領されちゃってるからね。マイナースポーツは隅っこで慎ましく練習するか、私たちみたいに人ん家の広い庭にこっそり忍び込むしかないの」
「へぇ……こっそり? へぇ……」
「なに?」
「いや、別に」
こっそりという言葉の定義について考えているうちに、いつのまにか目的の路地に近づいている。すると、曲がり角から突然ボールが転がり出てきた。野球のボールだ。
「すみませーん! ボール取ってください!」
「はい、よっ!」
左手の大きな公園から聞こえた声に応え、俺はボールを投げ入れる。不慣れな動きでボールをキャッチした少年は、陽のよく当たる芝生の真ん中に堂々と帰ってゆき、そこで待つ大勢の仲間たちと合流する。どうやら、今この公園を占領しているのは彼ららしい。
「すっかりメジャースポーツの仲間入りだね」
そう言ったオズは嬉しそうにも、逆に少し寂しそうにも見えた。
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パン屋はまるで妖精でも住んでいそうな可愛らしい建物で、店の前に五、六組の列ができている。パン好きのオズの行きつけだけあり、なかなかの人気店らしい。
「店内席はたぶん空いてないから、持ち帰りにして外の公園で食べましょ」
列の最後尾に並びながらオズが言う。その隣に自然と並び、気付く。前に並んでいる人たちは全てカップルか夫婦だ。天下の往来で腕を取り合い、手を絡め合い、イチャコラしている。全くもってけしからん。おかげで気まずいじゃないか、俺とオズが。
横目でオズの様子を窺うと、同じようにこちらを見る彼女と思いきり目が合った。
「お、お、俺っ、公園の場所取りしてくるから! 俺の分は適当に選んどいてっ!」
気付けば、買い物をデート相手の女性一人に押し付け、向かいの公園に走り出していた。臆病者と笑いたければ笑え。ただし、あんな顔をしたオズを相手に正気を保てるやつだけが、俺に石を投げろ。間違いなく無傷で生還する自信がある。むしろ、正気を失っても理性は失わなかった自分を褒めてやりたい……
そんな恥ずかしいことを考えながら、俺は公園の端の木陰にあるベンチに腰を下ろした。
ぼうっと公演を眺めていると、さっきの少年たちが夢中で白球を追いかけ回している。おっと、またボールが転がってきた。
「すいませーん、取ってください!」ったく、しょうがないな。投げ返そうとボールを拾い顔を上げた瞬間、俺は驚きのあまり声を上げた。
「ジョナー!?」
ジョナーの後を追って走り寄ってきた少年が、俺の顔を見て叫んだ。
「えっ!! もしかして、リョウさん!?」
少年の声につられてたくさんの少年少女が押し寄せる。「本物だ!」「すげー!」まるで大スターのような扱いはむず痒いけれど悪くない。悪くないが、今はそれより気になることが一つ。
「なにしてんのお前」
「見ての通り、野球ですが」
「いやそうじゃなくて。なんでこんな子供たちに混じって」
「偶然そこの通りを歩いていたところこの子たちに声をかけられて『野球を教えてほしい』と言われたから教えているまでですが」
早口でまくし立てるジョナー。グローブの穴をバットの先端に通して肩に担ぐいわゆる「磯野、野球しようぜ」スタイルで教えているというよりどう見ても一緒に楽しんでいるだけなことには、たぶん触れないほうがいいのだろう。
「そっか。うん、わかったよ……悪かった」
「なぜ謝ったんです? なんか腹立つんですが」
耳まで真っ赤になったジョナーに茶々を入れながら、少年たちが俺の手を引いてひなたへと連れ出す。
「リョウさんも、俺たちに野球教えて!」
「野球なら僕が教えてあげたでしょう? いいですか、野球とは戦略がものをいう知的なスポーツです。中には三振かホームランしか能のない野蛮人もいますが、」
「おい、なんでこっちを見る」
「……まぁ、それも野球の魅力の一つであることは否定しませんが。でもそれだけじゃもったいない! 野球の魅力は無限大! チームメイトの人数分の考え方が、一つのチームを作るのです!」
ジョナーの言葉にふと思う。この世界に来たとき、俺は野球を本当になにも知らなかった。
俺が三振を奪うこと。俺がホームランを打つこと。彼の言う通り、それだけが俺の知る野球の魅力だった。それだけでわかった気になっていた。
だけど皆と出会って、教える立場のはずの俺のほうが教えられた。
緻密な計算で一点を奪うこと。
仲間に情報を託すこと。
敵の作戦に合わせて臨機応変に戦うこと。
独自の戦法を編み出すこと。
それぞれの個性を、自分たちだけの武器を磨くこと。
自由にフルスイングし、走り回ること。
たった三球に情熱をぶつけ合うこと。
意見を言い合い、皆が納得できる道を探すこと。
そんなふうに仲間と過ごす時間そのもの。
その全てが野球の魅力であり、そしてきっと、まだこれだけじゃない。
だからこの小さな少年たちにも教え、教わろう。野球を。この国がさらに野球を大好きになってくれますようにと、願いを込めて。
「論より証拠! まずは全員、俺と三球勝負だ! かかってこい!」
/
ひとしきり汗を流した後ベンチに戻ると、いつの間に来たのか、オズが待っていた。隣にはたくさんのパンたちが並べられている。
「わっ! ちょっとリョウさんってば、オズさんとデート中だったの!?」
「ダメだよ! 彼女ほったらかしてたら!」
「ごめんなさいオズさん! リョウさんお借りしてましたー!」
少年少女たちは思いっきり冷やかして去って行った。ジョナーも一緒に。あいつら……
「ご、ごめん。待った?」
「ううん。見てたから。全然暇じゃなかったよ」
暗にだいぶ待たせていたことを告げられたが、彼女のことだ、そんな意図はないだろう。一応もう一度「ごめん」と軽く伝え、横に座る。二人の間に並んだパンは、王道の物から変わり種まで、十種類ほど。
「またたくさん買ったね」
「えへへ、全部食べたくて。半分こしよ」
俺は頷いて、どれから食べようか選んでいると……ふと、香草入りのウインナーが挟まったホットドックみたいなやつに目が留まる。
「あの……ケチャップで『バーカ』って書いてあるんだけど」
「あぁ、それはウィルの仕業だね」
「ウィル? なんで?」
「あのパン屋さん、ウィルの彼女のお店だから。言ってなかったっけ?」
聞いてねぇよ。あーあ、こっちの四つ切りのピザなんて「オズを泣かせたら殺す」とか書いてあるし。
「まぁいいや。とにかく食べよう」
ホットドッグを手に取り、手で半分にちぎる。「バーカ」が「バー」になる。なんか間抜けだな、ざまぁみろウィル。オズはなんか真っ黒なパン(トリュフパンだそうだ)を同じように引きちぎる。
「「いただきます」」
口の中でジューシーな肉汁が弾ける。パン生地も、冷めているのに外はサクサク中はもっちりで、
「「美味しい」」
自然と口からこぼれた言葉がハモって、笑い合う。こんな時間がいつまでも続けばいい、いっそ止まってしまえと思った。
「私ね、」
時間を進めたのはオズだ。
「将来、パン屋さんになるのが夢なの」
「? インディアカを普及したいんじゃないのか?」
「もちろんそれも夢の一つだよ。でもそれは皆の夢。私の夢は、昔からずっとパン屋さん」
そうかとやっと腑に落ちる。だから毎日、あんなにパン三昧だったのか。美味しいし、お世話になっている手前なにも不満はなかったが、純粋に不思議に思っていたから。
「リョウはさ、あるの? 夢」
「……甲子園に行くこと」
「コーシエン。前に言ってたやつだね」
「ああ。それと甲子園で優勝して、プロ野球に行って、大活躍して、メジャーリーグに行って、そこでも大活躍すること」
「ふふ、夢がいっぱいだ」
「……そう、だから、」
「帰らなきゃ、だね」
オズは寂しそうに、だけど毅然として言った。いや、もしかしたら寂しそうなのは俺のほうだったかもしれない。とにかく、俺は帰らなきゃならない。その事実だけが、真実だった。
こんなところで現実の人生を投げ出して逃げたら、俺は本当の意味で彼女たちの仲間にはなれないような気がした。そんなダサい生き方はしたくないと思った。仲間として。ナインカラーズは九人九色。たとえ一緒にいられなかったとしても、それぞれの場所で、それぞれの色で生きていく。それが俺たちだから。
だから、もう迷わない。
「俺は生きて元の世界に帰る。そのために、一緒に神をぶっ倒してくれ」
「任せて! 私たちが絶対、リョウを元の世界に帰してみせるよ!」
オズの右目からこらえきれなかった雫が一滴、芝の上に落ちて弾けた。
「ふふ、ウィルに殺されちゃうね」
「……黙っといてくれると助かる」
俺は両眼から涙を流しながらそう応えた。




