5回、野球を嫌いになった日、野球を好きになった日
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小学生の頃から俺は特別だった。エースで四番。学校の部活でやっていたソフトボールのほうでも。リトルリーグでやっていた野球のほうでも。そこがいつでも俺の玉座で、一度だって他人に座らせたことはなかった。
中学に入学しても、それはずっと変わらなかった。
チームメイトたちはいつだって俺を取り囲んでいた。練習中や試合中はもちろん、普段の学校生活の中でさえ。どうやら宮下涼の仲間でいるということが、彼らにとって一つのステータスであるらしかった。
そんな恵まれた学生生活の中、特に気の置けないやつがいた。彼はグラウンド上では相棒で、グラウンドの外では最も親しい友だった。
「涼、一緒に東京の高校に進学して、甲子園を目指そうぜ」
実のところ、俺にはそこを含めて五〇以上の強豪校からスカウトが来ていたのだが、二つ返事で了承した。彼と野球をやること以上に価値があることなど、他にないと思ったからだ。
俺は入学直後、いつものように指定席に座った。実力的に当然だと思った。また幸か不幸か、そのチームは怪我や不振等で捕手不足にあえいでいたこともあり、相棒も背番号2、正捕手の座を手に入れた。俺たちは高校一年生にしてチームの心臓、バッテリーを組むことになった。
迎えた最初の夏。夢の甲子園へ向けて大事な地区予選が始まった。ただ、夢は俺たちだけのものではなかった。
三年生にとっては最後の夏。前評判では、俺たちは甲子園出場どころか、本大会でも優勝候補に挙げられるほどだった。言うまでもなく、俺という投手を有していたから。
俺はベンチ入りできなかった先輩ら、チームメイトの夢もまとめて背負って立った。
しかし順調に勝ち進み迎えた、東東京大会決勝。俺たちは思わぬ苦戦を強いられることになった。
試合は0―0のロースコアのまま九回へ。うちの打線は相手エースの粘投に予想以上にてこずり、九回表の攻撃でも得点を上げられず、裏の守備。不運なヒットや守備の乱れもあり、ツーアウトながらランナー三塁。サヨナラ負けの大ピンチ。
俺はギアを一段上げた。初球、二球目と直球でストライクを奪い、簡単に追い込む。三球目は際どいコースの直球を見極められボール。カウント一ボール二ストライク。
そこで相棒から出たサインは――フォークボール。
俺は目を疑った。まず間違いなく、スライダーだと思っていた。俺の球種は主に四種。一五〇キロを超えるストレート。五〇センチ近く曲がる大きなスライダーと、曲がりは小さい代わりにスピードがある高速スライダー。そしてフォークだ。
その中で、俺はフォークボールの制球にだけ課題を抱えていた。この場面で放るにはリスクがデカすぎる。だけど俺は相棒を信じることにした。万が一逸れても必ず止めてくれるはずと、全力で腕を振るった。
……そこから先はあまりよく覚えていない。ただ、相棒が逸らした白球がバックネット下のフェンスに当たって転々とする様だけは、スローモーションのようにまぶたの裏ににこびりついている。
サヨナラ負け。記録は、ワイルドピッチ(ピッチャーのエラー)ではなく、パスボール(キャッチャーのエラー)になった。
まさかの幕切れに気まずいベンチの中で、相棒は言った。
「おい、涼。どうしてサイン通りにスライダーを投げなかったんだ」と。
その日を境に、俺は徐々に部での立場を失っていた。先輩の最後の夏をサインミスで台無しにしたやつとして、まるで犯罪者を見るかのような視線を浴び続けた。
しかし俺は傷付きながらも、どちらかというと自分を責めていた。あのとき、サインを見間違えた。最も大事な局面で集中力を欠き、結果として、皆の夢をぶち壊してしまったのだ。
ある日の放課後。部活に行く前、俺は忘れものに気付き教室に戻った。
中からあいつの声がした。一瞬躊躇ったのち、今まで通り友として彼のところへ行こうとした瞬間、別のチームメイトの声が聞こえた。思わず、ドアを引く手が止まった。
「いやぁ、ほんと危なかったよ。俺のサインミスだったんだけどさ、咄嗟に涼のせいにして正解だったわ」
「酷ぇなお前。でも、あいつ調子に乗っててウザかったもんな。ぶっちゃけざまぁみろって感じ」
「な、やっぱお前もそう思う? あいつ、中学のときからずっとあんな感じでさ――って、そろそろ部活行かないと」
俺は逃げるようにその場を後にして、その日のうちに退部届を出した。相棒だと、友だと思っていたのは、最初から俺だけだった。
それからはもう野球のボールを見ることさえ辛くなった。野球なんて大っ嫌いだ。あんなクソスポーツ、二度とやるもんかと思ってたのに。
俺は誰も信じない。絶対に。信じて裏切られるぐらいなら、最初から一人でいい――。
***
「……」
会話のキャッチボール、とはよく言ったものだ。俺はずっと、会話をしているようで一人で壁当てをしていただけなのかもしれない。グラウンドの上でも、外でも。
今だってこうして勝手に自分の心の傷を晒し、この世界に来てからずっと助けてくれているオズに「信じない」なんて酷い言葉を投げつけて困らせている。沈黙がその証拠。だけどこれが俺の本心だ。俺はオズや他の皆みたいにチームプレーなんてできないし、したくもない!
ややあって、オズが言葉をゆっくり選別して紡ぎ始めた。
「ねぇリョウ。確かにあなたの過去は……その、とても気の毒だったと思う。でもね、私は今、心からあなたを助けたいと、生きて元の世界に帰すために協力したいと思ってる。その気持ちだけはどうか信じてほし」
「信じられるかよ! だってお前最初、インディアカが大事だからって断ろうとしたじゃねぇか!」
「それは……だけど、今は野球のことも本気で好きになり始めてて、」
「ハッ! 要するに、野球に飽きたらすぐに俺のことなんて捨てるってことだろ? 本性を現したな。部屋を貸して、優しいふりして、猫被ってんじゃねぇよ! お前も所詮あいつと同じ」
その先の言葉は掻き消された。突然、オズのケータイが着信を告げたからだ。
「……ごめん、ちょっと出るね」気まずそうに言うオズの顔を見て、後悔がどっと押し寄せる。
俺は今、オズに何を言おうとした? いくら頭に血が上ったからって、こんな……
「えっと、リョウ。ウィルから」
え?
どこか困惑した様子のオズからケータイを差し出され、俺はもっと戸惑う。ウィルが俺になんの用だ? おそるおそる受け取り耳に当てると、
「テメェ黙って聞いてりゃ、ふざけんじゃねぇぞ!!」
スピーカーから鼓膜を突き破らんばかりの怒声が飛び出し、脳を揺らした。
ていうか、黙って聞いてりゃ? ……あ。
そういえば、洗面台の下にも盗聴器が設置されていたことを、たった今思い出した。ウィルはとんでもないシスコンなのだ。大事な妹に理不尽に当たり散らされ、我慢できずに電話してきたってところだろう。
「何も悪くないのに、理不尽に当たり散らしやがって!」
その通りだ。さすがに弁解の言葉もない。無言で非難を待
「悪ぃのはその友だちとやらで、野球はなに一つ悪くねぇじゃねぇか! なにが『野球なんて大っ嫌い』だ! 思ってもねぇ嘘吐きやがって! 訂正しろ! そして謝れ、野球に!!」
「あぁ……あん?」
ちょっと非難の入射角が予想と違いすぎた。ぽかんとしている俺に、ウィルは烈火の如く怒鳴り続ける。
「俺はお前が大っ嫌いだ! 当たり前だろ! 出会ってたった数日の、傲慢で自分勝手で性根の曲がったクソ野郎を、どうやって好きになれってんだ! あぁん!? それにお前は俺たちから大事なインディアカの練習時間を奪ったんだ。野球なんて知らねぇもんをこの世界に持ち込んでな」
「そ、それは、三球勝負に勝ったくせにお前らが勝手に、」
「そうだよ! 俺たちは勝手に、自分の意志で野球を始めたんだ!」
ウィルは言い切った。あまりの迫力に、電話越しなのに思わずたじろいでしまう。それぐらい胸の奥にズンと響くような、強い言葉だった。
「インディアカを捨てるつもりは毛頭ねぇ。けどな、それと同じぐらい、野球ってスポーツが知られないまま終わっていくのはもったいねぇと思っちまったんだよ。なんでだかわかるか?」
上手く言葉が出ず、ただ首を横に振った。すると、それをまるでリアルタイムで見ているかのように、ウィルは続ける。
「あの三球勝負の日にオズが言った通りだよ。人間ってこんな速い球が投げられるんだってワクワクした。同時に、『こんな球を投げられるようになるまでこいつはいったいどれほど努力したんだろう』とも思った。お前、自分が投げてるときの顔見たことあるか? デカデカと書いてあったぜ、『楽しくてしかたねぇ』ってよ。そのおかげで気付いたんだよ。野球には、それだけ人を夢中にさせるなにかがあるんだってな。現に俺はもう、野球を好きになり始めている。
……だってのに、肝心のお前が野球の魅力を信じねぇでどうすんだよ!!」
おい聞いてんのか、言い返してみろよヘボ、と罵倒が続いているが右から左に聞き流す。否、勝手に流れていく。
耳元の音がゆっくりと遠ざかって、代わりに、胸の奥から別の音が溢れ出す。
バットがボールを叩き潰す敗北の音。
キャッチャーミットがボールを掴む勝利の音。
骨の髄まで染み込んじまった、忘れられるはずもない青春の音。
そうか、俺、そんなに楽しそうな顔で野球やってたんだな……
「リョウ」
オズの桜色の唇が開く。優しい微笑みをたたえて。
「私たちのことはまだ信じなくたっていい。だけどもう一度、野球を好きな気持ちを思い出して。野球の力を信じてほしい。きっと野球が、あなたを助けてくれるから」
オズの言葉に、頑なな氷がゆっくり溶けだしてゆくのを感じる。この世界に来てから。あるいはこの世界に来る前から。自分を守るために心の表面に張っていた、分厚く冷たい氷が。
あぁ。まだ、野球を好きでいていいんだ。
気付けばわんわんと無様に泣き出していた。そんな俺の頭を胸に抱き寄せ、よしよし、とまるで子どもをあやすように撫でるオズ。
「ふふ、やっぱり素直なリョウは可愛い」やっぱり? は? さすがに恥ずかしすぎて涙が引っ込む。羞恥心とかないのかこいつは。「も、もう大丈夫だから」とそっと細い肩を掴んで、身体を引きはがす。
「おい! 勝手になにやってんだ! オズに触るな!」
オズは俺と目を合わせ、もう一度微笑んでみせた後、俺の手の指を一本一本剥がして優しくケータイを受け取る。そして、ウィルの阿鼻叫喚の声が聞こえるスピーカーに目をやった。
その顔は――瞬間氷結されたように凍り付いていて、俺はウィルの最期を悟った。
「ところで、話があるから今すぐ家に来なさい。お兄ちゃん」
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翌日。寝坊して少し遅めに起きると、すでにオズの姿はなかった。リビングの机の上に、この家にお世話になり始めて以来一番手が込んでいるであろう朝食が並んでおり、「温めて食べてね」と書き置きが添えてある。
普通サンドイッチは温めないだろ。いや、温めるんだっけ。どうだったかな。文化の違いなのかそうじゃないのかよくわからないが、冷たいままとりあえず一口食べてみる。「美味っ!」驚いて声が出る。具はサバの身をほぐしたものだろうか。夢中でほおばっていると、なぜだかまた涙が溢れてきた。
スポーツウェア(ウィルが家に置いていったものを借りている)に着替え、駆け足で王城の庭に行く。一秒だって時間を無駄にしたくなかった。
「おい、おっせぇぞリョウ!」
練習場に着くと、ウィルがプリプリと怒っている。別に来ると約束した覚えなんてないのに、理不尽なことだ。
「早く野球を教えなさい。まずは打撃練習ですか? それとも守備練習ですか?」
右手にグローブ、左手にバットを持ったジョナーが言う。澄ました顔して、まるっきり野球を始めたての小僧じゃないかと苦笑してしまう。
「ねぇ。私たちに、野球を教えて。リョウ」
オズがキラキラとした瞳を向けてくる。この前とは別の意味でまぶしすぎる。不意に、彼女に対して抱いていたある種の劣等感みたいなものが、綺麗さっぱり消えていることに気付く。
俺は意を決して皆を見渡した後、口を開く。
「……俺はお前たちを信じられない。今は、まだ」
「うん」
「けど、俺と一緒に野球をやってほしい。俺も教えるから、お前らも俺に教えてくれ。野球の魅力を」
「うんっ!」
雲一つない青空を背にして、オズと皆の笑顔が弾けた。
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なーんて爽やかな感じで始まった一日だったが、俺たちはいきなり価値観の違いでぶつかった。
まずは正式なポジション決め。ソフトボールチームとの試合はあくまで暫定。これからはある程度ポジションを固定し、しっかり動きを身に付けるべきだというところまでは、俺も彼女らも同意見だったのだが……
「だから、どうしてジョナーがキャッチャーじゃないのさ。グラウンド上の監督、彼以外に務まるとは思えないんだけど」
暫定捕手のロブが言う。肩の強さを見込んで抜擢したのだが、俺の相棒役が相当お気に召さないらしい。
「言っただろ。ジョナーは左利きだ。プロ野球に、左利きの捕手なんて一人もいない」
「なぜ? その理屈を説明してほしいと言ってるんだけど」
「えっとだな……」
そういえば、しっかり考えたことってなかったな。俺はどこかで聞きかじった理論を記憶の隅から引っ張り出す。
「まず、打席に右打者が立っている場合、盗塁をされたときに二塁への送球が打者と重なってしまい難しい」
「? 左打者のときは、逆のことが言えるんじゃないの?」
「……さらに、三塁盗塁された場合も、身体を捻らずに投げなければいけないから不利だ」
「そうかな? 言うほど大差なくない? それよりも、僕とジョナーのリードでつく差のほうが、素人目にはずっと大きいと思うんだけど」
「…………極めつけは、本塁で走者を刺す場面。左利きの場合は右手のミットで捕球をするから、走者をタッチにいくときの手が右利きよりも遠くなってしまう」
「君の球とジョナーのリードがあれば、そんなシチュエーション自体がほとんど来ないと思うけど」
普段は温厚な顔して、なんてしつこいやつだ。「とにかく!」俺は話を締めにかかる。
「左利きの捕手なんて、俺のいた世界のセオリーには存在しないんだよ!」
自分で言った後で、気付く。これじゃソフトボールチームとの試合のときと同じじゃないか。やつらは俺の世界には存在しない戦術で攻めてきて、俺は全く対応ができなかった。対応したのはジョナーだ。
気まずくてなにも言えないでいると、俺の心情を察したようにオズが言葉を引き取る。
「ジョナーはどう? 結局、ジョナーがやりたいかどうかが一番じゃないかな」
急に話を向けられると、他人事のように黙っていたジョナーが静かに口を開く。
「別に自分のことをグラウンド上の監督などと騙るつもりはないですが……リョウの球の最大限の威力を引き出してみたいと、一選手として、純粋にそう思います」
「だってさ。どうする? リョウ」
「……」
「決まりみたいだね」
こっぱずかしくて黙っていただけなのに、勝手に決まってしまった。そう、俺は黙っていただけだ。別に賛同したわけじゃない。と、誰にともなく、また必要もない言い訳を、頭の中で繰り返す。
まぁ、決まってしまったものはしかたないので、新しい相棒とできる最大限を目指すしかない。それが野球だ。
「やりたいかどうかの話をするなら、オズの内野転向も考えるべきだろ。なぁ? お、オズ?」
「……」
今度はウィル。なんだかいつも以上に気を遣っているように感じるし、オズも妙によそよそしいが、誰もなにも尋ねない。
気まずい空気に耐えられず、今度は俺が話を引き取る。
「真面目な話、女子選手の最も大きなハンデは肩の強さの違いだと、俺は思う……もちろん、今さらオズが女だからダメなんて言うつもりはない。が、現実的に考えると一番良い配置は、送球機会が最も少ないファーストになるな」
「うーん。別にそれでも私はいいけど……」
「送球だけ誰か代わりにやったらいいじゃん」
なんとも無責任な発言の主はバーリー。ビュンビュンと凄い音でバットを振り回し、「早く練習させろ」と無言の圧をかけてきている。
「んな非現実的なこと言われても」
「……そうでしょうか? 例えば、オズがショートだとしましょう。ショートに打球が飛んだ瞬間に、両隣のセカンドかサード、どちらかがフォローに入る。オズは捕球と同時にフォローに来た選手にボールをトスして渡し、代わりに送球してもらう」
「……!」
俺はふと思い出す。プロ野球で名コンビと呼ばれた二遊間の代名詞的なプレーの一つに、似たようなものがあったことを。
「もちろん、ランナーの状況などでそれぞれのベースに入らねばならないこともあるでしょうから、かなり緻密なプランを作成し、実際に練習して動きを身体に叩きこまねばならないでしょうが。どうですリョウ。実現可能性は?」
「……悪くないアイデアだ。考える価値はある。それに、」
「それに?」
「この世界には野球という文化がない。俺たちが一から作った野球が、この国のスタンダードになるなんて夢があるかもな、……って……」
「ふぅん」
「な、なに笑ってんだよお前ら……」
「ほんと、誰かさんにそっくり。ね、アレク?」
「……うっせぇよジャック」
「?」
よくわからないが、こちらも話がまとまった。
それにしても、さっきのはとても自分の口から出たとは思えない言葉だ。自分で言って驚いている。
きっと、彼らの柔軟な発想にあてられて、俺の中で何かが変わり始めている。そんな悪くない予感がした。
/
ポジションが暫定で決まった後、いよいよ実践で練習……ではなく、練習メニューそれぞれに割く時間の割合で対立する。主に俺とジョナーが。
「バッティング練習の時間が長すぎます! それよりまずは堅実に守備の練習を、」
「だから! 俺がフェアゾーンに球を飛ばされなければ済む話だろ! それより点を取る練習をしたほうが、」
「相変わらずその自信はどこから来るんですか! この傲慢の化身め! だいたい、なんですかこの練習の最後の『三球勝負』という項目は!」
「前にやった三球勝負を毎日やるんだよ。それが一番の打撃練習だろ」
「それあなたが三振取って気持ち良くなりたいだけでしょう? あんな球をまともに打つ練習をするより、この前のソフトボールの試合のように工夫して一点を奪い、守り勝つほうが確実だし面白いです!」
「馬鹿言え! 野球の華は三振かホームランなんだよ! そんなこと常識で」
「だから、あなたの世界の常識など知りません! 我々は」
「だーもううっさいな! どっちでもいいからさっさと走塁練習をさせろ! 俺はとにかく走りてぇ!」
「ちょっと、ウィルまで混じらないでよ! 三つ目の案を出さないで!」
もうめちゃくちゃだ。打撃練習推進派の俺と、守備練習推進派のジョナー、そこにとにかく走りたい(走塁練習がしたい)ウィルの第三勢力まで現れて話がまとまらない。
なんとか仲裁しようと頑張るオズ。
誰の味方に付いていいかわからず困惑するようなロブ。
もう一人で素振りばかりしているバーリー。
無言で何かを言っているアル。
アルの言葉に耳を貸しつつたしなめるジャック。
早速チームがバラバラだ。そんなとき、ある男が口を開いた。
「……俺はやりてぇ。三球勝負」
「アレク?」
意外な一言に、ジョナーが押し黙った。アレクは続ける。
「ジョナーが言うような緻密な野球も面白ぇと思う。けど、俺は細かい理屈抜きに、リョウのあの球を遠くにぶっ飛ばしてやりてぇ。真っ向勝負で捻じ伏せてぇ。負けっぱなしは性に合わねぇんだよ」
「……なるほど。では、練習の最後の三球勝負は毎日行うことにしましょう」
ジョナーはあっさり自分の意見を曲げた。
「おい! なんでこいつの言うことは聞くんだよ」逆に納得がいかずに嚙みつくと、ジョナーは「仲間の意見に耳を傾けるのは当然です」と平然と言いやがった。あっそ、俺はまだ仲間じゃないもんな。別にいいけど。
おとなげなく不貞腐れていると「それに、」とジョナーが続ける。
「そういうところに魅力を感じる人もいるのか、と素直に思っただけです。僕もまだ野球の一面しか見えていなかったようですね」
しおらしいジョナーの言葉に俺も思い出す。走攻守、全てで野球なんだ。だったらまず、全部同じ時間ずつやってみればいい。その後に何が必要か、どこを強化するべきか、また話し合う。それでいいじゃないか。なぜなら俺たちは、まだ始まったばかりのまっさらなチームなんだから。
「あぁそうそう。もう一つ聞いておきたかったんですが、」
ジョナーが再び声を上げる。なんだよ、綺麗にまとまりそうだったのにまだ何か文句あるのか。
「以前のソフトボールチームとの試合前に打撃練習していたとき、あなた一人で投球練習ばかりしていましたよね? あれはどういうことですか? なぜあなただけが打撃練習をサボっているのかと、少々不思議に思っていたもので」
「あぁ。あれは別にサボっていたわけじゃ……俺のいた世界では、投手は打撃練習をせずに投手としての調整だけに集中するのがセオリーなんだよ」
「本当に? 誰一人例外なく?」
「嘘は吐いちゃだめだよ、リョウ」
「サボりは感心しねぇなぁ」
「な、なんだよロブ、ウィル」
「…………」
「アルはなんて?」
「『目は口ほどに物を言うなぁ』だって」
「お前にだけは言われたくない」
露骨に疑いの目を向けて来る面々に、俺はつい目を逸らす。こいつら、エスパーかなにかか?
ともあれ、噓はいけない。高校生までならそれなりに打撃練習もするし、プロにもたった一人例外が存在する以上、異世界人に言わせれば俺のやり方はサボりになってしまうようなので。
「わかったよ……俺も打撃練習すりゃいいんだろ。ったくもう」
そうしてようやく、俺たちは初めてチームとしてのスタートラインに立った。




