3回、初試合
翌日から早速野球指導が始まった。もちろん場所は、だだっ広いだけで何もない城の庭だ。結局あの後正式に(一時的な)野球チームを結成し、練習を始めることになった。それに際し、金がない俺に寝泊まりする家まで手配してくれた彼らには癪だが感謝するしかない。
……ないが、一人暮らしのオズ家の空き部屋というのはどうなのだろう。いくら他のやつのところに空きがなかったからとはいえ。
なんならウィルとか嘘だと思う。「オズの家だけは反対!」とか言うくせに「俺ん家は彼女がいるからさぁ。てか捨て置けよこんなやつ」とか宣いやがった。あんなやつに恋人がいるはずない。絶対。
で、オズ自身の強い要望もありご厚意に甘えることとなったわけだが。「オズになにかしたらぶっ殺す」と渋々了承したウィルと、「本当にウィルはオズにだけは甘いですね」と苦笑いするジョナー。二人ともずっと銃口をこちらに向けたまましゃべっているものだから、正直生きた心地がしなかった。誰か、俺にも少しでいいから甘さを分けてくれないだろうか。
閑話休題。
「えーっと、つまりまとめると。野球は最低九人からで一チーム。表と裏で攻撃と守備を入れ替え、九回ずつ繰り返す。この間俺がやったのが守備側の投手というポジションで、」
「うんうん! 他には?」
「……他には、投手の球を受ける捕手。打たれた球を取るための一塁手、二塁手、三塁手、遊撃手、左翼手、中堅手、右翼手。図で説明すると、」
「わぁ、面白そう! ねぇねぇリョウ! 私、どこがいいかな!?」
「そ、そうだな。それは後のノックで各々の適性を見て……」
正直、今の俺にはオズのこのキラキラした瞳はまぶしすぎる。やめてほしい。彼女に対して抱く、ほの暗い感情が際立ってしまう気がするから。
「百聞は一見に如かず、です。とりあえずキャッチボールと、それからノックとやらをしてみましょう。グローブというのはこれですね?」
思いの外前のめりに、ジョナー。こいつなら「まずはルールの暗記です!」とでも言うかと思っていたが。
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期待した通り。いや、期待した以上に。全員、筋がいい。まずはキャッチボールをやらせてみたが、キャッチングに関して言えば、ボールを手で捕らえる感覚というものが最初から備わっているように思える。わからないが、例のインディアカなる球技で培われたのかもしれない。
送球のほうも、最初はばらついていた印象だったが、すぐに正確な球がちらほら見られ始めた。肩の強さも申し分無さそうだ。ただ一人を除いては。
続いてノック。ポジションは決まっていないため、全員縦一列に並べ、交代で「ゴロ」「ライナー」「フライ」と順番に打って適性を見ていく。ここではさすがに全員横一線といった感じではない。ゴロ、とりわけショートバウンドの捕球に関しては各々の得手不得手が如実に表れている。まぁインディアカはバレーボールのような競技だと言っていたし、そもそも「地面にバウンドした球を捕る」という動作に不慣れなのだろう。
フライに関しても、内野フライ程度の小さな打球は皆問題なく捕球できるものの、外野フライのような大きな打球になると目測を誤るやつが出てくる。特にバーリー。逆に、どんな球も魔法のようにグラブに収めてしまうのはオズ。彼女の運動神経だけは、認めたくないが明らかに抜きんでている。
一時間ほど汗を流した後、休憩を挟む。
「ふっ、やっぱり俺が一番センスがあるよな」
「寝言は寝てから言いなよアレク。どう考えても僕が一番、」
「ははは、ジャックって意外と負けず嫌いだよね」
「そういうロブは誰が一番だと思うんだよ?」
「えーっと、皆一番でいいんじゃないかな」
「そんな嘘っぱちの謙虚は必要ありませんよ。スポーツに関して嘘を吐くのは僕の主義に反します」
「…………」
「おいお前ら、アルも『俺が一番だ』って主張してるぞ。地味に」
「ウィルは誰が一番だと思います?」
「もちろん俺……」
「スポーツに関して嘘を吐くのは、」
「うっせぇなお前は! わぁってるよ!」
「あーもう! 収集付かないしここは間を取ってこのバーリー様が一番」
「「「「「「「それはありません(ありえない)(ないでしょ)」」」」」」」
「ハァ!? 満場一致!?」
充実した表情の皆を見て、とりあえずは安堵の息を吐く。が、ニコニコと皆を見守るオズの姿が目に入るとなぜか苛立ちが募りる。目が合ってしまった。「なに?」と首を傾げたオズを無視し、すぐに目を逸らす。寂しそうな顔は見なかったことにする。
……ひとまずだ。何もなかった土壌に発芽した野球の種。しかし問題はどうやってこの種を育てるか、だ。ただ九人だけ野球が上手くなったところで国技にはできない。「目的を達成するにはまず、競技人口を増やすことですね」というのはジョナーの言葉。どうする? 昨日と同じように、この世界の他の競技者を力ずくで屈服させるか? 俺が無理やり野球に転向させる担当をし、その後の技術指導をこいつらに任せられれば。
そんなことを座りながらボーッと考えていた矢先だった。
「すみませーん。ボール取ってください」
遠くから友好的な声が聞こえた。他にもここでスポーツをやっているやつらがいるのだろうか。どうやらこの国では、王城は本当に庶民の公園感覚らしい。俺はさっきまでの考えを一旦は打ち消し、素直に足元に転がってきたボールを投げ返そうと拾い上げた。
そのとき、
「え」
野球のボールより二回りほど大きなその白球に、俺は見覚えがあった。弾かれたように顔を上げると、そこにはバットを担いだ青年と、グローブをはめた男女数十名の姿。間違いない。立ち上がり、投球フォームに入る。
野球の基本的な握りである人差し指と中指、それに加えて薬指を使ってボールを支える。へその前で構えた状態から、大きな左足のステップとともに右腕を時計回り、すなわち野球の投球とは逆方向にぐるりと一回転。
ウィンドミル投法。俺のフォーム、そして放ったボールをポケっと見送りながら、やつらは馬鹿みたいに口をパクパクする。どうやら俺たちが持つバットやグローブにも気付いたらしい。
「あんたたち、もしかして『ソフトボール』のプレイヤーか?」
先頭の男が口を開いた。
「違う」俺は逆に問い返す。
「あんたたちこそ、野球って知っているか?」
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このダイヴァー国で唯一のソフトボールチームなんだと、キャプテンのガルシアという男は語った。普段は町はずれの狭い公園でひっそり練習をしているが、今日はたまたま国王から招待を受け、広い敷地をグラウンド代わりに紅白戦をしていた。らしい。
「へぇ、君たちがやっているのはヤキュウというのか。せっかくソフトボール仲間が見つかったと思ったのにな」
「親戚のようなものさ」と応えると、ガルシアは人好きする柔和な笑顔を浮かべる。ハハと笑い返し、ちょうど今思いついた提案を口にする。
「俺たちと試合をしろ。負けたほうが相手の要求を一つ飲む、という条件で」
穏やかな空気にヒビが入る音がした。悪いな。あいにく俺は、親戚の集まりは面倒臭くて嫌いなんだ。
「おいテメェ何言ってんだよ! す、すまねぇあんた。こいつ、礼儀知らずのクソ馬鹿野郎で」
「申し訳ありません! 彼は不躾の権化なのです。どうか、お気を悪くなさらず……」
「い、いや。別に構わないけどさ」
ヒビだけじゃ足りなかったようだ。だったら、穴をブチ開けてやる。
「いいことを教えてやろうか? 俺のいた異世界ではソフトボールは野球の派生競技。女こどもがやるための、野球の下位互換なんだぜ」
「……おいお前、今なんと? 異世界だかなんだか知らないが、ソフトボールが他のなにかの下位互換だなんて話は、聞いたことがないな」
「女がやるから下位互換? ねぇリョウ、それってどういう意味かな」
狙い通り食いついてきた。
もちろん、本気で下位互換と思っているわけではない。あくまで勝負の場に引きずり出すための撒き餌だ。余計な獲物も一匹くっついてきてしまったが。
生き返るため、俺にはなりふり構っている時間はない。
「ルールは俺たちのほうがソフトボールに合わせてやる。その代わり、三日だけ練習時間をくれ。どうかな? 悪くない提案だと思うんだけど」
仲間たちから批判と反対の声が上がるが、もはや相手の怒りのほうが収まらない。
「わかった、いいだろう。叩きのめして、土下座しながら『野球はソフトボールの下位互換です』と言わせてやる。せいぜいプライドを捨てる練習でもしておくんだな」
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「ねぇ、どういうつもり? リョウ」
家に帰ってすぐオズが尋ねてきた。その声色には隠すつもりすらなさそうな怒りが滲んでいる。
木造の古風な一軒家は、初めから一人暮らしをする前提にしては少し広すぎるように感じられた。現に俺が借りている部屋はパッと見綺麗に整頓されているものの、リビングの可愛らしい内装と比べて統一感のないモノクロの雑貨や、男物のファッション雑誌がぎっしり詰まった本棚など、わずかに、けど確かに、別の何者かの生活の名残を灯している。
そんな部屋の中央で、オズは腕組みをして仁王立ちしている。
俺は面倒になりそうな雰囲気にため息を一つ落とし、昼間の話の意図を説明する。
「三日もあれば、お前たちのセンスなら十分試合になるだろう。それに俺は小学生時代だけだけどソフトボールの投手経験もあるし、あいつら程度なら、」
「そんなこと聞いてないよ。なんであんな条件を課したのか、って言ってるの。わざわざ喧嘩腰にしなくたって、彼らならきっと喜んで試合を受けて、」
「うるさいな。そんなの、勝ってソフトボールから野球に転向させるために決まってんだろ」
「……またそんな方法で、無理やり競技人口を増やすの?」
呆れたように部屋を出ていったオズ。数分後、温かなコーヒーをお盆に乗せて戻ってきた。「カップは兄が置いていったやつしかないから、それで我慢して! 砂糖は二個でいい!!?」と頬をぷっくりと膨れさせたまま聞いてくる。全く、律義な女だ。それと、ここはどうやら元々オズのお兄さんの部屋だったようだ。
「命がかかってるから必死なのはわかるよ。でも、そんなふうに勝って無理やり従わせるようなやり方で、本当に国技にできるのかな」
「じゃあ、他にどんな方法があるっていうんだよ」
「もっと普通に野球の魅力を伝えて、自分から始めてもらうの」
「そんな悠長をしている時間はないんだよ。だいたい、それができるなら最初から」
「人からやれって言われたってやる気は起きないじゃない? でも、自分からやりたいと思ったことなら頑張れる。そうやって好きの輪を広めていくことが、国技への一番の近道なんじゃないかな」
「だから、そんな理想論に付き合」
「そうだ! 今から野球の面白いところをできるだけたくさん書き出してみてよ! 私も手伝うからさ!」
だめだ。やっぱりこいつ、人の話を全然聞かない。真面目に答えるだけ時間の無駄だ。
……それに。
「そんなもんねぇよ」
「ほら、ここに紙とペンが……え?」
「野球の魅力? ねぇよ、そんなもん。俺は生き返るためにしかたなく野球をやっているだけだ」
「リョウ?」
何か言いたげなオズを強引に部屋から追い出し、鍵をかける。机の上に取り残された、とっくに冷めてしまったミルク色のコーヒーを一口すすると、苦さだけが口内を満たした。
/
試合当日はあっという間にやってきた。この三日間、俺はチームメイトの頭に野球のルールとセオリー、身体に技術をみっちりと仕込んだ。全員大いに不満げではあったが、練習にはおおむね真面目に取り組んでいた。このスポーツに対する異常なまでの真摯さは、おそらくそういう国民性なのだろう。実に都合がいい。
「ガルシア。約束は覚えてるな?」
「もちろんだよ。そっちこそ、負けた後ショックで記憶喪失になったりしないでくれよ」
「ショックで記憶喪失、ねぇ。だったら気を付けないとな。相手の土俵であまり一方的になぶり殺しにして、ショックを与えすぎないようにしないと」
「! どこまでも馬鹿にしやがって……」
試合前から一触即発の険悪なムード。って、そうした俺が言うのもなんだが。
「リョウ、お前ほんといい加減にしろよ」ウィルが俺の胸倉に掴みかかる。俺はそんなウィルにそっと耳打ちしてやる。
「そんなことしていいのか? お兄ちゃん」
「……は?」
「お前、オズの兄貴なんだろ? 借りてる部屋のデスクの裏から、お前とオズのツーショット写真が出てきたよ」
「だったらなんだよ。なにを勝ち誇って、」
「あぁ、そうそう。こんなものも見つけたよ」
「……っ!」
ウィルの顔色が一気に青ざめる。
俺がウィルに見せたもの。それは――部屋に隠されていた盗聴器。
「他にもいくつか見つけたよ、盗聴器。それから隠しカメラ。ついでにファッション誌の間に挟まってた、兄妹モノのエロほ」
「テ、テメェ! それオズには」
「言ってない。が、お前の態度次第ではどうなるか。わかるよな?」
ウィルは胸倉から手をそっと離す。そして、皆を見渡して真剣な顔で言った。
「とにかく、試合は真剣勝負だ。リョウを生きて元の世界に帰すため、力を合わせて頑張るぞ!」
「? どうしたの、頭ぶったの? ウィル」
オズのキョトンとした困り顔に、ウィルはハハッと乾いた笑いで返した。
/
「じゃ、スタメンを発表するぞ」
そのたった一言で場にわかりやすく緊張が走る。この瞬間は世界が変わっても同じなんだなと新しい発見に感心しつつ、俺は練習を元にはじき出した勝利への最適解――スタメンを、小石で芝を削り書きつづった。
ピッチャー・オレ
キャッチャー・ロブ
ファースト・ジョナー
セカンド・ジャック
サード・アル
ショート・アレク
レフト・バーリー
センター・ウィル
ライト・オズ
「おお」という感嘆の声と「ん?」という疑問の声が同時に上がる。
最初に口を開いたのはロブだ。
「僕がキャッチャーなのかい?」
「そうだ。お前は肩がべらぼうに強い。キャッチャーに必要な盗塁阻止の要素を兼ね備えている。ソフトボールは野球と比べて塁間が狭いが、その代わり走者がリードを取ることもできないから、お前なら十分に刺すことができる。キャッチングもまぁ及第点だ」
「いや、それは理屈としてわかるんだけど、」
ロブは申し訳なさそうに、しかし明確に反論の意志を見せる。
「確か君の話では、キャッチャーに大切な要素として球種やコースを決める『リード』というものがあったよね? キャッチャーは司令塔であり、グラウンド上の監督だって。だったら、僕らの中で最も適任なのはジョナーしかいないよ。彼の頭脳とリーダーシップはキャッチャーでこそ生きるはずだ」
「それなら問題ないよ。球種もコースも全部俺が指示を出すから。お前は言われた位置にミットを構えるだけでいい」
「なんだって」
今度はよりはっきりとした敵意を感じた。ロブから。そして、他のチームメイトからも。
「それじゃあダメだよ。君のひとりよがりだ。チームプレーじゃない」
「チームプレー? たった三日練習をした程度で野球のことを知ったつもりか? ジョナーが俺より優れたリードをできるわけがない」
「今はそうかもしれないけど、まずは経験を」
「なにより。ジョナーは『左利き』だ。左利きは投手、外野手、あとはせいぜい一塁手しか守れない。それ以外は不可能だ」
「なぜ? そんなのやってみなきゃわからないじゃないか」
「今、セオリーを説明している暇はない。とにかく、今日のキャッチャーは俺の球を捕るだけの壁でいい」
「……そうかい。一旦、君の考えはわかったよ」
人の良いロブとは思えない、しんと冷えた声だった。
どうでもいい。別に、馴れ合いをしにチームを組んでいるわけじゃない。
「あの、私からも一ついい?」
「なんだ、オズ」
「私は、できれば内野をやってみたいんだけど」
「あぁ、それはダメだ。確かにゴロ捕球のときのお前のグラブ捌きは抜群に上手い。だけど女だ。致命的に肩が弱い。内野……特にある程度強い送球が必要なサード、ショートは任せられない」
「むしろ外野こそ肩の強さが必要って、あなたから聞いたはずだけど」
「安心しろ。今日は外野に打球は飛ばさない。守備機会は訪れない。だから、一番期待できない三人を外野に置いた」
「ハァ!? ちょっと待」
「ちょっと待て!」
レフトスタメンのバーリーの言葉を遮ったのは、センターのウィル。
「俺とバーリーが現状一番ヘタクソなのは認める。だけど、」
「ハァ!?!? お、お、俺下手じゃねぇし!! だいたい」
「黙ってろバーリー!」
ウィルはバーリーを一喝するが、もちろん怒りの矛先が向いているのは俺だ。ウィルはいつもの短絡的な態度を潜め、言葉を選ぶように絞り出す。
「オズはこの中の誰よりもスポーツの才能がある。実際、インディアカの試合で俺たちがどれだけこいつのプレーに救われてきたか、お前知らねぇだろ。それなのに、女だから? お前の世界の常識なんて知らねぇけどよ、一番期待できないという言葉だけは取り消せ。今すぐだ」
「言っただろ。野球は本来男女別でやるスポーツなんだよ。センスがあるのは認める。だけどそれだけでは埋められないほど、身体能力で差が付くのが現実なんだよ。野球っていうスポーツは」
「……もういい。話にならねぇ」
俺とウィルの間を冷たい風が通り抜ける。思わず目を閉じた後、再び開いた視線の先にはすでに俺に背を向けてセンターの守備位置へと走るウィルの姿があった。
「………………」
「何か言いたげだな。アル」
アルがいつものように無言で俺をにらみつける。「通訳しましょうか?」親切の仮面を被って、ジョナーが口を開いた。
「『お前はチームワークを何もわかってない』。それと、」
少しの間を空け、ジョナーはアルからのもう一つの伝言を置いて一塁守備に向かっていった。
「『この試合負けるぞ』だそうです」




