2回、三球勝負
「神ではないダイヴァー国王だ。ここではな(ぼそっ)」
人を食ったようなニヤケ面を前に、俺はガックリと頭を垂れた。嫌な予感が当たってしまった。
「それで? お前はその『野球』なるスポーツをこの国に広め、国技にするためにやってきたと?」
「……そうです」
しらじらしい物言いに怒りが爆発しそうになるが、ここはグッとこらえるしかない。体裁上、俺はあくまで突然空から降ってきて異世界人を自称する、怪しげな侵入者だ。
それにここでことを荒げるのは建設的ではない。神=国王であるのなら、話は早いじゃないか。
「あの、なんとか野球をこの国の国技に指定していただけませんかね」
そう。この男が一言野球を国技にすると言えば、それで俺は生き返ることができるのだ。
神、もとい国王はわざとらしくうぅむと唸った後、小指を鼻の穴に突っ込みながら、
「うん、無理」
「なっ! ……ん、でですか?」
「諸君。野球って何か知ってる?」
国王はオズ一行に話を向ける。
「いえ、全く!」
小学生みたいに元気に、オズ。
「いえ! 毛ほども!!」
何を企んでいるのか、背筋をまっすぐ伸ばして殊勝な態度で、ウィル。
「ヤキュウ、野球……もしかして、ベースボールのことでしょうか?」
額に指を押し当てつつ、記憶の際の際をつつくように、ジョナー。
……え!?
「そうだよ! それそれ!」
「僕のデータによると確か、我らがダイヴァー国でははるか昔に衰退したマイナースポーツですね。それこそ隣国のアゼリアでは、まだそこそこ盛んなようですが」
「なん、だと?」
風向きが急に怪しくなる。ウィルが「テメェ、やっぱりアゼリアのスパイじゃねぇか!」と叫び、俺を組み敷く。日頃からよほど鍛えているのか、見かけ以上にすごいパワーでろくに抵抗もできない。
「俺がスパイを捕まえました! 国王様!」なんのアピールだ。そんなの見ていればわかる。スパイじゃないけど。
「まぁまぁ、落ち着きたまえワトソンくん」
「ウィリーです」
「落ち着きたまえ、ウィリーくん」
国王は軽い調子でウィルをたしなめると、俺と目を合わせてフンと鼻を鳴らす。
「そこの眼鏡の少年は少しだけ知っているようだったが……他の者、おそらくこの国に住むほとんどの者が、野球などというスポーツは名前すら知りもしないのだ。そんな現状で、国王が鶴の一声で野球を国技に任命する。そんな暴政が許されるだろうかいや許されない」
「……」
「この際アゼリアのスパイか否かは置いておき。その野球とやらが多くの国民に認知される人気スポーツとならない以上、君の言う『野球を国技にする』という目標は果たせないのだよ」
/
その後、国王は「すまぬが、ウンコが肛門から出たがっている」「ドント・ストップ・ミー・ナウ」などと宣言してそそくさと退席してしまったので、王の側近、セバス・チャンに半ば強制的に城を追い出された。「あんのクソ暴君、報奨金払いたくないからって逃げやがった」とグチグチ言うウィルと、ついでに野球用具一式を引きずって帰る一行。
「で? リョウはなんでそのヤキュウっていうのを国技にしたい
気まずい空気を打ち破り、というか気付かないかのように、オズが話しかけてきた。
……そうだ。こちらの事情を話せば彼らは協力してくれるかもしれない。なんせ人一人の命がかかっているのだ。
俺は自身が元の世界で交通事故に遭い、現在意識不明の重体であること。神(ややこしいので国王と同一人物であることは伏せた)との取引で、野球をこの国の国技にできなければ死んでしまうこと。期限はわずか半年しかないこと。ありのまま全て話した。
「頼む。協力してくれないか?」
「無理だな」
「無理ですね」
即答したのはウィル。そしてジョナー。こいつら……! 俺は縋るように他の面々にも目をやる。だが各々、興味なさそうだったり、鬱陶しそうだったり、申し訳なさそうだったり。様々な顔をしながら、一様に視線を逸らす。
「お、オズ」
無意識に最後に頼ったのは、初対面から優しかったそばかす顔の彼女。
「……ごめんなさい」
「え」
俺はどこかで期待していた。ウィルやジョナーたちはともかく、最初から比較的俺に友好的だったオズなら、きっと助けてくれるはずだと。
しかし、突き付けられた明確な拒絶。「なんで」掠れた声を漏らした俺に、オズは説明してくれた。
「あのね、この国になんで国技がないかわかる?」
「……わかるわけないだろ。よそ者なんだから」
「そうだよね。えっと、このダイヴァー国はね、『スポーツ大国』って呼ばれるほどスポーツが盛んなんだ。テニスやサッカー、水泳、陸上……皆いろいろな種類のスポーツをしてるの。それこそ、それぞれが国技になることを目指して」
「……」
「私たちは八人は幼い頃から『インディアカ』をずっとやってる。まぁ、まだまだ全然マイナーなんだけどね。でも、インディアカが一番っていう誇りを持って国技を目指してるの。だから、協力できない。ごめんなさい……」
そう言ったオズは本当に悲しそうで。決して人の命を軽視しているわけではない。
ただ、それにも勝るほどこの国では「スポーツ」というものが大切で、誇らしい文化なのだ。彼女の痛ましい表情を見ているだけで、それが身に染みて理解できた。
だったら俺は。その誇りを、力ずくでへし折るしかない。
「……俺と野球で勝負しろ」
「あん? 何言ってんだテメェ。オズの話聞いてなかったのか。俺たちはそんなもん眼中にねぇんだよ、バーカ」
「怖いのか?」
「は?」
「負けるのが怖いのか? 異世界人の俺に、スポーツで負けるのが」
「見え透いた挑発です。無視しなさいウィル」とジョナーが呆れたようにたしなめる。だが俺はウィルだけを見据え、馬鹿にしたふうを全面に押し出し唾を吐く。
「……上等じゃねぇか」
「ちょ、ちょっとウィル!」
「やめなさい!」
「こいつ、スポーツで俺に勝てる気でいやがる。気に食わねぇ」
かかったな、バーカ。俺は最初からウィルだけに標的を絞っていた。短気でプライドの高そうなこいつなら、どんなに安い挑発でも乗ってくるだろうと。
「勝負のルールを説明しろ。とりあえず、話だけは聞いてやる」
/
城の外壁を小石で削り、四角い円を描く。ストライクゾーンだ。
普通なら怒られてしかるべきだが、あの国王のことだ、これぐらいは最初から見逃す腹づもりだろう。
「いいか。野球の道具は主に三つ。バットとボール、そしてグローブだ。今回の勝負では、バットとボールだけを使う」
「バットとボール?」
「あー、ボールはわかるだろ? 野球はいわゆる球技で、これが野球のボール。で、こっちの金属製の棒がバットだ」
「エッッッ!?」
突然、オズが驚いたような声を上げた。なぜか頬を赤らめている。
「なんだよ、オズ」
「た、球と棒を使うスポーツ、なの?」
「……で、勝負のルールだが、」
俺はツッコミを放棄した。
「俺はこの外壁から一八メートルちょっと離れた場所から、あの四角の中にこのボールを投げ込む。お前は四角のすぐ横に立って、バットを振り、ボールに当てる。細かいルールはもっといろいろあるが、簡単に言えばそれだけだ」
「ふん」
「勝負は一人三球。ちなみに本来なら、バットに当てたうえで正面約九〇度の『フェアゾーン』と呼ばれる場所、もっと言えばその中でも『ヒットゾーン』に飛ばさなければお前の勝ちにはならないが、今回はバットに掠りさえすればいい。ついでに俺があの四角の中、『ストライクゾーン』に投げ込めなかった場合も、俺の負けだ。初心者相手だ、ちょうどいいハンデだろ?」
「ほう……言うねぇ」
完全にブチギレモードのウィル。対して、ジョナーは冷静に問う。
「一人三球?」
「俺がお前たち八人、一球も掠らせることなく三球あの枠内に投げ込めたら、全員俺の野球チームに加入しろ。男どもは選手、オズはマネージャーとしてだ」
「なにを馬鹿な! 先ほども言ったように、我々にはインディアカが……」
「もし一人にでもバットに当てられたら、俺の負けでいい。そのときはおとなしく死んでお前らのインディアカ普及のためにコキ使われてやるよ。それでも嫌なら、ウィル一人見捨てて残った七人だけで続ければいい」
「! ……どうやら、ウィルが挑発に乗った時点で我々に逃げ道はなかったようですね」
ジョナーがはめられたというように天を仰ぐ。
同時にもう一人、非常に不服そうな顔をしたやつが。
「……ねぇ、リョウ。私はマネージャーとして、ってどういうことかな」
「野球は基本的に男女別だ。女は男に交じってプレーはできない。身体能力が違うからな」
「ふぅん……そんなこと言われちゃ私、さすがに黙ってられないかも」
ここにやって来て初めて、オズが敵意に満ちた目を俺に向けてきた。
……くだらねぇ。やれるもんならやってみやがれ。
それから右利き組(ウィル、オズ、アル、ジャック、アレク、ロブ)左利き組(ジョナー、バーリー)に分かれて軽くバットの握り方、構え方、スイング指導等をした後、いよいよ勝負の火蓋が切って落とされる。
「さぁて、と。命がけの奪三振ショーの始まりだぜ」
/
少しだけ土を盛り、即席で作ったマウンドの上から相手を見据える。
先頭はもちろんウィル。彼は俺をにらみつけ……いや、そんな生温いもんじゃない。まるで殺さんとするような眼光で、不器用にバットを構えている。
身体の奥でチリチリと何かがくすぶる音がする。本当はもう忘れたかった。だけど、俺はまたここに戻ってきてしまった。
全長18.44メートルの戦場。わずか一ヶ月前まで立っていたはずのその場所に、なぜかずいぶん久しぶりに出会ったような懐かしさを覚えた。
「こいよ。一球でぶっ潰してやるぜ」
じゃあ、遠慮なく。
俺はゆっくりと振りかぶった後、身体を右に捻転しながら両手をへその前まで落とす。同時に、左足の膝を胸近くまでぐいと引き上げる。イメージは弓を引き絞る射手。そのフォームがよほど奇抜に映ったのか、オズたち観客から大きなどよめきが上がる。
一瞬の静止、そこから重力に任せてヒップファーストで、左足を前へ踏み出す。右腕は勝手についてくる。二の腕、肘、前腕と順に、鞭のようにしなりながら。
指先から白球が放たれる。矢のようにまっすぐ飛んだそれに対し、ウィルがバットを振ることはなかった。
パァンと派手な音を立て、四角形のど真ん中をぶち抜いた白球が、ウィルの足元に転がる。
「一球目」
数秒続いた謎の沈黙は、観客席の悲鳴だか歓声だか奇声だかわからないものに飲み込まれる。
「おいおい、マジかよ!」焦りと絶望を多分に含んだウィルの声。
「なにあれ!? すごい、すごいっ!」オズは、こんなときなのに少し浮かれているように見える。
「次、来ますよっ!」ジョナーの絶叫が切羽詰まって裏返った。
「二球目」
もう一度、ど真ん中へのストレート。ボールが壁にぶつかった後、腰砕けのヘナヘナスイングをするウィル。
「クソがっ! 次こそ当ててやる……!」
精密機械のような精緻な動作で。その実、腹の底から突き上げる情動に身を委ね、本能のままに腕を振るう。
ボールはウィルの身体に向かって一直線に飛んでいく。ウィルは「ヒィ」と悲鳴を上げて身体を捩ろうとするが、彼の身体に当たる前にボールは急激に真横にスライドし、結局ストライクゾーンのど真ん中に収まった。
「三球目」
体勢を崩して尻もちをついたウィルと、そんなウィルの姿に呆然とする観客たち。
「! ず、ずりぃぞ! ボールが曲がるなんて聞いてねぇ!」
「曲がらないなんて言った覚えはないけど」
クソ、クソ、クソったれ! 何度も負け犬のなんとやらを叫びながら、観客席のほうへと歩き出すウィル。
「さぁ、次は誰だ? ジョナーか? それともオズか?」
「僕が行くよ」
立候補したのは確か……
「ジャックだよ。勝負だ、リョウ」
丸坊主に小柄な体格の少年、ジャック。あのウィルの無様な姿を見た後で真っ先に名乗り出る勇気だけは認めてやる。
が。捻り潰す。
「はぁ……速すぎて全然見えないや」
……よく言うぜ。さっきと同じ、ストレート、ストレート、スライダーのコンビネーションで無事三球三振。だけどたぶん、ストレートだけでは危なかった。二球目、やつは着実に眼でボールを捉えていた。謙虚なふりして、とんだ狸だぜ。
さすがにスポーツ大国の民たちだけあり、どうやらこのゲーム、思ったほど簡単にはいかないらしい。
「代われジャック! 次は俺だ! ったく、だらしがねぇな!」
「アレク……頼んだよ」
アレク。整髪剤で長髪を綺麗に整えた優男風だが、見かけによらず気性は荒いようだ。
そしてなにより、バットの構えからすでに雰囲気を感じる。あまり楽しむ余裕はなさそうだな。
「ちくしょう! ざっけんな!」
アレクにもストレート二球とスライダーのコンビネーション。ただ、二球目のストレートは内角いっぱい。三球目のスライダーは外角ギリギリに投げ込み、コースだけ変えた。
二球目の時点でビビり散らしカッカしていたやつは、三球目の後、バットを投げつけようとして……鬼のような形相で踏みとどまった。スポーツマンシップってやつか。はいはい、美しいねぇ。
「今度は僕が行くよ。アレク、バットを貸して」
「チッ……頼んだぜロブ」
「よろしく、リョウ」バッターボックスに入ってから丁寧に深々とお辞儀をする好青年、ロブ。「あ、ああ。一般的には打席に入る前に軽く一礼ぐらいで大丈夫だ」毒気を抜かれ、つい真面目にアドバイスしてしまう。
勝負は俺の勝利。アレクのときと同様に、ストレートとスライダーをゾーンの四隅に散らした。
「残念。はい、これ返すよ」
ロブは一球ごとにボールを拾って投げ渡してくれた。その球のあまりの威力に、最初はキレて全力で投げてるのかと思ったほどだったが、ニコニコした笑顔に嘘はなさそうだ。尋常ならざる肩の強さ。どいつもこいつも、いっちょまえにハラハラさせやがって。ムカつく。
「……」
「ごめんごめん。次こそ頼んだよ、アル」
真っ赤な髪に老け顔の大男、アル。あれ、今あいつ何も言ってないよな? どうやって意思疎通したんだ? 疑問に思いつつも、とりあえず四隅に散らす作戦を継続する。
「…………」
「ふむ、ふむ……そうか、わかったぜアル! あとはこのバーリー様に任せな!!」
「なぁ、えっと、バーリー? 今、アルはなんて言ったんだ?」
「まっすぐはこちらに到達するまで約〇.四秒。曲がり球の曲がり幅は約五〇センチ、だってさ」
「!」
そう。アルは一球もバットを振らなかった。振らずに、ただ球を観察していた。あえて自分で決めに行かず、残る三人に情報を託したのだ。寡黙で不器用そうに見えて、こういうタイプが一番厄介だ。
「さぁってと。じゃ、そろそろ終いといこうか異世界人!!」
耳にピアスを光らせて、自信満々で打席に立つバーリー。
一分後。
「ハァ!?!? なんで当たらねぇんだよ!!」
余裕の三球三振。タイミングも振ってる場所もズレッズレ。こいつ、アルのアドバイス聞いていたのだろうか? さては天然だな? ただし、スイングの鋭さだけで言えば、今日対戦した中では圧倒的だった。練習すれば一番化けるのは彼かもしれない。馬鹿っぽいけど。
「では……オズ。先に行ってもいいですか? これで決まってしまうかもしれませんが」
「いいよ。任せた、ジョナー」
七人目、ジョナー。いよいよあと二人だ。俺はふぅと小さく息を吐く。痙攣した胃から、固い空気の塊がぽろっと転げ落ちた。一球目、投球モーションに入った俺に向かって、ジョナーは言った。
「まっすぐ」
瞬間、驚きのあまりボールの縫い目に指が引っ掛かった。左打者のジョナーの外角、すなわち俺から見て右の端を狙ったつもりが、逆球になってしまう。ボールはギリギリのところで内角ギリギリに決まった。結果的にはストライク。しかし今の一球、読まれていた? バットを振らなかったのは余裕の表れか。
「はったりか? 陰湿なやつめ」
「褒め言葉と受け取っておきましょう」
二球目のモーションに入る。大丈夫。普段通りに投げれば、この俺が素人に打たれるはずが……
「曲がり球」
「……っ!」
やっぱり完全に読まれている。なぜだ。驚いた拍子にスライダーがど真ん中高めに浮いた。ジョナーは今度こそフルスイング。しかし、動揺したことでいつもより変化量が甘くなったことが逆に功を奏したのか、ジョナーのバットは空を切った。
「……なぜ球種がわかる?」
「ボールを持つ指ですよ」
「なっ!」
しまった。今回はあえて簡易的なルールにするため、グローブを付けていなかったことが仇となった。つまり、投げる直前のボールの握りが丸見えだったということだ。
しかし野球というスポーツをほとんど知らないのに握りで球種を変えていることを見抜くとは、とんでもない観察力だ。
「……命拾いしましたねリョウ。そして当てるだけなら、バットは短く持ったほうがよさそうだ」
こいつ……っ! セオリー通りの対応を瞬時に見つける戦術眼まで。
「さ、追い詰めましたよ。まっすぐと曲がり球、どちらできますか?」
まさか、これほどてこずらされるとはな。
三球目。
「! その指は!?」
人差し指と中指で挟むようにして投げた球は、まっすぐでも横に曲がるでもなく、ボールゾーンやや高めからストンとストライクゾーンへと落ちた。ジョナーのバットが遅れて空を打つ。
フォークボール。
「下に落ちる球があるなんて聞いていませんが?」
「ないなんて言った覚えはないが?」
できればこいつは使いたくなかった。本来、俺はフォークボールのコントロールが苦手だ。だけどまぐれとはいえ、結果的にはちゃんとストライクゾーン内に収まり、三振を奪った。俺の勝ちだ……!
「しかしこれで、曲がる方向と指の形状は全て割れました。最後、頼みましたよ。オズ」
「ふふん、任せて!」
「お願いしまーす」と軽く一礼し、バッターボックスに入るオズ。「えっと、まっすぐは〇.四秒。横に曲がる球の幅は五〇センチ。バットは短く……」ぼそぼそとつぶやくオズを無視して、俺は思考する。さて。フォークは自信がないから一旦封印するとして。ストレートとスライダー、どちらで料理してやろうか。
「! あの野郎、左手で右手の指を覆い隠して……!」
ここは確実に、スライダーで空振りを取る。しかし今までの曲がりの大きなスライダーではない。曲がり幅が小さいぶん、若干スピードの速い「高速スライダー」。
悪いなオズ。変化球がスライダーとフォークだけだなんて、言った覚えはないぜ。
まずはワンストライクだ!
……。
…………。
………………?
カキィンという金属音。直後、俺の頬を掠めて飛んで行った、鋭い打球。理解ができなかった。いや、したくなかったと言ったほうが正しいかもしれない。
……打たれた。それも、素人の女に。掠るどころか、センター前への完璧なクリーンヒットを。
「やったー! 当たった、当たった!」
「よくやったオズ! 信じてたぜ!」
「さすがですね。データにない種類の球を一球で仕留めてしまうとは」
打席にできた勝利の輪。対して俺は一人、がっくりと膝から崩れ落ちた。
打たれた、だと? この俺が……っ!
これで半年後の俺の死は決まった。だけど今は確定した未来より、不可思議な現在がガンガンと頭を殴りつける。こんなアホみたいな女に打たれた。なんで。なんで、なんでっ、なんで!
「お前のようなやつにインディアカの普及を手伝ってもらうつもりはねぇ。ま、せいぜい生き返れるように他で頑張るこった」
見下すように、ウィル。
「野球、なかなか興味深いスポーツでしたが、約束は約束です。我々はこれで」
丁寧ながら無感情に、ジョナー。
「……ねぇ。皆、ちょっと待って」
立ち去ろうとする面々を呼び止めたのはオズ。彼女はマウンドに這いつくばる敗者のほうに歩み寄ってきて、言った。
「私、いいよ。やってあげる。というかやらせて! 野球」
「……は?」
「ただし、マネージャーじゃなくて選手として、って条件付き。どうかな?」
なに言ってんだと喚き出したウィルたちの声を遮り、俺は絶叫した。
「ふざけるな! 馬鹿にしてんじゃねぇ!! 同情されるぐらいなら、死んだほうが、」
「同情じゃないよ」
オズは柔らかな微笑みをたたえ、しかし、はっきりとした口調でもう一度、言い切った。
「同情じゃない。私、ちょっと野球楽しいかもって思っちゃった。もちろんインディアカを捨てるつもりなんてないよ? でもさ、別にどっちもやっていいじゃんって、そう思ったんだ。だってどっちも楽しいんだもん」
「オズ、お前なに言って、」
「ウィルは、リョウの球を見て何も感じなかった? 私は思ったよ、『人間ってこんなに速い球を投げられるんだ』って。正直、勝負しててワクワクした。ジョナーはどう? 簡易的な勝負の中だけであれだけたくさん考えることがあって、面白いと思わなかった?」
だめかな?と上目遣いで聞く姿は、どう見ても普通の女の子だ。可愛いなんて思わない。むしろ、こんな取るに足らない存在に打たれたという事実が火に油を注ぐ。
「……チッ。オズが言うならしかたねぇか」
「ハァ……ウィルはオズにだけは甘いですね。それに僕も、スポーツに関して嘘を吐くわけにはいきません……ただし! リョウが生きて元の居場所に帰るまで。それが最大限の譲歩です」
「よっし! 決まりだね!」
一番の当事者の俺を置いて話が勝手に着地する。俺にとっては願ってもない展開。なのに、少しも喜ぶ気になれないのはいったいどうしてだろう。




