延長11回、九色のキセキ
八回裏。ここで点を取られたら元も子もない。俺はジョナーのリードに従い、がむしゃらに腕を振った。結果七番・キャノン神、八番・フレーミング神、九番・セイバー神を今日初めての三者凡退に抑える。観客が大いに沸き、ナインカラーズ!の大合唱を送ってくれる。こんなにも応援してくれる人たちがいる。俺は膝につこうとした両手を空中で止め、そのままベンチへと帰る。
「おらよ、強がってんじゃねぇ」
アレクが投げ渡したスポーツドリンクをノールックでキャッチする。ふたを開けて一気に喉に押し込むと、控えめな甘さが渇いた体を潤す。
九回表、ナインカラーズ最後の攻撃。最低でもここで三点取って追い付かなければ、負けが確定する。先頭は七番のロブ。
「ロブ! 皆!」打席に向かおうとするロブを呼び止め、口を開く。
「……聞いてくれ。さっきの打席で気付いたことがある。それを今から、確かめたい」
「奇遇ですね。僕も、さっきのリョウの打席で確信したことが一つあります」
俺の提案にジョナーが続く。二人分の話をまとめると、こうだ。
まず俺が気付いたこと。それは「セバス・チャンの審判としてのクセ」で、内角の球への判定が異常に厳しいこと。
布石は六回表のロブの打席。あのときロブは、バッターボックスの内側ギリギリに立ってデッドボールを狙いにいったが、国王のカーブはロブの肩に当たらなければおそらくストライクゾーンギリギリに入っていたはずだ。だがセバス・チャンは、ストライクコールどころかボール判定でもない、デッドボールを宣告した。
つまりあの球をセバス・チャンは、ギリギリのボール球どころか避けようとして避けられなかった明らかなボール球と判断したのだ。
そして先刻の俺の打席。全く手が出なかった内角のクサい球は全て、ボール判定だった。それで確信した。内角の際どい球は振らなければ、ボールになる可能性が極めて高い。俺が気付いたのだから、神チームもあのタイミングで気付いたことだろう。とすればこの回、配球が真ん中から外に偏るはず。俺はまず、それをロブの打席で確かめたい。
続いてジョナーが気付いたことは「フレーミング神のリードのクセ」。曰く、国王の球種はストレート、カーブ、フォークの三種であるが、フレーミング神は同じ球種を続けるのを極端に嫌う傾向があるらしい。実は七回表の攻撃の段階で薄っすらその可能性に気付いていたらしいが、先ほどの俺の打席で確信に至ったらしい。早く言え。とにかく、初球にストレートを投げたなら次はカーブかフォーク、二択まで絞ることができる。これは非常に大きなアドバンテージだ。
そこで先頭のロブには全球見逃してもらって、まずはこの二つの仮説が正しいかどうかを検証する。そして八番・バーリーからの打順に全てを賭ける。
「ストライッ! バッターアウッ!」
戻ってきたロブに皆が一斉に群がる。ロブは一つ大きく頷いた。
「今の打席、全て真ん中から外寄りへの配球だった。おそらく相手も内角は使えないと判断しているんだと思う。球種は見ての通り。カーブ、フォーク、ストレート、フォーク。ストレート」
「よしっ!」
希望が見えてきた。狙いを外角に絞って、あとは……
…………いや。本当にそれだけで、三点もの差をひっくり返せるか? 相手はあの国王だ。球のキレもまだまだ落ちちゃいない。ワンナウトから、そこまで二択に勝ち続けることができるのか?
もっと。もっとなにか、方法はないか。せめて、球種を二択から一択に完全に絞れたなら。
考えろ、宮下涼。考えるんだ。三振かホームランだけが野球じゃない。緻密な計算を立て、相手のクセを見抜き、味方に託す。それも野球だと皆に教わったはずじゃないか。考えろ。なにか、なにか方法、は――。
そのとき、脳裏にある光景が浮かんだ。時には神として、時には国王として。散々俺の前に現れたクロスファイア。その彼のとある仕草が、ふと。
「ストライーク! バッターアウト!」
「クッソーーっ!!」
どうやらバーリーは二択を外したらしい。俺はタイムをかけて、ネクストバッターズサークルのウィルの元へ向かう。
「……それマジか?」
俺の耳打ちに、ウィルは驚愕の表情を見せる。もしこの仮説も正しければ、国王の投げる球種まで完全に特定できるはずだ。
「もうツーアウトだ。やるしかない……頼むぜ、ウィル」
「わかったよ。俺は、お前を信じる」
打席に向かうウィルの背中を祈るような気持ちで見送る。第一球、彼は作戦通り見逃す。外角へのカーブ。ワンストライク。今までの仮説通りなら、次は真ん中から外寄りにストレートかフォークの二択。
国王が大きく振りかぶろうとする。その瞬間、ウィルが国王に向けて口を開く。
「次はストレートだろ?」
一瞬、国王の動きが止まりかける。が、投球動作に入ってからやめると打者にボールが一個加算されてしまう。だから国王はゆっくりと振りかぶった頂点で、「どうじゃろうな」と一言応えた。
今さらサインの変更はできないはずだ。そして、国王が投じた球は……
「っしゃ! ストレート!」
ウィルは外角ストレートを綺麗に流し打つ。ツーアウト一塁。そしてなにより、彼の予言が当たった……!
あからさまに動揺している国王。続いて一番・ジャック。俺は彼にもウィルと同じ作戦を伝える。
初球、ストレートを見送ってストライク。そして二球目、ランナーを背負った国王がセットポジションに入った瞬間に、今度はジャックが予言を行う。
「うーん、たぶんカーブかな?」
「! じゃから、言うわけがないじゃ、ろうっ!」
国王が汗を飛び散らせながら投じた球は、フォーク! 予言が外れた!
しかしジャックはそれを完璧に読んでいた。外角に落ちていく球をすくい上げるように打ち、センター前にポトリと落とす。ツーアウト一、二塁。なにがなんだかわからないといった様子で狼狽える国王と、キャッチャーのフレーミング神。そして神チームナインたち。
続いて二番・アル。俺は仮説の正しさを確信して、ナイン全員に説明する。
「なんですって!?」
「ウソっ、ほんとに!?」
「あぁ。やってみるぞ」
初球、フォークから入ってきた。アルの言葉は国王には伝わらない。だから国王がモーションに入る直前、俺たちはベンチからせーので叫ぶ。
「ストレート!」
「あーもうウザいのう! 違う、ストレートではない!」
国王がヤケクソのように腕を振るう。アルは迷いなくバットを振り抜く。球種は……ストレート! 痛烈な打球が三遊間を抜け、レフト前に転がる。ツーアウト満塁。
「なぜじゃあ!」
発狂して地団太を踏む国王は気付いていない。「自身のクセ」に。初めて会ったときから、彼はことあるごとに鼻の頭を掻いていた。その共通点を、俺は思い出したのだ。
彼が鼻を掻くとき。それは――嘘を吐くとき。
おそらく、後ろめたいことがあると鼻の頭が痒くなる体質なのだろう。だから投球モーションに入った瞬間に、彼に問いかけるようにナインに伝えた。たとえばウィルの打席。初球がカーブだったから、二球目はストレートかフォーク。そのどちらかを予言として国王に伝える。
『次はストレートだろ?』
すると意外に律義な国王は応えた。
『どうじゃろうな』
実際はフォークだった場合、後ろめたさから鼻が痒くなる。すると鼻がヒクヒクと動く。逆にストレートの場合、待ち球を投げるわけだから後ろめたさを感じない。だから鼻は動かない。
つまり、彼らがしていたのは予言ではなくただのはったりだ。質問を投げかけたときの反応で次に投げる球がどちらかを特定する。国王の、キャラに似合わぬ真面目さが仇となったのだ。
続く三番のジョナー。
「カーブですね?」
「……」
国王はとうとう問いかけを無視する作戦で来たようだが、結果は同じだ。待ち球以外を投げるときは後ろめたさで鼻が動いてしまうのだから。ライト前ヒット。ランナーが一人帰り、7―9。なおもツーアウト満塁。
ここで神チーム内野陣、マウンドに集まる。
「なにをやっているんですクロスファイア! あんな小僧どもにいいように踊らされて!」
「知らんもん! 我は聞かれたから応えただけだし、ほんとのことも言ってないし!」
「じゃあなんであんなに打たれるのです! 完全に配球読まれてるじゃないですか!」
「だとしたら我じゃなくてフレーミングのせいじゃね? リードしてるのコイツだし」
「なっ! 俺のせいだって言うのかよ! ふざけんじゃねぇ! テメェのクセが読まれてんじゃねぇのか!?」
またもや神チームの喧嘩の声が聞こえてくる。そんなことで、俺たちに勝てるわけがない。だって、野球はチームスポーツなんだぜ。
「もういい! とりあえずこの作戦でいこう。それで配球は読めなくなるはずじゃ! さっさと散れ、馬鹿どもめ」
神チームナインが舌打ちをしながらそれぞれの持ち場に戻る。おそらく「サインと逆の球を投げる」とか、最悪「ノーサインで投げる」とか、なにかしらの対策を打つことにしたのだろう。
これで確実に球種を読むことはできなくなった。だけど……
「オズ」
俺は打席に向かう四番・オズに声をかける。いつものように、無垢な顔で首を傾げる彼女に、俺は少し迷ってから、伝えた。
「おそらく、球種が読めない状態で国王からヒットを打てるのはお前だけだ。俺には打てない。だから……頼む、決めてくれ。俺はお前を信じてる」
オズはかなり驚いたような顔をした後、満面の笑みで応えた。
「うん! 任せといて!」
セバス・チャンに小さく一礼し、「よろしくお願いしまーす」と打席に入るオズ。
その呑気な光景に、国王はいささか余裕を取り戻したようだ。
「ふん。どうやって球種を読んでいたのか知らないが、読めなければ我の球を打つことなどできん。しかもお前は女。たまたまベースに当ててヒットにすることぐらいしか能がない、か弱い女だ! せめてリョウであれば億に一つの可能性ぐらいはあったかもしれぬが、巡り合わせが悪かったな。ハッハッハ!」
皆そうだ。俺もそうだった。オズのことを「女だから」と舐めてかかる。それが特大の死亡フラグだとも知らずに。
国王がセットポジションから第一球を投げる。全ランナーが、オズなら打つと信じて疑わずに全速力で走り出す。オズには待ち球作戦なんて要らない。ネクストバッターズサークルで待つ俺ももはや、神頼みすらしない。
「えいやっ」
オズがグラウンドに魔法をかける。おそらく一七〇キロに迫る本日最速のストレートを思いきり引っ張った打球は、三塁線ギリギリを滑空し、ノーバウンドで三塁ベースに直撃した。
「! ……まさかあの女っ!」
そう、そのまさかさ。
思いきり跳ねた打球は、サード・インフィールド神をおちょくるかのように、俺たちが待つ三塁側ベンチ前を転々と転がる。
「我の球を狙ってベースに!? 最初から!?」
オズの神をも騙す力に気付いた時にはもう手遅れだ。不貞腐れたインフィールド神がちんたらボールを拾いに行っている間に、一塁ランナー・ジョナーは二塁、三塁ベースを回り、どんどん加速し、ヘッドスライディングでホームに突っ込む。
「セーフっ!」
「よっしゃあ!」
ジョナーがらしくない雄叫びを上げる。走者一掃のタイムリーツーベース。10―9。とうとう、俺たちが神の上に立った……!
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九回表終了後、ベンチで揉みくちゃになるオズ。おい! 気安く触るな! ……なんて思っている俺は、いったいオズのなんなのだろう。
歓喜の輪から少し離れたところで義憤に駆られていた俺に、オズが気付き、近づいてくる。
「リョウは祝ってくれないの?」
「いや、えっと」
邪な気持ちのせいで逆に輪に加われなかったなんて言えない。モジモジしていると、オズが右手を高く差し出した。
「……ありがとう、オズ。ナイスバッティング」
俺たちは互いにはにかみながらハイタッチを決めた。
――そして九回裏のマウンド。ここで打たれたら全てが台無しだ。
打順は六巡目。一番・オフマン神から。
すでに体力は限界を超えている。だけど最後ぐらい、俺も良いところを見せなければ。
ここまで皆が繋いでくれたバトンを俺は受け取った。エースとして、仲間として、必ず勝利に導いてみせる。もう生きるか死ぬかなんてどうでもいい。俺は皆とこの、最強の敵に勝ちたい!
ジョナーの理知的リードが冴えわたる。オフマン神、続く二番のフィルダース神をなんとか打ち取り、ツーアウト。
三番、・クラッチ神。
俺は何度となく膝に手をつき、袖で額から流れる汗を拭う。
「このまま終われると思うなよ。我ら、野球を司る神として、負けるわけにはいかんのだ。神を舐めるなこわっぱども!」
クラッチ神の一喝に身体の芯から得体の知れないものがせり上がってくる。おそらく、根源的な恐怖だ。その気になればいつでも俺を殺せる存在たちが、グラウンドの上でそれを実行しようとしている。
頬を叩いて気合いを入れ直すが、嫌な動悸が収まらない。初球、曲がりそこないの半速球が捕まった。打球はレフト・バーリーの頭を越えてフェンス最上段に直撃する。あわやホームランという当たり。バーリーから、ボールを預かりに行ったアレク、さらにサードへカバーに入ったオズへの素晴らしい中継プレーもあり、なんとかランナー二塁で止める。
そして四番、最後の壁が立ち塞がる。
「フフフフフ……アッハハハハハ! 小僧……この投神・クロスファイアの本気を見せてやる!」
あご先から汗がダラダラと滴り落ちる。やつの目の前に立つ重圧だけで、木っ端微塵に押し潰されそうだ。
だけど……
「一塁が空いています。歩かせましょう」
冷静に言うジョナーに、俺は首を横に振った。
「どうしてです? 明らかに国王だけは次元が違う。確率的に、」
「そうじゃないんだ」
「そうじゃない?」
「理屈じゃなくて、俺は国王と戦いたい。クロスファイアという一人の野球選手と、本気で勝負がしたいんだ。敬遠なんて無粋な真似はしたくない」
「正気ですか?」
疑問を呈するジョナーは至って正常だ。俺はどこかおかしい。だって、理性ではわかっているのに、本能が逃げちゃいけないと叫んでいる。根拠はない。だけどきっと、国王自身が誰よりもこの瞬間を待ち望んでいたんじゃないだろうかと、そんな気がしたから。
今のあいつはたぶん、マウンドに立っているときの俺と同じ顔をしている。
「……わかりました。あなたを信じます」
ジョナーが持ち場に戻ってミットを構える。初球のサインは……外角ボールゾーンに逃げるスライダー。慎重な入りだ。俺は頷き、ランナーを無視して大きく振りかぶり、渾身の一球を投げる。
「ファール!」
……。
球場全体が沈黙した後、一斉にどよめく。完全に崩れた体勢。そこから軽く拾い上げた打球は、一三〇メートル先のライトポールのギリギリ右側を通過して、スタンド中段に飛び込んだのだ。もはや人間に太刀打ちできるパワーじゃない。
二球目。サインは内角、国王の顔面近くを狙うストレート。これで一旦、腰を引かせる!
「ふぁ、ファールッ!」
もはやどよめきを越えて悲鳴がスタジアムを包む。セバス・チャンですら困惑している。国王は顔に向かって飛んでくるような球をのけぞりながら強引に引っ張り、今度はレフトスタンドに。またもやポールの左側スレスレ。運とタイミングに救われているだけで、もうほとんど勝負は決している。
どこに投げても、なにを投げても、この怪物を抑える手立てはない……
恐怖でめまいがしてきた。なんだよ俺。なんでカッコつけて勝負するなんて言っちまったんだ。ションベンちびりそうだぜ……止まらない冷汗を必死に拭いながら、定まらない焦点でジョナーのサインを見る。
そして。
「! た、タイムっ!」
俺はタイムを取り慌ててジョナーを呼ぶ。色褪せかけていた、恐ろしい記憶が蘇ったからだ。「なんで……」俺は震える声で尋ねた。
「なんで、フォークなんだ」
ジョナーが出したサインはど真ん中低めのフォーク。ジョナーのことは信頼している。だけどフォークは俺自身制球に自信のない、この場面に最も相応しくない球に思えた。
しかも夏の予選会決勝、パスボールで先輩の夏を台無しにしたのと同じ球を、相棒との決別の原因となった球を、なぜこのタイミングで。
おそらく青ざめているであろう俺に対して、ジョナーはフッと相好を崩した。安心するような、温かな笑みだった。
「自分で気付いてなかったんですか?」
「な、なにが」
「僕たちが出会って初めての三球勝負の日から今日まで。あなたが投じたフォークは総計一六七九球。その中で狙ったところに完璧にコントロールできたのは五四八球。そしてその五四八球のうち、打たれた球は――ゼロ。正確に言えば、打たれたどころかバットに当てられた球自体がゼロです。あなたの本当の武器はストレートでも、二種のスライダーでもない。フォークなんですよ」
「え」
思ってもみなかった言葉に、情けない返事が漏れた。俺の本当の武器が、フォーク?
「残念ながら、国王様を抑える方法はもうバットに当てさせないこと以外ありません。それならば、あなたの持ち球で一番可能性が高いのはフォーク」
「ま、待ってくれ。さっきの話を聞くと、俺、三分の一ぐらいしか狙ったところに投げられてないよな? なのにこんな大一番で、」
「投げられます。あなたなら」
ジョナーが力強く断言した。今の相棒からの後押しの言葉。それだけで、勝負に乗るには足る。だけど俺はあえて聞いてみた。
「その心は?」
ジョナーは恥ずかしそうに頭を掻きながら、またもらしくないことを口にした。
「理屈じゃありません。ただの信頼ですよ」
再び定位置に戻ったジョナーがミットを向ける。さぁここだ!そんな言葉が聞こえる気がする。
オズやウィル、皆の声も。ガルシアやヒエンまで。対して、目の前で国王がなにか言っているが、それは全く耳に入らない。余計な情報はすべてシャットアウトされた。今の俺に必要なのはこの最高に刺激的な18.44。そして、信じられる仲間だけ。
俺の右腕から、渾身の白球が放たれた。まっすぐ、まっすぐ、相棒のミットに向かって、ただまっすぐに。
国王のバットがボールの動線上にまっすぐ差し出される。二つが衝突するその刹那、ボールが消える。バットを避けるように、ほとんど直角に近い角度で下に落ちたのだ。バットは空を切る。そしてボールは、ホームベースの手前でワンバウンド。切れ味の鋭さがあだとなり、手前で沈みすぎた!
が、ジョナーが身体を張って受け止める。絶対に後ろに逸らしてなるものかと、そんな気迫が伝わってきた。ジョナーは目の前に転がったボールをすぐに拾い上げ、呆然と立ち尽くす国王にタッチする。
一瞬の静寂。セバス・チャンが拳を上げ、高らかに宣言する。
「……アウトー! ゲームセェット!!」
瞬間、球場全体が地割れのような大歓声に沸く。
「勝っ、た……?」
まだ信じられない。だけど、ジョナーがマスクを外して駆け寄ってきている。どっきりか? 俺は真っ先に右後ろの彼女の顔を確認する。笑っている……あぁ、そうか。本当に勝ったんだな……
「ナインカラーズ! ナインカラーズ!」ここにいる十二万人が俺たちを祝福してくれている声がする。きっとこの国の全てが、今この瞬間だけ、野球の魅力に酔いしれている。
国王は呆けたようにしばらく動かないでいたが、ようやく現実を受け入れたのか、悔しそうに、悲しそうに、そして満足そうに。不思議な表情でベンチへと下がっていった。
まるで甲子園優勝でも成し遂げたかのように。俺は、マウンドに集まってきた仲間たちの歓喜の輪に取り込まれた。オズもいる。腕の中に。照れ臭い。
でも、俺は心の底から笑った。
「よっしゃー!!」
最終スコア10―9。それは俺たちナインカラーズにとって、最初で最後の公式戦勝利となった――。




