23話:耐性が付いた
私はふと大切な事に気づいた。
目の前のレティシアさんは人魚の国の出身だ。
けれど、今いる場所は森の奥にある古い家海の中ではない。
それなのに、レティシアさんは普通に呼吸している。
「……あの、少し聞いてもいいですか?」
「ええ。何かしら?」
私はレティシアさんの顔を見ながら尋ねた。
「人魚って、海の中で暮らす種族ですよね?でも、今は海の外なのに、……息は出来ているんですか?」
海莉ちゃんもルミナちゃんもレティシアさんの方を見た。
「えぇ、耐性が付いたの」
「耐性…ですか?」
「陸の世界で長く暮らしている内に、少しずつ体が慣れていったの。最初は苦しかったけれど今では普通に呼吸出来るの」
「そんな事があるんですね」
「人魚の中でも、長く陸で暮らす者には、そういう変化が起きることもあるの」
私は驚きながらレティシアさんの見つめた。
(人魚にも、環境に合わせて体が変わることがあるんだ……)
けれど、レティシアさんはまだ病気で弱っている
このままここに置いていく訳には行かなかった。
「それなら、なおさら人魚の国へ戻った方が良いと思います」
私は言うと、レティシアさんは少し困ったように微笑んだ。
「でも、私達が戻れば、きっと騒ぎになります」
「それでも、ヴァレリアは待っておるのじゃ」
ルミナちゃんがハッキリと言った。
「それに、今のレティシアの体では、この家で暮らし続けるのは難しいのじゃ」
「……そうですね」
レティシアさんは弱々しく頷いた。
すると、ルミナちゃんは家の外にいる魔族の護衛たちへ声をかけた。
「魔族A」
「はい、ルミナ様!」
護衛たちがすぐに駆け寄ってくる。
「このレティシアさんを安全に馬車まで運ぶのじゃ。周囲を囲み、誰にも見られ不要にするのじゃ」
「承知しました!」
護衛たちはレティシアさんを驚かせないように、ゆっくりとベッドの側へ近づいた。
「お体に触れてもよろしいでしょうか?」
「えぇ…お願いします」
レティシアさんは立ち上がろうとしたが、足元がふらついた。
「ママ!」
海莉ちゃんが慌てて支える。
「大丈夫よ…」
「無理してはいけません」
魔族の護衛の一人がレティシアさんをそっと抱き上げた。
その周りを、他の護衛達が壁のように囲む。
鱗のある腕や人魚のヒレが、外から見えないようにするためだ。
「これなら、誰かに見られる心配もないのじゃ」
ルミナちゃんが言った。
海莉ちゃんは不安そうに家の中を見回している。
私はその様子に気づいた。
「どうしました?」
「……荷物」
「荷物?」
「ここにあるものを置いていけない。ママとの思い出もあるから……」
海莉ちゃんは古い鞄や小さな箱、衣装などを見つめていた。
「勿論、全部持っていきましょう」
私はすぐに答えた。
「大切なものなんですよね?」
「……うん」
「じゃあ、置いていく必要はありません」
私はバックを開けた。
すると、魔族の護衛達も家の中へ入り、古い家具や荷物を運び始めた。
海莉ちゃんが使っていた小さな鞄
レティシアさんの衣装。
古い写真。
僅かな食器。
思い出の詰まった箱。
どれも丁寧に布を包み馬車へ運んでいく。
「こんなに持って言ってもいいの?」
海莉ちゃんが遠慮がちに尋ねた。
「勿論です。新しい場所で暮らすなら、必要なものは全部持っていった方が良いですから」
「……ありがとう」
海莉ちゃんは小さく頭を下げた。
私は家の中を最後に見回した。
古びた壁。
小さな暖炉。
使い込まれたテーブル。
決して裕福ではない暮らしだった。
けれど、この場所には親子が一緒に過ごしてきた時間が詰まっている。
「この家は、どうするんですか?」
私は尋ねると、ルミナちゃんは少し考えて
「誰かに管理を頼むで、暫くそのままにしておけばよいのじゃ」
「そうですね」
海莉ちゃんは家の中を見つめた。
「……さようなら」
小さな声だった。
私は海莉ちゃんの隣に立った。
「また戻ってくることも出来ますよ」
「……うん」
海莉ちゃんは涙をこらえるように、ギュッと唇を結んだ。
やがて、私達は全員で馬車の所まで戻った。
レティシアさんは、馬車の中に寝かされ、魔族の護衛達が周囲を囲んでいる。
海莉ちゃんは馬車の前で立ち止まっていた。
「ほら、乗るのじゃ」
ルミナちゃんが声を掛ける。
「でも……」
「あ母さんの側にいたいのじゃろう?」
「……うん」
「なら、早く乗るのじゃ」
海莉ちゃんは小さく頷き、馬車へ乗り込んだ。
私はその後に続き、ルミナちゃんの隣に座った。
荷物は全て馬車の後ろへ積み込まれている。
古い鞄も、衣装も、思い出の箱も、何一つ置いて来ていない。
「準備は出来たのじゃな?」
ルミナちゃんが尋ねる。
「はい」
私はレティシアさんと海莉ちゃんを見た。
「これから、人魚の国へ戻ります」
レティシアさんは静かに目を閉じた。
「…長い旅になりそうね」
「大丈夫です」
私は笑顔で答えた。
「今度は、1人ではありませんから」
馬車はゆっくりと動き始めた。
森の中の道を抜け、木々の間から差し込む光が馬車の窓を照らす。
海莉ちゃんは窓の外を見ながら、何度も後ろを振り返っていた。
自分たちが暮らしていた家が、少しずつ遠さがっていく。
けれど、その隣にははママがいる。
そして、これから向かう先には、母親の姉である人魚の女王ヴァレリア様が待っている。
馬車は街道を進み、やがて海へ続く道へ入った。
「人魚の国は、もう少しじゃ」
ルミナちゃんが言った。
私は海莉ちゃんに声を掛けた。
「緊張していますか?」
「……うん」
「大丈夫ですよ。ヴァレリア様はきっとあなた達を歓迎してくれます」
「本当にそう思う?」
「はい」
私は力強く頷いた。
「だって、ずっと貴方のお母さんを待っていた方ですから」
海莉ちゃんは母親の手を握った。
レティシアさんも、海莉ちゃんの手を優しく握り返す。
そして、、馬車は再び青い光を放つ転移門と近づいていった」
その先にあるのは、人魚の国。
長い間離れていった姉妹が再び出会う場所だった。
作者コメント
皆さん見てくださりありかとうございます
力が湧きます




