第四章 幼女の平穏な(?)日常とおやつの攻防
「リアお嬢様ーーーーっ!!」
そこへ、芝生を引きちぎらんばかりの勢いで走ってきたのは、メイドのアンナと、重武装した黒鉄騎士団の面々だった。
アンナはいつも完璧なシニヨンヘアを大きく乱し、琥珀色の瞳に涙を溜めている。
「ああ、ご無事で……! 森の方で凄まじい魔力の消失と、先ほど庭園で爆発音が聞こえたので、もしやお嬢様の身に何かが――って、あら?」
駆け寄ってきたアンナたちは、リアの背後で完全に消滅している岩山と、リアの腕の中にいる「歪んだピンクの首輪をつけた黒猫」を見て、一斉に硬直した。
「お、お嬢様……その、背後の芸術的なクレーターは一体……? それに、その不気味な、いえ、妙な生き物は?」
騎士団長が警戒して、魔剣の柄に手をかける。
ポチは私の腕の中で、黄金の瞳を鋭く光らせ、フンと鼻を鳴らした。
(フン、無礼な人間どもめ。我が主様に気安く近づくな。主様の美しいプラチナブロンドの髪に埃一つでも落としたら、我が猫パンチ(国家壊滅級)で塵にしてくれるわ)
すっかり過保護なボディーガードと化した元魔王が威嚇の姿勢をとるが、私がそのツヤツヤな頭を「よしよし」と指先で撫でると、一瞬で「にゃ〜ん(とろけ顔)」と鳴いて丸くなった。
「あのね、アンナ。この子はポチ! 森でひろったの、りあのおともだちなの!」
私はアンナの前にトコトコと歩み寄り、衣服の裾をきゅっと掴んだ。そして、本日最大出力の『おねだり』スキルを発動させる。
アメジスト色の瞳を限界まで潤ませ、上目遣いでアンナを見上げた。
「アンナ、ポチもおうちにいれていい? いっしょにおやつ、たべたいの……だめ?」
きゅるん、という効果音が世界中に響き渡った気がした。
対人経験の浅い純真(?)な魔王すら一撃で陥落させたそのスキルが、私を全肯定するために生きている二十一世紀(のような世界)のメイドに効かないはずがなかった。
「――ッ!?(ぶふっ)」
アンナはあまりの尊さと破壊力に、リアルに鼻血を吹き出しそうになりながら自分の胸を劇的に押さえた。その琥珀色の瞳は瞬時に理性を失い、完全にハートマークへと変化している。
「も、もちろんでございますお嬢様アアアア!! クッキーでも、本日特製の高級プリンでも、そのポチちゃん(?)の分まで、このアンナが命に代えてもご用意いたします!! お屋敷の最高客室をポチちゃんの部屋にいたしましょう!!」
「わーい! アンナ、だいすきー!」
私が万歳して喜ぶと、アンナは「ああっ、お嬢様が私を大好きとおっしゃってくれた……家宝、家宝にします……」とブツブツ呟きながら、懐から「隠し撮り用カメラの魔道具」を取り出して連写し始めた。
背後の黒鉄騎士団の面々も、「お嬢様可愛すぎる……」「俺もポチって名前になりたい……」「あの猫ずるい……」と、全員がその場に膝をついて限界化している。
「御意に、我が主。そのクッキーとプリンなる供物、楽しみに大公爵邸へ同行いたしましょう」
ポチは私の腕の中で、ふふんと勝ち誇ったような顔で騎士たちを見下ろしていた。
こうして、プラチナブロンドの転生幼女リアは、世界最強の魔王を完全な忠犬(猫)へと調教し、今日も平和におやつを勝ち取るのだった。
異世界の命運は、ひとえに彼女の「ご機嫌」にかかっているのだが、それを知る者は、未だにお腹を鳴らしている一匹の元魔王だけである。
「さあポチ、プリンたべよ!」
「みゃ〜ん(喜んで、我が主よ!)」
大公爵邸の廊下に、幼女の笑い声と、世界を滅ぼすはずだった猫の甘えた鳴き声が、今日も平和に響き渡るのだった。




