第二章 魔王、名付けられて『ポチ』になる
「お嬢様ーー! リアお嬢様ーー! どこですかーー!?」
遠くから、森を揺るがすような怒号と、金属が擦れ合う音が聞こえてきた。
どうやら、私が消えたことに気づいたアンナと、公爵家が誇る「黒鉄騎士団」の面々が、武器を片手に森へ突入してきたらしい。
「あ、アンナたちのこえだ。ワンワン、見つかるとめんどくさいなぁ」
私が小さく呟くと、魔王はハッと耳を立てた。
「我が主よ、ご安心を。あの程度の人間ども、我が一息で塵に――」
「だめだよ? アンナはおやつくれるから、いじめちゃだめ。それより、ワンワンおっきすぎるから、おうちに入れないの。もっとちっちゃくなれる?」
「はっ……! 主様のお屋敷に同行させていただけるのですか!? 畏まりました、このベルゼビュート、主様のご期待に沿うべく、至高の姿へと変化いたしましょう!」
魔王は嬉々として立ち上がると、ポンと景気のいい煙を上げた。
黒い霧が晴れた後に残されたのは――。
「みゃ〜ん」
私の手のひらにすっぽりと収まる、生後二ヶ月ほどの質感をした「黒い子猫」だった。
毛並みは極上のベルベットのようにツヤツヤ。顔の真ん中には、つぶらな黄金の瞳がはめ込まれている。狼から猫へのジョブチェンジだが、もふもふのクリティカル値としては満点である。
「わぁ、今度はにゃんこだ! すっごくかわいい! よし、あなたの名前は今日から『ポチ』ね!」
「なっ……! 我が名はベルゼビュート! 魔界を統べる頂点の――」
「ポチ?」
私が再び小首を傾げ、プラチナブロンドの髪をさらりと揺らしながら、アメジスト色の瞳をうるうるさせる。
「――はい! ポチにございます! なんと響きの素晴らしい、洗練された名でしょうか! 我が魂に『ぽち』の刻印が刻まれしことを、至上の喜びといたします!」
ポチ(元魔王)は完全に理解していた。この幼女は、自分など足元にも及ばない「混沌の神」か何かの化身であると。ここで逆らえば、魂ごと消滅させられる(※可愛いおねだりで)。なら、全力でペットの座を勝ち取るのが魔王としての最適解だ、と。
私は満足して、ポケットから「何かあった時のために」と忍ばせていた、自作の手作り首輪を取り出した。三歳児の不器用な手つきでフェルトを切り貼りした、ピンク色の歪んだ首輪だ。そこには、マジックで歪んだひらがなで『ぽち』と書かれている。
「はい、これポチのね」
すぽっ、と首輪をはめられた魔王は、絶望的にミスマッチなその姿のまま、深く感動していた。
「おお……これは主様のお手製……! なんという禍々しい(下手くそな)呪具でしょうか。我が魔力がさらに高まるのを感じます(気のせい)」
こうして、私は世界最強のペットを手に入れ、ポチを両手で大事に抱えながら、お屋敷へと戻ることにした。




