16.セシリア・アルデリア眠りから覚める
奴隷商人の館から逃げたはずなのに、迷いの結界に阻まれ戻ってしまったセシリア。
気を失ったセシリアが目覚めたところから始まるエピソードです。
気怠い心地よさの中セシリアは目を覚ます。
まだ夢を見ているのだろうか、蝋燭の灯りもいらないような明るい部屋だ。
天井自体が柔らかな光で室内を照らしているように見える。
ここはどこだろう?
眠っていた間に見た夢は、幼い日まだミリアという名の孤児だった頃。
あぁ、そうだあの日、あの時、わたくしの運命が変わった。
司教様に手を引かれて初めて見た町の佇まい。
耳が壊れそうになるほど飛び込んでくる市場の喧騒。
鮮やかな赤、青空を切り取ったような青、春に咲くタンポポのような黄色。
あちこちから漂ってくる香ばしい肉が焼ける匂い。
食べた事がないのにきゅるりと鳴るお腹。
何もかもが驚きとともに目、耳、鼻に飛び込んできて、頭が追い付かずクラクラするようだ。
はぐれないようにとしっかりと小さな自分の手に重ねられ握られた大きな手の暖かさ。
物心ついてから初めて孤児院の敷地から外へ出て、あの見あゲルと首が痛くなるくらい大きな大聖堂の扉。
あぁ、懐かしいなぁ……。
節々にあった痛みもすっかり消え失せてほんのりと身体が火照っている。
身じろぎすると身体に掛けられた毛布が素肌を滑り、乳房の先の尖りがむず痒い快感に震えた。
あれ?
なぜ自分は裸で寝ているんだろう?
わたくしは眠りにつく前に何をしていたのだろう……。
就寝の前、今日一日を無事に終えられた"感謝の祈り"をしていた?
いいえここは修行中に過ごした場所ではない。
目に入る天井は妙に明るく大聖堂の中にある与えられた小さな部屋とは違う。
覚めきれぬ頭を叱咤し、なぜここにいるのかを思い出そうとする。
そう、病に臥せっていたどなたかを"治癒"の祈りでお救いした……。
病魔との闘いで力を使い果たしてしまったわ。
親切なおかみさんに薬湯をいただいて、それがとても疲れた体に心地よかった。
でも、しばらくしたらなぜか身体が痺れて、口も回らなくなった。
そして……。
思い出したくないと頭の片隅に追いやっていた記憶が、染み出すように意識に中に滲み出てくる。
奴隷商人たちから受けた辱めの記憶が渦を巻くように押し寄せセシリアを現実に引き戻した。
我に返り跳ね起きようとしたセシリアの四肢は、縫い留められたようにそこから動かない。
手足を使い起き上がろうと動かした。
動かない!!
いや動けない!!
左右に目をやれば自身の手足は大きく四隅に引き伸ばされ、嵌められた枷に繋がる鎖によって拘束されていた。
いくら力を入れ引き?がそうとしても、非力な自分をあざ笑うかのように鎖がガシャガシャと音を立てるだけだ。
誰がこんな事を!
いったい誰が……?
あの館で見たあの無表情な女。
わたくしを抱きとめたあの人。
まさか……。
そうだ!
扉にぶつかる寸前ひらかれた扉に倒れ込むように飛び込むわたくしを受け止めてくれたあの人。
泣きじゃくりながらこれまでの辱めと身代わりに残った冒険者の危機を訴えるわたくしの……、
肩をぽんぽんと優しく叩きながら聞いてくれたあの人。
わたくしたちが奴隷商人の館に連れ込まれ時に音もなく現れ、荷物を受け止めた無表情な顔の……。
"ホナミ"!
こんな拘束をわたくしに施す人はあの人以外に……。
でも、どうして?
そもそもここはいったいどこなのだろう?
拘束され不自由なからだであったとしても、あれほど長い間逃げ続けたのになぜ?
なぜ?
ここで裸で蜘蛛の巣にかかった蝶のように縫い留められているのだろう。
"ホナミ"がしたの?
ならばどうやってここへ?
冷静に考えようとする耳に扉が開く音が響いた。
はっと不自由な身体で首を曲げ音の方にを見る。
そこにいたのはグラスを銀色の盆に乗せた"ホナミ"その人だった。
「お目覚めになられましたか?」
抑揚のない声で問いかけるその目は、あの時と同じようにガラス玉のような瞳をしている。
無表情のまま枕元に音もなく歩み寄るとセシリアの枕元に跪いた。
「ここは?」
「わたくしのご主人様である"ウェナリキウス・マグノール"様のお屋敷でございます」
「まさか?」
「いいえ、あなた様に嘘偽りを申し上げる必要もございませんし、命令も受けておりません」
「でも、わたくし縛められたとはいえ、決して短くはない時間走り続けていたはず……」
「それは…」
開きかけた"ホナミ"が急に口を閉ざす。
なぜ黙ったの?と問おうとしたセシリアの目に、扉から室内に入るアンジェラとリーダーらしき男が目に入る。
「目が覚めたか。お転婆な神官様。そういえば名乗ってなかったな。俺はここを任されているリチャードだ」
言われて改めて良く見れば、白髪は短く整え髪油で後ろに撫でつけている。
モノの良し悪しを瞬時に見抜くだろう油断なく光る黒く瞳。
すっと伸びた鼻梁の下には手入れがされた口髭と薄い唇。
ちょっと見は善良な商人に見えるが、よく見ればその裏側に覗くのは冷酷な笑みだ。
「なぜわたくしはここに?」
「自分で戻ってきたからだ」
「そんなわたくしはあんなに……」
「長い間逃げたのにってか?」
アンジェラがケラケラと笑いながら続きを引き取る。
「あなた、ずーっと屋敷の周りを走ってたのよ」
「惑いの結界っていうの」
「惑いの?」
「そう、外からは許された者しか入れず、内からは許された者しか出られないそんな場所」
「まさか!?」
「そのまさかよセシリアちゃん。あなたは逃げたつもりだったんでしょうけど」
「そんな!!」
「残念だったわねぇ。でも頑張ったご褒美に身体の傷はキレイにしておいたわ」
アンジェラの「傷はキレイに」というに言葉にセシリアは驚愕する。
「まさか、あなたも治癒を!!」
「アタシは使えないわぁ。でもここにいるホナミが治してくれたのよ。感謝なさい」
「ホナミさんも神官?」
「違うわ。身体の傷や病を治せるのはアルデリア教皇国の神官だけじゃないのよ」
「そんな事はあり得ません!!奇跡の力はアルデリアの教皇国の教えに帰依し修行した者に……」
「アルデリア、アルデリアってうるさいわねぇ、この駆け出し神官様は」
再びケラケラと笑うアンジェラに代わりリチャードがセシリアの耳元に口を寄せ囁く。
「海の向こうの東には"回復"って言う"治癒"のような奇跡を使う"巫女"と呼ばれる奴らがいる」
「み・こ?」
「そうだ。ここにいるホナミは、その遠国の出で巫女だ。お前たち風に言えば神官ってぇやつさ」
「ホナミさんが?」
「そうだ。礼の一つも言ったらどうだ。礼儀正しいのがアルデリアの神官様だろう」
言われてセシリアははっとする。
「あ、あの、ホナミさん。わたくしの傷を治していただきありがとうございます」
拘束された身体では頭を下げる事はかなわず、言葉だけであったがホナミに礼を述べる。
だが、ホナミは無表情のままリチャードとアンジェラの後ろで塑像のように立っていた。
「聞いたホナミ。セシリアちゃんがお礼を言っているわよ」
振り向いたアンジェラだったがホナミは表情を変えず、なにかを答えることもなかった。
セシリアはもう一つ気になって仕方がないことを口に出す。
「あの、冒険者さんは?エルナさんはどこに?」
自らが残り自分を逃してくれたエルナの安否が気になり問いかける。
「あぁ、アイツか。もちろん『お・仕・置・き』したよ。逃がした罰を念入りにな」
「えっ!!」
「すぐに合わせてやるよ。その前にお前にも『お・仕・置・き』をしねぇとなぁ」
凍り付きそうな冷たい声が耳から全身に浸み渡り、セシリアの身体がぶるりと震えた。
その震えはこれから自分の身に起きることへの恐れだけではない。
自分を逃したためにエルナがどうなってしまっているのか?という得も知れぬ不安であった。
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AIではないので遅筆です。
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