15.セシリア・アルデリア奴隷商人の館から逃げる
お尻から入れられたスライムに寄生されてしまったエルナとセシリア。
二人は調教室から階上へ。
監視の目がない事に気付いたエルナはセシリアを逃がすことにします。
逃げなくちゃ。
とにかく急いで。
息を切らせながら森の中を走るセシリア。
走るといっても足元はおぼつかない。
歩幅は足枷に付いた鎖の分しか開けない。
両手は後ろで手枷に縛められている。
逃げ出した時にはなんとか外れないかと、引っ張ったりひねってみたりしたが無駄だった。
手足の自由が利かなければ走るというより速足くらい。
孤児院で出会った子の方がずっと早いわ。
セシリアはそう思いながらも、立ち止まろうとはしなかった。
「エルナさん待っていて。きっと助けを呼んでくるから」
そう自分に言い聞かせながらに道なき森の中を走った。
エルナさんが心配だ。
朝になり自分がいない事に気づいたら、あの人たちにひどい目に合わされるに決まっている。
いや、もうわたくしが逃げ出したのに気づいて、捕まえる為にこの森へ分け入ったに違いない。
「エルナさん、どうか無事でいて」
セシリアは祈るような気持ちで森の中を進んだ。
「はぁはぁ」
息が切れる。
切れる息で喘ぎながら、セシリアは館でエルナと交わした会話を思いだしていた。
◇ ◇ ◇
「おい、神官。起きているか?」
奴隷商人たちは寝室に二人を横たえると何もせず出て行った。
寝かされた褥は柔らかな寝具が整えられ、身体が沈み込むような錯覚をしてしまった。
素肌を覆う上掛けこそないものの、寒さはそれほど感じず、枕は程良い硬さだった。
もっとも後ろ手された拘束具はそのままで、足首の枷と鎖もそのままだった。
セシリアは気が抜けてしまっていた。
想像を絶する恥ずかしさを味わい、魔物が身体の中に住み着いてしまった。
しかも、一生。
取り出せないと言われた時を思い出すと、自然涙が溢れて枕を濡らした。
5歳で教皇国の大聖堂に引き取られてから、あんなに日々の務めと祈りにこの身を捧げたのに、
あの凌辱とも言っていい辱めと、甚振りを味合わされてしまった。
しかも、あれほど神に祈ったのに、あの人たちに神罰は下されず、お腹の中の不快感もとれない。
最後に下腹部と脇の下に塗られたクリームのむずむずする火照りも続いている。
神よ、わたくしに与えられる試練とは、これほど恥ずかしく酷いものなのですか?
花唇ばかりか尻の穴までも見も知らぬ男の人の指で弄られあろうことか濡らしてしまったなんて……。
気力が抜けたように疲労で意識が薄れかけた時その声がした。
「おい、神官。起きているか?」
あの冒険者の声。
セシリアは重い身体を捻り、声の方を見た。
薄明りの中エルナと呼ばれた冒険者の瞳が目に入る。
セシリアから見ればまだ小さい子供のような身体だが、"魅了"の切れたやや黒みかかった瞳には光がある。
「すまない。お前を助けてやろうと思ったのにこの体たらくだ」
いきなり詫びられセシリアは驚く。
なにを詫びることがあるの?
見ず知らずの奴隷商人の罠にまんまと騙された駆け出しの神官に。
「そんなことを言わないでください。こうなったのはわたくし自身の責任です。冒険者さんには…」
「エルナだ。エルナ・グラウシュミット。ドワーフの母とヒューランの父のハーフだ」
「エルナさん。すまないなんて言わないでください。これはわたくしの……」
「いや、わたしの力不足だ。一人で6人相手はさすがに無理だった」
違うわ。
詫びなければならないのはわたくしの方。
拉致されようというわたくしを助けに無謀な戦いを挑むなんて。
「それはわたくしが……」
「どっちがいい悪いの言い争いは不要だ。今からわたしの話すことを黙って聞くんだ」
「はい」
思わず返事しちゃった。
押しに弱いのは修行中にも言われたけど。
「いいか、奴らはこの部屋を出てゆく時鍵をかけなかった」
「えっ、そうなんですか」
「見ていたからな。で、あれからそれなりの時間がたったが様子も見に来ない」
「ええ」
「ということは、見張りがいないと言うことだ。ここまではわかるな」
「はい。おっしゃることはわかります」
「だからセシリアお前逃げろ」
「えぇっ!」
思わず声が大きくなるのをエルナが窘める。
「ばか、大声はだすな。いいかお前は神官だ。神官と言えば尊敬される存在だ」
「そうなんですね」
確かに大聖堂を出た後のわたくしに対する人々の接し方はそうだったわね。
ここの人たちを除いてだけど。
余計なことを考え始めたセシリアにエルナの声が続く。
「裸で外に出るのはセシリアにとっては恥ずかしいかもしれん」
そうね、この姿は恥ずかしすぎるわ。
「だが、お前は神官だ。軽く奇跡を見せれば信用される。だから逃げて助けを求めろ」
「ならばあなたも一緒に」
「わたしは逃げない。だが多少の足止めや時間稼ぎくらいはできる」
「そんなことをしたらまたひどい目にあいます」
「かまわない。救出されたあとでお前に"治癒"をかけてもらうから大丈夫だ」
「そんな」
「いいから言うとおりにしろ。いい争いは時間の無駄だ」
エルナに言いくるめられるようにセシリアは起き上がり扉に近づく。
地下の石畳みと違い1階は、部屋も廊下も柔らかな敷物の敷かれていた。
足枷の鎖が床にこ擦れて起こす足音を吸い取ってくれる。
後ろ手で扉を押せば、それは静かにそしてあっけなく開いた。
玄関ホールも薄暗くはあったが、なにも見えないわけでもない。
できるだけ音を立てないようにと気遣いながら、セシリアは恐るおそる入り口の扉を押す。
こちらもあっけないほど軽く、音もなく開いた。
セシリアは全裸で後ろ手を縛められたまま、気づかれずに外へ出ることができた。
「さあ、見つからないうちに、助けをもとめなければ。とりあえず屋敷のある森を抜ければ」
待っててエルナさん。
必ず助けを呼んでまいります。
セシリアは自分自身を鼓舞するように心の中でエルナに声をかけ、逃避行の1歩を踏み出した。
◇ ◇ ◇
おぼつかない歩幅で進む裸足の足は、泥で汚れ血が滲んでいる。
暗くて足元が見えないセシリアは何度も躓き、身を庇う事も出来ずに倒れてしまう。
両手を使えないから裸のままの身体と白い肌はそのまま地べたに激突する。
息が止まりそうな程の激痛にぐえっとカエルのような声が出る。
打ち付けた後に出来た打撲による腫れと内出血にセシリアは呻く。
でもその都度、身を捩り、膝立ちし、起き上がってまた短い歩幅で走る。
低い灌木とそこから伸びる細く硬い枝や、剃刀のような切れ味を見せる草の葉。
白い肌はそこらじゅうひっかき傷や切り傷ができ泥だらけ。
あちこちに血が滲み、場所によっては青痣になっている。
それでもセシリアは走ることを止めない。
もうどれくらい走っただろうか?
息は切れ、噴き出した汗が目に入って前方も良く見えない。
走るというより歩くような歩幅でセシリアは進んでいた。
家は?
どこかに灯りは?
森はまだ抜けない?
そう思いながら上げた滲んだ目に、ぼんやりと家の灯りが浮かんだ。
エルナさん家が……、家がありました。
セシリアは傷む身体を奮い立たせ、灯りの方へと歩みを進めた。
◇ ◇ ◇
「お願いです。ここを開けてください!!」
できうる限りの大声でセシリアは叫んだ。
逃走中に噴き出した汗と涙によりどんな家かは良くわからない。
だがここしかない!!
ここで気づいてもらわなければ、また捕まりあの館へ連れ戻されてしまう。
そうしたら……。
思い出すだけで震えが身体を駆け巡る。
「お願いです。助けてください!!ここを開けて!!」
叫びながら裸の身体を頑丈そうな扉に体当たりする。
ドシンッ!! ドシンッ!!
扉には自分の身体についていた転んだ時の泥や、切り傷から滲み出た血がこびり付く。
だがそんなことにかまってはいられない。
汚したことは後で謝ればいいのだ。
とにかく今は気づいて、 話を聞いてもらい、 そして助けていただけねば。
そう思いながらセシリアは声を限りに叫び、扉にその身を打ち付け続けた。
ガタガタッ。
扉の向こう側に人の気配と何かが動く物音が聞こえる。
気づいてくれた!!
セシリアは今一度扉に体当たりしようとしたその瞬間、 音もなく扉が開かれた。
ついた勢いを止める術もなく、セシリアの身体は館の中に倒れ込む。
ガシッ!
柔らかく、その割に強い力で身体が支えられる。
汗と血とさらには泥やら涎やらが支えてくれた誰かの衣服に飛び散り汚した。
「だいじょうぶですか?」
優しい女性の声。
「あ、ありがとう……ございます。だ、大丈夫です」
「まあまあ泥だらけ!しかもこんなに傷だらけになって、いったい何が?」
支えられた柔らかさの安堵でセシリアの胸に滓のように溜まっていた思いが弾けた!
溢れ出る涙と鼻水に時折しゃくり上げながらこれまでのいきさつを話す。
神官として旅をする途中に奴隷商人に拉致された事。
助けてくれようとした冒険者も捕まってしまった事。
そして、その人が自らを顧みず自分を逃がしてくれた事。
ぽんぽんと背中を叩き、赤子をあやすように話を促す身体の暖かさ。
全てを語り終えたセシリアはようやく少し落ち着きを取り戻し顔を上げた。
柔らかな布が涙や鼻水を拭う。
はっきりとしてきた視界の中で微笑む顔は……。
あの奴隷商人の館にいた"ホナミ"の顔だった。
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