【挿話】 孤児ミリアはセシリア・アルデリアとなる
長々と横道にそれておりましたセシリアの前身ミリア編最終でございます。
寄り道が長くなり申し訳ございません。
先々の布石も少しばかり……。
吸い込まれそうですべてを見透かしてしまいそうな青い瞳の下に、やや薄い唇が笑みを浮かべている。
「小さきものよ。こちらへ」
唇が言葉を紡ぎ出しミリアの耳に届くと同時に、暖かな掌が自分の耳全体を包んだような気がした。
とても心地よく安心して身をゆだねられるそのぬくもり。
それがミリアを誘う。
イグナスが繋いでいた手を離すと同時に、一歩、教皇の座る椅子に向かい足を踏み出した。
白く輝く床を歩いているはずなのに、足の裏にその床の感触がない。
右、左と進む足は雲の上を歩いているような錯覚をミリアに齎した。
椅子に腰かけている教皇様の白く光る身体が、笑みを浮かべるお顔が、少しずつ、少しずつ近づいてくる。
実際は自らの足で歩を進めているのだが、ミリアにはまるで教皇様が椅子に坐したまま自分に近づいてくるように思えた。
恐れ多い事に教皇様のお顔を見る目を反らすことができない。
本当なら頭を垂れ、そのまま歩を進めねばならないのに、ミリアは初めて目が開いた赤子のように教皇様をうっとりと見つめていた。
近づくにつれ椅子に腰かけているとはいえ、見上げるように顔を上げねば教皇様のお顔を見続けることはできない。
気が付けばミリアは教皇が座る椅子のすぐ前に立っていた。
「き……きょうこうさま。始めまして。ミ……ミリアです」
つかえ、つかえ精一杯頑張って挨拶の言葉を述べ、初めて教皇から目線を外して大きく頭を下げた。
背中からイグナスの声が聞こえる。
「本日孤児院『ベラーデの家』にて"宝珠の儀"に応えたミリア。猊下のおん前に」
「そう……。ミリア。顔を上げてわらわにその目鼻立ちを見せておくれ」
柔らかく暖かな言葉が頭上から降ってきて、ミリアはおずおずと頭を上げ教皇様を見上げた。
「よい目をしている。イグナス。宝珠をここへ」
教皇の声に背後に何やらせり上がってくる音がかすかに聞こえる。
孤児院での宝珠の儀式で我が身に起きたことを思い出し、ミリアはピクリと身を窄め両手をギュッと握りしめて震えを抑え込んだ。
「恐れずともよい。ここにはわらわがいる。何が起ころうとそなたを傷つけたり、怖がらせることはわらわがさせぬ」
やや強い口調で発せられた言葉は、ミリアの震えをピタリと止め、身体と心の緊張を解き放った。
「さて、ミリア。『ベラーデの家』で行ったことを、今一度ここでするのです。大丈夫わらわがそなたを……」
そう言ってミリアを振り向かせた。
いつの間に準備されたのだろう。
部屋の真ん中、円形に敷き詰められた白く磨かれた石の中央に台座があり、その上には『ベラーデの家』でみた宝珠が乗っていた。
「わらわがそなたを守りましょう。安心してその手をあの宝珠の上に乗せるがよい」
瞬間、孤児院で起こった光が暴風のように荒れ狂った様を思い出し、また怖さが顔をだしてミリアの身体をこわばらせた。
両肩に何かが乗せられた。
これは!
教皇様の手!
乗せられた手からなにやら暖かな渦のようなものがミリアの身体を包み足元へと降りて行く。
こわばりはみるみるうちに解け、怖さもどこかへ消え失せていた。
「さあ。前に進みその手を」
言われるままミリアは宝珠に向かって歩みを進めた。
もう怖さは微塵もなく、肩に当てられた教皇様の掌がもたらした奇跡がミリアに勇気を与えてくれる。
目の前にあるのは孤児院で自分が手を乗せたあの宝珠。
荒れ狂う光の帯にどうしてよいかわからず、恐れ狼狽えたが今は違う。
ミリアはゆっくりと右手を伸ばし、宝珠の上に掌を乗せた。
ひんやりとして硬い宝珠の感触。
ほんの少しの間はなにごとも起こらず、ミリアは拍子抜けしたようにただ右手を宝珠の上に置いていたが……。
宝珠の……、中心に小さな光の渦が現れた。
それは渦を巻きながら次第に大きくなり……、そして弾ける様に四方に眩い光の粒となって飛び出した。
あの時と同じ。
光の粒は纏まり、絡み合って何本もの帯になり、大蛇がのたうち回るように部屋の中を駆け巡った。
あの時……、と違うのは……。
のたうつ光の大蛇が全て、教皇様がかざした両掌に吸い込まれてゆく。
床も壁も白く輝きを増し、眩しさに目を閉じてしまいそうになるけれどそれも長くは続かない。
光の帯、白き輝きごと、教皇様に吸い取られてしまう。
ミリアは光が教皇様の中に消えてゆくほどに身体の力が抜けていった。
まるでなにかを丸ごと教皇様に吸い取られているような感覚だった。
どのくらいの時間だったのだろう。
一瞬のようにも思えたし、すごく長い時間のような気もした。
確実なのは自分から何かがすっかり抜け落ちてゆく気分。
決して不快ではなく、むしろ心地よい疲労感。
そう感じているうちに光の粒は全て消え失せ、ミリアはがくりと頽れそうになった。
ガシッ!
しっかりと自分を抱きとめてくれる誰か。
いつのまにかそこにいたのかイグナスの笑顔が目の前にあった。
「ほぅ~」
ため息と言うより満足の吐息。
誰が?と振り向けばにこやかに微笑む教皇様が発したものだった。
「甘露」
言いかけて教皇様の口がぴたりと閉じる。
「ミリア。今宵この時より、そなたはわらわの僕となる。ゆえに名を与えよう。今よりそなたの名は"セシリア"。"セシリア・アルデリア"である」
「御意」
イグナスがミリアを抱きとめたまま頷く。
「たれかある!!」
イグナスの朗々とした声が響き、壁に縦筋が現れて扉となりそれが左右に開いた。
「リィエル、猊下のみもとに」
「この子は"セシリア・アルデリア"。猊下より聖名を授かった。リィエル。この者"宝珠の儀"により消耗しておる。休ませてやりなさい」
「御意」
音もなく歩み寄ると幼子の手を取り部屋の外へと進む。
疲れ切ったミリアだった孤児は、その手を引かれるまま夢遊病者のように部屋から去って行った。
◇ ◇ ◇
部屋の中は二人だけになった。
「イグナス」
「猊下」
「もう誰もおらぬ」
「アステリア様」
「イグナス!いつものように」
声の調子が不意に砕けた。
「ミラ様」
「甘露であった。実に久しぶりに若く濁りのない純粋な魔力を吸えた」
「5年ぶりでございますからなぁ」
「ただ、ひとつ気になる」
「と申されますと?」
「あの者の魔力はあれしきではない!あれで十分の一」
「なんと!!」
「何者かがあの者に隠蔽魔法を施しておる。しかも堅牢な術式でわらわにも解けなんだ」
「そのような術を使いこなすものが、おるとは思えませぬ」
「まぁ、それはおいおい。イグナス。先ほどのリィエルをセシリアの教育係にせよ。教えてゆくのだ、読み書きに教義、そしてこの国の理を」
教皇の薄い唇に浮かんだ笑み。
先ほどまでミリアに見せていたものとは違う。
「将来隠蔽魔法が解除できた暁には例の場所へ……」
もしここに神官たちがいて、その笑みを見たとしたならば……。
魂が震えあがるほどぞっとするような冷え冷えとしたものだった。
「ミラ様の御心のままに」
応えて教皇を見上げたイグナスの目は潤み、頬には朱がさしていた。
その視線には信仰でも、信頼でも、憧れでもない、別の何かが宿っている様だった。
ゆるゆると書き始めました。
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AIではないので遅筆です。
とりあえず書き進めた分をひとつずつ投稿していきます。




