【挿話】孤児ミリア初めての湯浴みをする
あちこちに話が飛んですみません。
このエピソードはセシリア・アルデリアが、まだその名を教皇国で得る前のミリア編です。
ミリアは周りを取り囲む白い衣装の女性たちを怯えた目で見まわした。
見下ろす幾多の視線が、自分をじっと見ている。
まるで、何かを決められてしまうようで怖かった。
彼女らに決められた事によっては、酷い目にあわされるのではないかという恐れが鎖のようにミリアを縛めた。
その身を縮こませ、少しでも視線から我が身を守ろうと両手で肩を抱きしめしゃがみこもうとした。
「怖がることはないのよ」
見下ろす視線の一つがふっと吐息でも吐くように柔らかな笑みに変わる。
『ペラーデの家』で亡きダフネが、寂しさに打ち震える夜に抱き寄せ見せてくれたあの笑顔と同じ優しさに満ちた笑み。
「なにも恐れ怖がることはないの。私たちに身を任せていなさい」
別の視線の主が、やはり柔らかく慈悲深い笑みを浮かべて言う。
ミリアは少し安心して両肩を抱きしめていた手を下におろした。
「まずは湯浴み。その身体きれいにしましょうね」
「湯浴み?」
聞きなれない言葉に戸惑ううちにミリアの一張羅はするすると脱がされ、一糸纏わぬ裸にされてしまった。
赤の他人に裸を見られる恥ずかしさに一瞬身体をこわばらせたが、導かれるまま音もなく開かれる扉の先に歩み入った。
自分の周りを覆うように触れて来たのは暖かな湿った空気の流れ。
白く薄ぼんやりとしか先が見えないが、『ペラーデの家』の広間よりはるかに大きな空間。
孤児院暮らしで入浴と言う習慣のないミリアにとって纏わりつくものが"湯気"というものだとはわからない。
目が慣れてくると、先ほどの女性たちより少し年若い数人が笑みを浮かべながら裸で立っている。
「この子はミリア。この後アステリア様の謁見を賜る。身を清めよ。念入りにな」
女たちは深く一礼すると左右からミリアの手を取り中へ導き入れた。
◇ ◇ ◇
白く煙のようにもみえるものに手を伸ばし触れようとしてみたが、手ごたえもなくただすり抜けてしまう。
「?」
ミリアが不思議そうに首をひねっていると、女たちはくすりと笑いながらミリアの身体に触れてきた。
「きゃ」
思わず小さな悲鳴が出る。
しかしそれはすぐ心地良さに変わった。
「あっ、気持ちいい……」
彼女達の手は孤児院の仲間たちのひび割れガサガサとは違う。
柔らかですべすべしほっそりとした指を持つ掌が身体を滑る肌触りは、ちょっぴりくすぐったいけどこの気持ちよさは癖になりそうだ。
白く煙るものは、その見た目とは裏腹に柔らかく暖かいものだった。
女たちはそれを両手に掬い上げ、ミリアの身体を優しく撫でていく。
「ん……んん……はぁ」
その心地よさについ吐息が出てしまった。
暖かなものの正体は湯だった。
『ペラーデの家』では湯浴みなどと言う習慣はない。
孤児院で味わった暖かいものと言えば夕餉の椀くらい。
それさえ毎日ではない。
ましてや湯を沸かしてそれを水浴の代わりにつかうなど、体験したことも想像もしたもことはない。
女たちの白くしなやかな指が、ミリアの身体を滑るたびに暖かな湯が肌を撫でる。
孤児院では、年長の子や最年長の子供が年下の子供たちの手を取り水浴をさせるすることはあった。
だが、これは水ではない。
湯と言う水を温めたというそれは、えも知れぬ暖かさでミリアの心まで蕩かしてしまう。
「さっ、ここに座って」
促された先には白い石で作られた台座があり、その横には湯を満たした桶が置いてある。
「?」
なんでこんなところに座るのだろうと不思議に思いながらも言われるままそこに腰かける。
女たちはミリアを左右から挟み込む形で座り込むと、手にした布を湯に浸し軽く絞るとそれで優しく身体を擦り始めた。
「ん……あ……はぁ、暖かい……」
思わず身体の力が抜けた。
ミリアは目を細め、されるがままになった。
身体から力が抜けていくようだ。
女たちの手つきはとても優しく、まるで壊れ物を扱うように繊細だ。
「なんて気持ちいいんだろう……」
女たちの優しい指使いにミリアは身を委ねた。
新しい桶に湯が満たされ、ザァ~っと身体を伝い落ちる。
大聖堂に入った時あれだけ緊張していた筋肉がゆるりとほぐされてゆく。
力が抜ける。
しばらくミリアは初めて味わう湯の暖かさと肌を滑る女たちの指使いに身を任せていた。
あぁ、青空のはるか上にあると聞いた天国と言うところは、こんな感じを味わうところなのかしら?
まるで暖かな毛布に包まれ揺り籠の中にいるような感覚に気を失いそうになる。
◇ ◇ ◇
思わず眠ってしまいそうな心地よさに目を閉じているミリアの耳に声が響く。
「さあ、そのまま目をしっかり閉じていてね」
言葉に続き髪と身体に何かが塗された。
「えっ?これなぁに?」
問いかけるミリアに女たちの笑い声が聞こえる。
「しゃぼんをしらないのね。大丈夫私たちにまかせて。目に入ると滲みるからしっかり閉じていてね」
心地良さを与えてくれる彼女たちを信じたミリアは目に力をこめギュッと閉じる。
塗された物は春先に咲き出す花のような良い香りがする。
肌を滑り、髪を漉く指先は先ほどよりずっと滑らかで心地よい。
すると布のようなものが身体に当てられごしごしと肌を擦る。
「アタシ、お洗濯されているのかしら?」
そんなことを思いながらミリアはその動きに身を任せる。
途中湯と言うものが何度か身体や髪のヌルヌルを洗い流し、また新たなしゃぼんが髪や身体に塗される。
ミリアの身体中から良い匂いが漂うようになってきたのが自分でもわかる。
それが何度か繰り返された後、乾いた布で濡れた全身をすっかり拭われ、髪は特に念入りに水気がなくなる迄拭われた。
「さあ、きれいになったわ」
女たちはミリアを立たせるとその身体を隅々まで検分し、満足そうな笑みを浮かべた。
そしてそのまま手を引かれ湯殿を後にして別の部屋へと案内される。
◇ ◇ ◇
「さぁ、もう目を開けてもいいわよ」
声に従い言いつけ通りしっかりと閉じていた目をゆっくりと開く。
目の前にすっ裸で火照った身体から湯気を立ち上らせ両側を裸の女たちに挟まれた少女がいた。
「まぁ!」
思わず驚きに口元に手をやれば、目の前の少女も同じような仕草をする。
「えっ?」
この子何なのアタシの真似をして。
そう思うミリアの耳元に女の一人が囁く。
「鏡を見るのは初めて?そこに映っているのはミリア、あなたよ」
「えぇ~!!」
叫び声と共に裸の自分に気付き、恥ずかしさがぶわりと込み上げる。
ミリアは口元を押さえたままみるみる顔が真っ赤になった。
「うふふ、可愛いでしょう。これがあなたよ。さぁ服を着ましょうね」
恥ずかしさにコクコクと頷くミリアに、女たちはくすくすと笑いながらミリアに白い布を纏わせる。
肌着も服も今まで触れたことのないような柔らかさで、結ばれた腰帯はキュッと音がしそうなほどだ。
(こんな立派な服、アタシが着てもいいのかしら?)
喜びより困惑が先に立つミリアだったが、そんな戸惑いにお構いなく女たちに真っ白な衣装を着せられていた。
なんという柔らかな肌触り。
湯で火照った身体にひんやりと纏わりつく白い生地。
続いて髪が櫛で整えられ頭の後ろで軽く結ばれた。
髪の毛を結い上げられるというのもミリアにとっては初めての経験だった。
キュッと髪を引っ張られる感じには、さすがにすぐには慣れないかったが、鏡に映る自分の姿は孤児院で見た絵本のお姫様のようだった。
「さぁできたわ」
ミリアの身体と髪を洗い、白く着飾らせた裸の女たちがニコニコと笑みを浮かべながら静かに傍から離れてゆく。
「支度ができたようね」
音もなく鏡の左右に彼女たちが消えるのと入れ替わりに、ミリアをここに連れてきた白い法衣を纏った女たちが現れた。
「さぁ、ミリアついていらっしゃい。イグナス様に改めてご挨拶よ」
覗き込むように身を屈めた一人が、また蕩けるような笑みを見せて語り掛けた。
その笑顔にこくりと頷くと、前に二人、後ろに二人法衣の女たちがミリアを囲むように立つ。
「いくわよ」
前の二人の歩みに合わせミリアもおずおずと、でも遅れないように前を行く足先の動きに合わせ歩みを合わせた。
大人でありながら幼子の歩幅に合わせるように先導する二人の歩みはゆるゆると進む。
歩みに気を取られ進み続け、周りの景色に目を取られないうちにイグナスの部屋の前に来たようだ。
止まった歩みに慌ててミリアも立ち止まると、初めて目の前に大きな扉があることに気付いた。
樫だろう硬そうな木製の扉は磨き上げられ、縁取るように鐵の縁取りが鋲で止められている。
中央に翼を広げた鳥を模した重そうな叩き金があった。
左側の女のが手をかけコンコンと二度重そうな音を立て、背筋を伸ばして凛とした声を上げた。
「イグナス様。湯浴みが終わりましたのでミリアを連れてまいりました。」
室内から響く重々しい声。
「入りなさい」
四人の女たちは深くその場で一礼すると、扉に手をかけ左右に開いた。
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