【挿話】孤児ミリア大聖堂に引き取られる
あちこちに話が飛んですみません。
このエピソードはセシリア・アルデリアが、まだその名を教皇国で得る前のミリア編です。
5歳の誕生日に、孤児ミリアの運命は変わった。
手を乗せた透明な宝玉が、白く輝く。
なにこれ?
お日様の光?
違う。
こんな光、アタシ見たことがない。
淡く灯るはずのそれは、まるで爆ぜるように光を増し、眩い粒となって四方へ弾け飛んだ。
礼拝堂の壁や床に反射した光が、揺れながら踊る。
こわい。
思わず手を引っ込めたくなる。
「乗せた手は、言われるまで離してはいけない」
そう言われていたのに。
「ねぇ……こわいの。手、離しちゃダメ?」
振り返るミリア。
◇ ◇ ◇
そこにいる女司祭エルデウスは……。
思わず口元を押さえ、目を見開いていた。
驚きより怯えで手が震え出す。
宝玉が砕けんばかりに震える。
……ありえない。
エルデウスは息を呑んだ。
これほどの反応を見たことがない。
「どうしてそんな顔してるの?」
問われた孤児の問いかけに、エルデウスは胸の奥がひやりと冷えた。
「……っ」
何か言わなければ。
これは儀式だ。
神に選ばれた子を見定める神聖な儀式。
足が逃げようとする。
だが司祭が恐れてどうする。
エルデウスは震える唇を噛み、ようやく声を絞り出した。
魔力を確認した自分が言わなければならない一言がある。
辛うじてこわばる口からそれを吐き出す。
「慈悲と慈愛の神の力が、この子に宿りました。祈りを」
声は思いのほかよく通り、孤児院の中隅々まで響いた。
その瞬間。
院長をはじめ、年長の子どもたちも、幼い子どもたちも、
一斉にその場に跪き、手を合わせる。
ざわめきひとつない静寂。
ただ祈りだけが満ちていく。
「ミリア、手を離しなさい」
ひきつりそうな声をなんとか整え、ミリアに声をかける。
◇ ◇ ◇
やっと許された。
ほっとして、慌てて宝玉から手を離す。
一拍遅れて。
弾けていた光が、すっと消えた。
何事もなかったかのように、宝玉はただの透明な石へと戻る。
ミリアは自分の手を見て、それから、そっと後ろに隠した。
◇ ◇ ◇
「ペラーデ院長。この子は大聖堂でお預かりします。支度を」
静まり返った空気の中で告げられたその言葉に、院長ペラーデはわずかに息を呑む。
支度、と言われても。
ここにあるのは、今着ている衣服だけ。
替えもなければ、持たせる物もない。
身を清めるといっても、せいぜい桶の水で身体を拭う程度。
それも今朝、この儀式のために済ませたばかりだ。
つまり何も、してやれることはない。
「エルデウス様……恐れながら、その、支度と申されましても……ミリアには何も……」
言いよどむ院長に、
「承知」
短く、しかしはっきりと司教は応じた。
そして、ゆっくりとミリアの前へ進み出る。
その場にいる誰もが息を呑む中、厳かに告げた。
「わたくしと共に大聖堂へ来なさい」
一拍。
「汝はそこで修業を積み」
さらに一拍、言葉が落ちる。
「偉大なる『アルデリア教皇国』の神官となるのです」
ざわり、と空気が揺れた。
“神官“(しんかん)。
その言葉の意味を、ミリアはよく知らない。
何をする人なのか想像すらつかない。
けれど、
ここから、出ていくのだ。
それだけは、はっきりと分かった。
ミリアは小さく頷き、一礼する。
そして、くるりと踵を返すと、
院長のもとへ駆け出した。
「院長さま……!」
ひし、と抱きつく。
顔を胸に押しつけた瞬間、熱いものがこみ上げた。
「あたし……」
言葉にならない。
代わりに、涙が溢れた。
ぽろぽろと零れ落ち、院長のくたびれたシャツを濡らしていく。
「うん、うん……」
節くれだった手が、そっと頭に置かれる。
ゆっくりと撫でられるたび、胸が締めつけられた。
ぼさぼさで、白髪混じりの髭。
深く刻まれた皺だらけの顔。
けれどその手は、誰よりもあたたかい。
亡くなったダフネが母ならば、
ペラーデは父だった。
ここを出る。
院長と別れ『大聖堂』というところに行く。
儀式の結果によってはそんなことになるかもしれない。
そう言われ「はい」と返事はしてはいた。
でも。
自分がそうなるなんて、思ってもいなかった。
ミリア、5歳の誕生日。
その日、空はどこまでも澄み切った青一色。
太陽はまばゆく輝いてアルデリアの町に降り注いでいた。
気づけば昼を告げる鐘が鳴っていた。
大聖堂から放たれた鐘の音は、放射状に広がり町を祝福で満たしてゆく。
やがてそれは孤児院『ペラーデの家』を柔らかく慈愛の掌に包みこむ。
鈴懸の枝葉が風もないのにかすかに揺れた。
けれど儀式でミリアが宝玉より発した光が、
これから彼女に何を与え、そして奪っていくのか?
今はまだ誰も知らなかった。
◇ ◇ ◇
見上げてもまだ上が見えない程大きな大聖堂の扉。
巨大な壁のように聳え立ち孤児院での自分など、ここにいるのがふさわしくないような威圧感。
突然、地鳴りのような音が響いた。
巨大な扉が軋みを上げながら、ゆっくりと開いていく。
ミリアは音に握りつぶされそうになり、右手にぎゅうと力を入れエルデウス司祭の手のひらを握った。
重々しい軋みは、まるで大聖堂そのものが息をしているようだった。
怖い。
この奥に何があるんだろう?
アタシはこれからいったいどうなるんだろう?
そう自問自答しながら押しつぶされそうな不安が力となって手を握るエルデウスに伝わって欲しかった。
(ねぇ、怖いの。お願い何か言って。アタシこのままじゃぁ赤ちゃんみたいに泣きだしてしまうわ)
思いが伝わったのかエルデウスが振り向くとミリアを見下ろし、やがて跪くとミリアの顔を覗き込んだ。
「怖がらなくていいわたくしがついています。ミリア。あなたは神に選ばれし者なの。門出に涙は似合わないわよ」
孤児院の院長へのやや高飛車な物言いと違う優しい声音が、溢れかけたミリアの涙を堰き止めてくれた。
いつのまに取り出したのか柔らかな肌触りの布が目じりを拭い、こみ上げていた涙を跡形もなく吸い取ってゆく。
拭き取られた涙と共に不安は少しばかり消えた気もするが、開いてゆく扉からは大聖堂の中は暗がりで良く見えない。
エルデウスの手のぬくもりと反対に、得体のしれないなにかが扉の中から這い出してきて、
自分を取り囲んでくるようで、ミリアはぞくりと身体を震わせた。
「エルデウス様ご帰還でございます」
いつの間にか現れた白い法衣を纏った人たちが左右に並び頭を垂れる。
その間をミリアの手を引きしずしずと進むエルデウス。
ミリアと言えばただきょろきょろと視線を走らせ、なにが起こっているのかを把握しようとしていた。
よく見れば法衣を纏った人たちは全て若い女性で男の人の姿は影も形もない。
と思ったミリアの耳にまたあの地鳴りのような響き。
はっとして手を引かれたまま振り返るミリアの目に、あの巨大な扉がゆっくりと閉じてゆくのが見えた。
(もうここから出られない)
そう思うとまたミリアの両目は熱を持ったように熱くなり、ぷっくらと涙が浮かんくるのがわかった。
門出に涙は似合わないと言われたことを思い出し、泣いてはいけないと必死に我慢する。
けれど小さな子の努力を無にするかのように、溢れだした涙は雫となって床に落ちて行った。
落ちる涙が床を濡らすのを見ながら、しゃくりあげるのだけはやめようと俯くミリアを引く手が止まった。
「イグナス大司教様。エルデウスただいま戻りました」
見上げればエルデウスは大きく身体を折り曲げその先にあるものに深々と一礼している。
慌ててミリアも視線を下げ頭を垂れた。
「おかえりなさいエルデウス。してその子は?」
「孤児院『ペラーデの家』のミリア。此度の儀式で宝珠が反応いたしましたのでイグナス様の身元へ」
エルデウスの答えにイグナスの目がくわっと見開かれた。
「宝珠が応えたのは五年ぶりか……。」
「ならば、その子の顔を見せておくれ。」
イグナスが目の前で俯くミリアのそばに歩み寄り跪く。
エルデウスは凍りついた。
大司教イグナスが膝を折るのは、唯一至高の存在であられる教皇アステリア様だけなのに!。
「イ、イグナス様!!」
その声には答えずイグナスは俯き、涙するミリアの顔を覗き込む。
「ミリア。怖がることはありません。泣き止んで可愛らしいそのお顔をわたくしに見せておくれ」
手を伸ばし指先で両目の下をスッと拭う。
柔らかなひかりがミリアの頬を包み、涙がすぅっと消え失せた。
えっ?ミリアは頬に触れられた指先から、滲みてくるふわりとした暖かさは、遠い日ダフネがくれたもの。
『ペラーデの家』で母代わりにわたしを慈しんでくれたダフネ。
淋しさや、寒さや、ひもじさに泣いた日に、抱き寄せ同じように指先で涙を拭ってくれたあの暖かさ。
3歳の冬流行り病であっという間に黄泉の国へ連れ去られてしまったはずなのに……。
あの暖かさにはもう二度と触れる事はできないと思っていたのに……。
ミリアは涙の消えた瞳で目の前のイグナス様とよばれる人の顔を見た。
ダフネよりはずっと若い。
でも、左右にかしずく法衣を纏った人たちやエルデウスという司祭よりは歳は上だろう。
優しそうな銀の瞳には小さく自分が写っている。
エルデウスのように僧帽を漆黒の髪に止めているが、彼女よりはるかに大きく立派なもの。
きっと今ここにいる誰よりも偉い人なのだろう。
ミリアは跪こうとするが、イグナスが存外な力で両頬に手を添えているのでそれも叶わない。
なすがまま目の前で微笑む女の人を見ているだけだった。
でも今まで押しつぶされそうだった自分から、嘘のように不安な気持ちが消え去っていくのがわかった。
「ミリアというのね。いずれ”慈悲と癒し”の偉大なる教皇アステリア様よりここでの名が与えられるでしょう」
笑みを絶やさずそういったイグナスは、自分の後ろに控えた数人の神官に命じた。
「まずはこの子に湯あみを。汚れを落とし、髪を整え……、そうして小さな子が纏える衣服を」
そこまで言うとおもむろに立ち上がり背筋を伸ばすと口調を改め続ける。
「支度が済んだらまずは我が部屋へ。それから偉大なるアステリア様のおん前でさきの儀式を今一度」
命じられた神官たちが自分の左右にやってくるのを、ミリアは固まったように立ちすくんで見ていた。
「案ずることは何もありません。この者たちに身をまかせておけば良いのですよ」
エルデウスに耳元で囁かれ、ミリアは返事の代わりにこくりと頷く。
◇ ◇ ◇
神官達に連れられミリアが去ってゆくのを眺めながら、イグナスは改めてエルデウスに問う。
「して、あの子の魔力は?」
「はい。宝珠が砕けんばかりに光り輝きましてございます!!」
「……まことか!?」
「あまりの輝きに恥ずかしながらわたくしも……、一瞬固まってしまい……。途、途中で儀式を止めたしだいで……」
後半しどろもどろになりながらエルデウスが答える。
「ふうむ、まことその通りであれば久々のこと。まずは今一度」
言葉を切りミリア達が消えた奥に目をやるイグナスの顔は、先ほどの笑顔は消しエルデウスに向き直る。
その顔に光る銀色の瞳にエルデウスは、自分の体温が下がってゆく錯覚にとらわれた。
「後はわたくしが。その方も疲れたであろう。久々に癒しのひと時を過ごすがよい」
「ありがたき幸せ」
エルデウスは深く辞儀をし去る。
見送ったイグナスが呟く。
「まずはアステリア様にご報告せねばな」
踵を返し奥の間へと歩みを進めるイグナスの後ろを、若い神官たちが細い列をなして従い、大聖堂に静寂が戻った。
お目にとめていただきありがとうございます。
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AIではないので遅筆です。
とりあえず書き進めた分をひとつずつ投稿していきます。
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