1.エルナ・グラウシュミットの旅立ち
主人公のひとりエルナ・グラウシュミットがドワーフの国から旅立ちます。
養父を看取り、葬儀を終えた彼女の旅立ちシーンです。
ドワーフの国の朝は、様々な音で始まる。
目を開ける前から、外が騒がしいのがわかるからだ。
市場通りから聞こえてくる怒鳴り声と笑い声。
樽が転がる音に、売り子たちの客を呼び込む声。
その奥では、工房に火が入る低い響きがいくつも重なっている。
ふいごの音、炉が目を覚ます音、金属が赤くなる気配。
――ああ、今日もいつも通りだ。
寝坊した炭鉱夫のおじさんが、奥さんに昨日の深酒を叱られている。
耳を引っ張られながら鉱区へ向かう姿を見て、子供たちが笑っていた。
木剣を振り回して「冒険者だぞー!」なんて叫びながら走り回っている。
パン職人が焼き上げた硬いライ麦のバケットが香ばしい匂いを辺りに振りまく。
通りから長く伸びた日差しが足元を照らし始める。
そんな、何一つ変わらない朝の中で。
私のいる工房だけが、静まり返っていた。
炉には火が入っていない。
金床も、槌も、昨日から一度も動いていない。
――昨日、養父の埋葬を終えた。
まだ赤ん坊の私を預かり、育て、生きる術を教えてくれた。
確かにここしばらく、老いが彼の動きを鈍くしていたけれど……。
こんなに急に悪くなるとは、思ってもいなかった。
冒険者だった彼は、なぜ赤子の私を預かったのだろう。
なぜ、引退して鍛冶師になったのだろう?
答えを聞く間もなく逝ってしまった彼……。
私は、深く息を吸ってから、装備を確かめた。
腰に差したのは、自分で鍛えたショートソード。
初めて養父に褒めてもらえた、大切な一本だ。
革鎧は、あの人が鍛冶の時使っていた革のエプロンを切って、縫って、鎧にしたもの。
小さな盾は、工房の隅にあった頑丈なあの人の愛用の椅子を削って作った。
全部、あの人がいた証。
だから一緒に連れてゆく。
左手に嵌めた実父が私にと託した、青く鈍い光を放つ指輪を見る。
ミスリル製で、見たことのない文様が刻まれている。
ドワーフの技術じゃ、こんなの作れないって、養父は言っていた。
「……お父さん」 答えは返ってこない。
でも、指輪の冷たい存在感は、確かにそこにあった。
腰に、使い込まれ縁が解れそうになっている皮袋を巻き付ける。
父の仕事仲間の工房主達が、無理やり押し付ける様に持たせてくれた、餞別のお金。
ずしりとした重みが、自分を現実に引き戻す。
背中には、使い込んだ槌と、小さな金床を詰めたリュック。
これで全部。
工房の入り口で立ち止まって、振り返った。
静かな炉。
使い込まれた道具たち。
もう二度と、ここで朝を迎えることはない。
ちょっとだけ、胸の奥がわずかに軋んだ。
それでも、笑って言うことにした。
「……いってくるね」 無人の工房に向かって、そう声をかける。
返事はない。
それでいい。
扉を開けると、外は賑やかな朝の喧騒だった。
広場が、市場が、そして工房が、何時もの様に私を包み込む。
ドワーフの国は、今日も変わらず動いている。
変わったのは――たぶん、私だけだ。
実父の名前を知るために。
どこにいるのかさえわからないけれど。
私は、この国を出る。
エルナ・グラウシュミット。
鍛冶の火しか知らなかった私。
剣も自己流の半端者。
恋愛? ……まあ、その、縁はなかった。
胸だって平らだし。
でも、旅立つ覚悟だけはある。
だから、前を向いて歩いて行こう。
ゴールがあるかは、わからない。
それでも前へ……進もう。
この朝が、いつか昔話になるとしても。
ゆるゆると書き始めました。
お目にとめていただきありがとうございます。
良かった、悪かった、何らかの反応をいただければ幸いです。
AIではないので遅筆です。




