【挿話】エルナ・グラウシュミットは神官に救われる
エルナがなぜ危険を冒してまで、見習い神官のセシリアを助けようとしたのか?
その訳を記しておきたくて挿話として3エピソードを追加しました。
少し横道にそれた感じを受ける方も多いかと思いますが、このエピソードが後の”エルナ・グラウシュミット奮戦す”のエピソードに繋がっていきます。
依頼書にあった森は西の門を出るとすぐにその姿が見えた。
思ったより大きな森だ。
街道に沿って進むと樹々がややまばらになる場所があった。
「ここから入るか」
エルナは誰に言うとでもなく呟くと繁った草木をかき分け森に分け入った。
森の中は日の光が遮られていて薄暗い。
しかしまだ鳥の声、虫が跳ね下草を揺らす音が聞こえている。
さらに分け入り進むにつれその暗さが増す。
気が付けば鳥の声は消え、虫たちの跳ねる音も消えた。
「静かすぎる」
エルナはそう呟くと、腰に差した剣を抜き放つ。
実戦で使うのは初めてだが、自ら火の神、土の神に祈り、鍛え、義父に初めて認められた一品。
ショートソードでありながら鋼の色は冴え、刀紋が波打つように刀身に浮かんでいる。
エルナは右手に剣を下段に構え、小さな丸い木の盾に身体を隠すように身構えた。
義父の愛用の丸椅子。
硬い木で盾に加工するのにやや苦労した。
構えれば義父が守ってくれる気がする。
「義父さん。なにかいる。わたしを守ってね」
そう呟いた瞬間目の前の繁みが揺れなにかが飛び出した。
盾を構えた左手が跳ね上げられた。
そして身体全体に激しい衝撃!
「かはっ!」
エルナの小さな体が中空に舞った。
地べたの感触に身体を捻り、叩きつけられる衝撃をかろうじて和らげた。
ゴロゴロっと下草の繁る草地を身体が勝手に転がる。
転がるに任せて距離を取り盾を構えながら起き上がる。
「なんだ!こんな強い衝撃。そしてこの痛み。あばらにひびが入ったか……」
唇をかみしめ状況を確認しようとする。
しかし、その隙を敵は与えてくれなかった。
再び身体に衝撃!
エルナの身体が宙に舞う。
こんどは衝撃を和らげることもできないまま地べたにたたきつけられる。
口が切れたか鉄の味が口腔に広がる。
盾と剣を手放さなかったのは褒められてよいが、敵に反撃をするどころではない。
「だめだ」
身体が動かない。
左手と左足に強い痺れと痛み。
折れたか!
痛みに耐えながら大の字に横たわったエルナの視線に、ようやく敵の姿が捕らえられた。
「なんだあれは?」
里や近くの山では見かけない四つ足で大きさがエルナの倍くらいはあるだろう。
それが前脚で土を掻き、再びエルナに突っ込んで来ようとしていた
豚のような鼻をしているが口の脇には牙がある。
その先にはエルナのものであろう血が付いていた。
「動いてくれ」
動かぬ身体を叱咤するが、とても避難する隙は与えてくれないようだ。
「義父さん、ごめん。わたし、本当のお父さん見つけたかったんだけどな……」
魔物がこちらに向かってくる!!
死を覚悟してエルナが目を閉じかけた時、ヒュンと何かがエルナの頭上を横切った。
ついで魔物の「ぎゃん!!」という悲鳴。
見れば豚の鼻先に矢が刺さっている。
そこが弱点なのか痛みの咆哮をあげながら巨体が地べたを転げまわる。
抜こうと藻掻くのだが矢じりは鼻先から口へと抜けがっしりと刺さったままだ。
「ちょっとあんた大丈夫?」
女の声に続き男たちの足音がエルナの横を通り過ぎ敵を串刺しにしていた。
「助かったのか」
そう思ったら緊張が溶けたせいか身体中が痛みの悲鳴を上げ、エルナはその痛みの中気を失った。
◇ ◇ ◇
「もし……、大丈夫ですか?」
先ほどとは違う女の声が聞こえる。
優しく揺り起こされるような声音。
「”治癒”は済ませました。傷は塞がり骨折も元通りに治したのでもう痛みはないはずです」
声に誘われるようにエルナはうっすらと目を開ける。
目の前に白い僧帽を被った成人のヒューラン女性がいた。
薄い金色の髪に緑色の瞳の美しい女。
気遣うような顔つきでエルナを見下ろしている。
「わたし……」
気づけば気を失わせるほどの痛みは消え失せている。
慌ててエルナは肘をつき起き上がろうとした。
「落ち着いて。もうあれは仲間が仕留めました。大丈夫ですよ」
頭をふりふり辺りを見回せば、件の敵は確かにこと切れた躯を横たえている。
壮年の男がふたり、その腹を裂き心臓の近くにある魔石を取り出すところだった。
「あっ、気が付いたんだね。間に合ってよかった」
頭上から降ってきた明るい声は、「あんた大丈夫?」とかけてきた声と同じ。
年若い女で弓を背負い肌の露出が多いシャツとパンツ、そして柔らかそうな革のブーツを履いている。
「あんたのその体格で正面から受け止めちゃだめよ。弾き飛ばされちゃうにきまってんじゃん」
確かにその通りだった。
エルナはセレンと名乗るパーティーの弓と斥候担当に里を出てから初めて見知った魔物の正体を聞いた。
「あれはね、アタシたちヒューランはウッドブルボアって呼んでる猪の一種」
ふっと笑いを浮かべ彼女がダメだしする。
「まぁあの様子だとドワーフの里から来たばかりでしょ。正面切っての戦いじゃ殺してくれって言ってんのと同じ」
魔石を取り出した男が苦笑いしながら続ける。
「猪ってのは正面から受けちゃいけねぇ。いなして横からズブリだ。毛は固いがお前さんの剣で充分イケる」
「そうそう。まぁ傍に俺たちがいて良かった。俺はラムジス。こいつはバグジー。神官様の護衛だ」
「神官?」
ようやく起き上がったエルナは問う。
「ドワーフにはわからねえか。”慈悲と癒し“の神官様のありがたさは。だがその神官様のおかげで傷が癒えたろう?」
言われてエルナは改めて手足を動かし、捻り、腰を伸ばしてみたが、どこも痛くはない。
確認したところで美しいヒューランの神官と目が合い、埃を払いながら立ち上がるとぺこりと頭を下げた。
「あ・り・が・と・う……ご・ざ・い・ま・す。死ぬところを助けていただいて」
我ながら不器用でぶっきらぼうなお礼の言葉に神官は溶けるような笑顔で答える。
「本来なら異教徒を救う必要はないと教えられているのですが、まぁこんな時ですから神も多少はお目こぼしをしてくださいますわねぇ」
「そうよ。感謝なさい。ほっておかれてそのまま野垂れ死にしても文句は言えないところよ」
「こちらのお方はアルデリア教皇国の司教様だ。俺たちみたいな護衛がつくくらい偉いお方なんだぞ。」
「アルデリア?」
うっすらと聞いた記憶がある。
ヒューランの国に、女教皇アステリアを戴くアルデリア教皇国という宗教国家があると聞いたことがある。
「わたくしアルデリア教皇国の司教カニクラと申します。本来なら異教徒に名乗ることなどないのですが……」
にっこりと微笑んだ司教が人差し指を唇に当てつぶやく。
「今日のことはばれるとわたくしもお叱りを受けますから、ここだけの話にしてくださいませね。その代わり……」
そこで笑顔を消して真顔に戻ると、エルナに顔を寄せて呟いた。
「もしもこの先……、いずこかで難儀にあっている神官を見かけたら、あなたの手を貸してあげてくださいね」
そう言うとカニクラはエルナに背を向け歩み去る。
「じゃぁな駆け出し」
護衛という三人がカニクラの前後を守るように続いて立ち去ってゆく。
取り残される形になったエルナは四人の背に向けいつまも頭を下げ続けていた。
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