周防未雷入隊
今でも忘れることはない。
部屋に充満する血の匂いも、腐敗していくお母さんの体も。
お母さんを貪り喰う魔人の顔も。
再人歴539年某日、トウ都チュウオウ区、魔人掃討局。
「入隊おめでとう!新人隊員の皆!」
大学の講義室なような場所に私ーー周防未雷は座っていた。
前では、綺麗な黒髪ショートの女性が歓迎の挨拶をしている。
「私は魔人掃討局戦闘部長の南條優吏。
以後、よろしくどーぞ!」
優吏さんはテンション高めに自己紹介をした。
「いやぁ、ほんと難しい入隊試験をよくクリアしたよね。
今年合格したの六十六名だって。
私、そんなに覚えきれないよ〜」
本当にこの人部長さんなのかな?
なんか、ダメ上司臭がものすごい気がする……。
「さて、いきなりだけど一つ質問!」
前に出ている女性はそう前置きすると、真剣な表情になった。
「掃討局がいる理由は何か分かる?」
周りがざわつき始めた。
隣の人と熱心に話している人もいれば、興味なさそうな顔をしている人もいる。
私は両隣を見たけど、二人とも興味なさそうな顔をしていた。
というか寝てるし。
「聞いてるだけだと、授業と一緒でつまんないよね。
そこの君!理由を答えてみて」
優吏さんに指を差されたのは、私の後ろの人だった。
明るい髪の右頬には二本線の傷跡がある若い男性だ。
男性は起立して、感情のない声で答える。
「魔人を全て殺すためです」
男性の回答にまた周囲が騒がしくなった。
中には、無理ぃ無理ぃと煽る声も聞こえる。
優吏さんはその回答に満足そうに頷いた。
「間違ってないけど、正解でもないなぁ。
掃討局の中には魔人を殺さない部隊もあるしね」
ありがとねーと優吏さんは礼をした。
「もう一人ぐらいに聞いてみよっかー。
じゃあ、答えた青年の前に座ってる君!」
優吏さんが笑顔で私を指してくる。
嘘だ……。
まさかの指名で私は混乱した。
(全然考えてなかった!なんて答えるのが正解なんだろう)
ここにいる全員の視線を浴びてるのが分かる。
そして、その視線がめちゃくちゃ苦しい!
私は頭をフルで回転させた。
「えっと……魔人の被害から民を守るためですかね……」
答えたのは、よくある常套句。
これぐらいしか、私には思いつかなかった。
「素晴らしい答えだね!
でも、残念ながらそれも少し違う」
優吏さんはそう反応すると、教壇にばんっと激しく手をついて言った。
「掃討局がいるのは、殺すためでも守るためでもない。
ただ、国の偉い奴にやってくれと頼まれたから」
え?
誰も喋らないせいで、静かになった。
静かにならざるを得ないほど、あまりにも単純な回答だった。
私も唖然とした。
「掃討局がいる理由なんて、その程度のことだよ。
国の偉い奴に頼まれたから、魔人を殺してるんだよ。
誰もやりたくないことを、頼み事って体で私たちに押し付けてるにすぎないんだよ」
優吏さんは、面白そうに笑うと再び教壇を強く叩いた。
「だから、大切なのは自分だけの“いる理由”……“戦う理由”を見つけるごとが大事。
殺すためでも、守るためでも、金のためでも全然構わないよ。
この職業は、理由がないやつほど、意義を見出せなくなり、死んでいくんだ。
君たちには早く自分だけの“戦う理由”を見つけてほしい」
自分だけの“戦う理由”。
身長百五十センチもない私がなぜ、掃討局に入ろうと思ったのか。
それは、自分のように家族を喪う人を少しでも減らしたいからだ。
入隊初日なのに、そのことを忘れていた。
それが、今の私の“戦う理由”。
「以上で話は終わり!
改めて入隊おめでとう!」
優吏さんはそう言うと、教壇の下に隠していた花びらをばら撒いた。
こうして、私ーー周防未雷は魔人掃討局に入隊した。




