友達という存在
「アリス!アリス!」
誰かが呼びかけてる声がして、私は目覚めて起き上がった。
周りには橋本親子とノアが心配そうな顔で覗き込んでいる。
「ここは……」
「タカハにある唯一の病院です。
運河で溺れてるところをノアさんが見つけて搬送したんです」
町長が丁寧に説明してくれた。
そうか、私は気絶していたのか。
ベッドから降りようとしたが、体に痛みが走った。
思わずうずくまってしまう。
「無理しないでください。
ノアさんや医者が治療したとはいえ、痛みはまだ残っていますから」
「町長さんの言う通りだよ。
とにかく、しばらくは絶対安静。いいね?」
ノアが顔を近づけてダメ出ししてきた。
聞こえるように、舌打ちをする。
「あっ、今舌打ちしたね?
チッって言ったよね?」
「動けないのマジでウザいんだよ。
ベッドの上にいたって何も面白くない」
この痛みもほっとけば勝手に治るだろ。
何を悠長にしてんだよ。
「とにかく、痛みが引くまでは大人しくしてて。
痛みが引いたら、旅を再開するから」
ノアはそれだけ言うと、町長と部屋を出て行った。
部屋には私と美香の二人だけ。
美香はさっきから俯いて黙ったままだ。
何か話そうと思ったが、何を話せばいいかわからなくて、言葉に詰まった。
「あの、アリスさん」
「ん?」
「ありがとうございました」
突然美香が勢いよくお辞儀をしてきた。
私は何故お礼を言われるかわからず、少し困惑する。
「その、“ターザン”を倒していただいて」
「いちいち礼なんかしなくていい。
私の目的に邪魔だから殺しただけだ」
「でも、そのお陰でこの町に平和が訪れたんです。
感謝してもしきれません」
美香はずっと頭を下げたままだ。
こういうのは好きじゃない。
私は何一つ偉くないし、褒められるようなことはしてない。
自分のために戦ったんだ。
「正直、私は町が平和になったことよりも、親友の仇が討てたことが嬉しいんです。
これであの世でうかばれることでしょう」
そう言うと、美香は窓の外から空を見上げた。
気持ちがいいほどの晴天。
それを見つめる目には涙が浮かんでいる。
「欲を言えば私が殺したかったです。
私の手で殺してやりたかった。
でも、今はアリスさんが殺してくれてよかったと思っています」
「どうしてだ?」
美香は優しく微笑むと私を見つめた。
「アリスさんは私の想いを知っています。
想いを知ってくれている人が命懸けで殺してくれた。
それだけで満足ですよ」
「そういうものなのか?」
「そういうものですよ。
アリスさんは想いを背負って戦ったんです。
それは十分誇れることだと思います」
自分のために戦った私が想いを背負っていた?
他人の命を奪う魔人を許せなかったのは事実だ。
でも、目的の邪魔じゃなくても私は戦っていただろうか。
そしたら、どれほど町の民が殺されても知らないふりをしていたのではないか。
知らない他人のために死ぬ危険を犯して戦うだろうか。
いや、違う。
「魔人を殺すのは当たり前だ。
私の大切なものを奪った魔人を殲滅すると決めたから」
まだ奥の方で憎悪の炎は燃えている。
消えるまで魔人を殺し続けるだろう。
美香は私の手を握って、再び微笑んだ。
「応援しています。その強い意志を」
美香は立ち上がると、食事運んできますねと言い、部屋を去っていった。
途端に静かになった。
安静にしなくてはならない以上、暇で暇でしょうがない。
「美香を呼び止めておけばよかったーーぁ!」
病院くっそおもんない!
そして一週間後。
ようやく行動許可が下りた私はノアと一緒に町長の家に来ていた。
もちろん、海を渡るためのクルーザーを借りるためだ。
「先ほどクルーザーが動くかどうか確かめましたが、問題ありませんでした。
これはクルーザーの鍵です。
どうぞご自由にお使いください」
「では、ご自由に使わせてもらいましょう」
ノアに鍵を渡すと、町長が私の方を見てきた。
「……改めて“ターザン”を倒していただき、ありがとうございました」
「殺さないとクルーザーが借りられないから、殺しただけだ。
そんなに大そうなことはしてないから」
「そうでしたか……。
旅立たれるのでしたね。美香、見送りをしなさい」
美香がきょとんとした顔をした。
「お父さんは見送りしないの?」
「私はこれから街の修復を手伝わなきゃいけない。
だから私の分まで美香が見送りしてほしい」
「分かった……。見送りするよ」
美香は立ち上がると、私たちに行きましょうと言った。
歩いて数分ほどで、タカハの港に着いた。
潮のいい香りが風と共に私の鼻腔をくすぐる。
また、海面に沈みゆく夕陽がとても美しい。
とても穏やかな気分になりそうだ。
「これが父が保有しているクルーザーです」
漁船がズラーと並んだその端に目的のクルーザーはあった。
想像よりも少し大きい。十人くらい乗っても平気そうだ。
「操作方法は至って簡単です。
目的の方角に合わせたら、後は自動運転で進んでくれます。
説明書は操縦室の棚の一番上に入っていますので、そちらを見てください」
「OK、分かったよ。
美香ちゃん、ありがとね」
ノアがまたねと言って、先にクルーザーに乗り込んだ。
続けて私も乗り込もうとして、美香に肩を掴まれた。
「あの、アリスさん。
本当にもう、行ってしまうんですか?」
美香の瞳が悲しそうな色をしている。
私は少し微笑んで口にする。
「私は家族を知らないんだ」
「え?」
「自分が三歳の頃にどうやら魔人に殺されたんだ。
だから私は、家族がどういう人たちだったのか知らないというより覚えてないんだ。
ただ、姉さんが優しかったことだけは鮮明に覚えてる」
私は美香の眼を真っ直ぐに見つめる。
「でも、最近になって姉さんが生きてることが分かったんだ。
その姉さんに会うために私は旅をしているんだ。
たった一人の家族に会うために……」
本当に気持ちいい風だ。
海風が本心のままに話すのを手伝ってくれている。
「美香、行かせてくれ」
美香は笑顔を作ろうとしたが、顔がぐしゃっとなった。
そのまま泣き始めた。
「分かりました。
もう止めるようなことはしません。
ただ、最後に……」
美香は泣いたまま笑った。
「私と……、友達になってくれませんか!」
親友を亡くした。
それも2人。
それも昔のことではなく、最近のことだ。
自暴自棄になったり、感情が暗くなったりしてもおかしくないはずだ。
でも違った。
悲しさよりも怒りよりも。
美香は寂しかったんだ。
これから旅立つ私は寂しくさせるかもしれない。
それでも、友達がいると思えるだけで、その寂しさが少しでも紛れるなら……
「あぁ、私と美香は友達だ。
これはどんな未来でも変わらない」
はっきりと言うと、美香は私に抱きついてきた。
私も美香を抱きしめた。
美香の涙で服が汚れることも構わなかった。
相変わらず他人はどうでもいい。
けど、美香は他人じゃない。
もう、私の中で大切な人の中に入ってる。
大切な人を自分の手で守りたい。
美香が泣き止んだので、美香を優しく引き剥がした。
「じゃあ、そろそろ行くよ。
また会おうな、美香」
「はいっ!もちろんですっ!
アリスさん、お元気で!」
私は手を振ってクルーザーに乗り込んだ。
ゆっくりとクルーザーは進み始めた。
もう振り返りはしなかった。
旅が終われば、また会えるのだから。
「次の目的地サンプまで3時間ぐらいかかるよ。
アリスは疲れてると思うから、今のうちに休んどいて」
海を眺めていると、ノアが私の隣に立ってきた。
いつのまにかカジュアルなTシャツと短パンに着替えている。
「そうさせてもらう。
……なぁノア」
「何?」
ずっと考えていたことがある。
「誰かのために戦うって何だ?」
今回の戦いは私だけでなく、美香や街のためにもなったという。
私は私の目的のために戦かったつもりだ。
でも、それが結局人のために戦うことにもなってる。
自分に一切関係なく、誰かのために戦うなんてことがあるのか。
「僕も長いこと生きてるけど、いまだに誰かのために戦うってことがどういう事なのか分からない」
でも、とノアは続けた。
「誰かのために戦うことは、自分のために戦うことでもあるっていうのは確かだね。
100%誰かのためっていうのは、無いんじゃない?」
「そういうもんなのか?」
「そういうことにしておいたら。
今はとりあえず」
早く寝なよーと言ってノアはダイニングへ戻っていった。
私の根本的な考えは変わっていない。
第一優先は自分だし、他人なんかどうでもいい。
死のうが生きようが、私には関係ない。
善人になんてなる気はない。
「風呂入って寝るか」
私は浴場へ向かった。




