“葬魔拳”
「きゃあああぁっ!」
ラーメンを食べていた女が悲鳴をあげる。
フロースは気にせずに、女を植物の枝で貫いた。
「人間ってほんとうるさいなぁ」
屋台街は避難が完了できていないのか、多くの人間が食事をとっていた。
そこに自分が現れて、好き放題に暴れている。
料理している場所ってこともあり、火がどこかに引火して燃え広がった。
子供が泣き叫ぶ声、女の悲鳴、男の怒鳴り声。
聞くに耐え難いが、見ている分には実に気味がいい。
「これが、本来あるべき姿なんだ……っ」
人間に生きる価値などない。
自己中で傲慢な人間は苦しんで、苦しんで、苦しんだ果てに死ねばいい。
「テメェ、ふざけんなよっ!」
頭から血を流している男がフロースを見てきた。
手には麺を茹でるためのザルとオタマを持っている。
「一生懸命ラーメンを作ってるのを邪魔しやがって!
こんなことして、何かお前に得でもあんのか!」
馬鹿な人間だと思った。
魔力を微塵も感じられないどころか、今立ってるのがやっとなはずだ。
戦うこともできない弱者に辟易する。
「得ねぇ。君たちがいなくなることを僕たちが望んでるんだよ。
これって、君たちの言う民主主義ってやつじゃない?」
「脳みそ入ってんのか?
俺はラーメン作るの邪魔して、何か得すんのかって言ってんだよ!
お前らの民主主義の話なんてどうでもいい!」
容赦なく植物の枝で串刺しにする。
グフっという汚い音と共に口から血が出た。
もうこいつは助からない。
「君こそ脳みそ入ってる?
僕はさぁ、君たち人間にそんなことする権利ないって言ってんの。
ラーメン?作るっていうのも、生きるって中に入ってるでしょ」
植物がその男の力を吸い取り終えた。
フロースは男を遠くの店へと放り投げる。
「汚らわしい……ほんと」
フロースが更に殺そうと歩き始めた。
その時、急に大きな魔力を感じて、その方向に目を向けた。
「がはぁっ!」
強力な力を全身に受ける。
そのまま、フロースは近くの屋台へと吹っ飛ばされた。
「な、なんだ……?」
失った腕と脇腹を再生しながら、ゆっくりと立ち上がった。
視線の先には、金髪を後ろで一つに束ねて綺麗な碧い目をした少女が立っていた。
フロースは動揺する。
何でだよ。
「何で生きてるんだよ!!
アリス・クリアベールぅう!!!」
あの状態から復活?
有り得ない!有り得ない!
内臓は傷ついてる上に植物に力を全て吸い取られたはずだ。
人間が生きれるわけがない!
亡霊だ!
死んで亡霊となって自分を殺しにきたんだ!
「言っただろ。お前を殺すって」
アリスは徐々に近づいてくる。
フロースは少しずつ後ずさった。
「お前を殺さないと前に進めない!
進まなければ、目的を絶対に果たせない!
殺す理由はそれでいい」
アリスの魔力をずっと肌で感じている。
殺気だ。
アリスの魔力は殺気そのものと言っても過言じゃない。
フロースはゾクっとした。
恐怖を感じていた。
こいつは、今殺さないといけない!
「死んでないのは驚いたけど、慌てることはないんだ。
もう一回、植物の糧となってもらうよぉ!」
フロースは全身に魔力を巡らせると、力強く踏み込んだ。
(やはり厄介だ。この“ラマージ”)
私はフロースの攻撃を交わしていた。
さっきよりも速いスピードで植物の枝が暴れ回る。
今の自分だとその全てが致命傷になる。
“ターザン”の厄介な点は応用力と汎用性にある。
圧倒的な手数、伸縮可能な枝、植物の幹の硬さ。
それらは攻撃にも防御にも上手く使うことができる。
魔力で強化されたことにより、更に脅威になる。
(それに加えて……あの手)
触れられただけで死、助かったとしても弱体化させられたり、抜く際に体の部位を持ってかれる。
次、まともに喰らったら今度こそあの世行きだ。
私はフロースの猛攻を耐え凌いで、攻撃を仕掛ける。
「粉々にしてあげるよ!」
植物の太い枝が私めがけて突進してくる。
私は“ラマージ”で得た謎の力を右手に込めて、殴って破壊した。
「はぁ!?嘘でしょ!?」
フロースが距離を取ろうとするが逃さない。
全速力でフロースを走り殴った。
「痛ったいなぁ!ほんとぉ!」
フロースが自分ごと周囲を枝で吹き飛ばした。
巻き込まれないように、その攻撃を避けた。
「何、お前。さっきよりもスピードもパワーも段違いぃ!」
フロースが歯ぎしりを始めた。
相当頭にきているらしい。
「さては“ラマージ”に目覚めたなぁ!
それしか原因が思いつかないんだけどさぁ!」
フロースの魔力が大きくなっていくのを感じる。
私は自分の“ラマージ”についてよく知らない。
分かってるのは自分の中に謎の力があって、それが身体能力を高めていることだけ。
ただ、それだけでも、フロースと互角の勝負ができている。
(理解してものにしてやる……!そして、殺す!)
「使いたくなかったけど、使うしかなくなった。
怒らせたらいけないのが、人間だけだと思うなよぉ!」
フロースは両手を合わせた。
そして、目を閉じて叫ぶ。
「“樹木鎧”!」
何かくると思って、私は止めるために全力で殴ろうとした。
だが、逆に私の方が強い打撃を喰らって、ぶっ飛ばされてしまった。
「がふぅっ!」
死にものぐるいで受け身を取って、すぐに体を起こす。
今の攻撃は魔力を込めても……死んでいた。
謎の力のおかげだ。
「少し強くなったからって、図に乗るなよぉ!
僕たちには遠く及ばないんだからさぁ!」
全身を硬い木の幹や枝で固めたフロースが歩いてきた。
背中からは太い木の枝が四本うねっていた。
まるで、木の鎧を着ているみたいだ。
「はぁはぁ、ようやく本気で戦う気になったか」
私はふぅーっと深呼吸をする。
長くは持たないけど、体力も魔力も謎の力もまだ残っている。
まだ……戦える。
「人間相手に最初から全力を出すわけないでしょ。
じわじわとなぶり殺していくのが楽しいんだから」
「人殺しが楽しいなんて、マジでお前はイカれているな。
だから、私に殺されるんだよ」
「うるさいなぁああ!!」
フロースがすごい速さで襲いかかってくる。
それを交わして、カウンターに出ようとする。
しかし、フロースがすごいスピードで殴りかかるのと、背中から生えてる木の枝を同時に振り回すせいで近づけない。
むしろ回避に集中しないと、当たって死ぬ。
「ちょこまかちょこまかと逃げんなよなぁ!」
フロースの素早い体術と木の枝による攻撃をギリギリで交わしまくる。
反撃をするにも、全く隙がない。
私は木の鞭とフロースのパンチ六連撃を交わす。
そして謎の力を両拳に交互に込めて殴り始めた。
さすがに硬い幹でも、私の一発の方が勝っている。
「このまま、そのダサい鎧を破壊してやる!」
「やってみなよぉお!できるもんならさぁ!」
木の枝が背後から刺そうとしてるのが分かる。
私は避けずに喰らったが、そのままフロースの鎧を殴り壊し続ける。
「お前は本当に狂ってるなぁ!
普通、避けることを優先するはずだからさぁ!!」
「私にとっては、お前を殺すのが最優先だ」
とうとう鎧を完全に破壊して、心臓を殴った。
フロースは心臓を守るため、それを交わして私に蹴りを入れる。
ガードしたものの、数メートル退いてしまった。
「はぁはぁはぁはぁ」
腹から血が出始めた。
失った部位も筋肉で強制的に引き締めてるだけなので、このままだと即死しかねない。
「もう驚かないよ。3度目だ。
お前は多分、一撃で確実にトドメを刺すまで戦い続けるんだよね?
しつこさだけは見事なものだよ」
フロースは再び全身を木の枝で覆っている。
一撃で殺らなきゃいけないのは、こっちだ。
(何とかあいつを弱体化できれば……)
謎の力での自身の強化ができるなら、相手の弱体化もできそうだ。
いや、できるという確信が私にはある。
やってみせないといけない。
「いい加減、終わらせようよ。
これ以上は面倒臭いしさぁ!」
「今までの会話の中で、そこだけは唯一同感だ。
そろそろ終わらせる!」
「それは僕の台詞だぁあ!」
フロースが飛びかかってくる。
私も謎の力を脚に集中させて、強く踏み込んだ。
お互い相手の攻撃を牽制し合う。
私の拳をフロースの拳で防ぎ、フロースの拳や木の鞭を私の拳で防いだ。
その最中で私は謎の力を相手に送ろうと意識した。
弱体化しろ、と強い意志を込めながら。
すると、フロースの動きが急に遅くなった。
生まれた隙を見逃さず、謎の力を込めてフロースを蹴り飛ばした。
フロースは運河の方へと飛ばされた。
運河に無人で漂っているゴンドラになんとか着地する。
「何なんだ!あいつは!あいつの“ラマージは何なんだ!」
さっき、あいつとやり合っていたら、僕の動きが急に遅くなった。
いや、遅くなったというよりも、体の力が減ったと言った方が正確だ!
「やばい、やばい、やばい、やばい!
逃げないと!完全に再生するまで逃げないと!」
体の再生が遅くなっている。
魔力もほとんど使い切ってしまった。
“樹木鎧”は魔力消費が激しいから、短時間でしか使っちゃいけない。
「あいつは人間なんだ……。
僕はまだ生きれるけど、あいつはほっといても死ぬんだ!」
とにかく、早くこのゴンドラから降りないと!
水の中へ避難するんだ!
水の中へ避難しようとすると、ゴンドラに強い衝撃がして大きく揺れた。
目の前にはーーー。
「絶対逃がさないって……言ったはず……だ!」
「ふざけるなぁよぉおおお!!!」
残った力を全て振り絞って猛攻撃を仕掛ける。
アリスはフロースの攻撃速度よりも速く攻撃する。
1秒、2秒、3秒…………
時間が経つほど、アリスが優勢になっていく。フロースが押されていく。
「うぁああああああ!!!」
抵抗しても、すぐに潰される。
再生速度がアリスの攻撃速度に追いつかない。
「来るな!来るな!来るな!来るな!来るなーっ!」
フロースは叫ぶことしかできない。
「僕に近づくなぁああああああ!!!」
こうなったら、道連れだ!
僕が触って、こいつもあの世行きだ!
アリスを触ろうと手を伸ばす。
アリスは冷静に手を破壊すると、拳を振り上げた。
「お前はあの時、煽ってないで、私の首を引きちぎるべきだった!」
「あぁあああぁあああっつ!!」
アリスは謎の力と魔力を全て拳に込めた。
「“葬魔拳”!」
バチバチと紫色と赤い火花が鳴って、でたらめなパワーで殴り飛ばされた。
心臓は跡形もなく消し飛ばされて塵となり、その衝撃でフロースの体も消し飛んだ。
これが……死なんだ。
僕は死ぬんだ……。
……あっけないな……。
フロースは最期にそう思い、塵と化した体は風に吹かれた。
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
酸素が入ってこないっ!
フロースを倒したものの、私はゴンドラの上から動けないでいた。
全ての力を使ったせいで、押し留めていた体の部位が出てしまう。
出血も止まらない。
臓器も傷ついたままだ。
「駄目だ……。ただ殺すだけじゃ駄目だ……!
生きなくては!生きなくては!
まだ、目的は果たせて……ないっ!」
ゴンドラの船縁に上半身を預けた。
しかしバランスを崩して、運河に落ちてしまった。
深く深く水の底へ沈んでいく。
水面上にある光から離れていく。
もう、力は本当に残されていない。
だが、抗い続ける。
強く堅い意志で醜く抗った。
「本当に、もう殺すしか……方法は残ってないんですか?」
茶髪の小柄な女子が言う。手には知らない武器を持っていた。
見たことがない部屋だ。
ホワイトボードとかテーブルとかが置かれている。
見たところ会議室のようだ。
「あいつはもう、俺たちの知ってるあいつじゃねぇぞ。この世界を滅ぼそうとしてやがる。
殺すしか、俺たちが生き残る道はない」
今度は長い黒髪を後ろで一つに束ねた男が言った。
男の目は切羽詰まったような、深刻な目をしていた。
「楠鳥栖さんの言う通りだよ〜。
友達を殺すのは辛いけど、覚悟を決めないとね〜」
間延びしたような語尾で話したのは、ウェーブのかかった黒髪をショートカットにしている人物だ。
美しい顔だが、中性的で性別がわからない。
「八雲の言う通りだ、未雷。
お前も覚悟を決めて選べ。
あいつを殺すか、お前が死ぬか」
楠鳥栖という男が睨む。
未雷と呼ばれた小柄な女子は考えていた。
やがて、覚悟を決めたのか堂々と言い放った。
「私は……殺します」
何だ、これは。
沈んでいく中で、私は奇妙なものを見た。
確かに、自分はこの光景を見ている。
身に覚えのない、状況、場面。
今は水の中の暗闇しか見えない。
自分の今の眼にはそれしか映っていない。
だが、さっきはよく見えた。
はっきりと鮮明に。
(一体、今見えたものは何なんだ?)
考えようとするが、ゴボゴボと苦しくなった。
呼吸ができない。酸素が足りていない。
私はだんだん溺れていく。
ーーそこで私は意識を失った。




