黒蛇
咲が剣を振った。
すると、黒い靄が一対の黒蛇となって鉤爪に向かってきた。
鉤爪がかわすと、蛇は上下に別れて追尾してきた。
「ちっ、めんどくせえ」
鉤爪は下から向かってきた黒蛇をジャンプしてかわすと、上から来た黒蛇を右の爪で払った。
途端に、指先から力が抜けた。爪はただの指に戻っていた。
「お前も懲りないな」
咲がせせら笑った。
「うるせえ」
鉤爪は生気を指に集中させ、爪に戻した。
(指先から生気が消えたように感じたが……)
見ると、咲の剣から伸びている黒蛇の頭がなくなっていた。鉤爪が爪で攻撃した方の蛇だ。
この現象には覚えがある。生気同士がぶつかり、互いに打ち消し合う。社の中で嫌というほど見た現象だ。
「黒い生気か!?」
「うん?これを知っているのか?」
咲は意外そうな顔をした。
(やべえな。安易にあれに触るわけにはいかねえぞ。耐えるとかいう話じゃねえ。オレの生気そのものが消される)
蛇の頭が再生した。
「まずはその鎧をはぎ取らせてもらおうか」
咲は鉤爪に肉薄すると、剣を斬り上げた。
その動きは、禍津日神の影響を受けていた時とは違って、鋭く無駄がなかった。
鉤爪は何とかかわしたが、剣に続いて黒蛇が胴に絡みついてきた。
「くっ」
黒蛇は鉤爪の生気を道連れに消えていった。
鉤爪を満たしていた全能感が弱まり、代わりに急激な疲労と脱力感が襲ってきた。
気を抜くと、獣化が解けそうになる。
咲は続けて剣を横薙ぎにした。
鉤爪は斬撃をよけた。しかし、続けて黒蛇が追いかけてくる。
「くそっ」
鉤爪は黒蛇をかわして木を蹴り上がると、頭上から咲に飛びかかった。
咲は剣で迎え撃った。
先ほどと同じ展開だが、剣は砕けなかった。
代わりに鉤爪の爪が斬り飛ばされ、鉤爪の胸に刀傷が走った。
深い傷ではないが、幾度となく刀や銃弾を跳ね返してきた体毛という鎧が役に立たなかったことに、鉤爪は衝撃を受けた。
黒蛇が鉤爪に絡みついた。
黒蛇は鉤爪の生気を奪って消えていった。
「くっ」
鉤爪はよろめいた。
咲が懐に踏み込み、剣を一閃した。
鉤爪は大きく横っ飛びしてよけたが、周りを囲んでいた禍津日神の中に飛び込んでしまった。
亡者が一斉に鉤爪に群がった。
亡者が鉤爪の血を吸い上げた。
「ぐわあぁああ」
そこに黒蛇が突っ込んだ。
禍津日神に大きな穴が空いた。黒蛇は消滅した。
禍津日神は崩壊し、残った亡者達が逃げ出した。
逃げ出した亡者は他の禍津日神に吸収されていった。
「邪魔だな。お前たちは戻れ」
咲が手を横に振ると、地面に魔法陣が現れた。
残った二体の禍津日神は、争うように魔法陣の中に消えていった。
鉤爪は咲から距離を取った。
「おや、もう音を上げたのか?」
咲が挑発的な笑みを鉤爪に向けた。
「うるせえ。今から、そのおしゃべりな首を叩き落としてやる。泣くんじゃねえぞ」
力押しで決めるのは無理だと悟った鉤爪は、頭のスイッチを一部戻した。
獣化の程度を下げ、生気の消費量を抑えて、継戦能力を高めるためだ。
全力の獣化を維持するのは限界だった。全ての力を解放するのは、勝負を決める一瞬だけにするつもりである。
獣そのものだった顔が、本来の鉤爪に戻った。
爪や筋肉が縮小し、全身を覆っていた体毛は上腕と下半身に残るのみとなった。
そうすることによって、確かに力は弱まったが、全能感で浮ついていた頭がはっきりしてきた。暴走状態が収まったといっていいかもしれない。
鉤爪は、何となく獣化の使い方がわかったような気がした。
「獣化レベルの操作までできるのか。やはり、ここで殺しておくべきだな」
咲が忌々しそうにつぶやいた。
しかし、冷静さを取り戻したのはいいものの、いい打開策が思い浮かばないのも事実だった。
鉤爪は咲を観察しながら、これまでの経緯を振り返った。
すると、腑に落ちない点が見つかった。
(何で、あいつは平気な顔してるんだ?呪印と同じ仕組みなら、あいつの生気も削られているはずだが……)
鉤爪は、咲が立っている場所に生えていた草木が枯れていることに気がついた。
周囲を見回すと、ところどころ草木が枯れている場所が点在している。
咲が剣を下に構えて前に出てきた。
すると、咲が足を置いた場所の下草が枯れていった。
(なるほど、まわりの生気を吸収してんのか。それなら試したいことがある)
鉤爪が、咲の間合いに飛び込んだ。
待っていたとばかりに、咲が剣を斬り上げた。
黒蛇が左右から鉤爪に襲い掛かった。
鉤爪は水平にジャンプして、蛇の一匹をかわした。
しかし、もう一匹の蛇が体に巻きついた。鉤爪の生気を道連れに黒蛇が消えた。
鉤爪は急激な脱力感に襲われたが、歯を食いしばり、咲に向かって右の爪を振り下ろした。
鬼火から大剣が伸びて鉤爪の爪を受けた。
咲が剣を横薙ぎにした。
咲の剣が鉤爪の胸に届いた。
血が飛び散ったが、浅い。
「うおおぉぉぉぉぉ」
鉤爪は大声を上げて、左の爪で咲を狙った。
鉤爪の爪が、咲の胸を削った。
鎖が鉤爪を絡めとろうとしたが、鉤爪はすぐに飛びのいて、咲から距離を取った。
互いに傷つけあったが、どちらも決定的なダメージには程遠い。じゃれあったようなものだ。
しかし、鉤爪の目的は達せられた。
咲には異常ともいえる回復力がある。この程度の傷であれば、瞬時に修復されるはずだった。
しかし、この時、咲の傷はすぐには消えなかった。
修復されはしたが、これまでに比べて倍以上の時間がかかった。鉤爪と同程度といっていいほどに回復力が落ちている。
「やはりか。まわりの生気を吸収するといっても、限界があるようだな。お前の生気もそろそろ底をついてるんじゃないのか?」
鉤爪はにやりと笑った。
「ちっ」
咲は舌打ちした。
(見抜かれたか。戦いに関しては本当に頭のまわるやつだ。早めに決着をつけるべきだな)
生気を吸収するといっても、草木から吸収できる量などたかが知れている。気休め程度だ。
十拳剣の黒蛇は、そのほとんどを咲の生気で作り出している。
実際、咲の生気は限界に近づいていた。
咲は上段に剣を構えた。
剣から伸びていた黒蛇が剣身に巻きついた。
(生気を削るのも潮時だな。体の中に直接、黒蛇を叩き込んでやる)
鉤爪は咲の雰囲気が変わったのを感じ取った。
(次で決めるつもりか。望むところだ。こちらもいい加減、限界だ。次の攻撃に全てをこめる)
鉤爪は残りわずかとなった力を両の爪に集中させた。
体を守る体毛はほとんど消えてなくなったが、逆に両の爪は生気に包まれ、分厚く、大きくなった。
「おい」
鉤爪が咲に声をかけた。
「何だ?」
上段の構えを崩さず、咲は応えた。
「なかなか楽しかったぜ。礼を言っておく。久しぶりにいい戦いを堪能できた」
「ふん。こちらはいい迷惑だ」
「あいつと同じことを言う」
鉤爪は口の端を上げた。
「そいつとは気が合いそうだ」
咲は鉤爪を見据えたまま、ふんと笑った。
「それじゃ、勝たせてもらうぜ」
鉤爪は両手を引き、前屈みに構えた。
「バカを言え。勝つのはわたしだ」
咲は十拳剣に生気を流し込んだ。
「かわいくない女だ」
両者は無言になり、じりじりと間合いをつめた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回は8/2(金)投稿予定です。




