化け物と化け物
全身に力が漲り、細胞の一つ一つが戦えと叫んでいる。
鉤爪は戦うこと以外、何も考えられなくなった。
敵はすぐそこだ。
鉤爪は両手をついて前屈みになると、両脚に力を入れ、大きくジャンプした。
衝撃で、鉤爪が立っていた枯れ木がばらばらになって水中に没していく。
岸に降り立つと、鉤爪は真っすぐ咲に向かっていった。
咲は嗤った。
「バカめ。真正面から突っ込んできたか」
二体の蛭が左右から鉤爪の行く手をふさいだ。
鉤爪は構わず、蛭に突っ込んだ。
蛭の形が崩れ、亡者の群れとなって一斉に鉤爪に群がった。
いくら力を得たからといって、亡者に物理攻撃が通るようになったわけではない。
それ故、リスクを負うことになっても、咲は物理攻撃対策として最適な禍津日神を喚び出したのだ。
いくら鉤爪の爪が強力だといっても、亡者には意味をなさない。
血を吸い上げた亡者達の体が赤く染まっていく。
ただ、血を吸い上げる速度は獣化前と比べ物にならないくらい遅くなっていた。
全身を覆う体毛が亡者の攻撃を軽減しているのだ。
とはいえ、少しずつ鉤爪の命は削られていく。
鉤爪は止まらなかった。
雄たけびを上げて、亡者に集られたまま、咲に向かって突き進んだ。
鉤爪の体に鎖が巻き付いた。
小男が鎖を強く引いたが、それでも鉤爪は止まらない。
小男を引きずって、前進していく。
鎧武者が前に出て、鉤爪の脳天めがけて、大剣を振り下ろした。
鉤爪は大剣の腹を右の拳で殴った。
大剣の狙いが外れ、轟音を立てて地面をえぐった。
「があああぁぁぁっ!」
鉤爪が雄たけびを上げた。
鉤爪は鎧武者に爪を叩きつけた。
鎧武者の上半身が消し飛んだ。
残された下半身は、無数の小さな鬼火に変わって消えていった。
咲がベレッタの引き金を引いた。
十発の弾丸が鉤爪に撃ち込まれた。
「ぐがあぁぁ!」
弾丸は全て鉤爪に命中した。
鉤爪の血が飛び散った。
しかし、傷ついたのは表面だけだ。
弾丸は全て鉤爪の体表で留まっていた。回転する弾丸を、体毛が鎧となって止めていた。
「ぐおおぉぉぉぉぉっ!」
鉤爪が咆哮した。
めり込んだ弾丸が、鉤爪の体からぽろぽろと落ちていく。
「化け物め!」
咲は歯噛みした。
鉤爪が咲に肉薄し、爪を振り下ろした。
衝撃波が発生し、地面が裂けた。
しかし、威力は相当なものだったが、少し大振りに過ぎた。
咲は爪をかわすと、鉤爪の後ろに回り込んだ。
鉤爪は爪を振った体勢を戻せていない。
咲の目の前に、鉤爪の首筋が晒されていた。
「死ね」
咲が刀を振り下ろした。
だが、たてがみに阻まれて、刀は撥ね返された。
鉤爪がじろりと咲を睨んだ。
小男が鎖を強く引いた。
しかし、鉤爪は鎖を引きちぎり、咲に飛びかかった。
咲は刀で迎え撃った。
無謀と言わざるを得ない。禍津日神の影響を受けて、こちらも冷静な判断ができていない。
刀が砕け散った。
咲は撥ね飛ばされて、木にぶつかって崩れ落ちた。
「うううぅぅ……」
咲は右肩を押さえて、うめき声を上げた。
右腕が肩から消失していた。
血が噴き出して、地面に広がっていく。
鉤爪がとどめを刺そうと咲に近づくと、目の前に無数の小さな鬼火が集まってきた。
鬼火は一つの塊となり、鎧武者に変化した。
鎧武者は大剣を構えた。
「邪魔だ!どけっ!」
鉤爪が鎧武者に爪を叩きつけた。
鎧武者は柔らかく大剣を使い、鉤爪の爪を受け流した。
先程までとは打って変わって、防御に徹した大剣の使い方だ。
鉤爪は激しく連撃を繰り出したが、鎧武者は傷つきながらも、丁寧にこれを受け流した。
さらに、小男の鎖が鉤爪に巻きつき、動きを阻害した。
そうしているうちに、亡者が群がってきて、鉤爪の血を吸い上げた。
「くそ共がっ!時間稼ぎのつもりかっ!」
鉤爪はわめき、爪を振り回した。
しかし、それはパワーはあるものの、荒っぽく適切さに欠けたものだった。
鉤爪は鎧武者を突破できなかった。
獣化は爆発的に身体能力を向上させるが、消耗も早い。
この力には時間制限がある。鉤爪は獣化の力が使えるうちに、咲にとどめを刺したかった。
鉤爪は焦っていた。
いつもの鉤爪であれば、相手の動きをよく見て、新しく得た力をうまく使い、鎧武者を翻弄したことだろう。
しかし今は、力を得た事で鉤爪の動きが雑になり、焦りが力押し一辺倒に向かわせていた。要は力に振り回されているのだ。
鉤爪はがむしゃらに鎧武者に爪を叩きつけた。
いくら力を入れても鎧武者は一歩も引かなかった。
その上、小男の鎖がさらに数を増やし、亡者達がしつこく纏わりついてくる。
鉤爪は焦りと思い通りにいかない現状に苛立った。
激痛の中、咲は正気を取り戻した。
「情けない。意識を乗っ取られかけていたか……」
巫女の力は強力だが、喚び出したモノの影響を強く受ける。
特に喚び出したモノが強力なモノであればあるほど、その影響は大きくなる。最悪、喚び出したモノに意識を乗っ取られる事態に陥ることもある。
かなり持ち堪えられるようになったが、あくまでかなりだ。完全には程遠い。さほど時間が経つこともなくこの有様だ。
いくらでも鉤爪を葬る機会はあったのに無駄にした。
咲は唇を噛んだ。
禍津日神は亡者の集合体だ。決して良いものではない。亡者達の想念を一身に浴びた結果、本来の目的を忘れて、血と暴力を愉しむ化け物になっていた。
「まあいい。被害を出したわけじゃない。ここからだ」
咲は立ちあがると、腕がなくなった右肩を軽く上げた。
すると、地面を濡らしていた血肉が吸い寄せられるように肩に集まってきた。
またたく間に右腕が再生された。
「この化け物が!」
様子を見ていた鉤爪が、忌々し気に吐き捨てた。
「お前にだけは言われたくない!」
咲は鉤爪を睨みつけた。
「それにしても、刀がなくなってしまったな」
咲は右手を頭上にかざした。
「十拳剣」
咲の頭上に魔法陣が浮かんだ。
魔法陣が淡く光を放ち、ゆっくりと一本の剣が下りてきた。
蛇の装飾が施された漆黒の直刀だ。
柄にびっしりと術式が書き込まれている。
剣を吐き出すと、魔法陣は消えた。
「これを使うのはあまり気が進まないんだが……」
咲が剣をつかんだ。
咲は軽いめまいを覚えた。
剣が咲の生気を吸い始めたのだ。
再生したとはいっても大量の血を失い、さらに生気まで吸い取られるのは相当に堪えた。
それでも咲は抵抗せず、気を確かにして、剣が欲するがままに生気を注いだ。
生きているかのように剣は脈打ち、刀身から黒い靄が滲み出した。
「お前たち、下がれ」
剣を片手に、咲が前に出た。
鎧武者と小男は鬼火に戻り、咲の両肩に浮かんだ。
亡者達は剣を恐れるかのように、咲から距離を取った。
「さて、待たせたな。戦闘再開といこうじゃないか」
咲が剣を横手に構えた。
刀身から滲み出していた黒い靄が大きく広がり、うねり始めた。
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次回は7/30(火)投稿予定です。




