緒戦
「それじゃ、やろうか」
鉤爪が立ち上がった。
咲はベレッタを抜いて、鉤爪の頭、胸、腹、足を狙い撃った。
鉤爪は面倒くさそうに弾をよけた
よけられることを見越して、よけたところに着弾するように狙いを変えて撃ったのだが、全く意味がなかった。
まるで、弾丸が鉤爪の体をすり抜けたかのようだった。
「なめてんのか?」
鉤爪が不機嫌な顔になった。
「……やれやれ、笹島さんはよくこんなヤツに弾を当てたな」
咲はため息をつくと、ベレッタをホルスターに納めた。
それから刀を抜いて、中段に構えた。
攻撃と防御のどちらにも転じることができる基本の構えだ。
「……ふん」
咲の構えを見て、鉤爪は口元に笑みを滲ませた。
鉤爪は両手を漆黒の爪に変えた。
そして、体の力を抜くと、上下に軽くステップを踏んだ。
本気で戦う時の鉤爪特有の動きである。
二体のヴァンパイアは視線を交差させ、互いの隙をうかがいあった。
鉤爪はステップに時折フェイントを織り交ぜ、咲の反応を確かめた。
咲は微動だにせず、鉤爪の動きをじっと見ていた。
「……」
「……」
まず、鉤爪が動いた。
鉤爪は地を這うような低い姿勢で、正面から咲に突っ込んだ。
(速いっ!?)
半ば焦り気味に、咲は鉤爪を迎え撃った。
高速の振り下ろしが鉤爪に向かって放たれたが、刀が届く寸前、鉤爪は流れるように方向を変え、咲の右側へと回り込んだ。
(ちっ、釣らされた!)
咲は失敗を悟ったが、今さら刀を止めることはできない。
咲はそのまま刀を振り切った。
鉤爪が、左の爪で咲を狙った。
咲は刀を振り下ろした体勢のまま、足先に力を入れ、そのまま鉤爪の胸に飛び込んだ。
「ぐっ」
鉤爪の突き上げが空を切った。
代わりに、鉤爪の腕の中に咲がすっぽりと収まった。
柔らかな肉の感触とともに、女の匂いが鉤爪の鼻腔をくすぐった。
咲が体を回転させ、肘で鉤爪の顎を狙った。
鉤爪は顔をそらせて肘をよけた。
咲はさらに回転を続け、刀を横薙ぎにふるった。
鉤爪は大きく後方にジャンプした。
しかし、完全にはよけきれなかったようだ。
鉤爪のTシャツが横一文字に切れ、薄く血が滲んだ。
「浅いか……」
咲がつぶやいた。
「……やるねぇ」
鉤爪がにやりと笑った。
鉤爪が再び構えを取ろうとしたところに、今度は咲が猛然と踏み込んできた。
「うおっ!?」
咲が刀を振り下ろした。
不意を突かれた鉤爪が慌ててよけると、咲は続けて逆袈裟に刀を斬り上た。
鉤爪は円を描くように刀をよけて、咲のうしろに回り込もうとした。
咲は逃がさなかった。
しつこく鉤爪を追って、斬撃を放った。
四方からの斬撃が鉤爪に襲い掛かった。
「ーーっく」
鉤爪は防戦一方になった。
絶え間なく繰り出される斬撃をよけ、爪で弾き返すのが精いっぱいだ。
ただ、咲に余裕があるわけではなかった。
鉤爪に先手を取らせると、何をしてくるかわからない。
スピードがある上に、変幻自在な動きをしてくる。カウンター狙いは相当リスクが高いとすぐに悟った。
流れがこちらに傾いているうちに、一気に片をつけてしまいたかった。
それが、この強引な攻めの理由である。
鉤爪と違って、咲に戦いを愉しみたいという気持ちはない。
可及的速やかに相手を倒すことを信条としている。戦い方はまるで違うが、そのあたりは少し陸と似ている。
両者の戦いに臨む意識の違いが戦局となって表れた形だ。
しかし、どれほど斬撃を繰り出そうとも、鉤爪に有効な一撃を与えることはできなかった。致命となる一撃は全てよけられ、弾き返された。
かすり傷程度は負わせることはできたが、ヴァンパイア相手ではあまり意味がない。個体差はあるものの、さほど間を置かずに修復されてしまう。
しかも、だんだん咲の斬撃に慣れてきたようだ。
鉤爪の顔色に余裕が出てきた。
逆に咲の息が続かなくなってきた。
(攻めきれない……)
咲は一旦攻撃の手を止め、鉤爪から距離をとった。
仕切り直しである。
(こちらは無傷というわけにはいかないか……)
咲は呼吸を整えつつ、刀を上段に構えた。
防御を捨てた攻撃特化の構えだ。
一方、鉤爪は額の汗をぬぐっていた。
(ふぅ、やばかった。弱い相手とばかり戦ってきてすっかり勘が鈍っちまってた……)
最初の横薙ぎをよけた時点で、気を抜いたところをつけこまれた格好だ。
気を抜くな。こいつは強い、と鉤爪は気を引き締めた。
身体能力では自分の方が上だろうが、相当に戦い慣れしている。迂闊な真似をするとつけこんでくるぞ、と鉤爪は思った。
二体は向かい合ったまま、じりじりと距離をつめた。
両者の間合いを比べると、刀を持つ咲の方が広い。
しかし、手数は両手を使える鉤爪の方が多い。
理想を言えば、咲は鉤爪の間合いの外、自分の刀が届く間合いで戦いたい。
一方、鉤爪は自分の爪が届くところまで咲に近づきたいというところである。
両者は互いの間合いの外ぎりぎりのところで睨み合った。
鉤爪は左右に体を揺らして、咲の狙いを散らしつつ、隙をうかがった。
咲は刀を上段に構え、鉤爪に会心の一撃を叩き込むべく意識を集中した。
攻撃的な二体に、退くことなどまるで頭になかった。
鉤爪が危険地帯に踏み込んだ。
咲は真っ向から迎え撃った。
体重が乗った重く鋭い一撃が、上段から鉤爪に向かって振り下ろされた。
鉤爪は体をひねってよけようとしたが、切っ先が鉤爪の胸に届いた。
刀が鉤爪の胸を切り裂き、血が飛び散った。
しかし、鉤爪にとってこの程度は想定内だ。
鉤爪は咲の懐に飛び込み、右の爪を突き上げた。
咲は爪を受け流すように肩で受けた。
肩の肉が削られ、痛みが走った。
しかし、咲は構うことなく、刀を返し、横一文字に斬り払った。
鉤爪は刀を左の爪で受けた。
が、抑えきれなかった。
鉤爪は後方に弾き飛ばされた。
鉤爪は地に足がつくと同時に、喜びに満ちた表情で、再び咲の間合いに踏み込んだ。
隙をうかがってなどという小賢しさなど微塵もない。
ただただ、少しでも早く愉しみの場に戻りたいという気持ちだけだ。
打ち合いが始まった。
咲の刀が鉤爪の体を切り裂いた。
鉤爪の爪が咲の体を削った。
両者が武器を振るうたび、血が流れ、肉が飛び散った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回は7/9(火)投稿予定です。




