戦士として
鉤爪が近づいてきた。
このまま殺されるのか、と燐は怯えた。
燐の攻撃は鉤爪に全く通用しなかった。
両手足は砕かれ、戦う力を奪われた。
生きるための全てを両親に依存し、その両親が殺されるのをベッドの上で見ているしかなかった無力な頃の自分に戻ってしまったようだ、と燐は思った。
(それなら、少し遅くなっただけで、お父さんとお母さんのところに行くのも悪くないかもしれない……)
すると、燐の脳裏に丑蜜の顔が浮かんだ。それから、咲の顔も。続けて大切な人達の顔が浮かんでは消えた。
(イヤだ!死にたくない!)
燐は這って逃げ出そうとした。
しかし、二本の足が行く手を塞いだ。
「く……」
おそるおそる顔を上げると、太陽を背に鉤爪が立っていた。
眩しさに燐は目を細めた。
「一つ聞く。お前は戦士か?」
鉤爪が燐に問いかけた。
(何だ?何を言っている?)
「お前は何者かと聞いている。戦士か?それとも、ただの手足がないヴァンパイアか?」
鉤爪は重ねて問いかけた。
「ただの手足がないヴァンパイアというなら、その体で動けるようになったのは褒められることなんだろうよ。よくがんばりましたね、とか言ってくれるヤツが沢山いそうだ。だが、戦士としては失格だ。おもちゃを与えられて、そこそこ動かせるようになったところで満足したようだな。おもちゃが壊れたから、もう戦えませんってか?」
鉤爪は鼻で笑った。
「負けそうになったら、かわいそうな自分に同情させて、見逃してもらう腹づもりだったのか?」
鉤爪はそう言うと、膝を折って燐の顔を覗き込んだ。
「さて、お前はどっちだ?ただの手足がないヴァンパイアってんなら、望み通り、見逃してやってもいいぞ」
鉤爪は、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべた。
「……」
燐はうつむいた。
「さあ、答えろ。お前は何者だ?」
燐は答えなかった。
黙ったまま、うつむいていた。
「……聞くまでもなかったか」
吐き捨てるように言うと、鉤爪は立ち上がった。
「じゃあな。あとは助けが来るまでここで待ってるんだな。せいぜい、長生きしろよ」
鉤爪は燐を残し、森の出口の方に向かって歩き出した。
次第に遠ざかっていく鉤爪の背中を見送りながら、燐はホッとしていた。死なずにすんだことに安堵していた。
だが、すぐにこれでいいのかという気持ちが湧き上がってきた。
「これじゃ、まるであの時と同じじゃないか!」
両親が殺されるのをベッドの上から見ていただけの自分。
ヴァンパイアにされても何もできず、助けが来るまでベッドの上で寝ていただけの自分。
自分の生死を他人の手に委ね、誰かの好意に甘えて生きていただけの自分。
「ボクは自由への切符を手に入れたんだじゃなかったのか!」
燐はちぎれた右腕から筋繊維を伸ばして、そばにあった木の枝に巻き付けると、体を引っ張り、強引に立ち上がった。
「認めない!認めないぞ!ボクは無力じゃない!」
燐は砕かれた両足を外側から筋繊維を巻き付けて補強した。歩くことはできないが、立っていることはできる。
それから、潰された左手を肘で切り離した。そして、肘から三本の筋繊維を伸ばして、その内の一本で落ちていたコンバットナイフを拾い上げた。残りの二本には、腰の投げナイフを持たせた。
三本のナイフを構えると、燐は鉤爪の背中に向かって叫んだ。
「待て!ボクはまだ戦える!」
鉤爪が振り返った。
「ほう」
鉤爪は嬉しそうな顔を見せた。
「ふふふふふ。これだから戦いは面白い。ケツの青い甘えたガキが、戦士に変わる……」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「こっちの方で気配がするでありんす!」
丑蜜が咲を連れて戻ってきた。
二体は鉤爪の気配を追って、森の中を走った。
咲はノースリーブの強化服の腰に刀を差し、腰裏にベレッタを収めた完全な戦闘態勢だ。
むき出しの左上腕にまかれた白い包帯が、妙に生々しさを感じさせる。
丑蜜と咲が森を進んでいくと、開けた場所に出た。
伐採場だ。木の切り株がずらりと並んでおり、端の方に伐採された丸太が積まれている。
鉤爪は丸太の上に座っていた。
「遅かったな。お前が中隊長か?」
咲を見て、鉤爪が口を開いた。
咲は燐を探したが、燐の姿はどこにもなかった。
「……燐はどうした?」
「ん?あのガキのことか?今ならまだ助かるかもな」
鉤爪はちらりと森の奥に目を向けた。
「見てこい」
咲は鉤爪を睨みつけたまま、丑蜜に命じた。
丑蜜はすぐに駆け出した。
「燐ちゃーん!燐ちゃーん!」
丑蜜は燐の気配を探りながら、燐の名前を呼んだ。
少し進むと、燐の気配を察知することができた。
燐の気配はひどく弱々しかった。
丑蜜は急いで気配の方に向かった。
大きな岩の上にぼろくずようになった燐が転がっていた。
燐の姿を一目見た途端、丑蜜の足が止まった。
「ひどい……」
丑蜜は息を呑んだ。
燐の両手両足は付け根から消失していた。わずかに残った筋繊維が力なく垂れ下がっている。
泥だらけの顔は腫れあがり、元の形が分からない程だ。
「うううぅ……」
燐の口からうめき声が漏れた。
「よかった!生きてるでありんす!」
丑蜜は慌てて駆け寄ると、燐の体を抱き起こした。
「……燐ちゃん?」
燐は泣いていた。
痛くて泣いているのではない。悔しくて泣いているのだった。
燐は全力で戦った。それこそ、全ての力を出し尽くした。
義手や義足がなくても、訓練して身につけた筋繊維があった。
筋繊維で体を無理やり動かし、ナイフで切りかかった。
勝てないことはわかっていた。それでもできることはすべてやろうと決めていた。
ナイフがなくなれば筋繊維で鉤爪に殴りかかり、絡みつき、噛みついた。
何度倒されても向かっていった。
それでも、何をしても、何度立ち上がっても、ただの一撃も鉤爪に届くことはなかった。
完膚なきまでの敗北だった。
燐は自分の弱さ、甘さを思い知らされた。
いかに自分が、咲が作ってくれた温室の中で守られていたかが身に染みて分かった。
そして、今、自分が生きているのは自分の力ではなく、単に敵に情けをかけられただけだとも……。
いや、そもそも戦いですらなかったのだ。
最初から最後まで鉤爪に遊ばれただけだった。燐は鉤爪に敵として認識すらされていなかった。
それが悔しかった。
強くなりたい、と燐は心の底から涙を流した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回は7/5(金)投稿予定です。




