表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現代ヴァンパイアは楽園を探す  作者: 津村マウフ
第三章 屍食鬼
46/62

終着地


 鉤爪(クロー)が呆然自失となっている間にも、背中の傷が急速に修復されていった。

 流血が止まり、肉が盛り上がって傷口をふさぐ。さほど時間もかからずに、背中は何もごともなかったようにきれいな状態に戻った。


 ヴァンパイアが持つ回復能力だ。個体差はあるが、致命傷を負わない限り、大抵の傷は自然回復する。

 切り裂かれ、血で染まったTシャツだけが、怪我をしたという痕跡を残すだけである。


 しかし、傷が治っても鉤爪(クロー)の心は沈んでいた。

 屍食鬼(グール)を救う手立ては断たれたも同然だった。もう一度、陸に頼んでも無駄だろう。


 親だから助けるのは当然だと、これまで何の疑問も持たずに行動してきた。そして弟を見つけ出すことができれば、全て解決するのだと希望を持っていた。

 しかし、結果はこれだ。


 鉤爪(クロー)は、初めて屍食鬼(グール)を失うということについて真剣に向き合うことになった。

 そして、気がついた。

 自分は屍食鬼(グール)を助けたいというより、一人になるのが怖いのだと。一人になった時、何をすればいいのかわからないのだと。


 兄弟ということもあるが、鉤爪(クロー)は陸と一緒にいて楽しかった。

 誰かと一緒にいて楽しいという感情は久しく忘れていた。屍食鬼(グール)と行動を共にしていた時には持たなかった感情だ。

 その時間が失われたことが悲しかった。


 顔を上げると、屍食鬼(グール)鉤爪(クロー)の顔色をうかがいながら、血溜りに残った肉塊に手を伸ばしていた。


 相当に飢えているようだ。

 目の前に迫った死に本能的に対抗しているのかもしれない、と鉤爪(クロー)は思った。


 屍食鬼(グール)が肉塊を口に運ぶのを見て、鉤爪(クロー)はやり切れない気持ちになった。


 鉤爪(クロー)は立ち上がると、血で染まったTシャツを脱ぎ捨てた。

 背中を見ると、傷口は完全に消えており、痛みを感じることもなかった。

 こういう気持ちの時でも、肉体だけは休むことなく務めを果たすんだな、と鉤爪(クロー)の口から乾いた笑いが出た。


 鉤爪(クロー)は替えのTシャツを着ると、社の外に出た。


 暗さに慣れた目に陽の光は眩しかった。鉤爪(クロー)は目を細めた。

 日陰を作っている森の縁まで歩いていくと、鉤爪(クロー)は木の根元に腰かけた。

 そうして、ぼうっとこれまでのことを思い返した。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 展望台へと向かう道路を中年男と若い女が登っていた。


 女の目に光はなく、まるで別世界にでもいるかのように、全く周りを気にすることなく、マイペースで歩みを進めている。その隣で男が過剰なくらいに、周囲に目を走らせていた。

 笹島と丑蜜(うしみつ)である。


 丑蜜(うしみつ)の目に光が戻った。


「この先に鉤爪(クロー)がいるでありんす」


 丑蜜(うしみつ)は道路脇にある山道の奥を指さした。

 ついに終着地に辿り着いたのだ。


「そうか」


 笹島は決意のこもった表情で山道の奥に目を向けた。

 草木に覆われて、先を見通すことはできなかったが、この道に入って無事に済むことはないことだけははっきりわかった。


「ここまででいい。ありがとう。この恩は一生忘れない」


 笹島は丑蜜(うしみつ)に深々と頭を下げた。


「本当はちゃんと礼をしたいんだが、私には本当に何もなくてな……」


 笹島はごそごそとジャケットのポケットを探った。


「そうだ。これを」


 笹島は財布を丑蜜(うしみつ)に渡そうとした。


「いらないでありんす」


 丑蜜(うしみつ)は笹島の手を押し戻した。


「わっちは、旦那さんの助けができただけで十分うれしいでありんす」


「そうか。すまない」


「本当は望みをかなえたあとも、ずっと生き続けてほしいでありんすが……」


 丑蜜(うしみつ)は笹島の顔を見上げた。


「そうだな。努力してみるよ」


 笹島はそう言って笑ったが、自身の命はとっくにあきらめていた。

 丑蜜(うしみつ)にもそれが分かった。


「君みたいなヴァンパイアもいるんだな」


 笹島が感慨深げにじっと丑蜜(うしみつ)の顔に見入った。

 丑蜜(うしみつ)は恥ずかしくなってうつむいた。


「それじゃあ、今まで本当にありがとう」


 笹島は頭を下げると、一人で山道を進んでいった。

 丑蜜(うしみつ)は何とも言えない表情で笹島を見送った。


 山道を進んでいくと、木の根元に鉤爪(クロー)が座っていた。


 あれから陸が社にやってくることはなかった。

 鉤爪(クロー)は陸を待つわけでもなく、日がな一日、ぼうっと座って時間を過ごしていた。


 笹島が近づくと、鉤爪(クロー)が顔を上げた。


「何しに来た?」


 面倒くさそうに、鉤爪(クロー)が口を開いた。


屍食鬼(グール)はどこだ?」


 笹島は拳銃を鉤爪(クロー)に向けた。

 その途端、笹島は腕をねじり上げられ、身体を木に押しつけられた。

 肘で首を押さえつけられ、息をすることができない。


「わざわざ殺されに来たのか?」


 不機嫌そうな鉤爪(クロー)の顔が目の前にあった。


 今までの笹島であれば、恐怖のあまり小便を漏らしていたところだ。

 しかし、今の笹島の頭にあるのは屍食鬼(グール)に復讐することだけだ。そのためなら、自身はどうなっても構わなかった。目的を果たすために、最善を尽くすだけである。


 笹島は左手をポケットに入れた。そこには屍食鬼(グール)を殺すために隠し持っていたプラスチック爆弾があった。

 雷管と爆弾が一体になったもので、タイマーも何もなく、スイッチを押せば爆発するだけの原始的な代物である。手のひらに収まる小さなものだが、威力は折り紙つきだ。

 笹島は爆弾を握りしめた。勇気が湧いてくるような気がした。


 目的がはっきりしていれば、そして、目的を果たす強い気持ちがあれば、恐怖を克服することができる。恐怖に囚われるということは、目的を果たすという気持ちが弱いからだ。

 目的を果たすこと、笹島はそれだけに集中した。


屍食鬼(グール)のところに連れていけ!」


 笹島は鉤爪(クロー)の目の前に爆弾を突きつけた。


 鉤爪(クロー)はじいっと笹島の顔を凝視した。


 鉤爪(クロー)にしてみれば、笹島がスイッチを入れる前に爆弾を取り上げることなど造作もない。

 しかし、かって屋上で見たガタガタ震えているだけの弱い男とは、別人のように様子が異なっていることに驚いた。


 笹島の顔には確かに見覚えがあった。

 慎重に記憶を探ると、かって全滅させた町で生き残った一人の警察官に思い当たった。


「そうか、あの時の……」


 鉤爪(クロー)は笹島から手を放した。

 笹島はどすんと尻もちをついた。


「行けよ」


 鉤爪(クロー)が言った。


「え!?」


「親父はこの先の社にいる。お前が来たら通すように言われている。昔のこと過ぎて、すっかり忘れていたが」


 そう言うと、鉤爪(クロー)は再び木の根元に座りこんだ。


 しばらく笹島は鉤爪(クロー)を警戒して様子を窺っていたが、鉤爪(クロー)はそれ以上、動こうとせず、口を開くこともなかった。


 笹島は社に向かって走り出した。


「そういう運命なんだろうな……」


 遠ざかっていく笹島の背を見送りながら、鉤爪(クロー)はぽつりと呟いた。


 屍食鬼(グール)は町を滅ぼす際、必ず一人、生き残りを作っていた。自分に復讐しに来させるためだという。それが楽しみの一つなのだそうだ。もっとも、これまで復讐にやってきた者は誰一人としていなかった。


 悪趣味としか言えないが、あるいは本当に復讐されることを望んでいたのかもしれない。今となっては、その真意を問いただすこともできないが。


 しかし、今、このタイミングで笹島が現れたことに、鉤爪(クロー)は偶然では片づけられないものを感じていた。


「だが、気に入らないこともある」


 鉤爪(クロー)はぎろりと山道の入り口の方に目を向けた。





ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は6/14(金)投稿予定です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ