殺意
「お前、いつもこんな面倒くさいことしてんのか?」
水筒のふたを閉めながら、鉤爪があきれた顔をした。
二体の前には数人のヤンキーが転がっていた。
鉤爪が血を手に入れようと、大型ディスカウント店の前でたむろしていたヤンキー達に喧嘩をふっかけようとしたところを、慌てて陸が止めた。代わりに幻術でヤンキー達を前後不覚の状態にして、鉤爪が持っていた水筒が一杯になるまで少しずつ血を抜き取った。
「当然だ。何がきっかけで目をつけられるか分からないからな。逆にお前に聞きたい。いつもどうしてたんだ?」
「そりゃ、お前。適当に喧嘩をふっかけるだろ。そいつをボコると仲間がやってくるだろ。仲間をやっつけると、さらに別の仲間がやってくるだろ。黙って待ってれば、どんどん血が手に入るという寸法だ」
鉤爪はさも名案だという風に得意げな顔をした。
陸はそれ以上、追及するのをやめた。
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買い出しを終えて、二体が社へと向かう道路を登っていると、上からスウェットにジーンズ姿の若い女が降りてきた。
「すみませーん」
女は陸と鉤爪に気がつくと、駆け寄ってきた。
「このへんで小学生くらいの男の子を見かけませんでしたか?」
息を切らしながら、女が二体に尋ねた。必死な様子だ。
「いや、見かけなかったが」
鉤爪が答えた。
「何かあったんですか?」
陸が女に尋ねた。
「課外学級で来た生徒の一人がいなくなっちゃって。もし、見かけたら保護してもらえませんか。この上の展望台にいる教師の誰かに声をかけてもらえると助かります」
「わかりました」
「すみません。お願いします」
頭を下げると、女は子供を探しながら、道路を下りていった。
「人間も大変だな」
やれやれという感じで、鉤爪が言った。
「そういえば、健太郎も辰巳山に遠足に行くって言ってたな……」
陸は別れを告げた弟のような子供の言葉を思い出した。
二体が社が見えるところまで戻ってくると、ヴァンパイアにはかぎ慣れた臭いが漂っていた。
「血の臭いだ……」
鉤爪がつぶやいた。
二体が急いで社に入ると、床に血溜りができていた。
血溜りの前で、屍食鬼がくちゃくちゃと音を立てて何かを食んでいる。
その横に血まみれの黄色い帽子が落ちていた。
陸は時間が止まったような気がした。
気が遠くなり、また戻ってきたかと思うと、全身がぶるぶると震え出した。
口の中が乾き、爆発しそうなくらいに心臓の鼓動が早まった。
まさか、そんなはずはないとは思うものの、嫌な予感がしてならない。
屍食鬼が肉を噛み潰す音がやけに大きく耳に届く。
そんなはずはない、あるわけがないと必死に自分に言い聞かせながら、震える手で、陸は帽子を拾い上げた。
帽子を裏返すと、そこには子供の汚い字で『山下健太郎』と書かれていた。
陸の目の前が怒りで真っ赤になった。
「殺す!」
陸は剣鉈を抜くと、屍食鬼に斬りかかった。
鉤爪が割って入り、剣鉈を弾き返した。
「やめろ」
鉤爪が静かに言った。
「邪魔するなっ!」
陸はさらに踏み込んで、剣鉈で屍食鬼を狙ったが、鉤爪に弾き返された。
屍食鬼は悲鳴を上げて、鉤爪の後ろに逃げ込んだ。
「いいから落ち着け。子供のことは残念だが……」
鉤爪が静かに陸に語りかけた。
「うるさいっ!口を開くなっ!」
陸は聞く耳を持たなかった。
鉤爪に向けて術を放った。
呪印から切り出した生気を放出させる術式だ。
鉤爪の頭、心臓、腹、両手足に術式が浮かび上がった。
術式が鉤爪の生気を一気に吸い上げた。
「ぐおっ」
急激な脱力感に見舞われ、鉤爪が膝から崩れ落ちた。
屍食鬼は悲鳴を上げた。
陸が屍食鬼を狙って剣鉈を振り下ろした。
鉤爪はそれでも必死に体を動かして、剣鉈の前に背中を滑り込ませた。
剣鉈が鉤爪の背中を斜めに切り裂いた。
「ぐうううっ」
鉤爪が膝をついてうめき声を上げた。その背中から血が噴き出した。
「どけっ!殺すぞっ!」
剣鉈を振り上げた陸が怒鳴り声を上げた。
「やめてくれ!オレたちはヴァンパイアだ!ヴァンパイアが人間と一緒にいたらこうなることはわかっていたはずだ!」
鉤爪が叫んだ。
「親父にあたるのはおかしいだろ!ヴァンパイアなら当たり前の行動だ!オレたちにとって人間は食い物だ!お前がおかしいんだ!」
「ーーっ!」
「お前はヴァンパイアに飢え死にしろって言うのか!」
正論だった。
この世界の支配者が人間であるといっても、ヴァンパイアと人間は明確な捕食関係にある。
陸の怒りは、あまりにも利己的なものだった。
はたから見れば、飼っていたペットを野生動物に食われた飼い主の怒りにしか見えない。多少は同情されることがあっても、ペットを食べた野生動物を責める者はいない。それは弱肉強食こそがこの世界を成り立たせる絶対のルールだからだ。
どれほど飼い主がペットを愛していようとも、このルールから逃れることはできない。そういう話だ。
そういう意味では、鉤爪が陸に対して取った態度は、配慮に満ちたものと言えた。
陸もそのことを頭では理解していたが、感情がそれを認めようとしなかった。
「ちくしょうっ!」
陸は剣鉈を振り回し、目につくものすべてに当たり散らした。
積み上げられていた木箱が破壊され、中に納められていた古い木皿が砕け散った。ご神体が置かれていたと思しき台座が真っ二つに割られた。壁に穴が開き、テーブル代わりに使っていた供物台が粉々にされた。血の入った水筒は踏み潰された。
破壊音が響くたびに、屍食鬼は怯えて悲鳴を上げた。鉤爪は黙って陸の様子を見ていた。
社の中にあるものを破壊し尽くすと、陸は言葉にならない叫びを上げながら社を飛び出していった。
社の中に静けさが戻った。
外からいつもと変わらない野鳥の鳴き声が聞こえてきた。
開け放れた入り口から差し込む陽の光が、無残に破壊された社の中と血溜りの中にわずかに残った肉塊を照らし出していた。
「何でこんなことに……」
鉤爪はただうなだれることしかできなかった。
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次回は6/11(火)投稿予定です。




