小さな冒険
陸は呪印解除を続けていた。
相も変わらず、黒い生気に阻まれて、呪印に干渉することができずにいたが、何度も繰り返すうちに、黒い生気が一度に出現する数に限りがあることが分かった。
現時点で、黒い生気が一度に出現する数は最大で九。
しかも陸が社にやってきた時に比べて、明らかに黒い生気は出現数も少なく、小さくなっていた。
これはおそらく、屍食鬼の生気が尽きようとしているのだ。
屍食鬼の生気が残り少なくなるにつれて、当然ながら、黒い生気も作られなくなる。ということは、屍食鬼の命が幾ばくも無いということを意味していた。
陸はどうでもよかったが、鉤爪は焦った。
何とかしてくれ、としつこく陸をせっついた。
陸は生気の塊を作って、呪印の前に置いた。すぐに黒い生気が陸の生気に反応した。
黒い生気は体を伸ばして白い生気に喰いつこうとした。陸はゆっくりと白い生気を黒い生気から遠ざけた。黒い生気は白い生気を追って、さらに体を伸ばした。しかし、二メートル程伸びたところで、動きが止まった。
この長さが限界のようだ。黒い生気は、白い生気の塊の前でふるふると震えていた。
陸は囮を使って、黒い生気をおびき寄せることを思いついた。黒い生気が囮に向かっている間に、別の生気を使って呪印に干渉するのだ。
九つの白い生気の塊を作って囮にすれば、黒い生気に邪魔されることなく、呪印に干渉することができるだろう。
この数ならば、練習すれば何とかなりそうだ。
明るい材料が出てきたところで、ほっとした鉤爪が買い出しに行くと言い出した。
「包帯も手に入れたいし、血も補充しなきゃいけないしな」
鉤爪は大ぶりのバッグを肩に担いだ。
「屍食鬼だけにして大丈夫なのか?」
目を向けると、屍食鬼は社の隅で膝を抱えていた。
「大丈夫だ。親父は陽の光を怖がるようになってな。自分から社の外に出ることはない」
陸は何となく嫌な予感がした。
「なら、俺も行こう。ヴァンパイア専門部隊がうろうろしているからな。お前だけで行かせるのは不安だ」
「バカ言うな。そんなものに見つかったところで、軽く蹴散らしてくれるさ」
鉤爪は片手を爪に変えて、ポーズをきめてみせた。
「……そういうところが不安なんだ」
陸は鉤爪に白い目を向けた。
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辰巳山の展望台へと登っていく貸し切りバスの中は、席を埋めた小学生が騒ぎ立てていた。
校外学習という名目だが、実質は遊びに行くようなものだ。
天気も良く、子供達は完全に興奮状態だ。
教師も半ばあきらめた様子で、特に注意することもなかった。
その中で一人、健太郎だけが沈んでいた。
友達に声をかけられても生返事で、席に座ってぼうっと窓から外の風景を眺めていた。
陸がいなくなってから、健太郎の世界は灰色に変わった。
家に帰っても誰もおらず、冷えた食事を電子レンジで温めて食べるだけのさみしい生活だ。夜遅くに母親が帰ってきても、疲れて機嫌が悪く、甘えることもできない。
一人でゲームをやってもちっとも面白くない。あれほど夢中になったゲームが、今では宿題をやるのと変わらないつまらなさだった。
日に日に陸恋しさが募った。
「兄ちゃん……」
そうして健太郎がぼうっとの外の景色を眺めていると、木に覆われた山道から二人の男が出てきた。
バスはあっという間に二人の前を通り過ぎてしまったが、健太郎にはそれが誰かすぐに分かった。
「兄ちゃん!?」
バスが展望台に到着すると、すぐに生徒たちが集められ、点呼が取られた。
教師が今日一日の注意事項を説明している間も、健太郎は先ほど見た陸のことで頭がいっぱいになっていた。
何とか抜け出して、陸に会いに行くこと以外、何も考えられなかった。
「それじゃあ、解散!いいわね!展望台の敷地から絶対に出ないこと!」
黄色い帽子を被った生徒達がずらりと並ぶ前で、若い女教師が生徒たちに号令をかけた。
「はーい!!」
生徒たちは元気よく返事をすると、各々が目をつけていた遊具に向かって一斉に走り出した。
健太郎は教師に見つからないように、こっそりと展望台を抜け出すと、バスが登ってきた道路を下に向かって走り出した。一本道なので、迷うこともなかった。
「たしかこの辺だと思ったんだけど……」
健太郎は陸を見かけたあたりに辿り着いたが、陸の姿は見えなかった。
「兄ちゃーん!兄ちゃーん!兄ちゃーん!」
健太郎は大声で陸を呼んだが、返事はなかった。
陸を探し回っていると、道路脇に森の奥に進む山道が見つかった。
山道にしては広く、道の両側が丸太で仕切られている。荒れてはいるが、通れないことはない。
「こっちに行ったのかな?」
地面には足跡が残っていた。
健太郎はおそるおそる山道を進んだ。
進むにつれて、次第に森が深くなり、どこからか野鳥の鳴き声が聞こえてきた。
すぐそばに何かがいるような気配がするのに、草木の緑以外何も見えない。
健太郎は不安になった。
「兄ちゃーん!兄ちゃーん!」
健太郎は大声で陸を呼んだが、やはり返事はなかった。
道は森の奥に続いていた。
健太郎は勇気を振り絞って先に進んだ。
やがて健太郎は開けた場所に出た。
草ぼうぼうの真ん中に、古ぼけた社がぽつんと建っている。
社の扉は少し開いていた。
「兄ちゃん、いるの?」
健太郎は扉を開けて、社の中に入った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回は6/7(金)投稿予定です。




