呪印解除の試み
陸は市内のホテルを転々としながら、屍食鬼がいる社に通い続けていた。呪印を解除するためだ。
変な因縁を残したくなかったこともあるが、呪印に興味も惹かれたし、何より、中途半端な状態で放り出すことに抵抗があった。呪印の解除に区切りをつけてから、陸は貨沢市を出るつもりだった。
咲とはあれ以降接触をしていない。
接触するつもりもなかった。
なかなか興味深い人物であることは間違いない。しかし、自分とは縁遠い場所にいる存在だという感想を持った。
正直、ヴァンパイアの未来と言われてもピンとこなかった。
ただ、咲のように明確な目標をもって生きている存在は眩しいと思うと同時に不思議だった。
目標に向かって迷いなく進んでいくことが信じられなかった。
そもそも自分のすべてを捧げられる目標を持てることが奇跡に近い。
大多数のヴァンパイアや人間は、そんなものを持っていない。
常識や習慣といったルールに縛られると同時に、生きる指針として助けてもらい、日々の忙しなさに追われて余計なことを考えずに人生を全うする。いい悪いの話ではなく、それが普通だ。
稀に、ああいう目標という名の何かの衝動に駆られて、ぶれることなく突き進んでいく者がいるが、例外的な存在だ。
おそらく、自分とは全く違う世界を見ているのだろう、と陸は思った。自分とは根本的に異なる存在なのだと感じた。
邪魔はしないが、自分とは関係のないところで、がんばってくれと思っただけだった。
ただ、彼女と話をしたことをきっかけに、自分の人生とは何だろうと考えさせられた。
ヴァンパイアであるという事実は、何をするにも大きな壁となって立ちふさがる。何をすることもできず、どこに行くこともできない。
せいぜいが、壁から目をそらして、目の前の雑事に集中しているふりをしたり、とるに足りない楽しみで自分を慰める程度だ。
そんな人生がこれからも続くのだろう、と陸は憂鬱になった。
「だから何かを求めて、わたしの話を聞きに来たんじゃないのか?」
不意に咲の言葉がよみがえった。
何かを求めて?
俺は一体、何がしたかったのだろう、と陸は思った。
陸はヴァンパイアになる前の自分を思い返した。
確かに、ヴァンパイアになって変わったことはあるが、本質的な部分は何も変わっていない。自分はもともと何かをしたかったわけではなかったのだと気づかされた。そういう意味では、もともと自分は空っぽだったのだ。
それでも死にたいとは思わなかったから、生き延びるために最善を尽くして今がある。生き延びることが目的だったといっていいかもしれない。
だが、それもいつまで続くかわからない。ちょっとした手違いで、あっさり死んでしまうかもしれない。
最後の瞬間、自分は何を思うのだろうか、と陸は考えた。
素直に死を受け入れるのか?
それとも、もっと生きたかったと涙を流すのか?
答えは出なかった。どちらもありそうに思えた。
陸は呪印の解呪にいそしんだ。
これも目の前の雑事、とるに足りない楽しみの一つなんだろうなと自嘲しながら。
色々と試してはみたものの、呪印の解呪はうまくいかなかった。
解析した通りの動きをするのであれば、生気を吸い上げる部分を書き換えてしまえば、呪印は機能しなくなるはずだった。
元となる白い生気の供給が止まれば、黒い生気も生み出されることはなくなるという想定だ。
そこで、陸は術式を書き換えるために、自身の生気をペンのように細長くして呪印に伸ばしたのだが、生気が呪印に触れた途端、黒い生気が現れて、陸の生気をかき消してしまった。
何度試しても同じ結果だった。
おそらくこれは呪印の防御システムなのだろう。外部からの干渉を防ぐためだ。
これでは術式を書き換えることができない。
「いっそのこと、首の肉ごと呪印をえぐり取ったらどうだ?」
数十回に及ぶ試行に失敗し、半ばやけ気味に陸が言った。
「ダメだ。それじゃ、親父が死んでしまう」
鉤爪は首を横に振った。
「しかし、これじゃ、どうすることもできないぞ」
屍食鬼が悲鳴を上げて苦しみ出した。
屍食鬼の体に黒い生気浮かび上がり、その体を這い回り出した。
こうなると、近づくことすらできなくなる。
打開策が思い浮かばなかった。
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幻術使いと一悶着あったが、吸血部隊は作戦を再開していた。
住宅街のヴァンパイアの鎮圧は終了し、繁華街や観光名所をうろついているヴァンパイアがターゲットである。
住宅街のヴァンパイアと違って、こちらはごく少数で行動している者がほとんどだ。単独行動のヴァンパイアも少なくない。
そのため、隊を少人数に分けて展開し、目視でヴァンパイアを確認したグループがその場で始末するという作戦をとった。いわゆるサーチ・アンド・デストロイである。
一体のヴァンパイアがご機嫌な様子で茶屋街を散策していた。
このヴァンパイアは、市役所の決闘の噂を聞きつけて貨沢市にやってきたのだが、特に名を売りたいわけでもなく、ただ珍しいもの見たさにやってきただけだった。
市役所の戦いを見学したのだが、すごいなあと思っただけで、その後はふらふらと貨沢市の観光地巡りをしていた。
茶屋街とは貨沢市の東にある小規模なかっての遊郭跡地である。
茶屋街という名称で呼ばれてはいるものの、遊郭特有の暗く淫靡な雰囲気はなく、現代的に明るく改装されたかっての建築様式で造られた小洒落たカフェや土産物屋が立ち並ぶ観光地である。
国内だけでなく、海外からも多くの観光客が訪れる貨沢市の観光の目玉の一つだった。
がやがやと騒がしい観光客に混ざって、ヴァンパイアが茶屋街の町並みをバックに自撮りしていると、スーツを着た男達が現れ、両側から体を寄せつけてきた。
ちょうどシャッターを押した瞬間に、男達がぶつかってきたので、苦労して確保したベストアングルが台無しになってしまった。
「おい、こら……ぐふっ」
ヴァンパイアが男達に向かって文句を言おうとした途端、両側からナイフで心臓をえぐられた。
ヴァンパイアはそのまま男達に抱えられて、茶屋街のわきにあるテントに運ばれた。
目隠しをされているので、テントの中は見えないようになっている。
男達がテントに入ると、観光客風の格好をした吸血部隊の隊員が詰めていた。奥の方には始末したヴァンパイアが入れられた遺体収納袋が積まれている。
「ご苦労さん。そいつを片づけたら、休憩を取ってくれ」
入ってきた男達に中村が声をかけた。
スーツの男達はヴァンパイアを遺体収納袋に納めると、缶コーヒーを持って、パイプ椅子に腰を下ろした。
「ふう。このペースならもう少しで帰れそうですねえ」
「結構、長くかかったよな。最近、ここまで長くなるのってなかったよな」
「まあ、数が数でしたしねえ」
「それもあと少しで終わりだ」
「このまま、無事に終わりたいものです」
「まったくだ」
男達は疲れた様子で缶コーヒーに口をつけた。
アウトドア風のファッションに身を包んだ若い隊員が、茶店の前に置かれた長椅子に座っている老人を見つけた。
「あれ、ヴァンパイアですよね?」
濃茶のジャケットに臙脂色のネクタイを締めた絵に描いたような紳士である。
老ヴァンパイアは店員と談笑しながらお茶を愉しんでいた。
「いつもの段取りでいきましょう」
隊員は懐に忍ばせたナイフに手を伸ばした。
「いや、待て。あれは無理だ。中隊長を呼ぶ」
同じくアウトドアファッションに身を固めた中山が、隊員の腕をつかんだ。
「えっ?」
「相手の力量を見極められないと、長生きできないぞ」
中山は若い隊員に苦言を呈した。
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次回は5/31(金)投稿予定です。




