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現代ヴァンパイアは楽園を探す  作者: 津村マウフ
第三章 屍食鬼
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幻術使いとの対話1


 幻術使いの顔ははっきりしなかった。全体の雰囲気から若い男であることはわかるが、目や鼻、口が常に形を変え、輪郭も不明瞭だ。目を凝らせば凝らすほど、ますます曖昧になった。顔がわからないように、認識阻害の術を使っているのだろう。


 なるほど、これは厄介だ、と咲の熱意にますます火がついた。

 心の底から湧き上がってくる笑みを、咲は抑えることができなかった。


「せっかく、ここまで来たんだ。顔を見せたらどうだ?」


「俺は恥ずかしがり屋でね。初対面の女性には恥ずかしくて顔を見せられないんだ」


 咲は鼻で笑った。


「なにか羽織ってもいいかな?」


「どうぞ」


 咲はベッドの上に置いてあったガウンを羽織ると、体を預けるようにソファーに座り、足を組んだ。

 咲の白い足が、薄暗い部屋の中で艶めかしく浮かび上がった。


「聞きたいことがあれば、何でも聞いてくれ。可能な限り、答えてやろう」


「それはありがたいね。無駄に術を使わなくても済む」


 幻術使いは腕を組んで壁に寄り掛かった。


「第一に、俺を殺そうというわけではなさそうだが、何が目的だ?」


「仲間にしたいと思ってな。スカウトだ」


 にこやかに咲は答えた。


「それは本気で言っているのか?」


「もちろん、本気だ」


「まさか、本当だったとはな……」


 幻術使いは忍び笑いを漏らした。


「少しあんたのことを調べさせてもらった」


「ほう」


「確認するが、あんたはヴァンパイアだが、ヴァンパイアを殺すことを生業としている」


「そうだ」


「なぜ、ヴァンパイアが人間の側に立って戦うんだ?あんたも人間が善で、ヴァンパイアが悪という宗教の信者か?」


 人間が善で、ヴァンパイアが悪であるという考え方は、実はヴァンパイアの中に深く根付いている。というより、ほぼ全てのヴァンパイアが、その問題に苦しむ。これは、人間時代に触れた創作物の影響によるものだ。


 人間が作る創作物の中で、大抵の場合、ヴァンパイアは人間の敵、あるいは脅威として描かれる。幼い頃からこうしたものに触れて育つため、ヴァンパイアになった後も、その影響は大きく残り続けるのだ。


 自分がヴァンパイアになったことを受け入れられない者は、自らを善として同族であるバンパイアを攻撃したり、逆に、自らを悪として偽悪的にふるまうことで苦しみを解消しようとする。


 人間として生きている間に当たり前だと刷り込まれた観念を疑うのではなく、観念に自分を合わせるのだ。どちらも、ヴァンパイアが悪であるという呪縛に囚われている点は同じだ。

 そうしたヴァンパイアの行き着く先は、自身の否定であり、自殺という結末を迎えることが多い。


「ちがう。わたしはヴァンパイアを悪だとか善だとかいう見方をしない。わたしは、ヴァンパイアは単に数多いる生物の一つだと考えている。生物に善も悪もない」


 咲は否定した。


「何か人間に弱みを握られているのか?」


「それもちがう。わたしはわたしの意思で戦っている。考え違いをしているようだが、わたしは人間の味方をしているんじゃない。わたしが戦っているのは、ヴァンパイアの未来のためだ」


「ヴァンパイアを殺すことがか?」


 幻術使いは首をひねった。


「そうだ」


「意味がわからないな」


「人間から見て目立つ脅威を取り除くことによって、そうではないヴァンパイアの安全が保証されるということだ」


「ヴァンパイアの生き死にを選別するなんて、あんたは神にでもなったつもりか?」


 幻術使いが皮肉気に言った。


「現状ではこれが精一杯だ。お前は人間が喜んでヴァンパイアを受け入れてくれると思うのか?」


 咲は即座に言い返した。


「人間に比べてヴァンパイアはごく少数だ。人間の方が圧倒的に数が多い。数は力だ。ヴァンパイアに対する攻撃の動機と大義名分を、人間に与えないということだ。これが間違いだというなら、ぜひ正しい方法を教えてもらいたいものだな。何もしないで揚げ足を取るだけの薄っぺらい言葉は聞き飽きた」


 咲は自分の言葉に必要以上の棘があるのを感じた。

 我ながら鬱憤がたまっているなと思ったが、そのまま吐き出した。


「……鳥かごの中に入れておくことが、あんたの言う安全なのか?」


 思わぬ反発を受けた幻術使いは面食らったが、気を取り直して質問を続けた。


「仕方がない。外に出れば殺されるだけだ。お前のように力のあるヴァンパイアばかりではないんだ。ホームは橋頭保だ。信用を積み上げ、これを大きく確かなものにしていくことが、ヴァンパイアの未来につながるとわたしは考えている」


 幻術使いは咀嚼するように咲の言葉を反芻した。

 無言の時間がしばらく続いた。


 咲は焦ることもなく、幻術使いの言葉を待った。


「あんたはヴァンパイアと人間が仲良く手を取り合って暮らす未来を望んでいるのか?」


 幻術使いが再び口を開いた。


「それも一つの可能性だ。だが、今の状況では、一方的にヴァンパイアに不利な条件がつきつけられるだろう。当然、ヴァンパイアはそれに反発する。現時点では人間とヴァンパイアのどちらもそれを望んでいない」


 咲は答えた。


「あるいは、最終的なこの世界の支配者の座を巡って、ヴァンパイアと人間の間で戦争が起こるかもしれない。この場合は、おそらくヴァンパイアの敗北に終わるだろう。個別の戦闘では勝つこともあるだろうが、最後は現代兵器の物量に押し潰される。考えたくない未来だな」


 そう言うと、咲は腕組みして天井を見上げた。


「まあ、どちらも今のわたしたちが安易に思いつく決着の形だ。どちらの可能性も否定はしないが、現時点でさえ、過去の人間が想像もできなかった状況が生まれていることを考えると、おそらく別の形が現れるのではないかと思う。わたしはその形を模索している」


 咲は幻術使いに視線を戻した。


「ずいぶんとあやふやな話だな」


 皮肉のない率直な感想だった。


「そうかもしれない」


 咲は素直に認めた。


「だが、わくわくしないか?今のわたしたちが思いつきもしない世界を見ることができるかもしれないぞ」


 咲は身を乗り出して幻術使いに笑いかけた。

 胸元に柔らかそうな二つの谷間が覗いた。


「これはわたしがこれまで生きてきた実感として言うが、世界はほんの少しずつだが進歩している。その歩みは非常にゆっくりとしているが、確実に進んでいる。どういう形に決着していくにしろ、そこにたどり着くまでにはもっと沢山のものを積み上げる必要があるし、膨大な時間と労力が必要だろう。その時が来るまで、ヴァンパイアも人間も何度も試されることになる。今はまだ表に出ていない何かが生まれてくるかもしれない。確実に言えることは、今を生きている存在の義務として、その時点において最善と思われる努力はすべきだと思う。違うか?」


 咲はソファーにもたれかかると、足を組み直した。


 幻術使いは返事をしなかった。

 ただ、じっと考えこんだだけだった。




ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は5/24(金)投稿予定です。


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