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現代ヴァンパイアは楽園を探す  作者: 津村マウフ
第三章 屍食鬼
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静かなる襲撃


 陽が落ちて、街灯が町を照らし始めた頃、陸はヴァンパイア対策本部がある市の警察本部を訪れた。

 人の出入りは激しいものの、住宅街のヴァンパイア殲滅作戦が一段落し、警察署は落ち着きを取り戻し始めていた。


 陸は入口を入ってすぐのところにある受付に向かった。

 陸の姿に気がつくと、年配の警察官が出てきた。


「どうしましたか?」


「こちらに特別害獣対策課の方々がいらっしゃると聞いて来たんですが」


 陸は丁寧な口調で答えた。


「えっ!?ええっと、それは……」


 警察官が口ごもった。それから怪しむような目を陸に向けた。


「是非、お目にかかってお話を伺いたいと思いまして」


 陸の瞳が金色に煌めいた。


「そうですか。わざわざご苦労様です。ただ、ちょっと、今は危険だから隊の方以外は近づくなと言われておりまして」


 警察官の態度が豹変した。まるで、重要人物に接するような丁重な態度に変わった。


「危険?」


「ええ、何でも襲撃の可能性があるから臨戦態勢を取るとかで」


 警察官は、いかにも申し訳なさそうに言った。


「へえ。それは物騒ですね」


「しかしまあ、あなたでしたら問題ないでしょう。何とかしましょう」


「助かります」


「今は中隊長さんもお出かけですし、署に残っているのは参番隊の方々だけですが……かまいませんか?」


 警察官は内線電話の受話器を取った。


「ええ、もちろんです」


 もちろん、陸は咲が不在であることを知っていた。そのタイミングを狙ってやってきたのだ。


 しばらくすると、奥から参番隊の隊員がやってきた。


「大事な要件があるとのことでしたが、どういったお話でしょうか?」


 隊員は警察官に話しかけつつ、傍に立っている陸に怪訝な目を向けた。


「ええ、実はこの方が部隊の方々のお話を伺いたいとのことでして」


 警察官は、いかにも重大な要件を伝える様子で声を潜めた。


「はあ!?」


 隊員はあきれた声を出すと、確かめるような目を陸に向けた。

 陸の瞳が金色に煌めいた。


「ああ、ああ、なるほど、なるほど。わかりました」


 隊員の様子ががらりと変わった。


「では、私がご案内しましょう。こちらへどうぞ」


 隊員は陸を署の奥へ誘った。

 

 警察官が仕事をしているデスクが並んだ間を抜けると、会議室が並んだ区画に出た。

 近づくなと言われているだけあって、この付近に警察官の姿はなかった。扉の一つに、『特別害獣対策課詰所』と貼り紙が貼られている。


「お気をつけて。そこにトラップがあります」


 隊員が陸に注意を促した。


「おっと」


 陸は慌てて足を止めた。

 足元を見ると、極細のワイヤーが張られていた。注意されなければ、全く気がつかなかった。


「これは?」


「それに足を引っかけると、麻酔ガスが噴射する仕組みになっています。本当なら、もっと殺傷力の高いものを使うんですが、なにぶん、警察署の中ですからね。間違ってターゲット以外の者が引っかかる可能性があります。ですので、今は麻酔ガスを使っています」


「なるほど……」


 ワイヤーは壁を伝って天井に伸びており、天井には、麻酔ガスが充填してあると思われるカセット式のボンベが取りつけられていた。


 目を凝らすと、これだけではなく、詰め所の周りに何本ものワイヤーが張られているのがわかった。まるで蜘蛛の巣のようだ。

 目に見える部分だけでもこれである。見えない部分にも仕掛けが施されているだろうことは容易に窺い知れた。部外者がここを突破するのは、相当困難であると言わざるを得ない。


 案内してもらって正解だったな、と陸は胸をなで下ろした。


「これはすごいですね」


「参番隊はこれが売りなので。趣味がかなり入っていることは否定できませんが……」

 

 隊員はにやりと笑うと、話を続けた。


「実は、今回のターゲットは幻術使いと呼ばれているヴァンパイアなのですが、中隊長からは殺すな、と言われておりまして。どこから攻めてきても捕獲できるように、念入りにトラップを仕掛けてあります」


「殺すな、ですか。どうして殺さないんです?」


「どうやら中隊長は、幻術使いを仲間にしたいと考えているようですね」


「仲間に、ですか!?……あなたはヴァンパイアが仲間になることに忌避感はないんですか?」


「そもそも、隊のトップがヴァンパイアですからね。今さら、ヴァンパイアだからどうというのはありません。何より、力のあるヴァンパイアが仲間になってくれれば戦力増強になりますし、隊にとって喜ばしいことであるとは承知しています。ただ……」


「ただ?」


「何しろ、ヴァンパイアは癖のある者が多いですからね。安易に仲間を増やして隊の調和が乱れなければいいな、と少し心配しています」


 隊員は少し声を落とした。


「あなたは隊を愛しているんですね」


「口にすると気恥ずかしいですが、きっとそうなんでしょうね。変なヤツばっかりですし、仕事はキツイですが、居心地はいいですよ」


 そう言うと、隊員は照れたように笑った。


「では、こちらです。どうぞ」


 隊員が詰め所の扉を開けた。


 詰め所の中には参番隊の面々が思い思いにくつろいでいた。机に突っ伏して寝ている者もあれば、スマホを見ている者もいる。怪しげな機械を分解している者もいた。


「お前、一体、何を連れてきた!?」


 一番奥に座っていた鳴海が、陸を一目見た途端、大声を出した。


「何を言ってるんです?彼ですよ。案内するのは当然じゃないですか」


 さも当然といった様子で、ほがらかに隊員は笑った。


「こんにちわ。少しばかり、お話を伺いに来ました」


 不敵に笑う陸の瞳が、金色に煌めいた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 咲はホテルの部屋でシャワーを浴びていた。

 

 部屋は最上階にあるツインルームだ。泊っているのは咲だけだが、他に空いている部屋がなく、ホテル側がシングルルームと同じ値段で提供してくれた。調度品こそ、高級ホテルと比べるべくもないが、広々としていて、咲は得した気分になっていた。


 咲は髪を洗い、汗を流すと、体にバスタオルを巻いて、バスルームを出た。

 それから、髪を乾かそうとドライヤーに手を伸ばしたところで、違和感を感じた。


 素早く部屋の隅々に目を走らせると、閉めたはずの窓が開いていた。部屋の中には誰もいない。だが、何かがいる気配を感じ取れた。


 この感じに咲は覚えがあった。幻術使いの部屋で感じたものと同じものだ。


「窓から女の部屋に入ってくるとは、なかなか礼儀をわきまえてるな」


 誰もいない空間に向かって咲は声をかけた。


「お互い様じゃないかな。それに名刺をもらったんでね。ご挨拶に伺ったというわけだ」


 どこからともなく声が聞こえてきた。


「それは何よりだ」


 幻術使いとの初対面だ。待ち望んでいた瞬間がようやくやってきたのだ。自然と咲の口元に笑みが広がった。


「ここを離れる前に、一度話をしてみたいと思ってね」


 窓辺に幻術使いが姿を現した。




ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は5/21(火)投稿予定です。


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