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現代ヴァンパイアは楽園を探す  作者: 津村マウフ
第三章 屍食鬼
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ダメな男


 窓から咲達が帰っていく姿を見送ると、陸は姿を現した。


「『美しすぎる婦警さん』がヴァンパイアだったとはな……」


 どうりで画像が消されるわけだ、と陸は納得した。

 ただ、それができるとなると、そうとう権力の中枢近くにいると考えなければならなくなる。


「まいったな……」


 正面からぶつかってはいけない相手だ。下手をすると、国家権力そのもの、つまりは日本という国と戦う羽目になる。


 陸はテーブルの上に置かれた名刺を取った。名刺には立花咲という名前と携帯の電話番号が記されていた。肩書に警察庁警備局特別害獣対策課警部とあった。


 陸はアパート周辺の気配を探ったが、不審な様子は感じ取れなかった。

 だが、住処を突き止められたのは致命的だった。もはや一刻の猶予もなかった。


 陸は名刺をポケットに仕舞った。


「話がしたい、か。しかし、手は打っておくべきだろうな……」


 陸は対抗策を練り始めた。


「あれっ、お兄ちゃんいたの?」


 ゲームをしていた健太郎が陸に気がついた。


「うん、今帰ってきたところだ」


 陸は顔を上げた。


「さっきまでお客さんが待ってたんだよ。話をしたいって言ってた」


「そうか、わかった」


 陸は健太郎に笑顔を向けた。



 翌日は朝から雨だった。


 健太郎が部屋を訪ねると、陸の姿が消えていた。


 部屋はきれいに片づけられ、荷物もなくなっていた。

 唯一、座卓の上にゲーム機とゲームソフトが置かれているだけだった。


 健太郎は、その上に『健太郎へ』と書かれた手紙が置かれているのを見つけた。


 手紙には、急に引っ越さなくてはならなくなったこと、ゲーム機は健太郎にプレゼントすること、そしていつかまた一緒にゲームをしようという別れの言葉が綴られていた。


 健太郎は手紙を握りしめて泣きじゃくった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 丑蜜(うしみつ)と笹島は夜の町を歩いていた。

 朝方から激しく振っていた雨は夕過ぎには落ち着き、今はしとしとと路面を濡らしている。


 笹島は自身が濡れることは意に介さず、丑蜜(うしみつ)を濡らさないように、細心の注意を払って傘をかざしていた。そして、時折、周囲にむけて鋭い視線を走らせた。


 市役所の屋上で、能力を使う前に丑蜜が言った。


「能力を使っている間は、わっちはまわりが全く見えなくなりんす。守ってほしいでありんす」


「わかった。まかせてくれ」


 笹島は力強く胸を叩いた。


 丑蜜(うしみつ)の能力は、いかなる環境の影響も受けずに発動することができる。しかし、本人は別だ。暑さ寒さの影響を受けるし、車にはねられれば怪我だってする。悪くすれば、本人が気がつかないうちに致命傷を負うことだってあり得る。それに加えて、愛らしい顔だちに、ダイナマイトバディである。誰かに攫われてしまうことも普通に考えられた。


 笹島は、丑蜜(うしみつ)に雨粒一滴さえかかることを許さないつもりで、全力で丑蜜(うしみつ)を守っていた。はた目には、相合傘をした年の離れたカップルに見えなくもない。男の方がかなり過剰に周りを威嚇してはいるが。


 町の外に出たところで、丑蜜(うしみつ)生気(オーラ)が尽きた。


「……少し休ませてほしいでありんす」


 丑蜜(うしみつ)は膝に手をついて、肩で息をした。

 本当に限界までがんばってくれたようだ。自分が頼んだことではあるが、笹島は申し訳ない気持ちになった。


「無理しないでいいから」


「でも、あまり時間はかけられないでありんしょう?」


 丑蜜(うしみつ)は笹島は見上げた。


「それはそうだが……」


 一刻も早く鉤爪(クロー)を見つけたいのは確かだが、丑蜜(うしみつ)の様子を見ると、これ以上無理を言うのは気が引けた。笹島は葛藤した。


「それに、あと少しでたどり着けそうな気がするでありんす」


 丑蜜(うしみつ)は目を道路の先に向けた。川を挟んだ向こうには、山の入口にあたる暗い森が広がっていた。


「ダメだ。これ以上は無理させられない。今日はこれまでにしよう」


 笹島は執着を振り払って、強い口調で言った。


「ホテルまで送ろう。今、タクシーを呼ぶから」


 そう言うと、笹島は携帯電話を取り出した。



 笹島が電話をしている間、ふと丑蜜(うしみつ)は視線を感じて、振り返った。


 町の入り口の道路脇には小さな地蔵堂が建てられていた。地蔵が一体祀られているだけの小さな祠である。その影に隠れて、人影が丑蜜(うしみつ)たちの様子を窺っていた。丑蜜(うしみつ)には、それが誰かすぐに分かった。


「旦那さん」


 丑蜜(うしみつ)は笹島に声をかけた。笹島が振り向いた。


「わっちはこれでお暇するでありんす。また連絡するでありんすから」


 丑蜜(うしみつ)は優雅な所作で頭を下げた。


「ちょっと待ってくれ。こんな時間に女性を一人で帰らせるなんて」


 笹島は慌てた。


「うふふふふ、わっちはこう見えてもヴァンパイアでありんすよ。問題ありんせん」


 丑蜜(うしみつ)は悪戯っぽく笑うと、笹島が何か言う前に、くるりと背を向けて、来た道を飛ぶように戻っていった。

 あっという間の出来事に、笹島は丑蜜(うしみつ)の後ろ姿を呆然と見送るしかなかった。



 丑蜜(うしみつ)が町に入ると、人影が姿を現した。


丑蜜(うしみつ)、自分が何をやっているのか分かっているのか?これは隊に対する重大な裏切り行為だぞ」


 燐だった。燐は怒っていた。


「だって、だって、だって」


 丑蜜(うしみつ)は両手をバタバタさせた。


「おまけにあの力を外の人間のために使うなんて」


 怒りが押さえきれない様子で、燐は丑蜜(うしみつ)をじとっと睨みつけた。


「中隊長にきつく言われてるだろっ!その力が公になったら、困るのはお前なんだぞっ!」


 燐は怒鳴り声を上げた。


「あの人はかわいそうな人なんでありんす!」


 丑蜜(うしみつ)は負けじと大声を出した。


「わっちが助けてあげないとダメなんでありんす!」


 丑蜜(うしみつ)の目からぽろぽろと涙が溢れ出た。


 またか、と燐は思った。


 丑蜜(うしみつ)には昔から、ダメな男に肩入れする習性があった。こうなると、何を言っても聞かない。


「お願いでありんす!姐さんには内緒にしておくんなんし!」


 丑蜜(うしみつ)は、燐に言い縋った。


「あと少しなんでありんす!あの人にかたきを討たせてあげておくんなんし!」


 燐は空を仰いだ。


「お願い……」


 燐はため息をついた。


「これだから、丑蜜(うしみつ)は嫌なんだ……」


 何だかんだいって、燐は丑蜜(うしみつ)に甘かった。




ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は5/17(金)投稿予定です。


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