ダメな男
窓から咲達が帰っていく姿を見送ると、陸は姿を現した。
「『美しすぎる婦警さん』がヴァンパイアだったとはな……」
どうりで画像が消されるわけだ、と陸は納得した。
ただ、それができるとなると、そうとう権力の中枢近くにいると考えなければならなくなる。
「まいったな……」
正面からぶつかってはいけない相手だ。下手をすると、国家権力そのもの、つまりは日本という国と戦う羽目になる。
陸はテーブルの上に置かれた名刺を取った。名刺には立花咲という名前と携帯の電話番号が記されていた。肩書に警察庁警備局特別害獣対策課警部とあった。
陸はアパート周辺の気配を探ったが、不審な様子は感じ取れなかった。
だが、住処を突き止められたのは致命的だった。もはや一刻の猶予もなかった。
陸は名刺をポケットに仕舞った。
「話がしたい、か。しかし、手は打っておくべきだろうな……」
陸は対抗策を練り始めた。
「あれっ、お兄ちゃんいたの?」
ゲームをしていた健太郎が陸に気がついた。
「うん、今帰ってきたところだ」
陸は顔を上げた。
「さっきまでお客さんが待ってたんだよ。話をしたいって言ってた」
「そうか、わかった」
陸は健太郎に笑顔を向けた。
翌日は朝から雨だった。
健太郎が部屋を訪ねると、陸の姿が消えていた。
部屋はきれいに片づけられ、荷物もなくなっていた。
唯一、座卓の上にゲーム機とゲームソフトが置かれているだけだった。
健太郎は、その上に『健太郎へ』と書かれた手紙が置かれているのを見つけた。
手紙には、急に引っ越さなくてはならなくなったこと、ゲーム機は健太郎にプレゼントすること、そしていつかまた一緒にゲームをしようという別れの言葉が綴られていた。
健太郎は手紙を握りしめて泣きじゃくった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
丑蜜と笹島は夜の町を歩いていた。
朝方から激しく振っていた雨は夕過ぎには落ち着き、今はしとしとと路面を濡らしている。
笹島は自身が濡れることは意に介さず、丑蜜を濡らさないように、細心の注意を払って傘をかざしていた。そして、時折、周囲にむけて鋭い視線を走らせた。
市役所の屋上で、能力を使う前に丑蜜が言った。
「能力を使っている間は、わっちはまわりが全く見えなくなりんす。守ってほしいでありんす」
「わかった。まかせてくれ」
笹島は力強く胸を叩いた。
丑蜜の能力は、いかなる環境の影響も受けずに発動することができる。しかし、本人は別だ。暑さ寒さの影響を受けるし、車にはねられれば怪我だってする。悪くすれば、本人が気がつかないうちに致命傷を負うことだってあり得る。それに加えて、愛らしい顔だちに、ダイナマイトバディである。誰かに攫われてしまうことも普通に考えられた。
笹島は、丑蜜に雨粒一滴さえかかることを許さないつもりで、全力で丑蜜を守っていた。はた目には、相合傘をした年の離れたカップルに見えなくもない。男の方がかなり過剰に周りを威嚇してはいるが。
町の外に出たところで、丑蜜の生気が尽きた。
「……少し休ませてほしいでありんす」
丑蜜は膝に手をついて、肩で息をした。
本当に限界までがんばってくれたようだ。自分が頼んだことではあるが、笹島は申し訳ない気持ちになった。
「無理しないでいいから」
「でも、あまり時間はかけられないでありんしょう?」
丑蜜は笹島は見上げた。
「それはそうだが……」
一刻も早く鉤爪を見つけたいのは確かだが、丑蜜の様子を見ると、これ以上無理を言うのは気が引けた。笹島は葛藤した。
「それに、あと少しでたどり着けそうな気がするでありんす」
丑蜜は目を道路の先に向けた。川を挟んだ向こうには、山の入口にあたる暗い森が広がっていた。
「ダメだ。これ以上は無理させられない。今日はこれまでにしよう」
笹島は執着を振り払って、強い口調で言った。
「ホテルまで送ろう。今、タクシーを呼ぶから」
そう言うと、笹島は携帯電話を取り出した。
笹島が電話をしている間、ふと丑蜜は視線を感じて、振り返った。
町の入り口の道路脇には小さな地蔵堂が建てられていた。地蔵が一体祀られているだけの小さな祠である。その影に隠れて、人影が丑蜜たちの様子を窺っていた。丑蜜には、それが誰かすぐに分かった。
「旦那さん」
丑蜜は笹島に声をかけた。笹島が振り向いた。
「わっちはこれでお暇するでありんす。また連絡するでありんすから」
丑蜜は優雅な所作で頭を下げた。
「ちょっと待ってくれ。こんな時間に女性を一人で帰らせるなんて」
笹島は慌てた。
「うふふふふ、わっちはこう見えてもヴァンパイアでありんすよ。問題ありんせん」
丑蜜は悪戯っぽく笑うと、笹島が何か言う前に、くるりと背を向けて、来た道を飛ぶように戻っていった。
あっという間の出来事に、笹島は丑蜜の後ろ姿を呆然と見送るしかなかった。
丑蜜が町に入ると、人影が姿を現した。
「丑蜜、自分が何をやっているのか分かっているのか?これは隊に対する重大な裏切り行為だぞ」
燐だった。燐は怒っていた。
「だって、だって、だって」
丑蜜は両手をバタバタさせた。
「おまけにあの力を外の人間のために使うなんて」
怒りが押さえきれない様子で、燐は丑蜜をじとっと睨みつけた。
「中隊長にきつく言われてるだろっ!その力が公になったら、困るのはお前なんだぞっ!」
燐は怒鳴り声を上げた。
「あの人はかわいそうな人なんでありんす!」
丑蜜は負けじと大声を出した。
「わっちが助けてあげないとダメなんでありんす!」
丑蜜の目からぽろぽろと涙が溢れ出た。
またか、と燐は思った。
丑蜜には昔から、ダメな男に肩入れする習性があった。こうなると、何を言っても聞かない。
「お願いでありんす!姐さんには内緒にしておくんなんし!」
丑蜜は、燐に言い縋った。
「あと少しなんでありんす!あの人にかたきを討たせてあげておくんなんし!」
燐は空を仰いだ。
「お願い……」
燐はため息をついた。
「これだから、丑蜜は嫌なんだ……」
何だかんだいって、燐は丑蜜に甘かった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回は5/17(金)投稿予定です。




